Japan Innovation Campus #1

シリコンバレーのビジネス拠点「Japan Innovation Campus」が、日本のスタートアップを加速する!

経済産業省が主催し、森ビルが運営受託するシリコンバレー(パロアルト市)のビジネス拠点「Japan Innovation Campus(下記、JICと記載)」。日本のスタートアップの海外進出、エコシステムの成長と発展、さらには日米双方のイノベーション連携の実現に向けて、JICにはどのような役割が求められているのか——。安藤元太氏(ジェトロ・サンフランシスコ事務所次長)、立石裕則氏(経済産業省商務情報政策局デジタル戦略室長兼国際室長、取材当時:サンフランシスコ日本国総領事館 領事 経済担当)、そして明石礼代(JIC General Manager)が語り合う。

TEXT BY Tomonari Cotani
PHOTO BY shelley anderson

——まずは、みなさんの自己紹介からお願いしたいと思います。安藤さんからお願いいたします。

安藤 ジェトロ・サンフランシスコ事務所でエグゼクティブ・ディレクターを務めています。赴任したのは2023年7月で、サンフランシスコではここJapan Innovation Campus(JIC)を拠点としたスタートアップの支援をはじめ、AIや半導体といった経済産業省とも関連の深い分野に携わっています。

安藤元太|Genta Ando 2004年より経済産業省に勤務。米・コロンビア大学留学等を経て、12年以降、電力システム改革、コーポレートガバナンスやM&Aに関するガイドラインの策定や税制改正、省内人事等を担当。その後、20年より産業組織課長として「企業買収における行動指針」の策定やバーチャルオンリー株主総会の実現に尽力し、23年7月より現職。

——立石さんも自己紹介をお願いいたします。※取材当時(2024年3月時点)

立石 肩書きは「サンフランシスコ日本国総領事館 領事(経済担当)」です。経済産業省から出向でこちらに来てから、約3年が経ちました。総領事館と聞くと「パスポートをなくしたときに行くところ」というイメージが強いかもしれませんが、実際にはさまざまな業務を行っています。主要なカテゴリーは3つあり、「政府間関係強化」「企業間の活動支援」「経済動向の調査と情報提供」になります。

立石裕則|Hironori Tateishi 2005年に経済産業省に入省。2年間の米国留学後、TPP日本交渉団の一人として各国での交渉会合に参画。また、総合的なエネルギー政策の企画・立案に携わった。さらには、首相官邸・内閣総理大臣補佐官の秘書官として、様々な国を飛び回り、安倍総理・官邸外交の一翼を担う等、多岐分野にわたり貢献。その後、再びエネルギー政策関連部局にて、特に省エネルギー・新エネルギー施策を担当。2021年7月~2024年6月までサンフランシスコ日本国総領事館 領事 経済担当、2024年6月から現職に至る。

——差し支えなければ、その3つのカテゴリーについてそれぞれ簡単にご説明いただけますか?

立石 まず「政府間関係強化」では、カリフォルニア州政府と日本政府間での気候変動に関する協定や覚書の締結や、カリフォルニア州の政府関係者や州議会議員の訪日ミッションのアレンジ、日本の国会議員や政府関係者がこちらを訪問する際の調整といったところです。「企業間の活動支援」では、日本の大企業がシリコンバレーに設立するオープンイノベーション施設やR&Dセンターなどと、現地のスタートアップ・エコシステムとの間にコネクションをつくることであったり、総領事館として、ビジネスマッチングの支援だけではなく、広範なサポートを提供し、日本企業のイノベーション活動を促進すること。そして「経済動向の調査と情報提供」では、マクロ経済の動向やビジネス環境の変化、法規制に関する情報を収集し、日本の本省へ報告する、といった活動を行っています。

——ありがとうございます。ちなみに、日本の大企業の方々がシリコンバレーに来たとき、「エコシステム」の中の人たちはどのような反応をされるのでしょうか?

立石 ポジティブな反応もネガティブな反応もあります。パンデミック前には多くの企業がこちらを訪れ、さまざまなスタートアップとのミーティングや表敬訪問を希望していました。しかし、話を聞くだけで、具体的なビジネスに繋がらないことが多いのです。スタートアップが求めるスピードで次のビジネスフェーズに移行するのが難しいというのが現状です。その点は、コミュニティからはネガティブに捉えられることもあり、課題として意識されています。

——明石さんも、これまでのご経歴を教えていただけますか?

明石 森ビルに入社してからの約15年間、主に都市開発案件の企画に携わってきました。森ビルは東京・港区における大規模都市開発のイメージが強いと思いますが、大規模開発で得た知見を地方の都市開発や台湾等の都市開発に展開するコンサルティングに長く携わっていました。他にも国土交通省からの受託案件で、日本各地の街づくりや再開発の取組みに関する分析調査なども行っていました。約3年前からはイノベーション関連施設の企画に従事し、2023年11月に麻布台ヒルズに開業したVC集積拠点「Tokyo Venture Capital Hub」の企画・設計に携わっていました。2023年4月にこのJICの案件を経済産業省から森ビルが受託したことを受けこちらのプロジェクトに従事することとなり、24年1月にGeneral Managerとして着任しました。

明石礼代|Hiroyo Akashi 森ビル株式会社入社後、調査企画部門、メディア企画部門などを経て、都市開発のコンサル業務に従事。日本国内や台湾などでエリアプランニング、公共施設や観光施設の計画・運営計画などを推進。その後、TOKYO VC HUB(2023年11月開業)の企画・設計に関わり、2023年4月に経済産業省から令和4年度「海外における起業家等育成プログラムの実施・拠点の創設事業」受託に伴い、JICの立ち上げを実施。2024年1月より現職。

シリコンバレーの“唯一性”とは?

——安藤さんと立石さんのおふたりに、現在のシリコンバレーとスタートアップの関係についての見解をお聞きしたいと思います。

安藤 アメリカは非常に多様で、例えばオースティンやシアトルといったほかのイノベーションハブが存在します。海外に目を転じるとテルアビブやシンガポール、あるいは北京や深圳といった新興のテック都市もあります。それでも、シリコンバレーとサンフランシスコがスタートアップの中心地であることに変わりはありません。シリコンバレーで生まれたイノベーションが、その後、世界中の経済や企業、ビジネスに強い影響を及ぼしていることが大きな理由のひとつです。

近年は特にAIの分野でその影響力が増しています。昔はシリコンバレーのトレンドが日本に届くまでに2〜3年かかることもありましたが、現在ではそのタイムラグが短くなっています。情報がリアルタイムで得られるようになり、日本の企業もシリコンバレーと直接つながっている人が多いため、シリコンバレーで起きていることが日本のビジネスに直接的に影響を与えるようになりました。そうした点も、シリコンバレーの影響力を底上げする要因になっていると思います。

——ありがとうございます。立石さんはいかがですか?

立石 まず、足元減速傾向にあるとはいえ依然としてシリコンバレーには莫大な資金が集まっています。北米全体のベンチャー投資額の約3割強がシリコンバレーに集中しており、ボストンやニューヨークといったほかのエコシステムと比較しても非常に大きな割合を占めています。ちなみに年間投資額は、日本国内のベンチャー投資額の約10倍にも及びます。

ふたつめの特徴は多様性です。シリコンバレーエリアの住民の約4割が外国生まれだとされますが、移民国家であるアメリカの全米平均ですら約15%であることを考えると、非常に高い割合だと言えます。これは、世界中からエンジニアやイノベーターが集まり、挑戦する環境が整っていることの裏返しでもあると思います。

3つめは、雇用の流動性が高いことです。シリコンバレーでは、エンジニアがひとつの企業で働く平均年数は約2年半とされています。日本の感覚では驚くべき短さですよね。例えば、以前Googleにいたエンジニアがスタートアップに移り、その後、Metaに転職する……といったことが日常的に起きているわけです。これにより、技術や知識、情報、ネットワークが絶えず循環し、それが、シリコンバレー独自のエコシステムを形成していると言えるでしょう。

3月21日、JICの正式オープンを記念して、入居しているスタートアップのうち、13社がショーケースを行った。

——立石さんが言及された人材流動性ですが、今後、日本国内の働き方や企業の在り方にどのような影響を与えるとお考えですか? 日本は終身雇用から人材流動性の高い働き方へ移行することで、よりダイナミズムが生まれやすくなるのか、それとも既存の慣習に今後もならっていくことになるのでしょうか。

立石 難しい問題ですね。現在、政府としてもスタートアップ施策を進めています。大企業にいる人たちがスピンオフしてスタートアップセクターに移行するために、税制などのインセンティブをつくり、流動性を高めようとしています。しかし、シリコンバレーのようなレベルの人材流動性を日本でいきなり確保するのは、日本社会にとっては少し急激すぎるかもしれません。

——おっしゃる通りですね。

立石 ですので、変化は段階的に進めるべきだと思います。例えば、経済産業省でも退職者が増えていますが、逆に戻ってきてもらうような中途採用制度も少しずつ整備しています。個人的には、セクターごとに適切な流動性の在り方があると思います。実際、R&Dを長期間にわたって続ける必要がある大企業の内部の研究者と、より流動的であるべきスタートアップセクターとでは、異なるアプローチが求められるはずですから。

困難なエコシステムへのアクセス

——明石さんにお聞きします。まだシリコンバレーに来られて日が浅いとはいえ、日々接しているスタートアップやエコシステムについて、日本にいた時と比べて驚いたことはありますか?

明石 まず驚いたのは、こちらの人々の動きの速さと多様性です。現在JICには、特定の業界に偏ることなく、さまざまなジャンルの人たちが集まっています。彼ら/彼女らは、自身の事業を成長させることはもちろんですが、常に他の人たちが何をしているのか、自分がどう協力や貢献できるのかを考えて行動しています。

ショーケース以外にも15企業がブースを出展し、来場者に向けたピッチを実施。

例えば、ある人が一つの会社に専念するのではなく、複数のプロジェクトを同時に進めているケースが多いんです。現在進行中のもの、育成段階にあるもの、そしてこれから取り組もうと考えているもの。それらを同時に進める姿勢には感銘を受けます。JICのスタートアップメンバーの間でも、ほかのメンバーと意見交換をするなかで、新たなコラボレーションが自然に生まれていく様子も見受けられます。日本にいたころと比べて、そのスピード感と利他性には驚かされますね。

ただし施設運営者としては、難しい面もあります。こちらではNDA(秘密保持契約)締結が早い段階で行われるので、把握が難しいことも多く、何をサポートできるかなと悩むこともあります。

とはいえ、いい情報やコラボレーションの機会を探している人が多いのは間違いありません。シリコンバレーには、長期在住の人、日本から移転してきたばかりの人、出張ベースで来る人など、さまざまな背景の人がいますが、特に長期で在住している人たちは様々なローカルコミュニティに属しており、そのなかで情報や人脈を大切にしている印象です。

——今後、日本の企業がシリコンバレーで存在感を示していくために必要な点を挙げるとすると、どんなポイントになるでしょうか?

立石 企業の段階によると思います。よく「シリコンバレーに来るなら、真のエコシステムにつながらないとダメだ」と言われますが、実際それは非常に難しい。インナーサークル、つまりシリコンバレーの中枢に入るためには、昔からの投資家ファミリーやスタンフォードやハーバード出身者など長い歴史、家系や学歴等の所与の条件を持つ人々とつながる必要があります。そうした人々と共通のバックグラウンドを持つ日本の駐在員はなかなかおらず、簡単に入り込めるサークルではありません。他方で、ここのエコシステムにはさまざまなレイヤーがあるので、日本企業は、自社の戦略に合わせてどのレイヤーとつながるかを決めるべきだと思います。例えば、新しい事業を立ち上げたいのか、既存事業を少し変化させたいのかによって、目指すべきレイヤーは異なります。重要なのは、段階的にステップを踏んでいくことではないでしょうか。

明石 確かに、シリコンバレーのインナーサークルにすぐにつながるのは難しいと感じます。私は時間軸やミッションを総合的に考慮し、どこまでを目指すのかを明確にすることが重要だと思います。時間はかかると思いますが、自分の位置から着実に関係を築いていくことが大切です。

JICへの期待

——安藤さんと立石さんのおふたりに、JICに対する期待や、今後の成長や成果をどう捉えているのか、お聞きしたいと思います。

安藤 最終的には成功事例を出すことが重要だと思います。具体的には、グローバルな市場を相手とし、ユニコーン企業になるような会社が出てくることを目指したいです。そうした成功を支えるJICのような拠点としては、まずはローカルのエコシステムとつながることが大切です。そうしたつながりを通じて、日本のスタートアップが現地で学んだり、クライアントや投資先を見つけることが期待されます。

逆に、アメリカのスタートアップが日本で事業を展開したり、アメリカのVCが日本にオフィスを構えたりすることも可能性として考えられます。JICの目的の第一は、日本のスタートアップがシリコンバレーで活動するための環境を整えることですが、エコシステム全体を考えると、スタートアップを育てることにインセンティブを持つ人々を増やすことも重要なミッションになります。

「ローカルのエコシステムとつながり、最終的にはユニコーン企業のような成功事例を出すことが重要です」(安藤)

日本のスタートアップがシリコンバレーで成功する、あるいは、シリコンバレーで学んだスタートアップが日本で成功する。その両方があり得ると思います。そのためには、エコシステムの一部として、相互に学び合い、協力し合うことを誘発する場にJICがなることが重要です。日米のエコシステムが相互に利益をもたらすための場にJICがなればいいと思っています。

——現在JICにオフィスを構える起業家たちは、現状、未来のユニコーンに最も近い人たちかもしれませんが、安藤さんや立石さんがいま注目しているスタートアップはありますか?

立石 具体的な名前を挙げるのは控えますが、AI関係やバイオ・ライフサイエンスといった人間の究極的な欲求に応える新たなテクノロジー分野が有望です。

安藤 わたし個人の見方としては、日本のスタートアップはふたつのパターンが有望ではないかと思っています。ひとつは製造業に関連するもので、日本のものづくりの強みを活かしたスタートアップです。もうひとつは、大学発の先進的なテクノロジーを持つスタートアップです。これらは日本の強みを活かして成長できる分野だと思います。

立石 日本の起業家を育てる観点からすると、JICができる以前からサンフランシスコには「Tech House」のようなシェアハウスがあり、若手起業家たちが互いに支援し合いながら挑戦している環境がありました。特にWeb3やメタバースといった分野の若者たちがいまも多くいます。わたしもこちらに来て初めてその存在を知ったので、こういった若者たちの挑戦をもっと日本国内に伝えることが重要だと思います。

先程安藤さんがおっしゃっていたように、JICは、日本に対してこちらでがんばっている人たちを伝える逆の役割も果たすべきだと思います。日本から北米にチャレンジする起業家たちを支援するだけでなく、双方向の流れをつくることで、日本のスタートアップコミュニティ全体を育てていく必要があります。

——なるほど。受け皿としての役割も、送り出す側としての役割も、ともに大事なのですね。明石さん、この問いかけについてどうお考えでしょうか?

明石 長期的な課題だと思います。グローバルなビジネス展開に挑戦しようとしている方々がこれだけ多く海外に出ているのは素晴らしいことだと思います。実際、一昨年JICへの入居を公募した際も想定以上の応募があり、その後も、継続的に多くのスタートアップが興味を示してくださっています。しかしながら、よくも悪くも、アメリカをはじめ海外で活動するのは非常に難しい。だからこそハングリーなマインドを持つ方々がアメリカで成功する環境を整え、その姿を日本に伝えることは、日本のスタートアップカルチャーを醸成していくうえでもとても重要だと思います。

もう一つ別の視点で、こちらで得た経験が日本国内に環流していくことはもちろん、こちらのローカルの人たちが日本市場で活動する機会をサポートするハブにもなれればと思います。将来的には、日本に行きたいけれど、慣習の違い等で悩んでいるローカルの人たちをうまくミックスできるような場に、JICがなればと考えています。

立石 そうですね。JICにいる日本のスタートアップを見て、ローカルのVCや投資家たちが「日本からもいい人材が出てきているね」と関心を持つきっかけになる可能性があると思います。もちろん、ここからユニコーン企業が飛び出して欲しいですが、まずは最初のステップとして、JICが、両国をまたいだエコシステム間をつなぐ拠点になればと思っています。

「日本のスタートアップがシリコンバレーで成功し、シリコンバレーで学んだスタートアップが日本で成功するためには、エコシステムの一部として、相互に学び合い、協力し合うことを誘発する場にJICがなることが重要です」(安藤)

日本政府がシリコンバレーで日本のスタートアップを支援することの強みの一つは、例えばトヨタや日立といった信頼あるブランドを活用できることです。他方で、矛盾するようですが、政府色を出さないことも重要です。シリコンバレーはプライベートセクターが主導しており、政府の支援が前面に出過ぎると、所詮はガバメント・クオリティのスタートアップと思われてしまうリスクがあるからです。ですので、プライベートセクター同士がコミュニティ内で強く結びつくことが重要です。日本政府が裏方で支援しつつ、民間企業である森ビルがJICをオペレートする意味はまさにそこにあり、それによって、より実効性のある支援が可能になると考えています。

安藤 そういった流れを生み出すためにも、常設の場所があることは非常に重要です。シンプルですが、展示会に出展することやオンラインでクライアントと顔を合わせるのとは違い、常設の場所があることで計り知れないPR効果を得られると思います。この場所があることで、日本のスタートアップ、さらには日本というマーケットが、こちらのコミュニティに認知されやすくなるはずです。

何より、成功しそうなスタートアップが早期に見つかりやすくなるショーケースの役割は大きいと思います。ファースト・クライアントが見つかると、それがすぐにVCに知れ渡り、次のステップに進みやすくなるはずで、シリコンバレーのように人や情報が集まる場所に拠点があることで、成功の機会が増えることを期待しています。

Japan Innovation Campus


住所=212-214 Homer Ave, Palo Alto, CA 94301 USA
開館時間=月〜金8:00〜18:00、土・日・祝は休館