BMWのフラッグシップEV「BMW iX」は、同社のサステナビリティを巡る実践の集大成であり、新たな時代の始まりを予感させるものでもある。狭義の「EV」に留まらずさまざまな可能性を感じさせるBMW iXは、いかなる価値をもつのか。
TEXT BY SHUNTA ISHIGAMI
分断の時代に、境界を超えること
これまで人類は、さまざまな「境界線」を引いてきた。国境や県境といった物理的な境界はもちろんのこと、学問や産業の領域も細分化し、個人のあり方においても外部と内部をはっきりと分けることでわれわれは自己や自我を確立してきた。こうした境界の設定によって産業や文化が発展してきたことも事実だが、他方で現代のわたしたちはそんな境界のあり方を見直さなければいけなくなっている。
社会の分断が加速していると言われるなかでコロナ禍を通じてエッセンシャルワーカーやケアワーカーの重要性が見直されているように、どんな人も本人の力だけで生きているのではなく常に他者との関わりのなかで生きていることが明らかになっているからだ。わたしたちが誰かに依存し影響されながら生きざるをえないのであれば、「わたし」と「他者」の境界線も曖昧なものになっていくだろう。
同様の動きは、産業界でも起きているはずだ。企業の「越境」や「共創」は当たり前のものとなり、デジタル化が進むなかで領域を問わずあらゆるビジネスはつながろうとしている。あるいは気候変動をはじめとする環境危機への対応を迫られるなかで、企業も単に“エコ”なプロダクトやサービスをつくればいいわけではなく、製造プロセスやサプライチェーン、産業全体に責任を負うことが求められているはずだ。もはやひとつの産業を考えることはその産業そのものを考えることだけではありえない。「自動車」を考えることは「人」について考えることであり「AI」について考えることであり「環境」について考えることにもなっていくだろう。
そんな時代にあって、企業はいかにプロダクトやサービスをつくっていくべきなのだろうか。今月(2021年11月)より日本でも発売が始まった「BMW iX」は、まさに時代の変化を象徴するような電気自動車(EV)だと言えるかもしれない。同モデルを単なるEVではなくBMWとサステナビリティを巡る運動の末に生まれたものと捉えることで、その真価が見えてくるだろう。
「人」を中心とした設計
同社のフラッグシップEVとなる「BMW iX」とは、一体どんな自動車なのだろうか? SAV(スポーツ・アクティビティ・ビークル)のコンセプトをサステナビリティやインテリアの広さと快適性の観点から再定義することで生まれた同モデルには、同社の開発する最先端の技術がふんだんに組み込まれている。効率に優れたBMW eDriveテクノロジーとe-AWDシステムを搭載し非常に長い航続可能距離と優れた加速性能を誇り、高い演算能力と高度なセンサーをもつ新たなテクノロジーキットを搭載することで、自動運転と自動パーキング機能などドライバーを支える多くの機能を有している。
最大650kmを超える航続可能距離や2つの電気モーターを備えたシステムによる523psものパワー、4.6秒で時速100kmに達する加速性能、約10分の再充電で95km走行し公共充電ステーションでは40分未満で80%の急速充電が可能なバッテリー効率——その数値を見るだけでも、BMW iXがいわゆる「EV」のイメージを覆すものであることがわかるだろう。あるいはUXの面に目を向けてみても、同モデルはBMWの量産車として初めて5Gや曲面ディスプレイを標準搭載しており、常にソフトウェアがアップデートされるとともに人間工学的に見てもドライバーの操作性や視認性を高めるなど、人に寄り添った設計が行われていることがわかるはずだ。
こうした性能や技術は全面に押し出されているわけではなく、同モデルはあくまでも「人」を中心としてつくられている。たとえばBMWがUI設計に取り入れている「Shy Tech」という概念は、必要な時以外目立たないようインテリアやエクステリアに技術を組み込むもの。アイコンとして機能しているBMW iXのキドニー・グリルには、目に見えない部分にカメラやレーダー機能、センサー、ヒーターが搭載されているほか、室内ではオーディオ・システムのスピーカーなどが見えないように統合されており、ボタン類もミニマルにデザインされている。近年、人とテクノロジーの関係性を再考するなかで人の活動を阻害しない「カーム・テクノロジー」なる概念が注目されているように、BMW iXもまた自動車と人の新たなコミュニケーション形態を提示しているといえるだろう。
サステナビリティ実現への意志
最も注目すべきは、BMW iXがあらゆる面においてサステナビリティを実現するものだということだ。EVだから温室効果ガスの排出を削減できるというわけではなく、さまざまなパーツ選びや生産工程においても一貫して環境負荷低減につながる実践が行われている。たとえば生産時の再生可能なエネルギー源のみの利用や、インテリアへの天然素材やリサイクル用原材料の使用を通じて、BMW iXは、同等のパワーを誇るディーゼル・エンジンを搭載したSAVと比較するとライフサイクル全体において温室効果ガスの排出を45%削減しているという。内装のダッシュボードにはヴィーガン素材や環境に配慮したサステナブル素材として知られる「Ultrasuede®」が用いられているほか、オリーブの葉の抽出液でなめしたレザーや、エコニール100%のフロア・マットなど、環境への配慮は細部に至るまで一貫している。
あるいは塗料についても1990年代からすべての工場で人体や環境への負荷が少ない水性塗料が採用されており、ミュンヘンの工場では工程の改革によりCO2排出量を約50%、電力消費を26%削減している。年間約250万台以上を生産するBMW Groupの工場から排出される760,000t以上もの廃棄物の99%は再利用されており、15,000人以上の従業員に通勤用バスを利用させることで年間32,000トンのCO2削減も実現している。2006年以降は製造をはじめとしたすべての工程における資源の消費量を低減し、累計で1.67億ユーロ以上のコスト削減につなげるなど、環境への配慮と経営を両立させていることにも注目すべきだろう。
不断に進化しつづけていくために
注目すべきは、こうした取り組みが昨今の「SDGs」や「ESG」の盛り上がりよりも遥か以前から始まっていることだろう。1973年にBMWは自動車メーカーとして初めて環境保護部門を設立しており、2001年には国連のクリーナー・プロダクション宣言に署名し予防的かつ統合的な環境保護の取り組みを進めていくことを誓っている。現在も2030年までに自動車1台あたりのCO2排出量80%削減やサプライ・チェーン内での自動車1台あたりのCO2排出量20%削減を目標に掲げ、昨年からは世界中の拠点へ再生可能エネルギー源からのみ電力を供給している。
こうした長年にわたるさまざまな取り組みの到達点として、BMW iXはある。それは到達点であると同時に、新たなEVのあり方を提示するものでもあるだろう。同モデルは設計理念のひとつとして「ホリスティックとサステイナビリティの融合」を掲げている。「ホリスティック」とは「全体(論)的/総体的」を意味し、物事を要素に還元するのではなく有機的につながった全体から捉える考え方を指す。ホリスティックな視点をもつことは、境界で世界を無限に分節していくことではなく、あらゆる要素の連なりのなかで有機的に変化しつつづける場として世界を捉えることだ。
かつてBMW AG取締役会会長のオリヴァー・ツィプセは「BMWはサステイナビリティを追い求めるのではなく、 BMWそのものをサステイナブルにしているのです」と述べた。世界をホリスティックに捉え有機的な動きの中に自身を置くのであれば、予め決められたゴールを目指すのではなく環境に合わせて動きつづけることでしかサステナビリティは実現できない。それはきっと、自動車のみならずこれからのプロダクトやサービスのあり方にも通じているだろう。BMW iXもまた、決まりきったプロダクトではなく、よりよい体験やよりよいコミュニケーションを求めて不断に進化しつづける存在なのだ。BMW iXが示しているのはこれからのEVではなく、これからのサステナビリティのあり方そのものなのかもしれない。
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