世界中の自動車メーカーやIT企業が鎬をけずりながら実現を目指す、自動運転車。ここ東京からも、自動運転タクシーを2020年に実用化しようとする試みがある。ロボット技術で世界に知られるZMPと都内の老舗タクシー会社・日の丸交通が手を組んだ、世界初の自動運転タクシー公道営業実証実験をレポート。
TEXT BY SHINYA YASHIRO
PHOTO BY KOUTAROU WASHIZAKI
ペーパードライバーと自動運転タクシー
3年前に免許を取ってから、ほとんど運転したことがない。クルマ離れを懸念されている平成生まれの人間のなかでは、免許をもっているだけ「マシ」な方なのかもしれない。ただ、地方の免許合宿でしか運転したことがないため、都内の運転は困難を極める。荒々しい運転にどうしても対応できないのだ。
だから普段の生活のなかでクルマに乗るのは、もっぱらタクシー。夜どうしても仕事が終らなかったとき乗込む車両には、やっと家に帰れるという気持ちに応えてくれる安心感が欠かせない。
「自動運転タクシーに乗ってみませんか」。そんな話をいただいたときに、まず思ったのは「その技術が誰のためのものか?」ということだった。当たり前だが、タクシーではユーザーは運転をしない。だから個人的には「安心感」が提供されるのであれば、それは人間であれ機械であれ、どちらでもいい。
まるで「いい人」の運転
実験に参加するため向かったのは、六本木ヒルズの車寄せ。すぐに、見た目は普通のミニバンと相違ない自動運転車がやってきた。配車はアプリから自分がいる場所と行き先を入力すれば、自動で完結する仕組みだ。自分が予約したタクシーかどうかの認証はQRコードを読み込めば完了するので、スムースに搭乗が完了する。今回は実験のため、運転席にはドライバーの方、助手席にはエンジニアの方がいらっしゃったが、実用化されれば自分の名前すらしゃべる必要がないのだろう。
クルマのなかに乗り込んだあとは、クルマに身を任せることに。車内の運転席、助手席の後ろには、それぞれ2枚のタブレットが付けられている。1枚には自分がどんなルートで移動しているのかを示すマップが表示され、もう1枚には自動運転車がどう周りの状況を捉えているかがモニタリングされる。自分が間違った場所に向かっていないか、周りで何が起きているのかがわかる仕組みだ。
乗り心地のレポートをするならば、それは驚くほど「普通」だった。自動運転というフレーズから想起されるスムースさよりも、「ちょっと気弱な人間が運転しているのではないか?」と思わせるような、ノーマルなハンドリングに感じた。周りのクルマはもちろん、遠くの歩行者にも配慮しながら事故を起こさずに目的地に到達しようとする健気な人工知能の顔がそこに見えるかのようだった。もし「運転手」の性格を診断するとするなら、とてもいい人だろう。
六本木から首都高の下をくぐり皇居へ、お堀を周りながら丸ノ内へ、そんな移動のなかで普段と違ったのは、歩行者が自分が乗っているクルマに注目してくること。車両には「自動走行公道実証実験中」と貼られていたため、スマホで写真を撮る人も多かった。自動運転車への期待が伺える。
途中で何度か横断歩道での発進などのタイミングで、ドライバーの手動運転に切り替わるタイミングもあった。ただ、周りは普通のクルマが走る公道にも関わらず、その9割以上が自動運転状態で六本木から丸ノ内まで移動できたのだから、子どものころ想像していた未来が体験できたといってさしつかえない。到着すると自動で支払いが完了、クルマから降りて、体験は終了となった。
「ドライバー」と「街」のための自動運転
今回の実験は、1950年に創業した日の丸交通と、自動運転やロボット技術を手がけるZMPのコラボレーションにより行われた。ZMPの代表・谷口恒氏への過去のインタビューによれば、その背景にはタクシー業界の人手不足、ドライバーの高齢化への危機感があるという。
都内でも多くのタクシーが車庫に眠っているという現状が自動運転のテクノロジーで改善されれば、ドライバーの労働環境は改善されるはずだ。人間が運転するとコストがかかりすぎる短距離の移動や、深夜や早朝といったタフな運転……。自動運転タクシーが求められる現場が、東京、そして日本にはある。
取材の後日、自宅に帰る普通のタクシーに乗りながら、東京という街に自動運転車が増えたなら自分も運転できるかもしれない……と、1人のペーパードライバーとして思った。到着時間を優先することなく事故のリスクを冷静に分析する人工知能の運転は、将来的に運転手を助けるうえ周りのクルマにも優しい。「つらい運転」がなくなる世界は、自動運転タクシーから始まるのかもしれない。
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