生成AIをはじめとする先端テクノロジーの社会実装が進むなか、次なる社会変革のドライバーとしていま注目されているのがロボティクスだ。なかでも長年にわたって産業用ロボットの開発を手がけてきた川崎重工は「ソーシャルロボット」と題し、さまざまなシーンで柔軟に人の生活を支えてくれるロボットの開発を進めている。同社のソーシャルイノベーション共創拠点「KAWARUBA」を訪れ、ひと足早くソーシャルロボットと私たちが共生する未来を覗いてみよう。
TEXT BY SHUNTA ISHIGAMI
PHOTO BY KAORI NISHIDA
ロボットと人間の関係性が変わりはじめている
私たち人間とロボットは、切っても切り離せない関係にある。
実のところ、現代社会はロボットによって支えられているからだ。私たちが日常的に見かける製品の多くは工場の生産ラインで稼働するロボットアームなしには生まれ得ないものであり、快適な暮らしの基盤となる物流網も倉庫内で動き回るロボットによって成り立っている。こうしたロボットは、人間の目に見えない場所で社会のインフラとして機能してきた。
しかしいま、その関係性が大きく変わりつつある。飲食店で配膳ロボットが料理を届け出しているように、私たちの生活空間のなかでロボットが活動する機会が増えているからだ。
そんな変化をリードする存在のひとつが、産業用ロボットのパイオニアとして半世紀以上の歴史を誇る川崎重工だ。同社は1969年に国産初の産業用ロボットを発表して以降、日本最古の産業ロボットメーカーとして自動車産業や半導体産業を中心に日本の製造業を支えてきた。2020年代以降は国産初の手術支援ロボット「hinotori™」を共同開発するなど、医療業界への進出にも積極的に取り組んでいる。
「しかし、産業用ロボットの開発を進めるなかで、従来のロボットだけでは対応できない課題が増えていると感じていました。そこで私たちは2015年からヒューマノイドロボットの開発に着手しまして、2023年から『ソーシャルロボット』というコンセプトを提唱し、人間とロボットとインフラの3者を協調させることで幅広い社会課題の解決に取り組みはじめています」

藤本浩明|Hiroaki Fujimoto|社長直轄プロジェクト本部 ソーシャルロボット事業戦略部 特別主席 モノを動かす(制御する)ことがしたくて川崎重工へ入社。希望通り新製品の開発、特に制御システムおよびコントローラの研究開発に従事し、船のような大きなものからロボットのような比較的小さなものまで、動かすことに魅力を感じている。2023年よりソーシャルロボットの開発に参画。個人的にはマクロス派。
川崎重工でソーシャルロボットの開発を推進する藤本浩明氏がそう語るように、同社が現在注力しているのが人間と同じ空間で自律的に行動できる「ソーシャルロボット」だ。従来の産業用ロボットが工場のような特定の環境で定型的な業務を担ってきたのに対し、ソーシャルロボットは人間との協調が前提となるためその設計思想は大きく異なる。川崎重工はこれまで培ってきたハードウェアの技術だけでなく、近年目覚ましい発展を遂げているAI技術などを取り入れながら、より自律的に稼働できるロボットの社会実装に取り組んでいるという。
さらにこうしたソーシャルロボットは、さまざまな社会課題を解決する可能性を秘めている。
「少子高齢化、災害、安全保障といった社会課題が深刻化するなか、ソフトウェアや人手だけでは対応が難しく、また問題が複雑化するなかで自律的な判断を求められる事も多くなっています。そこではロボットが“現実的な解”のひとつになり得ます。例えば放射線が強い場所、有毒なガスが発生している場所、災害現場など、特に人が立ち入れない危険な場所での作業などはロボットだからこそできることでもある。近年のフィジカルAIの発展も、この動きを後押ししています」
そう藤本氏が語るように、川崎重工は段階的にソーシャルロボットの活動フィールドを広げようとしている。まずは工場や物流倉庫での移動作業など、比較的シンプルな作業から導入を進め、災害現場や医療・介護の現場における作業支援が行われる。将来的には、あらゆる環境下でさまざまな作業に対応できるようにしていく見込みだという。
多様な空間で活躍するソーシャルロボット
現在川崎重工が展開するソーシャルロボットは、それぞれ異なるシーンで社会実装が進んでいる。その筆頭と言えるのが、すでに病院やマンションで活躍の場を拡げている屋内配送ロボット「FORRO」だ。2021年から事業開発が始まり、2024年4月に正式サービスをローンチ。2026年3月時点で16台が8施設で稼働している。
「当初はロジスティクスの領域で何か新しい事業に挑戦できるのではないかと考え、物流倉庫やショッピングモールなどさまざまなフィールドを検討していました。ヒアリングを重ねるなかで、コロナ禍という時代背景もあり、医療業界の人手不足や業務量の増加が深刻な課題となっているという声をいただいたことで、病院を最初の導入フィールドに選定しました」

井上健輔|Kensuke Inoue|社長直轄プロジェクト本部 近未来モビリティ総括部 グローバルマーケティング&セールス部 担当部長 鉄道車両エンジニアの経験を経てFORROの事業開発に参画。社会のためになるモノづくりを志し、交通インフラやロボティクスなど様々な視点で社会貢献につながることにモチベーションを感じている。ロボットは子供のころからなじみ深く、特にガンダムのファンでいつか具現化したい。
FORROの事業開発を担当する井上健輔氏はそう振り返り、病院や医療従事者へのヒアリングを重ねながら開発に取り組んできたことを明かす。現在FORROが導入された病院では、院内で看護師の代わりに検体や薬剤などを搬送する業務を代替することで人間の負担を軽減するとともに、専門業務へ注力する余裕を生み出し、医療サービスの品質向上に寄与しているそうだ。実際に愛知県の藤田医科大学病院で行われた実証試験では、FORRO1台で看護補助者3人分の業務を担い、配送業務全体の44%を削減し人の移動距離を22%削減することに成功したという。
「従来の医療現場では業務が属人化しやすく、モノの動きが複雑になっていたのですが、FORROの導入によって業務が楽になるだけでなく整流化するという副次的な効果も得られています」と井上氏が続けるように、ソーシャルロボットの活用は既存の業務構造を変えていく可能性を秘めてもいるだろう。
現在はさらに活躍の場が広がり、都内の大規模マンション「三田ガーデンヒルズ」では4台のFORROがポーターロボットとして稼働中だ。エントランスから各住戸の玄関先まで荷物を届けるサービスを展開しており、買い物袋やスーツケースなど重い荷物をFORROに預ければあとは手ぶらで部屋まで戻れるようになっている。
こうした配送ロボットのなかでも、「腕」のついた自律移動ロボット「Nyokkey」はFORROと異なる展開を広げている。台車型の本体に双腕を搭載したNyokkeyは、単に荷物を運ぶだけでなく、腕を使って荷物を置く作業まで担うことが可能。こうした特徴は、実証実験のパートナーである台湾鴻海科技グループと協議していくなかで定まったものだという。
「台湾の病院は日本と異なり、スタッフステーションに常時スタッフがいるとは限りません。現地のニーズをヒアリングしていくなかで、腕が必要だということが明らかになりました」
藤本氏がそう語るように、川崎重工は現場の課題と真摯に向き合いながらきちんと人々を支えてくれるソーシャルロボットを開発してきた。そんなソーシャルロボット開発の原点であり未来を指し示すのが、ヒューマノイドロボット「Kaleido」だ。
2015年から開発が始まり現在9世代目となるこのロボットはまだ社会実装の段階に至っていないものの、2025年12月に行われた国際ロボット展では生産ロボットへの指示出しから、ほうきでの清掃、災害現場での作業などさまざまなデモンストレーションを披露し大きな話題となった。
今後は、ヒューマノイドロボットが活動するフィールドも広がっていくだろう。川崎重工は2050年頃までのロードマップを策定しており、まず2030年頃には工場や物流倉庫など管理された空間内で、重量物を運ぶなどの簡単な作業や人の作業支援に活用される見込みだ。
続いて2040年頃までには、高所や狭所でのインフラなどの点検・メンテナンス作業のように、製品の製造現場など周辺環境が変化する空間(不特定多数の人や機器が往来する場所)で安定的に作業を行える状態をつくり、プログラムではなく人間の音声指示などを理解し自律的に作業できることを目指している。
さらに、2050年頃には火災や地震などの過酷な災害現場を含めて、あらゆる環境での作業を担える存在を目指しているという。人間と同じような四肢をもち細やかな動きも可能なKaleidoは、3K(きつい・汚い・危険)と呼ばれる作業から人間を解放してくれる存在になりそうだ。
人とロボットが共存する社会
こうしたソーシャルロボットの開発は、さまざまな点で従来の産業用ロボットとは異なっている。なかでも大きな差異は、ソーシャルロボットが人と同じ空間で動くゆえに人の感情や行動パターンに合わせる必要があることだと井上氏は指摘する。
「安全性だけを重視しすぎると人が行き交う環境で動けなくなってしまいますし、人との協調が求められます。エレベーターに乗る作業ひとつとっても、ロボットがワンテンポ遅れて動いているように見えると、人間にストレスを与えてしまう可能性があるんです」

人間と同じようにエレベーターに乗ること。言葉にすれば至極シンプルだが、ロボットが人間にとってより自然な存在になるためにはセンサーや通信環境などさまざまな点を改良していかなければいけない。人とロボットの共存は、技術の問題であると同時に、人間の感情と向き合うことも求められる。
さらに、人間と同じ空間でさまざまな作業に従事できるソーシャルロボットは、ロボティクス事業の変革をも促しているという。従来の産業用ロボット事業がプロダクトを販売する「モノ」売りだったのに対し、ソーシャルロボットはむしろサービスを提供する「コト」売りの事業になるからだ。
「病院へいきなり配送ロボットを導入しても、使いこなせなければ宝の持ち腐れになってしまいます。私たちはソーシャルロボットの価値をきちんと感じてもらえるところまでお客様に伴走するようなサービスを提供しています」

そう井上氏が語るように、川崎重工は運用方法の提案からインフラ設備の改修まで、導入に必要な工程を一貫して担い、24時間体制の対応も行っている。そして実際にロボットが普及していく社会を考えるうえでは、人間だけでなくロボット同士の協調も必要となる。ひとつの施設やエリアのなかで複数のメーカーのロボットが連携していく必要もあるだろう。
人間の「Buddy」となる存在を目指して
川崎重工が開発するソーシャルロボットは、世界的に見ても注目される領域だと言える。ヒューマノイドロボットを開発する海外のベンチャー企業の動向がしばしば大きな話題を呼ぶなど多くの競合がひしめくなか、川崎重工の強みはどこにあるのだろうか?

「長年にわたって産業用ロボットをビジネスとして展開してきた技術と歴史が強みだと考えています。サービス体制や品質保証はもちろんのこと、多くの方に知っていただけているからこそお客様との信頼関係も構築しやすいように思います」
井上氏がそう語るように、さまざまなスタートアップやベンチャーがひしめく状況だからこそ、川崎重工が築き上げてきた信頼は大きな価値だと言えるだろう。同社はスタートアップとの協業にも積極的に取り組んでおり、柔軟な姿勢で常に進化を続けている。多くの企業のロボット開発が実証実験フェーズに留まるなか、いち早く商用化を実現したという事実は、同社が築き上げてきた技術と信頼の証左でもある。
その進化の先に川崎重工が見据えているのが、ソーシャルロボットが人間の「Buddy(相棒)」として活動する未来だ。
「ソーシャルロボットは人間のBuddyになっていくと考えています。意識しなくても隣にロボットがいて、私たちの生活をサポートしてくれる。もちろんドラえもんのようなロボットが実現するまでにはまだまだ時間がかかると思いますが、それまでにさまざまな社会のニーズに合わせたロボットがつくられると思いますし、これまで以上に社会へロボットが浸透していくはずです」

川崎重工が目指すのは、単に人間の「道具」になったり、人間の仕事を代替するようなロボットではない。人間がより人間らしく、創造的で豊かな時間を過ごせるように。人間という存在を傍らで支えつづけてくれる存在としてのロボットだ。ソーシャルロボットには、これまでとは異なるかたちでロボットと人間が共生する社会の可能性が広がっているだろう。















SHARE