ARCH PARTNERS TALK #04

時代の潮流と既存のアセットを逃さない新ビジネスのカタチ——セブン‐イレブン・ジャパン 深藏真之 × WiL 小松原威

大企業の事業改革や新規事業創出をミッションとして虎ノ門ヒルズにて始動したインキュベーションセンター「ARCH(アーチ)」。企画運営は虎ノ門ヒルズエリアにおいてグローバルビジネスセンターの形成を目指す森ビルが行い、米国シリコンバレーを本拠地とするWiLがベンチャーキャピタルの知見をもって参画している。WiLの小松原威氏が、セブン‐イレブン・ジャパンの深藏真之氏を迎え、同社の取り組みに迫った。

TEXT BY Kazuko Takahashi
PHOTO BY Koutarou Washizaki

ミッションは、送客を促す新事業

小松原 セブン‐イレブンは、セブン銀行や、セブンカフェ、プライベートブランド「セブンプレミアム」など、コンビニエンスストア業界における新規ビジネスのトップランナーと言えますが、新規事業創出の専門セクションができたのは、意外と最近なんですよね。

深藏真之|Masayuki Fukakura セブン‐イレブン・ジャパン 企画本部 イノベーション開発部 副統括マネジャー。1998年、セブン‐イレブン・ジャパン入社。店舗勤務、店舗経営相談員を経て、2002年販売促進部に異動。様々な店頭プロモーションによる売上・集客向上の推進に従事。2016年戦略企画部、2018年よりイノベーション開発部にて、新規ビジネスの創出業務を担当。

深藏 はい。5年前の2016年9月です。最初は戦略企画部という部署名で、新規事業創出は業務の1つという位置づけでしたが、2018年3月に専門セクション「イノベーション開発部」となりました。専門セクションとなったのは、コンビニが扱う領域や商品が広がる中で、アイデアを取りこぼすことなく具現化していくためです。

小松原 なるほど。新しい部門の設立にあたり、どのようなミッションを掲げたのでしょう。

深藏 店舗への送客を促す新規ビジネスを生み出すこと。これがスタート時の大きなミッションでした。

小松原 セブン‐イレブンの立地や商品力であれば、何もしなくてもお客さんが勝手に来てくれそうな気がしますが、そこを怠けないところがさすがトップランナーです。何人くらいのメンバーで立ち上げたのでしょう。

深藏 当初は4人で、今は9人です。

小松原 深藏さんは当初からのメンバーだそうですが、以前はどのような業務をされていたのですか?

深藏 新卒で当社に入り、最初の4年間は店舗勤務と加盟店のオーナー様に経営コンサルティングを行う店舗経営相談員をしていました。その後、販売促進部に移り、14年にわたって店頭キャンペーンやセールの企画に携わっていました。

小松原 新卒入社ということですが、なぜセブン‐イレブンを入社先に選んだのか、聞いていいですか?

深藏 学生時代の飲食業でのアルバイトの経験から、顧客との関係を大事に築いていく流通の仕事に就きたいという思いがありました。それと、セブン‐イレブンには個人的な共感がありました。家から近いコンビニは別のコンビニだったのですが、少し距離のあるセブン‐イレブンでたまたま買い物をしたときに、くじ引きのキャンペーンをやっていて、アイスクリームが当たったんです。それから足を運ぶようになって、お弁当などが「おいしい!」とわかってきまして(笑)。

小松原 なるほど。キャンペーンをきっかけに家から少し遠いセブン‐イレブンまでわざわざ足を運ぶようになり、すっかりファンになったと。

深藏 はい。販売促進部は、まさにそうした店頭キャンペーンを企画する部署だったので、配属されたときは感慨深いものがありました。

小松原 自分が味わったユーザー体験を、今度は提供する側になったんですね。いい話です。 

現場の負担を考慮しながら新たなビジネスを拡大

小松原 イノベーション開発部に異動されて、まずどんなことに取り組んだのでしょう。

深藏 最初に取り組んだのが、自転車シェアリングです。自転車シェアリングサービスを展開するNTTドコモグループの「ドコモバイクシェア」と、ソフトバンクグループの「OpenStreet」に、店舗の駐車場の空きスペースをサイクルポートとして提供する取り組みで、2016年12月に開始しました。現在、首都圏や地方都市を中心に500を超える店舗にサイクルポートを設置しています。

小松原 イノベーション開発部ができたのは2016年9月ですから、わずか3カ月で開始したことになります。大企業の動きとは思えない、驚くべきスピード感です。

深藏 自転車シェアリングの活用は、コロナ禍でますます伸びています。政府の働きかけもあって、「密」になりがちな公共交通機関を避けて自転車で移動する人が増えたからです。

小松原 シェアリングエコノミーは世界的なトレンドですから、その流れにも乗っています。

深藏 はい。翌2017年4月には、ヤマト運輸と連携して宅配ロッカーの設置を始めました。ちょうどeコマースの急増が「物流クライシス」を招いていると言われ始めた頃でした。さらにコロナ禍があり、eコマースの利用は増え続けています。宅配ロッカーは、人と接触せず、自分の好きなタイミングで、近所のセブン‐イレブンで荷物が受け取れるということで好評をいただき、現在1000店以上に設置しています。

小松原 宅配ロッカーもしっかり時代の流れを押さえていますね。

深藏 また、宅配ロッカーの設置とほぼ同時期に、食品自動販売機である「セブン自販機」の設置を始めました。店舗を展開するほどのスペースがなくてもセブン‐イレブンのおにぎりやサンドイッチを提供できるサービスで、現在都内を中心に400カ所近くまで設置が進んでいます。

小松原 自転車シェアリング、宅配ロッカー、食品自販機、いずれもレジを通さないサービスなので、現場の負担を抑えながらビジネスを拡大できる施策です。

深藏 私自身、現場のオペレーション経験があり、どういう業務が加盟店や販売員の負担になるのかわかるので、そこは気をつけています。一方で、現場の業務が多少増えても、従業員がワクワクできる施策であれば、チャレンジする価値があると思っています。

部の機能は企画・立案に特化し、事業は随時移管

小松原 イノベーション開発部は新規事業創出の専門部署ですから、事業の運営は別の部署が担うわけですよね。

深藏 そうです。私たちはあくまでも企画担当なので、事業を軌道に乗せたら随時既存の事業部に移管しています。

小松原 そうやってイノベーション開発部の立ち位置を明確にしているところが重要なポイントだと思います。というのも、事業移管で苦労している会社が非常に多いのです。

深藏 そうなんですか?

小松原 特に大企業は、オペレーショナル・エクセレンスを追求します。つまり、事業のオペレーションは100%磨き上げられたものでなければならないという意識が強い。それが通常運転ですから、既存の事業部は生まれたての不完全な新規事業を渡されることには及び腰で、企画から立ち会っていないので思い入れもない。そこで伸び悩んでしまうケースが結構あるんです。

深藏 その点で言えば、新規事業の取引先とはもともとおつき合いがあって、私たちよりも既存の事業部の方がよほど密接な関係を築いています。例えばヤマト運輸は、宅配ロッカーを始めるずっと以前から当社の商品本部とおつき合いがあります。ですから商品本部に引き継いだ方が、組織的にスムーズにいくのです。

小松原 確かにヤマト運輸の宅配便サービスは、以前からセブン‐イレブンの店頭で展開しています。自転車シェアリングももともとある駐車場の空きスペースを活用しています。イノベーションというと、とかく「今まで誰もやらなかったことを!」と意気込んでしまいがちで、それしか認めない雰囲気の会社もあります。セブン‐イレブンは、既存のアセット(資産)を活かして新規事業を生み出している。そこが上手いなと思います。

深藏 アセットに引きずられてジャンプできないのも良くないので、そこはバランスですね。

小松原 そうですね。では、アセットを活かした新規事業において、スムーズに事業を移管していくには何が大切だと思いますか。トップダウンなのか。人間関係なのか。

深藏 トップダウンでも人間関係でもないと思います。上からの指示や人間関係を頼りにすると、うまくいくときはもちろんあるでしょうが、人が変わった途端に対応が変わる可能性もあります。大切なのは、商品やサービスに将来性があると共有できるか、ベクトルが同じ方向を向いているか、ではないでしょうか。そのために、移管先とのコミュニケーションはまめに取るようにしています。

小松原 明快なご指摘で、おっしゃる通りだと思います。ちなみに、移管するタイミングはどのように決めていますか? ルールを決めているとか。

深藏 ルールは決めておらず、ケースバイケースです。社内の状況、業績、外部環境などを見ながら判断しています。

小松原 開拓中の事業領域などはありますか?

深藏 今後は店舗以外でもお客様とつながれるような新たな事業領域を模索していきます。その1つがヘルスケアの領域です。コロナ禍によって病院の利用の仕方や医師と患者の関係性が多様化している中、予防から治療、服薬までをシームレスに支援できないかと。

小松原 デジタルテクノロジーを活用しながらということになりますね。

深藏 そうです。セブン‐イレブンアプリというデジタルインフラがあるので、うまく活用していけたらと考えています。

全社で外部の知見を吸収する仕組みをつくる

小松原 オープンイノベーションの取り組みについても聞かせてください。セブン‐イレブンを展開するセブン&アイ・ホールディングスは、WiLのパートナー企業です。私も日頃からおつき合いさせていただいていますが、オープンイノベーションに積極的な企業という印象があります。外部の知見を入れるべく、多くのスタートアップからアイデアを集め、新規事業の創出を目指す取り組みを始めていくのですか?

深藏 当社の業態は他社とのコラボレーションが多く、セブン銀行しかり、セブンプレミアムしかりです。今後は特定の協業先だけでなく、より視野を広げて外部の知見を吸収するようなオープンイノベーションを目指していきます。その目的は主に3つ。継続的な新規事業の創出、社内風土の醸成、社外へのPRです。

小松原 目的を明確化して、スタートアップのアイデアを募集する試みは初めてですか?

深藏 はい。イノベーション開発部のメンバーに加え、社内のメンター数十名がアイデアの選考とブラッシュアップを行い、最終選考に残った数社のアイデアを経営陣が審査する仕組みを作ります。

小松原 これまでイノベーション開発部で行っていたことを、全社横断でやり始めたということですね。

深藏 そうです。我々だけでやっていると、どうしても属人的になってしまいますし、9人のメンバーで入手できる情報量には限界があります。全社横断で外部の知見に触れるチャンスが広がれば、既存の事業にもいい形でフィードバックできると考えています。

小松原 外部の知見という意味では、WiLは3年前からのおつき合いです。

深藏 私は2019年に、シリコンバレーのWiLのブートキャンプ(シリコンバレー流の方法論を使った、マインドセット変革のための一週間の研修プログラム)に参加させていただきました。2020年・2021年はオンライン開催になりましたが、他社との交流を我々は「他流試合」と呼んでおり、様々な他流試合ができて刺激的でしたね。

ARCHに常駐し、他流試合を重ねる

小松原 ところで、ARCHには80以上の会社が入居しています。他流試合がしやすい環境です。

深藏 そうですね。イノベーション開発部ではメンバー9名のうち3名がARCHに常駐し、他社とのワークショップや会員同士のランチ会にたびたび参加しています。ARCHでの交流をきっかけに実現した新規事業もあります。会員のホンダトレーディング様と意見交換させていただき、東京都のEVバイクバッテリーシェア事業に参画し、都内の店舗に充電コーナーを設置する取り組みを12月より始めます。

小松原 やはりそれもカーボンニュートラルというマクロ的なトレンドをしっかり捉えていますね。深藏さんのお話を伺っていると、奇をてらわず、小手先のことをせず、正道を歩み続けている印象があります。

深藏 ありがとうございます。

小松原 どうやってマインドを育んだのか、興味があります。たとえば学生時代に何か部活は入っていましたか?

深藏 剣道と駅伝をやっていました。剣道ではメンタル面の安定が養えたかもしれません。駅伝では絶対に手を抜かないことを学びました。一度痛い目にあったので。

小松原 聞かせてください(笑)

深藏 中学生のときに駅伝大会に出場する選手の選考会があって、自分はずっといいタイムを記録していたので、どうせ選ばれるだろうと手を抜いたんです。そうしたらまんまと出場枠から外れてしまって。以来、最後まで手を抜いてはいけないと肝に銘じるようになりました。仕事面で言うと、もともとポジティブな性格なので、壁にぶつかってもわりと平気な方です。

小松原 なるほど(笑)。そういえば、イノベーション開発部のほかの皆さんもポジティブですよね。あと、私の提案に対して「それはやりません」と言われたことがほとんどありません。例えば「こういうスタートアップがあるので会ってみませんか」と提案すると「いつにしましょう」とすぐに話が進む。

深藏 それは、小松原さんの提案だから信頼できると、いい意味でフィルターをかけているんです。当社のことを良くも悪くもご存じなので、小松原さんからの提案は必ず拾うようにしています。

小松原 ありがとうございます。プレッシャーが両肩に……(笑)。セブン‐イレブンは商品もサービスも扱う範囲が広いので、コミュニケーションを密にとりながら、今後もいろいろと提案していけたらと思っています。最後に、今後の展望について、聞かせてください。

深藏 企業理念にも掲げている、地域社会を豊かにする会社であり続けるために、一部の人間が新規ビジネスについて考えるのではなく、新しいアイデアが各部署から、あるいは部署をまたいで自然多発的に生まれるような仕組みづくりを目指します。お客様や地域社会のニーズは変化し続けていますから、変わるニーズを捉えながら、新しいサービスを生み出していきたいですね。
 

profile

小松原威|Takeshi Komatsubara
2005年に慶應義塾大学法学部卒業後、日立製作所、海外放浪を経て2008年SAPジャパンに入社。営業として主に製造業を担当。2015年よりシリコンバレーにあるSAP Labsに日本人として初めて赴任。デザイン思考を使った日本企業の組織/風土改革・イノベーション創出を支援。2018年にWiLに参画しLP Relation担当パートナーとして、大企業の変革・イノベーション創出支援、また海外投資先の日本進出支援を行う。

ARCHは、世界で初めて、大企業の事業改革や新規事業創出をミッションとする組織に特化して構想されたインキュベーションセンターです。豊富なリソースやネットワークを持つ大企業ならではの可能性と課題にフォーカスし、ハードとソフトの両面から、事業創出をサポート。国際新都心・グローバルビジネスセンターとして開発が進む虎ノ門ヒルズから、様々な産業分野の多様なプレーヤーが交差する架け橋として、日本ならではのイノベーション創出モデルを提案します。場所 東京都港区虎ノ門1-17-1 虎ノ門ヒルズ ビジネスタワー4階