NEW ENERGY FOR NEW DEVELOPMENT

快適性と環境性能の両立は可能か?——川崎重工のガスエンジンが麻布台ヒルズに起こした〈革新〉

麻布台ヒルズの地下5階に広がる、広大なエネルギーセンター。その“心臓”となる川崎重工のガスエンジンは、街区全体の統合的なエネルギーマネジメントを支える存在だ。「Green & Wellness」を開発の柱として再エネ電力供給100%やさまざまな環境認証の取得に取り組んできた麻布台ヒルズは、いかにして快適性と環境性能の両立を実現したのか。川崎重工と森ビルへのインタビューからは、これからの都市を支える新たなエネルギーエコシステムの姿が浮かび上がった。

TEXT BY Shunta Ishigami
PHOTO BY Norio Kidera

麻布台ヒルズのランドスケープは「Green & Wellness」を体現したものだ。

エネルギーセンターが実現する統合的電力マネジメント

2023年11月に開業した麻布台ヒルズは、「Modern Urban Village」を開発コンセプトに掲げている。緑に包まれ人と人をつなぐ広場のような街を標榜するこのコンセプトを支えるのが、「Green & Wellness」という2つの観点だ。麻布台ヒルズを象徴する中央広場を中心に敷地全体が緑化され、緑と水がつながるランドスケープが生み出されている。

もっとも、「Green & Wellness」は空間のあり方を指し示すただのスローガンではない。麻布台ヒルズはこの理念を具体化すべく、さまざまな取り組みを展開している。森ビルの都市開発本部計画企画部環境推進部に所属する宮臺(みやだい)信一郎は、なかでも「街全体を支えるエネルギーセンター」と「街を構成する各ビル」「テナント」による三位一体のエネルギーマネジメントシステムが挙げられると語る。

地下5Fのガスエンジンが麻布台ヒルズのエネルギーマネジメントを支えている。

「街に広大な緑地を有し、環境性能が高い施設があるだけでなく、快適さとの両立が麻布台ヒルズの大きな特徴です。単に省エネを追求すると、例えば空調の温度を上げよう、昼休みは節電しよう、と働く方や暮らす方に我慢を強いるものになってしまいがちです。しかし麻布台ヒルズは誰にとっても快適で心地いい環境でありながら、その裏でさまざまな努力を積み重ねることで高い環境性能を維持しており、また供給される電力も街全体でRE100(Renewable Energy 100%)に対応する再生可能エネルギーとなっています」

こうした快適さと環境性能の両立を実現するうえで大きな役割を果たしているのが、森JPタワーの地下5階につくられたエネルギーセンターだ。虎ノ門エネルギーネットワーク技術部の近内義広によれば、この施設を通じて統合的なエネルギーマネジメントが行われているという。

「エネルギーセンターをひとつに集約することで、オフィスや店舗、住宅、ホテルなど異なる施設が必要とするエネルギーを包括的に管理できます。各施設が求めるエネルギーのバランスを管理することで、機器のサイズをコンパクトにしたりよりエネルギーを効率的に活用できるわけです。麻布台ヒルズでは東京電力から購入した電気だけでなく、エネルギーセンターに設置されたガスエンジンも活用しており、ガスエンジンで発電した際に排出された熱を空調に活用するなど、無駄のないエネルギー活用を進めています」

こうしたエネルギーセンターは供給範囲が大きいほどメリットがあるが、宮臺によれば8.1ヘクタールもの面積の開発が、都心のど真ん中で行われるのは非常に珍しいことだという。

世界最高レベルのガスエンジンが街区の“心臓”に

麻布台ヒルズを支えるエネルギーセンターの心臓部と言えるのが、川崎重工が開発した高効率のカワサキグリーンガスエンジンだ。川崎重工のガスエンジン事業に携わってきた尾﨏(おさこ)啓太によれば、同社のガスエンジンには創業以来培ってきたノウハウが注ぎ込まれている。

このガスエンジン1台で約1,500世帯分の電力をカバーできるという。

取材に応じた川崎重工の尾﨏啓太は、日ごろ神戸でガスエンジンの開発に携わっている。

「ガスエンジンとはバイクのエンジンをスケールアップしたような構造で、一般家庭でも使用される都市ガスを燃料として発電する装置です。弊社は100年以上にわたって培ってきたエンジンの技術を活用し、世界最高クラスの発電効率と環境性能の両立を実現しました。発電効率が高ければその分使用する燃料も減るため経済的なメリットだけでなく、CO2の排出量を減らすことで環境負荷の低減も可能です」

現在、麻布台ヒルズでは5,200kWの発電出力量を誇るガスエンジンが2台稼働している。5,200kWが約1,500世帯の消費電力に相当することを考えれば、このエンジンがいかに巨大なものかわかるだろう。

ガスエンジンが駆動すると地下には轟音が鳴り響く。

ガスエンジンには川崎重工のロゴが光る。

川崎重工のガスエンジンは、世界最高水準となる51%の発電効率を誇っている。世界で最も発電効率の高い火力発電は63%と言われるため、数値だけ見れば火力発電の方が高効率に思えるが、ガスエンジンは排ガスなどの熱を活用することで実質的には80%まで効率を高められると言われる。麻布台ヒルズではガスエンジンから排出される約300度の排ガスから製造した蒸気や、ガスエンジンを冷却した熱を空調に活用しており、ガスエンジン1台でエアコン約1,200台分の機能を賄えるという。

「川崎重工はこれまでバイクや航空機など多様な領域のプロダクトをつくっており、それらを通じて培ってきた流動解析や材料加工などの技術を導入しながら、部品の形状などを細かく改良していくことで、より高効率で環境に優しいガスエンジンの開発に成功しました。ガスエンジンは、麻布台ヒルズのような高層ビルや製造業の工場のほか、電力事業者様にも導入いただいています。やはり、ガスエンジンは、運転時に発生する排熱を有効活用できる環境でご使用いただくと経済的にも環境的にも大きなインパクトがありますね」

業界トップクラスの性能を誇るガスエンジンは川崎重工が培ってきた技術の結晶だ。

そう尾﨏が語るように、近年は都心部のビルを中心にガスエンジンの需要が高まっている状況にある。近内が「川崎重工さんのガスエンジンは導入当初からカタログ通りの性能が出ており、私たちとしてもそのパフォーマンスには非常に満足しています」と語るように、麻布台ヒルズのエネルギーマネジメントにおいて川崎重工のガスエンジンは必要不可欠の存在となっていると言えるだろう。

社会インフラとしてのビルが果たすべき責任

こうしたガスエンジンの導入は、エネルギー効率のみならず、街のレジリエンス(災害対応力)を高めていくうえでも大きな意味をもつ。仮に施設がすべて電力によって駆動していると停電時に施設が機能しなくなってしまうが、都市ガスもエネルギー源の一つとすることで停電時も安定的に稼働できるからだ。とくに地震の多い日本においては、都市ガスの耐震性が高いこともあり、2011年の東日本大震災以降、ガスエンジンの需要が急速に高まった側面もあるという。

ガスエンジンが排出した蒸気はパイプを通じて熱源としても利用されている。

壁の向こう側には、緊急時に生活用水としても利用できる巨大な貯水槽がつくられているという。

麻布台ヒルズは災害時でも電力を100%供給できる設備を整えているほか、生活用水においても大規模な貯水槽や非常用の井戸を整備しているため、災害時でも安定した環境を確保できるという。こうした災害対策の背景には、森ビルの高い責任意識も伺える。

「森ビルは、常に社会に対して自分たちが果たすべき役割を強く意識しています。自家発電の導入は、単に働いたり買い物をしたりするだけの場所を提供するのではなく、仮に災害が起きても安心して働ける・暮らせる環境を確立することがデベロッパーとしての責任からきていますが、とくに東日本大震災でその姿勢が広く認知されたと感じます」

そう宮臺が語るように、都市におけるビルや商業施設は労働や消費のための場所ではなく、一種の社会インフラとしても機能している。気候変動も加速し地震の脅威も高まる日本においては、今後もインフラの要衝としてガスエンジンへの期待が高まっていくのかもしれない。

水素ベースの新しい街づくりに向かって

川崎重工と森ビルの挑戦は、麻布台ヒルズの完成をもってゴールを迎えたわけではない。今後はさらに環境に優しく快適な街づくりに向けた努力を進めていくと宮臺は語る。

ガスエンジンは15年に一度交換する必要があるため、地下5Fにはガスエンジンを搬出する巨大な扉が設けられている。

「近年はテナントの方々から再エネ供給の可否を尋ねられることがもはや一般的ともなっており、再エネ電力が導入されたビルでなければ入居しない、というテナントも少なくありません。現在は、非化石証書を活用することで実質的に再エネ電力100%の電力を麻布台ヒルズで供給していますが、中長期的には、例えばグリーン水素などを原料とするエンジンへ切り替えることも検討していく必要があります。そういったものに対応できる川崎重工さんのエンジン技術の発展にも期待しています」

こうした期待に対し、尾﨏は川崎重工もより環境負荷の低いエネルギーシステムの開発を進めていることを明かす。

「従来のガスエンジンは都市ガスや天然ガスを燃料として扱うことが一般的でしたが、現在私たちは燃やしてもCO2を排出しない水素を燃料とするエンジンを開発しています。いままさに神戸の自社工場で実証試験をしており、国内で初めて水素30%混焼の大型ガスエンジンの試運転に成功しました。また、世界初となる水素100%専焼技術の開発にも成功しており、カーボンニュートラルの切り札である水素エネルギーが街を明るく照らす未来もそう遠くないでしょう」

麻布台ヒルズの夜景は、川崎重工のガスエンジンによって生まれたものでもある。

こうした努力の背景には、同社が2017年に発表した「Kawasaki地球環境ビジョン2050」の思想がある。2050年に向けて事業活動を通じたCO2・廃棄物・有害化学物質のゼロエミッションを目指すこのビジョンの達成においても、水素の活用が今後ますます重要になっていくと尾﨏は続ける。

「水素をベースにした新たなエンジンの開発はもちろんのこと、水素のサプライチェーン構築にも取り組んでいます。水素をつくる・はこぶ・ためる・つかう——この4つの工程すべてに対してプロダクトの開発を進めており、水素サプライチェーンの構築を通じて社会課題の解決に貢献していくことを目指しています」

川崎重工と森ビルの挑戦は、むしろ始まったばかりなのかもしれない。全世界的に見ても気候変動をはじめとする環境問題に対する企業の責任が厳しく問われていくなか、どうすれば環境性能と快適性、災害時の強靭性を高いレベルで両立させられるのか──ガスエンジンによって支えられた麻布台ヒルズからは、これからの都市開発の新たなスタンダードが見えてくるはずだ。