パリ18区にある廃線駅舎と線路を利用し、3R(Reduce / Reuse / Recycle)をモットーにレストラン、DIYシェアスペース、菜園などを展開する〈ラ・ルシクルリー〉。スタートから7年、サステナブルな循環型ライフスタイルを提案するこの施設は、市民にとっての“第3の場所”として親しまれている。
TEXT & PHOTO BY HARUE SUZUKI
EDIT BY MARI MATSUBARA
今年(2021年)8月にお届けした「ヨーロッパ最大級の都市型屋上農園」の記事同様、今回も東京オリンピック閉会式の引き継ぎ映像から話を始めたいと思う。
さすがパリはおしゃれ!と、ちょっと嫉妬すら感じたあの映像はエッフェル塔やルーヴル美術館、オペラ座、パレロワイヤルといった観光名所が舞台だった。そんな有名どころが続く中、草ぼうぼうの砂利道のような場所で燕尾服の音楽家がグランドピアノを弾いているシーンがあったのをご記憶だろうか?
誰もが知っているパリのアイコン的な場所に混じって登場したこのシーンを、「どこだろう?」と思った人が圧倒的に多いはず。それが知る人ぞ知るパリの新名所ともいうべき〈ラ・ルシクルリー(La REcyclerie)〉なのだ。
メトロのクリニャンクール駅の階段を上がると〈ラ・ルシクルリー〉が現れるが、この界隈の雰囲気はパリの中心部とは違って、すでに郊外の空気感がある。それもそのはず。大通りを一本越えるともうそこはパリの外だ。
パリ市の境界線はPetite Ceinture(プティット・サンチュール)という昔の環状鉄道のラインと重なる。19世紀に敷かれたこの鉄道はメトロの発展とともに利用客が先細りし、やがて廃線となってしまった。跡地は自然の中に埋もれるようになってしまっているところが多いのだが、〈ラ・ルシクルリー〉は、この放棄された場所を利用した画期的な施設なのだ。
かつての駅舎はこれまで貨物駅、銀行、ブラッスリー、商店として利用された後、完全に使われてなくなっていたが、2014年に〈ラ・ルシクルリー〉として再生した。
「リサイクル」を連想させる名前から、廃物利用、エコロジー的なものを想像するが、実のところどんな施設なのだろう? まずは施設の構成からご紹介しよう。
表通りから建物に入るとまず、右手にブリコラージュ(日曜大工)の「アトリエ・ルネ」が目に入ってくる。壁や棚に並んでいる工具は、素人目に見てもかなり年季の入ったものもありそうだ。ここでは小さな電化製品などの修理ができるほか、アソシエーションに加入したメンバーなら、48時間無料で工具が借りられる。貸し出しサービスは日曜大工用品だけでなく、ポップコーンマシーンやラクレットセットなど、ホームパーティで活躍するアイテムも揃っている。工具にしても特別な調理器具にしても、使うのは1年のうちでも数時間ほど。そうしたアイテムはみんなでシェアすればいいという発想だ。
建物の中央を占めるのがカフェレストラン。ウィークデーの昼下がりに訪ねたが、若い人の姿が目立つ。カジュアルで明るい雰囲気だが、年配者がいてもしっくりくるようなレトロな落ち着きもある。聞けば、椅子やテーブルなどは全て中古品で、映画のセットデザインのプロが内装を手がけたのだとか。古いもの、寄せ集めたものを使ったとしてもセンス次第で魅力的な空間が創れるということのお手本のようだ。
レストランの料理は旬の素材、それもできるだけ近隣から調達した食材を使って毎日ここで調理されたもので、常時メニューの半分がベジタリアン対応。週に1度はオールベジタリアンメニューという日もある。ウィークデーのセット(メイン+デザート+コーヒー)が13.90ユーロというのは、通常のレストランよりもお手頃。その分セルフサービスになっていて、食器を下げる時に食べ残しの分別を説明のイラストを見ながら自分たちでするというのも、ここのコンセプトに沿ったスタイルだ。
パリのカフェでパソコンを広げているのはお馴染みの風景だが、コーヒーカップが空っぽになってしまうと居づらくなってしまうもの。けれどもここではそんな気遣いは無用のようだ。
メインホールの右手にはかつて荷物預かり所だったスペースがあり、個室のような雰囲気。予約をして貸切りにすれば会議室としても使えそうだ。一方、高い天井を利用して中二階としたフロアには、心地良さそうなソファに体を預けてパソコンと向かっている人たち。彼らにとっては“いつもの空間”になっているようだった。
ホールの左手から建物の外に出てみると、開放感満点のカフェテラスが広がっていて、その先の階段を降りるにつれて緑が濃くなってゆく。鶏がいたり、さまざまな植物がグリーンのアーチを作っていたりするが、そこは100年前であれば駅舎から鉄道のホームへと向かう動線だったのだ。
さらに先へと進むと、さまざまな耕作方法のアイディアや、池、温室など実験的な取り組みが展開されていて、ウサギやカモなどの小動物もいる。そして一段下がった砂利道には紛れもなく鉄のレールが。かつての線路に寝椅子を広げて、人々が思い思いに時間を過ごしているこのエリアこそ、例のオリンピック引き継ぎビデオに登場した場所だ。
コワーキングスペースや都市農園と聞けば、ある程度のイメージが湧く。希望者が加入、課金することで、前者は仕事場として使え、後者は自家菜園が可能になる。だが〈ラ・ルシクルリー〉を巡っていると、そうした枠にとどまらない場所だとわかる。カフェレストランやテラスでは誰でも自由に出入りして食事をしたり仕事をしたり。グリーンゾーンは、収穫を目的にして作物を育てているというよりも、むしろ地球に優しい栽培法や暮らし方の展覧会場といった印象で、空間としても発想としてもより広がりのある場所だと感じる。
パリでCOP21(第21回気候変動枠組条約締約国会議)が開催されたのは2015年11月のことだが、その前年にスタートアップとして誕生した〈ラ・ルシクルリー〉。パリ市、パリ18区、SNCF(フランス国鉄)はもとより、エネルギー・環境関連事業のコングロマリット企業「VEOLIA(ヴェオリア)」などが後押ししたおかげで、これだけの規模のプロジェクトが継続できている。
コロナ禍で人が集うことを制限せざるを得なくなると、食事のテイクアウトサービスを開始。また、環境分野のさまざまな専門家の話が聞けるポッドキャストを開設するなど、苦難の時代でも柔軟に発展を続けてきている。
フランスではこのところ「Tiers-Lieu(ティエー・リウ)」という言葉を、首相なども使うようになってきた。英語で言うなら「サードプレイス」、自宅でも仕事場でもない「第3の場所」という意味で、そうした場所の創出、発展に政府としてもテコ入れしてゆきたいという考えだ。2014年に始まり、今こうして人々の日常にすっかり定着した感のある〈ラ・ルシクルリー〉は、まさにそんな時流に先んじた存在と言えそうだ。
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