The Cabinet of Architectural Curiosities

ヘルツォーク&ド・ムーロンが収蔵展示する、膨大な建築アーカイブ

森ビルが制作を続ける東京、ニューヨーク、上海の「都市模型」は、都市計画上、重要な役割を担っている。同様に、未来に伝える貴重な資料になりうる建築模型や資料などを恒久的に保管し、共有することを目指す、スイスの建築設計事務所「ヘルツォーク&ド・ムーロン」の取り組みをレポートしたい。

TEXT BY Megumi Yamashita
Photo Above: Serge Hasenböhler
© Jacques Herzog und Pierre de Meuron Kabinett, Basel

ジャック・ヘルツォーク(左)とピエール・ド・ムーロン(右) © Jacques Herzog und Pierre de Meuron Kabinett, Basel. Foto: Derek Li Wan Po, Basel, 2015

集合住宅を併設した「ヘルシンキ・ドライシュピッツ」の3階から地下2階までの部分に「ジャック・ヘルツォーク&ピエール・ド・ムーロン・キャビネット」はある。© Iwan Baan

アルミニウムメッシュを型押ししたファサードを持つ「ウォーカー・アートセンター」(2002)。Modell Archive of Herzog & de Meuron, 2015 © Jacques Herzog and Pierre de Meuron Kabinett, Photo: Katalin Deér

「プラダ青山店」(2003)の各種模型がキャビネット内の棚に並ぶ。手前は店内什器の実物大見本。Modell Archive of Herzog & de Meuron, 2015 © Jacques Herzog and Pierre de Meuron Kabinett, Photo: Katalin Deér

バーゼルはフランスとドイツに国境を接し、ヨーロッパの水運の大動脈、ライン川が通るスイス第三の都市である。古くから物資や人が往来する商業都市で、また宗教的に寛容だったこともあり、文化が交流する場としても栄えてきた。近頃では世界最大の時計見本市「バーゼル・フェア」や現代アートの「アート・バーゼル」で話題になることも多い。

そんなバーゼルに生まれ育った幼なじみのジャック・ヘルツォークとピエール・ド・ムーロンが、地元に建築設計事務所「ヘルツォーク&ド・ムーロン(HdM)」を創設したのは1978年にさかのぼる。傑出した作品で徐々に名を上げ、2000年に開館したロンドンの「テートモダン」で国際的に知られるところに。翌年には建築界のノーベル賞と称されるプリツカー賞を受賞している。

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1/5世界を驚かせた「北京五輪スタジアム」(2008)はアイ・ウェイウェイとのコラボ作品。© Iwan Baan
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2/5東京、「プラダ青山店」(2013)。外枠が支える柱のない構造など画期的な建築。© Christian Richters
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3/5メタルの箱を開けんとするようなデザインの「ミュウミュウ青山店」(2014)。© Nacása & Partners
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4/5ロンドン、「テートモダン新館」(2016)奥の本館は2000年にオープンした。© Iwan Baan
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5/5完成まで10年あまりかかった「エルプフィルハーモニー・ハンブルク」(2017)。© Iwan Baan

東京の「プラダ 青山店」、北京のオリンピック‘鳥の巣’スタジアム、近作のコンサートホール「エルプフィルハーモニー・ハンブルク」など、規模や機能にかかわらず、構造もデザインも、常に画期的な建築を打ち出してきた。スイス建築=木の山小屋、といったイメージを持つ方もおられるかもしれない。が、長らく世界の現代建築をリードしているのが、バーゼルをベースにするこの建築ユニットなのだ。

そんな彼らにとって、作品に関連する模型や資料などの管理は大きな課題となってきた。実際、建築を“展示”することは難しい。写真や映像や設計図、完成模型などを使うのがありうべき方法だろう。が、アーティストとのコラボレーションも多く、アート性の高い作風で名高いHdM。彼らは展覧会自体も一つの「作品」と考え、実験的な試みを行ってきた。

2002年にカナダ建築センターで開催された展覧会の「思考の考古学(Archaeology of the Mind)」というタイトルがその意図をよく表している。ここでは創作工程を模型や素材見本、モックアップ、写真、インスパイア源になったオブジェやアート作品が展示された。建築をバラバラにして、建築家の頭の中まで掘り下げて展示しようという試みだ。

2004年にバーゼルのシャウラガーではじまり、テートモダンなどに巡回した展覧会「No.250」でも、250の建築模型を含む1,000品を展示。通常の建築のあり方を超えようという実験的な創作プロセスが、圧倒的なボリュームで公開されている。

模型類を収蔵展示する財団「キャビネット」を創設

こうした展覧会と並行して、模型などを恒久的に収蔵し、展示もできる施設の建設が検討されてきた。そんな中、バーゼルの非営利公共事業団体、クリストフ・メリアン財団より、彼らがバーゼルの南東に所有するかつての貨物列車用のデポや倉庫が並ぶドライシュピッツ地区の再開発案の依頼を受ける。50ヘクタールあるエリアを文教エリアに生まれ変わらせる提案の一環として、模型などを所蔵する施設を建設する機会を得ることになる。こうして、長年構想してきた収蔵庫を併設する「ヘルシンキ・ドライシュピッツ」が、2014年に竣工した。

場所はバーゼルの中央駅から市電で10分とかからない。デンマークの設計事務所BIGによる複合施設、美術大学などはすでにオープンしているが、周辺には倉庫などがまだ並ぶ開発途上のエリアだ。打ち放したコンクリートの微妙にイレギュラーな台形型のヘルシンキ・ドライシュピッツは、この辺りでは最高層で一際目立つ。5階から11階は賃貸アパートメントで、4階はオフィス、その下の地下2階までの5フロアが、模型類を所蔵管理する財団「ジャック・ヘルツォーク&ピエール・ド・ムーロン・キャビネット」になっている。

1985年ポンピドゥ・センターで展示されたレゴ・ハウス。HdMの展覧会の原点になるもの。Photo by Megumi Yamashita

ヴォトラ・キャンパスの「シャウデポ」(2016)のレンガを割った断面を見せるファサード見本。Photo by Megumi Yamashita

「エーベルスワルデの図書館」(1999) のコンクリートの表面に図柄を転写する手法の試作。Photo by Megumi Yamashita

「Kabinett=キャビネット」という名前は、模型などを収める引き戸のついた戸棚に由来する。長年、HdMの広報を務め、ここの管理も担当するエスター・ザムステッグさんが案内してくれた。「自然史博物館のようなイメージです。大切に保管しながら、研究対象として引き戸を開けてアクセスできるようにデザインされています。ここは収蔵庫というよりワークショップであり、研究所であり、ディベートの場です。ここに来ると必ず発見や閃きがあると、ジャック(・ヘルツォーク)自身も言っています」。

キャビネットには、年代を追って模型などが収められている。コンペで敗れた案、建設に至らなかった案も含め、プロジェクト数は500程度あるという。各作品、フォルムや素材、構造など、創作過程でキーとなった模型や素材見本などが所狭しと並ぶ。「この20年でテクノロジーは劇的に進化しましたが、当初は複雑なファサードのデザインなどを可能にするため、そのツールの開発から行っていました。より実験的なアプローチをするためには、最新のテクノロジーの探求だけでなく、クラフト的手法や技術を取り入れることも大切であると考えています」。

壁際の棚や通路にも、実物大モックアップなど大型のものが置かれている。アーティストとのコラボレーションも数多く行ってきたHdMだが、過去のコラボレーターである、トーマス・ルフの作品なども置かれている。バーゼル出身のアーティストで、大きなインスパイア源となったレミー・ザウグ(Rémy Zaugg)の作品には、一部屋が割かれている。

コラボレーターであったバーゼルのアーティスト、レミー・ザーグの作品を収めた部屋。Rémy Zaugg, Vom Tod II, 1999, 2002, 08.2004 © Jacques Herzog and Pierre de Meuron Kabinett, Photo: Serge Hasenböhler

HdMの作品には一つの典型的なスタイルがない。作品のタイプも美術館、スタジアム、集合住宅、商業施設など多岐にわたるが、それぞれの作品のフォルムも素材も構造も千差万別。常に実験的な試みに挑み、建築を次のレベルに引き上げてきた。その背後にある創作過程を垣間見ることは大いに刺激的だが、それをこうして保存展示することまで考え、実行していることに感嘆する。今後、キャビネット内の立体物とドローイングや設計図などの資料のほか、音声や映像もデジタルでリンクすることも計画中だという。

50万枚の歴史的写真のアーカイブ化も進行中

すっかり感心しきったところだったが、ここで終わりではなかった。次に案内されたフロアでは、50万枚のも歴史的写真のアーカイブ化が進行中だった。ジャック・ヘルツォークの兄夫妻が収集していたコレクションを丸ごと引き取ったのだという。写真が発明された時点から1960年あたりまで。プロのほかアマチュアの写真家が、世界各地で日常の様子などを捉えた写真になる。風俗、気象、建築など、様々な視点から興味が尽きないものだろう。

「この膨大な数の写真を引き取った理由は、『人類の百科事典』とも言える貴重なコレクションを、一つの文化遺産としてバーゼルに残しておきたかったからです。現在、データベースのオンライン化を目指していますが、これを公開することで、国内外でさらに研究の対象になったり、展覧会や出版物に活用されることを視野に入れています 。日本の研究機関ともコラボレーションができるかもしれません」 。エスタさんやスタッフから、その熱意のほどが伝わってきた。

19世紀末のバーゼルの様子を捉えた写真。Photo by Megumi Yamashita

ひと言で「模型」と 言っても、いろいろなタイプが存在する。その共通する目的は、見えないもの、わかりにくいものを、人が理解しやすい3Dの形で可視化することにある。森ビルの都市模型とヘルツォーク&ド・ムーロンがアーカイブ化している模型類とでは、目的も表現手法なども大きく異なる。とはいえ、地道な作業を通して、今の時代に人間が何を考え、何を創り出してきたかを未来に伝えて行こうという使命感は、共通するものだと感じた。

再開発が続くエリア。右手にはアートカレッジ、左手にはBIGによる複合施設がある。Photo by Megumi Yamashita

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ヘルツォーク&ド・ムーロン財団|Jacques Herzog and Pierre de Meuron Kabinett
ヘルツォーク&ド・ムーロンの所蔵品や意匠を管理し、将来的に一般公開を可能にするために設立された財団。現在は非公開。バーゼルの再開発エリア、Dreispiz(ドライシュピッツ)にある。