TETRIS EFFECT

「テトリス・エフェクト」には、やがて都市生活者に必須となる“新感覚”が秘められている!?

これからの都市生活における課題。それは「感覚の拡張」ではないかと、予防医学博士の石川善樹は考えている。そしてその手がかりが、ゲームデザイナー・水口哲也が手がけた「テトリス・エフェクト」に隠されていると石川は分析する。それを確かめるべく、石川は水口との対談に臨んだ。

TEXT BY TOMONARI COTANI
PHOTO BY KOUTAROU WASHIZAKI

必要なのは「五感のつなぎ込み」

石川 まず読者のみなさんに状況を説明すると、今日の対談は、ゴハンがきっかけなんです(笑)。

水口 先日、「白金劉安」で一緒にランチを食べたんですよね。

石川 はい。その時に、水口さんがずっと取り組まれているシナスタジア(共感覚)の話や、アリエステージアの話でいろいろ盛り上がりました。アリエステージアというのは「時間変化」みたいなもので、例えば太陽って朝昼晩で光の質が変わるわけですが、それに似せて照明を作り、朝昼晩と変えていくと、人は気持ちよく感じることがわかっている……といった話をしましたよね。

僕自身、最近は感覚というものに興味を持っていて、「だったら一緒に研究をしてみましょうか」ということになり、手始めに対談をしてみましょうということで、本日に至ったというわけです。

まずは、改めてシナスタジアについて教えていただけますか?

水口 シナスタジアというのは、例えばビジュアルから匂いを連想したりだとか、感覚が交差する体験や経験のことを指します。物理学者の(リチャード・P・)ファインマンは、数字を見るとき、いつも色の印象とくっついていたそうですし、画家のカンディンスキーは、自身は共感覚者ではないと言っているものの、音の印象から絵を描き続けました。

感覚を行き来する表現や体験って、常にアートや表現の中心にあって、それがいろいろな新しい表現を生んでいきました。ぼく自身は数字を見て色を感じたりはしませんが、そういうイマジネーションを持つことが好きなんです。

水口哲也は、映像と音楽、そして振動を融合させたゲーム「Rez」(2001)、音と光のパズル「ルミナス」(2004)、キネクトを用い指揮者のように操作しながら共感覚体験を可能にした「Child of Eden」(2010)、RezのVR拡張版「Rez Infinite」(2016)などを手がける世界的ゲームデザイナー。2006年、米国プロデューサー協会(PGA)より「Digital50」(世界のデジタルイノベーター50人)の一人に選出。2017年、米国The Game Award最優秀VR賞受賞(Rez Infinite)。エンハンス代表、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科特任教授、エッジ・オブ共同創業者兼取締役CCO。

石川 バイノーラルビートの話も出ましたよね。ヘッドフォンから出る周波数を右と左とで変えることで、脳の周波数を変えることができるというテクニックです。周波数を落としていけば眠りに誘えるし、周波数を上げていけば興奮してクリエイティビティが上がる、とされています。

最近、なぜそうした研究に興味を持っているかというと、この先、都市にもっともっといろいろな人が住むようになってくると、五感への刺激という意味ではどんどん不自然になっていくと考えているからです。音にしても光にしても、無意識のうちにストレスを感じているはずで、そうした「都市のストレス」をどうしたら和らげられるのか、自然以上に自然らしい感覚経験というものを作れないか……ということに興味を持っているんです。その時のキーワードのひとつが、五感のつなぎ込みだと思っています。

そのつなぎ込みという点でいうと、水口さんが最近手がけられた「テトリス・エフェクト」は、一瞬でフロー感覚に持っていってくれますよね。そういうことを、ゲームから拡張して、都市の中でいろいろできるとおもしろいなと思っていて、それを、これから研究していきたいんです。

水口 「テトリス効果(エフェクト)」という言葉は、ハーヴァード大学の研究チームによって名付けられました。テトリスを数時間プレイして、休んで、またプレイして……ということを数日間繰り返す実験をいろいろな人に行なった結果、寝ているときにプレイしたイメージが現れたり、記憶障害の人でも、ゲームをプレイしたこと自体は覚えていないけれど、そこで見た光景や感じたことは言語化できるといったことがわかりました。

自分の経験で言っても、体験と紐付いた記憶ってやっぱり強い。例えば匂いや音が紐付いている旅の記憶とか。それこそプルーストの『失われた時を求めて』では、紅茶とマドレーヌの味覚と嗅覚の刺激から子どものころの記憶に行きつき、それが小説になっていくわけですが、匂いって、記憶を召喚する力が強いというか、かなり深いところに作用していると思います。ただ、匂いって個人差があるので、あんまり簡単には扱えないという気がします。その点、音にも匂いとは違う深さがあって、音とビジュアルの組み合わせで、体験の記憶というのはより深く刻まれるのかなと思っています。それもあって、自分は音の力を最大限使うんです。

音楽ってすごくユニークなメディアで、調性にしてもメジャーコードとマイナーコードがあって、その組み合わせによって感情にすごく影響を与えますよね。さらにそこに言葉の意味が絡んで、聴いている人の中で化学反応を起こさせるという。そういう意味では、ストーリーテリングにおいて最もプリミティブで力強い方法だと思います。

石川 そうした力を、今回の「テトリス・エフェクト」でも用いていると。

水口 はい。「ゲームをしていたはずなのに、気がついたら演奏をしている気分になっていた」というトランジションを、無意識のうちに起こすことが狙いです。それが可能なのも、テトリスが持っているゲームとしての構造と、音楽が持っている構造が近いからなんです。バラバラだったものがだんだんひとつになって、リズムを形成して、盛り上がり、それがまた次のものに変わっていくといったグランドデザインが、相似しているんです。

石川 この、ブロック……というんですか?

水口 テトリミノと言いますね。

石川 そのテトリミノが落ちてくるときに、回転させると音が変化して、音楽とすごくマッチしていくんですよね。トリックというか、すごい工夫があるんだろうなって思いました。

予防医学博士の石川善樹は、これからの都市に必要な「感覚の拡張」のヒントを、水口が手がけた「テトリス・エフェクト」に見い出したという。

水口 ありますね。回転させることでひとつの音しか出ないと、同じことの繰り返しになるので、脳がどんどん麻痺するというか、飽きるという感情が生まれるんです。なので、「法則性があるようでない」という不確定な要素をポジティブに絡めていくと、「どんな音がどんな風に出るのかな」という好奇心が前に出て、指でタップし続けるようになるんです。それが、僕らのプログラムのミソだと思います。

「感情の醸成」はショートカットできない

石川 適当にタップしても、音楽の拍に合うので気持ちがいいんですよね。

水口 クオンタイゼーションというのですが、適当にタップしても音楽の拍に合わせて再生されるプログラムになっています。

石川 そのクオンタイゼーションによって、「あれ、もしかして自分はリズム感がいいのかも」っていう気分が生まれてきて、それが「楽しい」という気分につながっていくわけですね。

水口 そうそう。その時に大切なのは、その感情が醸成されるまで、つまりスタートしてから楽しいという気分になるまでには、時間とプロセスが必要で、いきなりショートカットはできないということなんです。逆に言うと、最初にボタンを押した瞬間の「あれ、何だろう?」というクエスチョンマークから、段々自分がなにかを発見して気づいて、「楽しい」って感じるまでのプロセスがすごく重要で、そのプロセスがない状態でいきなり行くと、全然楽しめないわけです。

理解した瞬間に自分のアタマの中にひとつの法則性が出来上がり、それをベースに、今度は応用が始まります。そうすることで、喜びとか嬉しさとか、自分ができた達成感とか、もっと応用してみようという好奇心が深まっていくんです。

石川 なるほど〜。確かに、いわゆる音ゲーというのは、「決められたものをどうやるか」という窮屈な感じがするのですが、「テトリス・エフェクト」の場合は、音のオープンワールドみたいな感じがしますからね。

水口 ありがとうございます。

石川 水口さんが今おっしゃったことは、「ユーザーエクスペリエンスとは本質的に何なのか」といったときに、一番見過ごされているところだと思います。今のUXって、どちらかというと視覚優位というかロジック優位というか、いかにショートカットするかに焦点が当たっている気がしますからね。

「『テトリス・エフェクト』では、音楽、背景、サウンド、特殊効果、テトリミノ(ブロック)の落下など、すべてがプレイヤーの操作に完璧にシンクロし、脈打ち、踊り、光り輝き、炸裂します」(水口)

インセンティブとリワード

水口 「体験のデザイン」というくくりでいくと、クリアするごとにバッジがもらえたりアイテムがもらえたり……といった「達成感」の設計が挙げられます。その時、例えば「バッジじゃなくてリズムがもらえます」というと、「何だそれは」となるかもしれないけれど、そのリズムがすごく気持ちよくて、誰でも飛び跳ねてしまいたくなるようなリズムだとすると、どんな人種でどんな言葉をしゃべる人でもつながってしまうような、感覚的で身体的な喜びにつながるかもしれない。この“バッジ”と“リズム”のふたつって、両方とも報酬になり得るけれど、片や、精神的な何かを満足させるスタティックなもので、片や、すごく感覚的で身体的なんだけれど、人間の気分を左右するもの……といった具合に、すごい幅がありますよね。

石川 それで思い出したのですが、行動科学の世界でいうと、インセンティブとリワードの違いというのがあるんです。

水口 ああ、そこを分けているんだ。

石川 そうなんです。インセンティブというのは、ほしいものがあらかじめ見えている状態です。「アレがほしいだろ?」というのがインセンティブです。一方リワードというのは、あらかじめ見えておらず、行動した結果として、それがもらえたりもらえなかったりする、というものなんです。「やってみたらこうだった!」というのは、ずっと予期不能だから、ずっと楽しめるという。

水口 確かに、それを聞くとすごく腑に落ちることがたくさんあります。例えば、アドレナリンとかドーパミン系のホルモンが出るのはインセンティブで、セロトニンとかオキシトシンといった、もう少し幸せな気分になれるホルモンはリワード、という気もします。すごくおもしろい話だなぁ。

「通常のゲームとは異なり、『テトリス・エフェクト』はインセンティブとリワードがうまく組み合わさっていると思います」(石川)

石川 電車に乗ると、驚くぐらいみんなゲームをしているじゃないですか。あれはインセンティブなんですかね。インセンティブにドライブされているというか。「こうしたらこうなる」ということがわかってやっているわけですよね。でも「テトリス・エフェクト」は、ラインを消すというミッションはありますが、「音をこうしたい」と意図してやっているわけではないですよね。それって、インセンティブとリワードがうまく組み合わさっているということかもしれません。

そういうゲームは珍しいですし、きっとプレイした人は「これはゲームじゃない、新しい体験をしたんだ」と言うのではないかと思います。

水口 そういう風に言ってもらえると、すごく嬉しいですね。確かに感覚的には、ゲームというカタチを借りて、体験設計をしている感じがすごく強いんです。本当は別にゲームじゃなくてもいいんだけれど、おそらくゲームのカタチを借りるのが、現時点では一番多くの人にリーチできる。でも、この先5年10年で大きく変わってくると思います。おそらく僕らがやっていることも、次の5年10年で変わるだろうなと思いますね。もっとパブリックになっていくような気もするし、ゲームではない、ほかのカタチで世の中や生活の中に入っていける可能性があるんじゃないかと思っています。

感覚を拡張する時代へ

石川 ゲームに限らずですが、人は基本、ずっとオートメーションを目指してきたのではないかと思うんです。日々の活動を、いかにオートマティックにしていくかという「オートメーション化」の時代を歩んできたのではないかと。でもここからは、いかに人間を拡張(オーギュメンテーション)していくか、という時代になっていくと思います。人間の拡張というと、義足でメッチャ速く走るとか、そういうオーギュメンテーションもありますが、感覚のオーギュメンテーションというのは、一番の未解決問題ではないかと思います。その突破口になるのが、「テトリス・エフェクト」だと思います。

実は「感覚のオーギュメンテーション」のような体験を、先日、栃木の山道で経験したんです。まっすぐな緑のトンネルを歩いていた時、虫の声がメチャクチャうるさかったのですが、そのうち軽いトランス状態になって、すっごく気持ちよかったんです。

都市にいると、そうしたことは起こりえませんよね。刺激がないから、スマホでゲームをしたり、ニュースサイトを見たりするのかなと、その時思いました。だとするなら、感覚のオーギュメンテーションというのが、これから来そうだなって。

水口 それは同感ですね。僕も街を歩く時は、ノイズキャンセリングのヘッドフォンを付けて、ローファイなアンビエントな音を聴くのが好きなんです。心がすごく落ち着くというか。実はこれも、アリエステージアの話と近いと思うんです。例えば曇りの日の夕方のムードと、ローファイなアンビエントな音、それと街が組み合わさった時に、自分はハッピーな気持ちになる……みたいな。

石川 メッチャいいですね。

水口 僕たちは当たり前のように、画像やテキストや音といった単感覚に分割して考えますよね。そうやって五感に分けて考えるクセは、アリストテレスの時代から続いているんです。乱暴に言うと、人類はこの2000年間、アリストテレスの魔法にかかっちゃっている気がします。もちろん五感は代表的な感覚ですが、それぞれを分けてしまったことで、視覚や聴覚といった単感覚で何かを表現しようとしたり、受け取ったりという意識に凝り固まってしまったのではないかと思います。

映像にしても、四角いフレームの映像って実はとてもアンナチュラルで、生活の中や自然の中にはまったくなかったものですよね。そうしたアンナチュラルなものの組み合わせで、いろいろなメディアが進化してきたわけですが、これがようやくXR(編註:VR、AR、MR等のこと)によってある意味「元に戻る」と思うんです。VRはそのための最初の入り口だと思います。

統合された共感覚の体験こそ、僕ら人間が元々持っている「自然な生理」に合っていると思うんです。そっち側へ戻っていくことで、体験を、かなり幸せな方向にトランジションできる可能性が生まれると思いますし、自分はそこをすごく見ているんです。

「歩く」を拡張する!?

石川 今日はずっと、人類のこれからの話をしている気がします。これから僕らは、何を見て、何を聞いて、何を体験するんだろうというときに、すごく本能的というか本質的なところを、ほとんど誰もちゃんと考えていないというのが、問題意識としてあるんです。

例えば椅子ひとつをとってもそうですよね。今の時代、僕らはほとんどの時間を椅子かベッドで過ごしているわけですが、「椅子に座る」というエクスペリエンスに、果たしてイノベーションが起きているのかと。歩くという経験は、ウォークマンで変わりました。でも、座るにはイノベーションが起きていないかなと。それでいうと、「あの話」をしてもいいですか……?

水口 ああ、「あれ」はまだ言えないんですよ。この流れで話せるとおもしろかったけれど、まだ発表前なので……。

石川 残念(笑)。でも少なくとも、これからは椅子に座って「テトリス・エフェクト」をやることで、新たな体験ができるわけですよね。五感の新感覚というか。これはもう、ゲームというより、新しい体験だと思います。「これからの人類というのは、こういうことか!」っていうくらいの。終わったときの、とんでもないところまで連れて来られた感覚は、未来の生活の第一歩ではないかと思います。

水口 僕はずっと、経験や体験の拡張を目指しているので、そう言っていただけるととても嬉しいです。今はVRという技術やゲームというフォーマットを使っていますが、この先、また違う経験や体験を作っていこうと思っています。時代的にもテクノロジー的にも、やっと始まるなっていう予感がします。

石川 確かに、水口さんが培ってこられた経験やテクノロジーというのは、別にゲームに閉じる話じゃないですよね。個人的にはぜひ、水口さんに「歩く」という経験や体験を、拡張してほしいと思います。

水口 ああ、いいですねぇ。

石川 ウォークマンを超える経験は、その後、まだ現れていないと思うんですよね。

水口 それやりましょう。今、ピンとイメージが来た。すごくおもしろいと思います。

石川 ビジネスの観点から考えると、どうしても「Beacon的なもので広告の通知が来る」といったものになってしまうんですよ。そうではなく、歩いているだけで楽しくなるっていうことをやってみたいです。

水口 音と組み合わせて、できると思います。想像の世界では、いろいろなイメージを持てるけれど、それが実際に音になって、音楽化して、今度はビジュアル化して……みたいな経験は、すごいおもしろいと思う。

石川 心拍音とかと連動させることだって考えられますよね。電話は、スティーブ・ジョブズが再発明しましたが、ウォークマンを再発明した人はまだいないので、ぜひ水口さんにやってほしいです。

水口 一緒にやりましょう。

石川 それができたら、とんでもないエンタメが完成すると思うんです。「何で広告をプッシュしようとしたんだ」っていうね。それは、人のことをまったく考えていないということですから。座る、歩く、寝るが、今、人間がやっている3大行為なわけですが、これをどう「いいもの」にしていくかが改めて問われているわけで、そのひとつに、ぜひ取り組みましょう!

profile

石川善樹|Yoshiki Ishikawa
1981年、広島県生まれ。東京大学医学部健康科学科卒業、ハーバード大学公衆衛生大学院修了後、自治医科大学で博士(医学)取得。「人がより良く生きるとは何か」をテーマとして、企業や大学と学際的研究を行う。専門分野は、予防医学、行動科学、計算創造学など。近著に『仕事はうかつに始めるな』(プレジデント)、『ノーリバウンド・ダイエット』(法研社)など。