ROBOCAR IS COMING !

無人タクシーは、いかなる「価値」を未来にもたらすのか?

ZMPという会社をご存じだろうか。2020年に、完全自動運転(いわゆるレベル4)のタクシーを東京の街に走らせることを目指す、ロボットカンパニーだ。その背景には、どのような戦略、どのような思いがあるのだろうか。代表の谷口恒氏に訊いた。

TEXT BY TOMONARI COTANI
PHOTO BY KOUTAROU WASHIZAKI

自前のハード、最適なソフト

——まず、ZMP社の歩みを教えていただけますか?

谷口 会社の設立は2001年です。文部科学省所管の科学技術振興機構(JST)から、人型ロボット「PINO」の技術移転を受けるかたちでスタートしました。PINOは研究用に販売していましたが、04年には家庭用の小型人型ロボットの「nuvo」、07年には自走式ネットワーク音楽ロボット「miuro」を開発・販売しました。特にmiuroは、SLAM(Simultaneous Localization and Mapping)という自己位置推定と環境地図作成を同時に行う技術を、おそらく家庭向けロボットとしては世界で初めて実装したロボットだと思います。この技術が、その後の自動運転ロボットにつながっていくんです。

経営は順調で、ずっと家庭用ロボット事業を続けたかったのですが、リーマンショックで会社そのものの存続が難しくなってしまいました。それで、いままで積み重ねてきたロボット技術を別のジャンルに応用できないかということで、ロボットの目の技術、頭脳の技術、そして自律移動の技術を集めて、クルマに応用してみようということになったんです。

——ロボティクスというと、AIだけ、センシングだけ、カメラだけ、といった「部分」だけを専門にしている会社も多いわけですが、ZMPの場合は、ハードウェアもソフトウェアもできる、というわけですね。

谷口 はい、それがこだわりなんです。ロボットの研究開発というのは、メカエンジニアがいて、エレキのエンジニアがいて、エレキを制御するソフトを書いて、アプリケーションをつくり、通信も……といった具合に多層を成しているので、いろいろな人材を揃えなければいけません。なかでも揃えにくいのが、機械や電気といったハードウェアの人材です。でも、世の中にないものをつくるには、自前でハードをつくって、それに最適なソフトをつくっていくことが重要です。アップルだって、そうですよね。自分たちでハードウェアの仕様を決めて、ソフトもやっていくからこそ最高のものをつくれるし、自分たちの思想が、そのままプロダクトやサービスに乗っていくんです。

そしてそれは、一朝一夕にはできません。僕たちには17年の蓄積があり、そこで培った目(RoboVision®)とアタマ(IZAC®)をもつことで、圧倒的なスピードで自動運転技術を高めていけるんです。

——エンジニアは、海外の方が多いそうですね。

谷口 日本語を不問にしていることもあってか、6割強が外国人です。17カ国から集まっていますが、フランスをはじめ、多くはヨーロッパの人材です。日本という国自体に興味をもって来てくれる人も多いですが、実際、サンフランシスコのベイエリアあたりと比べても東京は治安がいいし、家賃も食事も安いですから、みんな暮らしやすいと言っていますよ。

——ちなみにZMPという社名の由来は何でしょう?

谷口 ZMPは、Zero Moment Point(ゼロモーメントポイント)の略で、動力学的な重心位置のことを意味します。二足歩行ロボットを歩かせるのに、最も重要なポイントがこのZMPなんです。足裏上にZMPが来るように計算することではじめて歩行が実現するように、ロボット分野で最も重要な存在になることを目指して、この名前を選びました。

ZMPは、会社のある文京区やお台場にて自動運転の実証実験を行っている ©️2017 ZMP Inc.

運転できない人にこそ“自動運転”を

——自動走行についてお伺いします。ZMPが開発している「自動走行車ユニット」を、販売しているという理解でよろしいでしょうか?

谷口 はい。当社が開発した、自動運転技術開発用のプラットフォーム「RoboCar®」のシステムを、自動車メーカーや自動車部品メーカーに販売しています。要は、B2B向けの研究開発用です。現時点では、それがZMPの売上げのほとんどを賄っています。

——それに加えて、自社プロジェクトとして「無人タクシー」の研究をしている、ということですね。

谷口 その通りです。無人タクシーは、実家に帰省したことがアイデアのきっかけになりました。実家は兵庫県の姫路駅からローカル線に乗って数駅のところにあるのですが、電車を降りてタクシーに乗ろうと思ったら、1台も停まっていないんです。聞いてみると、地元のタクシー会社は廃業していました。両隣の駅も同様で、結局2つ先の駅からタクシーが来ることになったのですが、そのときはじめて、「地方はタクシーもやっていけないのか、それって大変なことなんじゃないか」って気がついたんです。

免許を返納した高齢者、子ども、障碍をもつ方、あるいは海外からの観光客……。クルマを運転できない人がいて、彼らは移動の不自由を被っている。彼らこそ、自動運転を求めているのではないか。そんなことをリアルに体感し、自分のやるべきミッションがわかったんです。2013年のことでした。

——自動車メーカーが研究開発している自動走行車が、ドライバーの運転支援を前提にしているのに対し、ZMPが研究開発している無人タクシーは、免許を持っていない人たちということですね。

谷口 はい。調べてみたところ、タクシーの台数というのは全国におよそ22万7,000台で、乗用車保有台数の0.37%に過ぎません。よく、「自動車メーカーの競合になるのでは?」と聞かれるのですが、この数字が示しているとおりスーパーニッチマーケットなんです。

——では、既存のタクシー会社とはどう共存していくのでしょうか?

谷口 こちらもよく、「自動運転は、タクシードライバーの敵なんじゃないか」と言われるのですが、そんなことはありません。共存して、収益性を上げていくことを目指すのが自動運転タクシーなんです。

タクシー会社は、どこも慢性的にドライバー不足です。この5年間で20%減っているというのが事実であり、東京都ですら23%、台数にすると1万台以上のタクシーが常時車庫に眠っているそうです。そういう部分を、無人タクシーで補っていけたらと考えています。また、「駅や施設で長いこと待って、ようやくお客さんを乗せたらワンメーターだった」といった収益性の低い短距離エリアでのピストン輸送や、深夜や早朝といったキツい時間も、無人タクシーでカバーしていければと思っています。

都内の大手タクシー会社数社の代表の方々には、既に自動運転タクシーに試乗していただいているのですが、なかには「無人タクシーを導入することで収益を上げ、その分をドライバーさんたちに還元したい」と仰っている方もいました。眠っている資産を活かし、人がやるには効率や条件が悪い部分を補うことで、収益性を上げていったり、労働環境を改善することで事故の発生を防ぐ。それが、無人タクシーの目指しているところなんです。

——無人タクシー、乗るのが待ち遠しくなってきました! 今後の具体的なロードマップは、どうなっているのでしょうか?

谷口 ほとんど知られていませんが、2017年6月に警察庁から、“「遠隔型自動運転システムの公道実証実験に係る道路使用許可の申請に対する取扱いの基準」の策定について”、という通達が出ています。そのなかでは、

“我が国においては、「日本再興戦略2016」(平成28年6月2日閣議決 定)において、2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会までに、無人自動走行による移動サービスが可能となるよう、2017年までに必要な実証を可能とする制度の環境整備を行う旨が示され、また、「官民ITS構想・ロード マップ2016」(平成28年5月20日高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部決定)において、官民それぞれが取り組むべき課題とスケジュールが示されるなど、自動運転の実用化に向けた取組を推進する方針が掲げられている。”

と、記載されています。端的に言うと、2020年の東京オリンピック・パラリンピック開催時に、選手村と会場がある臨海部に無人のバスやタクシーを走らせるべく、公道での実証実験を可能にするという内容のガイドラインです。

ZMPは、レベル3と呼ばれる「運転席に人がいる条件での自動運転」の公道実験を、名古屋大学と共同で2014年から行い、2015年には神奈川県でも公道実験を実施、2016年からお台場と会社がある文京区でも公道実験を重ねています。申請が通れば無人での実験も、2017年度中に始めたいと思っています。

——公道実験の内容を、ごくごく簡単に教えてください。

谷口 最初に、測量車と呼ばれるクルマで、自動運転用の3次元地図をつくります。白線の位置とか、信号がどこにあるかとか、歩道がどこにあるかとか……運転に関係してくる道路上のあらゆるものを、10㎝程度の精度ですべて測量して地図にするんです。地図ができると、クルマに付いているセンサーで、その地図をなぞっていくわけです。見えない線路の上を走っているのが、自動運転なんです。

人とロボットには互いに得意な領域があり、きちんと棲み分けることで、未来のライフスタイルはよりよくなっていくはずだと、谷口は語る。

ロボットは敵じゃない

——RoboCarに使われている目(RoboVision®)とアタマ(IZAC®)を使って、ZMPでは、物流支援ロボットも開発していますよね。

谷口 「CarriRo」という物流支援ロボットを、2016年8月に発表しました。自動追従機能が搭載されているため、カルガモの子どものように、親である人の後をついていく機能をもっています。現在40数社で採用いただいています。

また、「CarriRo Delivery」という宅配ロボットも、実証実験を重ねているところです。

実証実験中の宅配ロボット「CarriRo Delivery」

——宅配ロボットというと、たとえばエストニアのスタートアップ「Starship Technologies」があったりしますが、CarriRo Deliveryの優位性を挙げるとすれば、どういった点になるのでしょうか。

谷口 Starship Technologiesが持つ技術の詳細はわかりませんが、僕らはロボットカーを研究開発しているという点が、大きく違うと思います。クルマは時速60㎞くらいで走り、信号や人を認識するわけです。そういう技術を持っている会社が、1/10程度の時速4〜6㎞で進む宅配ロボットを手がけているわけですから、信頼性という意味では優位性があると思います。あと、ロボット自体の剛性も、CarriRo Deliveryは自信を持っています。

さらに言うとCarriRo Deliveryは、おそらく世界初となる“垂直方向の宅配”にも挑戦しています。エレベーターを使って荷物を届ける実証実験で、六本木ヒルズを舞台に行なっています。エレベーターを使うというと、「腕が伸びてボタンを押すの?」と思われる方もいらっしゃるのですが、残念ながら(笑)、テレビのリモコンのように赤外線通信機能を使って階数を指定します。ただし、赤外線通信機能を持つ高層ビルが、六本木ヒルズも含めて東京には3棟しかないので(笑)、CarriRo Deliveryの実力を発揮させるためにも、今後高層ビルを建てる際はぜひ、エレベーターに通信機能を付けていただきたいと思います!

付け加えますと、森ビルさんとはこうしたタテ移動の実証実験に加えて、将来は公道でのヨコ移動の実験も行いたいと考えています。

また、都内の商業エリアで自動運転タクシーを実験的に走らせることも考えています。世界でも、そんなことをやっている都市はありません。自動走行の実証実験と言ったら、広い道を走ったり、サーキットを走ったりするばかりですからね。その点、東京の狭い道を走らせることができたら、「あいつらやることが違う」と思わせることができると思います。

そうした実験を通じて、「ロボットは敵じゃない」ということを理解していただき、人とロボットが共存し、ライフスタイルが変わっていく未来を、少しでも早く実現できればと思います。

「Robot of Everything」というキーワードに象徴されるように、ZMPは、自動運転や物流に留まらずさまざまな領域において人とロボットの共存を模索している。

profile

谷口 亘|Hisashi Taniguchi
1964年兵庫県生まれ。群馬大学工学部卒業後、自動車部品メーカーでアンチロックブレーキシステムの開発に携わる。その後、商社の技術営業、ネットコンテンツ会社の起業などを経て、2001年にZMPを創業。家庭向け二足歩行ロボットや音楽ロボットを開発・販売し、07年より自動車分野へ進出。2020年に、完全自動運転のタクシーを東京に数百台走らせるべく、実証実験中。