いまの時代に求められる「新しい教養」とは何かを探し求め、国内外の賢人たちに予防医学研究者の石川善樹がインタビューを行う本企画。今回登場するのは、石川が「師匠」と仰ぐビジネスデザイナーの濱口秀司。「バイアスを壊せば、イノベーションは一発で生まれる」と語る濱口の思考の源泉に迫る。
TEXT BY Tomonari Cotani
PHOTO BY KAORI NISHIDA
デカルト、ベーコン、濱口
石川 濱口さんには、「影響を受けている」どころの騒ぎではありません。端的に言うと、師匠だと思っています。
濱口 よくそんなことを(笑)。
石川 いや、本当です(笑)。濱口さんが常々仰っている、「ストラクチャード・ケイオス」(Structured Chaos=構造化された混沌)という考え方に、それはそれは衝撃を受けたんです。
濱口 僕が松下電工(当時)からZibaに移った1998年に思いついたことですね。
石川 その1998年という年は、もしかしたら歴史的な年なのではないかと思うんです。実は人に「濱口秀司とは何者か?」を説明するときに、僕は「デカルト、ベーコン、濱口」って言っているんです。
濱口 どういうことですか(笑)?
石川 僕なりの解釈ですが、この400年間、考える形態はデカルトの「演繹法」、そしてベーコンの「帰納法」しかありませんでした。そこに、濱口の「ストラクチャード・ケイオス」が登場するわけですよ。これは言うならば、人類に400年ぶりに訪れた「思考のイノベーション」なわけです。
石川 それで今日は、このストラクチャード・ケイオスという考え方に、一体どのようにしてたどり着いたのかを詳しく教えて頂こうと思いまして。
濱口 なるほど。いろいろなものが積み重なった結果でもあるので、話すと結構長いですけど。
石川 とことんお願いします!
C→S→D→E
濱口 まず、よく描いているチャートですが、どんな会社でも「コンセプトを作り、次にそれを実現させるためのストラテジーを作り、その中から意思決定し、実行する」というプロセスでものごとが進みます。コンセプトというのはふわっとしたもので、ストラテジーというのは、重要な意思決定の組み合わせによって生まれるコンセプトを実行できる魅力的かつ実行可能なプラン。たとえばABCという戦略を見つけて、どれがいいだろうかと。「Cは過激だよね」「Bはモデレートだけど、多少リスクもあるから……」と考えた末、「じゃあBで行こうか」といった具合に選び、初めてエグゼキューションに入るわけです。
濱口 これは、研究でもそうです。いきなり試験管を振らないですよね。やっぱりコンセプトがあって(C)、どういう研究をするか代替案を決めて(S)、ディシジョンメイキングがあって(D)、実行(E)に移る。組織論にしても、「濱口、新しい組織を考えてくれ」と言われて、いきなり組織チャートを書きませんし、商品企画にしてもそう。必ず、このプロセスがあります。
で、戦略的自由度というのは、最初は無限大に高いんです。たとえば「照明事業が赤字だから何とかしろ」と言われたら、いくらでも考えられます。たとえ照明という制約条件があったとしても、新型の照明器具のシリーズを考えることもできるし、照明を売っている流通チャネルを根本から変えてしまう……とか、ありとあらゆることを360度で考えられるわけです。ところが、コンセプト・ビルディングが終わった瞬間に自由度が落ちていくんです。当然ですよね、「新商品にはこんな特徴があって」ということになったら、ほかの可能性はオミットされるわけですから。
次に「戦略を作りましょう」ということで、ウンウン考えます。最終的に3つ4つの選択肢が出て、悩みまくって選んだ時点でまた自由度は減ります。極端なことを言うと、ビジネスというのは無限の自由度から自由度を落としていく作業にほかならないんです。
石川 これは、松下電工ではみんなが習うようなチャートなのですか?
濱口 僕のオリジナルです。次に、もうひとつの縦軸を発見したのです。リソースアロケーションです。これが、戦略的自由度と逆さになっていることに気がつくんです。
石川 自由度が高い状況では人やお金も割かれず、実行段階になればなるほど、みんながんばるということですね。
濱口 そう。どんだけ頑張っちゃってんねんと。実行時の物量に比べると、意志決定段階では、ちょっとしたディスカッションで決まっていたりするわけです。このことを発見したとき、非常にバランスが悪いなと思いました。自由度があるところで頑張っておらず、決まったところから頑張っているわけです。これはいけないと。では、なぜそういうことが起こると思います?
石川 うーん、何ででしょう……。
濱口 ツールがないからです。エグゼキューションの段階では、ツールがあるんです。「会計処理をしろ」と言われたら、勉強して1日中ガリガリできますよね。「カスタマーサポートの仕組みを作れ」と言われたら、本で何日でも学べるし、ベンダーを呼んで要件設定のミーティングをしてからいろいろ開発やテストができます。チャートの右側は、ツールがあるから時間をこなせる。時間やお金を使えるというのは、要は何かしらエンジンがあったり、やり方があるからなんです。
一方、チャートの左へ行けば行くほど、ツールがありません。コンセプト・ビルディングで、たとえば「すごいホワイトボードペンを作れ」とクライアントから言われて、Aくんに「考えてみろ」とお願いするとします。「5分で考えろ」と言われたら、めちゃくちゃクリエーティブに考えると思います。Aくんがデザイナーだったら、ノートに握りやすくてかっこいいデザイン画を描くかもしれませんし、エンジニアだったらパーツの構成やインクの技術などを考えるかもしれません。で、仮に「1週間で考えろ」と言われたら、間違いなく失速します。「そのことだけを考えろ」とどこかのプロジェクトルームに詰め込んだ場合、2日目くらいには、市場に出回っているあらゆるホワイトボードペンを取り寄せて調べたりするでしょう。でも、4日目あたりになると、もう考え続けられなくなる。
もっと言うと、「1年間かけて、背筋も氷るようなホワイトボードペンを考えろ」と言われて、365日をきっちり有効に使える人って、そうそういないと思います。なぜなら、ツールがないからです。
そこでツールを手にするべく、まずは意思決定に着目しディシジョン・マネージメントという方法論を学び、自分なりに構築したんです。その結果、分析がめちゃくちゃできるようになったんです。
石川 ほぉ!
濱口 研究所内で研究テーマの戦略と事業価値分析を行うことから始めたのですが、結果として経営企画に移動し、社長の元で全社の戦略投資案件を分析することになりました。そして本社でいつのまにか、10億円以上の投資案件はこの方法で分析してから審議するという流れに。「この工場を作ります」「この事業の商品戦略を変えます」……。相当な数のクリティカルな案件を分析するようになりました。当時の松下電工では10億円以上の投資案件がたくさんあったのですが、それを、コアメンバーが4人しかいないチームで分析するようになったんです。
石川 逆に言うと、「10億円以上の投資案件は、僕らが見ないと投資しちゃダメよ」ということですね。ムチャクチャ勉強になりますね!
濱口 もう、普通の人生では味わえないくらいの事業数を見るわけです。事業部長でも、クリティカルな意志決定なんて年に数回です。それを、僕らは毎週毎週分析していました。加えて、松下電工というのは事業範囲が広いので、マッサージチェアから照明からセンサーからキッチンまで、あるいはBtoBからBtoCまで、なんでもあるわけです。ものすごい体験です。そこで、次の発見があるんです。分析しているものの中には、腐ったミカンや腐ったリンゴもあって、そんな時は「戦略的には、フレッシュなイチゴを考えた方がええんちゃうの?」と感じるようになりました。それで、「ストラテジー」に移ったんです。
石川 おぉ、なるほど!
濱口 そこで、「戦略とは何か?」「戦略はどう作るのか?」を修行するべく、アメリカへ行くわけです。
石川 それでZibaに行ったわけですね。
濱口 はい。僕が参画したことでZibaはグングン伸びて、「ストラテジック・デザインファーム」という名称が生まれました。「えっ、戦略的デザイン会社っていうのがあるんだ」って。このZiba時代に、さらなる発見がありました。すごい戦略を作っても、すごいコンセプト、たとえばUberみたいなものが来たら、事業は吹き飛ぶということです。上流から来るものには、勝てないんです。
何しろコンセプト・ビルディングの段階では、自由度は無限大ですから。それに比べて、戦略作りの段階は、制約条件がたくさん入ってきます。その条件や情報を整理することで、いい戦略を作ることが可能です。でもコンセプトは、何も制約がない。まったく違うフェーズなので、ビビッていたんです。でもいくつか事件もあって、やらざるを得ないなと。
石川 あー、なるほど。D(意思決定)→S(戦略)→C(コンセプト)の順に濱口さんは構築していったんですね。そういう意味でいうと、僕は完成された状態の濱口さんと出会ったから、逆にC→S→Dの順で道を歩み始めています。この2年はだいぶコンセプトづくりの練習をしたので、「次はそろそろ、ストラテジーを学ぼうかな」と思っていたところでした(笑)。
「ゼロ→イチ」じゃなくてもいい
濱口 そういえば、ひとつ言っておきたいことがあります。コンセプト・ビルディングってよく「ゼロ→イチ」って言われるじゃないですか。僕は、それにビビっていました。ゼロからイチを生み出すのは、エンジニアリング的に言うと無理なわけです。何もないとこからシステマティックに何かは生み出せない。で、僕の最大の発見は何かというと、「ゼロからスタートしなくていい」ということなんです。
みんな「ゼロ→イチ」「ゼロ→イチ」って言いますよね。あれ、間違いですよ(笑)。まあ、スティーブ・ジョブズは知りませんけどね。「空から何か降ってきた!」、みたいな人はいると思います。実際、僕もそういう人を知っています。
石川 へぇ、どなたですか?
濱口 僕の父親は固体物性の権威で、家にノーベル賞を取った研究者が来るような家庭環境で育ったんです。中学生のとき、家に量子ホール効果を発見したクラウス・フォン・クリッツィングがやって来ました。で、「フォン・クリッツィング定数はどうやって見つけたんですか?」って聞いたんです。「それはね、ずーっと何年も考え続けて、ある日、朝起きたら数字がわかったんだ」って、フォン・クリッツィングは言うわけです。その瞬間に、「オレには無理やろ」って思うわけですよ(笑)。
石川 あはは、フォン・クリッツィングすごい!
濱口 一方で、「普通の研究はこうなっている」とパターニングして、「このゾーンが空いている」と裏をかく研究者は多いと思います。たとえば山中伸弥先生のiPS細胞は、非常に戦略的だと思います。
研究に自分の脳みそを注ぎ込むわけですから、直観で「ここやな」ってやるタイプもいていいわけですが、そのときは、自分の天才性を信じなければいけない。自分の天才性が若干脆弱であるなら、何かで武装すればよくて、たとえば、どこかにフォーカスすれば勝てるわけです。そのフォーカスする位置を見つけるのが、技法なんです。ノーベル賞を取っている研究者というのは、直観タイプが半分で、残りの半分はフォーカスする位置を見つける技法を持っていた人だと僕は思います。
何が言いたいのかというと、僕の最大の発見は、「ゼロ→イチ」ではなく、「イチからスタートすればいい」ということなんです。このイチがなにかというと、バイアスなんです。
石川 キタッ! バイアスの話。
濱口 人間って絶対バイアスを持っています。どんなテーマを与えられても、そこには本人たちが気づいていない先入観があるんです。「ここではこうしなきゃアカン」とか、「こいつとこいつは一緒にくっつけられない」とか。それに縛られて事業をやっているわけです。だからこそ、効率的に判断できる面もあるわけですが……。で、僕のイノベーションというのは、「そのバイアスを見つけて破壊すればいい」ということなんです。それを発見した瞬間に、コンセプト・ビルディングに対するビビリが消えました。
石川 なるほど!
濱口 まだもうちょっと長いのですが、続けてもいいですか(苦笑)?
石川 どうぞどうぞ(笑)。
不確実性とモデリング
濱口 次に僕が気にしだしたのが「モデリング」という発想です。これは、ディシジョン・マネージメントをやっているときなんです。ディシジョン・マネージメントってとてもいい手法で、意志決定を構造化して戦略を定義することだったり、不確実性を構造化して分析・計算していく手法なんです。端的に言うと、不確実性には1から4までレベルがあるんです。
濱口 1つめは「ほぼ読める未来」。日本の出生率が来年何%かは読めますよね。あるいは、「おむつのビジネスやってます」みたいなときに、「市場規模がどれくらいか」ということは予測がつきます。
次のレベルは、もう少し分岐する「シナリオ的なもの」。たとえば「あるものを発売したとき、政府で認可が下りるかどうか」。これは、パーセンテージになりますよね。もしくは「発売したとき、マーケットシェアが何%になるか」。「ゼロか100かわからない」じゃないですよね。自分たちの営業力や、過去の事例もあるから、「まあ、アカンかったら20%だけど、うまく行ったら35%までいくんちゃうか。でも40%って言われたらビックリするわ」、というシナリオが見えてくる。
3つめが、「見えないけれど方向がわかる」というレベルです。よく言う事例なのですが、1970年代にアメリカに行ってコンピューターの専門家に、「パソコンってどうなる?」って聞いたら、たいがい「パーソナルコンピューター、来るよね!」と答えるでしょう。でも、「いつ、どれくらいの値段で何が売られて、アプリケーションはどうなりますか?」って問われたら、わからない。でも、方向はわかる。これが、3番目の不確実性のレベルです。
4番目の不確実性は、今と同じ質問。「将来パソコンってどうなりますか?」という質問を、1950年代のロシアに行って専門家に聞くんです。「そんなのわからんニコフ」って言われるわけです。
石川 うっ(笑)。
濱口 コンピューターといえば、部屋いっぱいサイズのマシンの時代に、「何でこれがパーソナルになるねん」って、まったくよくわからない未来なわけです。
実はディシジョン・マネージメントでは、これをきちんと分類して取り扱うんです。まず、事業的に4番目は無視していいです。わからないことはナンボ考えてもわからないわけですから。ただ、「本当はパターンが読めるのに、ようわからんから読めない4に放り込む」とか、「不確実性がけっこうあるのに1点読みをする」というのは、経営者がよくやる失敗です。PLとかを固定されたベストシナリオで見ようとする。これ、間違いです。動くものは動くように見ないといけないので。
で、1と2は、パーセンテージとか枝分かれ、つまりは数字で行けるんです。それが「方向性(=3)」になった瞬間に、数字では取り扱えなくなります。「パソコンが来そうです」ということを、数字では言い表しようがないんです。でも、「今、新型パソコンを出したら、何台くらい売れます」というのは、パーセンテージで行けますよね。
つまり3つの不確実性のうち2つめまで扱えるというのが、ディシジョン・マネージメントなんです。でも、すごく有効です。ワケわからないくらい有効です。なぜかというと、ほとんどが1点読みか、わからないところに放り込むだけなので。2つ扱えるだけでも、すごく有効なんです。松下電工時代は、それをしこたまやって楽しかったんです。入社数年目で、分析して経営会議にも出るわけですから。
「コレ、腐ってますよね?」
濱口 次に、戦略問題を扱うようになり、「腐ったミカンを分析しているケースがあって、悔しい」ということが起こります。「こんなの分析してもおもしろくない、フレッシュなイチゴを戦略的に思いつきたい」と思うわけです。で、事業部長に言うわけです。「コレ、腐ってますよね?」と。「僕、フレッシュなイチゴを考えたんですけど、どう思います?」って。そうすると、まあたいがいの事業部長が「お前は分析しとけ!」と言いますよね。「オレら事業のプロだぞ、お前はやったことないだろ」と。それが10に9です。ところが10に1つくらい「それはオモロイな。思いつかんかったわ。お前のプランも分析に入れよう」って言ってくれる事業部長に当たることもあるわけです。分析してくれ。と。
それで早速分析を始めるわけですが、どういうわけか、自分のイチゴが分析できないんです。
石川 わっ、なぜでしょう?
濱口 イノベーションは見たことがないので、見たことがないものは、考え方を変えなければいけないからです。たとえば、非常時にこの部屋から出て行くのはあのドアのドアノブをひねると思っていますよね。「違います、壁にかかった絵を500回なでるとドアがパカッと開いて出口になります」だと、イノベーティブですが、明日の朝までに何人がこの部屋から脱出できるか全然わからない。という問題に直面するわけです。
石川 それまでは、既存事業の分析だから分析できていた、ということですね。
濱口 そこにイチゴをもちこんだ瞬間、ディシジョン・マネージメントの範囲を超えてしまったわけです。自分の持っている最強のツールで、自分が素敵だと思うものを分析しようと思ったら、何と「分析できない」という最悪の事態が起きたわけです。何で分析できないのかをよくよく考えた結果、「数字の予測とパターニングが使えない」ということを発見しました。すなわち、イノベーティブなものは業界の不確実性を3までブーストするので、ディシジョン・マネージメントの限界を超えると。その時点で、ディシジョン・マネージメントは投げ捨てようと思ったわけです。
ディシジョン・マネージメントは、既存事業とか、わかっていることを分析するにはいいけれど、「すごいコンセプトやすごい戦略が出てきたら、もう分析不可能」と判断したんです。
そこから、思いっきり考えました。論理性を担保しながら、情報処理もしながら、戦略とかコンセプトを考えるツールが必要だということを、一晩考えたんです。で、行き着いたのが、「シンプルで、ロジカルで、ビジュアライズされたものをモデルと定義し、思考メディアにしよう」という結論でした。名付けて「モデル・ベースド・アプローチ」。モデルをベースにした思考アプローチを開発すれば、行けるんじゃないかと。
石川 それは、四象限みたいなことですか?
濱口 そう。2×2(四象限)はまさにモデルです。シンプルで、ロジックがあって、MECE(編註:Mutually Exclusive and Collectively Exhaustive=互いに重複せず、全体に漏れがない)になり、オポチュニティロスがない。それに、ビジュアライズされています。
ふにゃっとしたアイデアを3つ渡されても、モデルじゃないから取り扱いできません。ロジカルでもない。その点、2×2がふたつあったら、「こいつはこいつのサブ階層だ」とか、「この切り口とこの切り口をもう一度インテグレーションして……」という具合に、ガチャガチャ触れることができます。
モデルベースで考えたら、今までぼくが苦労した不確実性もモデルで記述できるし、戦略もモデルで記述できるし、いろいろな特徴をモデルで記述できる。Zibaでこのモデル・ベースド・アプローチを使い始めたら、「それ、どういう技法なの?」って不思議がられました。「どこの大学でも教えてないね」と。なので、「MBA(Model Based Approach)です。これは……」と説明していたわけです。女性がいないときは「それからねMBAっていうのは別の意味もあって、Married But Availableです」って言ってましたけど(笑)。
石川 あはは(笑)。
「パースペクティブとアイデア」はセットで
濱口 ところが、ここで困ったことが起きました。論理構造をグイグイといくつでも組めるのですが、作っていくと、「アイデアがあまりおもしろくない」というケースと、「抽象概念過ぎてついていけない」というケースと、「切り口がおもしろくない」というケースが出てくるんです。
何が欠損しているんだろうと考え、「抽象概念は理解しづらいので、具体論と紐付けた方がいい」という結論を思いつきました。そうすることで、複雑なモデルも理解しやすくなったんです。
たとえば「動く照明」という戦略を思いついたとします。その場合、照明にはスタティック(静的)とダイナミック(動的)という切り口がある、ということが浮かび上がります。その次に、極端な具体例を考えるんです。ムチャクチャ静的な照明は何かというと、コンクリートの中にバッテリーを仕込んだLEDを埋め込んで、それを地下60mに埋めたら、おそらく核戦争が起きても光っていますよね。というくらい静的な具体例。次に、天井に2万個のLEDをちりばめて、シーケンサーで走らせる、というムチャクチャ動的な具体例。そうやって考えていくと、段々軸が見えてくるんです。
つまり、「パースペクティブ」と「アイデア」をニコイチで扱うと、アイデアから切り口を引きずり出しやすくなる、ということがわかってきました。Zibaでもそれで成功するんです。
アイデアは多様な方がいいので、デザイナーやエンジニアのアタマを利用することをすぐに思いつきました。「ブレストをやりましょう」と。ブレストの結果、たとえばおもしろいアイデアが10個出たとします。その中で最もおもしろいアイデアを2つ選んだら、軸が2つできるからモデルが作れます。モデルが作れると、「ものすごくエクストリームなアイデア」とか「この要素だけを外したハイブリッドなアイデア」とか、論理的に、メカニカルに作れるようになる。
それでも、すごいコンセプトが来ると吹き飛んでしまうわけです。なので覚悟を決めて、コンセプト・ビルディングをやることにしたんです。ちょうど、松下電工ではとある課題があって、その分野でイノベーションを起こさなければいけませんでしたし。
石川 どのようにアプローチしていったのですか?
濱口 シリコンバレーの界隈にはデザイン会社が100社くらいあるのですが、IDEOとか有名どころも含めて、いくつかの会社に同じお題を振ったんです。普通はいろいろ精査して、「やっぱりIDEOに頼もうか」「フロッグデザインに頼もうか」となるわけですから、会社としてはクレイジーですよね。でも、そのお題の領域から何かすごいものが出てきたら、ビジネスはうまくいくし、僕は勉強できるし……と思っていたんです。でも結果は、みんな○ソでした。
石川 うわぁ……。
濱口 何もおもしろくない、という結末で、○億円の負債だけが残りました。「ヤバイ。○億円の回収、どうすんねん。コンセプトどこや?」と(笑)。緊急事態ですよ。そこで発動したのが、「これちゃうか?」と僕が思っていたプロセスで、それこそがバイアス・ブレイクだったんです。
石川 おお、そうだったんですね! 具体的にどのような作業をしたんですか?
濱口 過去に自分がやったプロジェクトで、成功したものと失敗したものを比べてみたんです。どちらも「モデル」を使っているのですが、どうも違う。そこで気づいたのが、2×2が、バイアスの場合と、整理している場合と、オモシロ切り口の場合があるな、ということだったんです。だったら、バイアス自体をモデル化して分析すれば、バイアスをブレイクでき、違う発想をオートマティックに作れるんじゃないか、という点に行き着いたんです。
そこで各社から出て来たたくさんのまったくイノベーティブでないアイデア群に絶対バイアスが入っていると考え、バイアスのモデルを作ってそれを引きずり出していった。そしてバイアスを壊したモデルでアイデアを作る。今まで培ってきたやり方を、バイアスに着目してやると、一発でイノベーションが生まれたわけです。
実際、○億円の残骸を全部分析して作ったら、やっぱりできました。
石川 「イノベーションは一発で生まれる」。名言ですね!!
トレードオフとイノベーション
石川 僕は、1年ほど前に濱口さんがポロッと言ったひと言で「そうだったのか!」と思い、それから思考の仕方がガラッと変わりました。それは何かというと、今のバイアスとちょっと関係すると思うのですが、「トレードオフ構造を見つけたら、こっちのもんだよね」という言葉でした。それを聞いて、目から鱗が落ちまくったんです。何かしらのモデルを作るときに、僕ら研究者は、どうしてもMECEで作りたがるんです。でも、トレードオフ構造になる軸を見つけることで、イノベーティブな視座を得ることができる。この2年間、その特訓ばかりしていた気がします。
濱口 そうですね。トレードオフ、それも大きくて深いトレードオフをみつけることが自動的にバイアス・ブレイクにつながりますから、それをモノにするだけでも価値があると思います。
石川 いやー、濱口に歴史ありですね。……え、もう時間ですか!? なんと。今日は本当に触りの触りで、「ストラクチャード・ケイオス」が実際のところ何なのか、というところまでたどり着きませんでしたが(笑)、シンプルに言うと、直観でも論理でもなく、大局観ということだと捉えています。
濱口 そうかもしれません。
石川 で、「デカルト、ベーコン、濱口」な僕としては、「濱口」を経典として残す使命があると思っているんです(笑)。キリストも釈迦も著作を残しておらず、後の人が経典を書いたわけですしね。だから、じっくりと、ひとつひとつ追いかけていこうと改めて思いました。
濱口 教養ということに寄せて言うと、たとえば、「ロジックとアイデアは必ず対にすること」が重要だと思います。アイデア&マス(idea & mathematics)の交点が、大切だからです。アイデアだけやるコンサルティング会社はいっぱいあります。でも今はみんな賢いから、「アイデアはおもしろいけど、それしかないの? どうやって機能するの?」ということを説明できないことがある。その一方で、マスマティックをやるコンサルティング会社もたくさんある。でも彼らにはアイデアがないわけです。両方できる会社が少ない。
その理由はなにかというと、ツールがないからなんです。アイデア好きのヤツらが集まればアイデアは作れる。論理好きなヤツらが集まれば論理はできる。でも、ツールがないから、融合しない。だから教養として重要なのは、「アイデアがあったら、必ずそれをマスマティックにする」「マスマティックを思いついたら、必ずそれをアイデアにする」、というクセを身につけることなんです。
石川さんが仰ったように、必ずトレードオフで見るということと、トレードオフは解消できる、という確信を持っていることが重要です。
石川 教養とは、「アイデア&マス」を対で考えるクセを身につけること。おお、最後にひとつ結論がでましたね!
濱口 それに付け加えて、もう少し情緒的に言うと、「おもしろがる力」、「おもしろがらせる力」、「おもしろくする力」の3つが、これから先に持つべき教養だと思います。
まず、何かを見て「おもろい!」とか、「へぇ、何それ?」といった具合に、キチンと「おもしろい」と感じることが重要です。
2つめは、何かおもしろいことがあったら、人に「おもろいで」と伝えること。「こんな発見があるよ」って、自分が考えたことに人を巻き込む力が重要です。
最後は、おもしろくないものをおもしろく変えたりだとか、バイアスをブレイクするみたいなものを自分で発見して、おもしろいものを作っていく力です。
そして「おもしろがらせる」ときには、アイデアとロジックが非常に重要なんです。どちらかだけでは、人は満足がいかない。「アイデア&マス」のニコイチが、おもしろがらせる力のコアにあるんです。この「おもしろがらせる力」が鍛えられないと、「おもしろくする力」はついてこない。だから、この3つを「教養」として身につけないといけないと思います。そして教養だから、テクニークとして書いて学べるようにしないといけない。今日お話したようなことは、そのテクニークだと言えると思います。情緒的に言えばですが。
石川 ムチャクチャおもしろいですね! 今のお話を僕なりにまとめると、「おもしろがる力」には直観が重要で、「ちょっと待てよ」という違和感を感じる力が強い人ではないかと思うんです。「おもしろくする力」は、大局観ですね。大局観のある人は、「そもそも」ってよく使います。「そもそも世の中はどうなっているのか」とか。そして「おもしろがらせる力」には、論理が必要になってくる。
「ちょっと待てよ、そもそもこういうことだから……、ということは、こういう“アイデアとマス”ですね!」と。
この、「ちょっと待てよ」「そもそも」「ということは」という口癖を、気にかけていくといいのではないかという気がします。でもみんな、ちょっと待たないんですよねぇ(苦笑)。
濱口 確かに(笑)。
石川 だからこの記事を読んだ人は、バイアス・ブレイクのチャートを書くことを、ぜひ1年やってみてほしいんです。全然変わりますから。大局観を得るための、はじめてツールができたわけですからね。というわけで濱口さん、この続きを近々やらなければですね。
濱口 はい。何でも話しますよ!
石川 次回はぜひ、ポートランドの濱口さんのオフィスでお願いします!
濱口秀司|Hideshi Hamaguchi京都大学卒業後、松下電工(現パナソニック)に入社。研究開発や全社戦略投資案件の意思決定分析担当などを経て、1998年に米デザインコンサルティング会社Zibaに参画。パナソニック電工新事業企画部長、パナソニック電工米国研究所上席副社長、米ヴェンチャー企業のCOOなどを歴任。2009年、ZibaにDirector of Strategyとしてリジョイン。13年、Zibaのエグゼクティヴフェローを務めながら、自身の「実験」会社、monogotoを米ポートランドに立ち上げ、ビジネスデザイン分野にフォーカスした活動を行っている。東京大学 i.school エグゼクティヴフェロー、慶應義塾大学大学院SDM特別招聘教授。京都大学デザイン学特命教授。大阪大学医学部招聘教授、ドイツRedDotデザイン賞審査員。
石川善樹|Yoshiki Ishikawa1981年、広島県生まれ。東京大学医学部健康科学科卒業、ハーバード大学公衆衛生大学院修了後、自治医科大学で博士(医学)取得。「人がより良く生きるとは何か」をテーマとして、企業や大学と学際的研究を行う。専門分野は、予防医学、行動科学、計算創造学など。近著に『仕事はうかつに始めるな』(プレジデント)『ノーリバウンド・ダイエット』(法研社)など。
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