NO RUN NO LIFE

やがて豊洲は「走り」の聖地となる——遠藤謙|Xiborg の挑戦

2016年12月。トップアスリート向けの義足を開発・研究するラボが併設された、全天候型のランニングスタジアムが豊洲に誕生した。この施設は現在、「誰もが楽しく走れる環境」を醸成すべく、あるプロジェクトの準備に入っているという。そのプロジェクトとは、果たして僕らの未来とどうつながっていくのだろうか。

TEXT BY TOMONARI COTANI
PHOTO BY KOUTAROU WASHIZAKI

IAAF(国際陸上連盟)公認トラック(60m)を6レーン備える新豊洲Brilliaランニングスタジアム。施設利用時間は9:00〜21:00、一般の利用は1回800円。

なにかとニュースでその名を目にすることが多い豊洲の一角に、国際競技会にも採用されているサーフェス(モンド社のスーパーX)が敷かれた、全天候型のトラック施設があることをご存じだろうか。施設の名前は新豊洲Brilliaランニングスタジアム。ここには、トップアスリート向けの競技用義足の開発をおこなっている「Xiborg(サイボーグ)」のラボが併設されている。スポーツとエンジニアリングが交差するこの不思議な場所は、どのようにして生まれ、なにを目指し、僕らとどう関係していくのだろうか。Xiborgの代表・遠藤謙に訊いた。

「トラック×ラボ」がもたらすもの

——まずはじめに、この施設が誕生した背景を教えてください。

遠藤 2020年のオリンピック/パラリンピックに向けて豊洲地域のブランディングをしていくにあたり、「スポーツ×アート」というコンセプトが設定されました。では、具体的になにをするのかとなったとき、僕や為末大さん、パラリンピアンの高桑早生さん、パフォーマンスアーティストの栗栖良依さんらに声がかかり、会議が開かれたんです。その結果、健常者も障がい者も、子どもも高齢者も関係なく、楽しく走れるようなランニングの聖地を作ろうという結論になりました。

一方、障がい者スポーツというと、なにかしらものを使うことが多いのですが、もの作りの場と競技場が一体となっている施設は、国内にはほとんどありませんでした。ラボスペースが併設されたトラックがあれば、これまで交わることがなかったアスリートとエンジニアとクリエイターが出会える場所にもなりますし、お互いの領域にお互いが行き来し合うことが容易になり、「スポーツ×テクノロジー」という側面からの広がりが生まれるのではないか、ということになったんです。その結果生まれたのが、この新豊洲Brilliaランニングスタジアムです。

トラックに隣接したラボスペースには3Dプリンターなどの工作機械が。アスリートやコーチからのフィードバックに対し、即座に応えることができる。

——Xiborgはここで、どういった活動を行っているのでしょうか?

遠藤 Xiborgは、義足アスリートがより速く走るためのトレーニング、高品質な義足の開発に必要なデータの収集、そしてそのデータに基づいた競技用義足の研究開発という3つの活動を行っているのですが、ここでは、その3つをシームレスに行うことができます。

僕たちは板バネを作っているのですが、その板バネの開発にあたり、トラックで検証してラボで調整する、というサイクルをどんどん回せますし、病院のリハビリ室にあるような階段や坂道といった障碍物も用意しやすいので、今後はここで、アスリートではない方々の歩行テストなども行いたいと思っています。

——板バネの開発に関して、現状、どのような課題をお持ちですか?

遠藤 なにが課題なのかが明確に見えないのが課題かもしれません。僕たちは速く走ることを目指して義足を作っているわけですが、なにをすれば速くなるのか、定量化されているわけではありません。エンジニアが理論的に仮説を持ち、競技者やコーチである為末さんの意見を検証し、細かい改良を積み重ねる作業を行っています。

——研究開発にせよ社会的な認知にせよ、義肢に関して進んでいるのは、やはりアメリカなのでしょうか?

遠藤 いえ、ヨーロッパだと思います。義足メーカーでいうと、ドイツのオットーボックとアイスランドのオズールが、いいものを作っていますしね。では、その2社と同じ形態でビジネスを行えばいいかというと、日本の場合はそうではありません。そもそもヨーロッパは福祉にお金をかけていますし、障がい者もたくさんいらっしゃいます。日本は幸いなことに軍隊もありませんので、障がいを持つ方が少ないんです。それはつまり、新しい義足を開発するにしても、若い被験者が少ないことを意味します。ですのでXiborgでは、障がい者のマスを狙うのではなく、F1のように、「速く走れる義足を作る」ことに特化する判断をしています。

僕たちが作っている板バネは、カーボン繊維強化プラスチック(CFPR)という素材なのですが、その成型技術はもちろん、選手の走行データの蓄積から、どういった反力を得る必要があり、どういったトレーニングをすればいいかという「ものに落とし込むまでのプロセス」が、ほかのメーカーと比べても独特だと思います。アスリートとコーチとエンジニアが、これだけ密になって作られた義足はないはずで、これこそ、マスプロダクションではできないことだと思います。

競技用義足「Xiborg Genesis (サイボーグ ジェネシス)」。東レ、東レ・カーボンマジックと共に開発したカーボン繊維強化プラスチック製(CFRP)の板バネを採用している。

人間のあり方は、さらに多様化していくはず

——2020年がいよいよ迫ってきましたが、現時点ではどのような目標を設定しているのでしょうか?

遠藤 なんとなくですが、東京パラリンピックで、100m走の決勝に残った8人のうち、半分がXiborgの義足を履いてくれていたらいいなと思っています。いま、3人の日本人アスリートと、1人のアメリカ人アスリートがXiborgの義足を履いてくれていますが、今年はさらに増えるかもしれない、というペースで推移しています。

——2020年はひとつのマイルストーンに過ぎず、スポーツやウェルネスといった価値観を、その後につなげていくことが重要だと思います。Xiborgとしては、どのような道筋を考えているのでしょうか?

遠藤 道筋はいろいろあると思うのですが、最終的にはパラリンピアンだけではなく、健常者と障がい者の隔てなく、いろいろな人が楽しみや健康を保つためにスポーツをする状況になるのが望ましいと思います。ただ、そこに至る道筋は難しいと考えます。現状では健常者ですら、日常的にスポーツをする環境やマインドが醸成できていませんからね。ですので、予防医学やロコモという概念を浸透させたりだとか、いろいろなプレイヤーがいろいろな領域でウェルネスの価値について発信していくことが求められると思います。

障がい者に限っていうと、障がい者自身や社会全体の認識を変えていくためにも、義足で走ったり飛んだりしている姿を、多くの人が目にするであろうパラリンピックが果たす役割は大きいと考えます。義足を付けてスポーツをすることは、こんなにカッコイイことなんだという認識を広めていくでしょうから。

ただし、現状トップアスリート向けの義足は高価ですし、義足を取り付ける義肢装具士の数も限られています。そこで、ハイスペックな義足をいろいろ試せる図書館のような場所を作ったらどうかという発想に至りました。9月にはその「義足の図書館」プロジェクトを開始する予定で、現在クラウドファンディングを行なっており(〜7/10締め切り)、初年度は25本ほどの板バネと、コネクタ、膝継ぎ手を数個用意する予定です。

ラボ内には、板バネが付いた競技用の義足を試すことできる体験用の義足も揃っている。

——医療技術の革新などにより、今後、寿命は飛躍的に伸びるとも言われています。そんな時代になると、健常者であっても、やがて義足のお世話になる時代がくるかもしれません。

遠藤 「健康寿命を伸ばしたい」という願いと、社会的需要として「納税者を増やしたい」という思いはマッチしているので、おそらくそういう方向になると思います。その一方で、歳を取ると悩みも増えていくはずなので、もしかすると安楽死という議論が出てくるかもしれません。平均寿命は伸びるけど、死にたい人は死ねる時代、つまりは選択肢が増える時代です。あと、生身の人間でいたいという人もいるでしょうし、それこそ弱った足を義足に変えたりとか、なにかしらデバイスを付けて動きたいという人も出てくるでしょう。「人間はこうあるべきだ」という考え方が崩れ、多様化し、「いろいろな人がいる」という状態を受け入れざるを得なくなっていくことが、今後の社会課題となるはずです。

義足の図書館は、そうした多様化の道筋のひとつとなる、ソーシャルなアクティビティという位置づけで考えています。ですから、Xiborgの板バネだけではなく、いろいろなメーカーの板バネを用意することが大事だと思っています。体の動きは人それぞれなので、いろいろなタイプをここに置き、自分に合うものを見つけていく。F1から乗用車へ技術要素が流れるように、パラリンピックで使われたものが市販されていくという流れを、2020年以降に生み出せたらいいなと思っていて、今回のプロジェクトも、その一環としてやっているんです。

Xiborgでは、アスリート向けの板バネ義足だけではなく、ロボティクスを用いた義足もソニーコンピュータサイエンス研究所と共同開発している。

——そのためには、ますますパラリンピックへの関心の高まりが求められますね。認知を広めるという意味では、オリンピックの後ではなく、前に開催してもいいのかもしれません。

遠藤 それについては、いい面と悪い面があると思っています。いまは、オリンピックと同じようにパラリンピックを盛り上げようという流れですよね。スポンサーモデルもオリンピックと一緒で、スポンサーからすると、莫大な投資をして、リターンインベストメントをすごく求めている。実際、オリンピックというのはそれだけのコンテンツ力があると思います。しかし、パラリンピックでも同じ構図が成り立つかというと、どうでしょうか。オリンピックの場合、見ていても盛り上がりに欠ける種目は外されてしまいますよね。果たして同じ尺度を、パラリンピックに持ち込んでいいものなのか。

当然、おもしろいものや目立つものが注目されるわけで、「じゃあ、注目度が引くものは、おもしろそうなものに入れ替えようよ」という競争は、本当におもしろいコンテンツを作っていく上では大事ですが、障がい者のコミュニティにその観点を持ち込むのは、まだ早いと思います。ぼく自身は、PRとCSRのお金が入り交じった大会、というニュアンスが、バランスがいいのではないかと考えています。

こういうことは、いまはまだセンシティブなトピックに思われるかもしれませんが、いずれ必ず出てくる議論だと思います。この話題がセンシティブではなくなるのは、「人間はこうあるべきだ」という考え方が多様化し、「いろいろな人がいる」社会があたり前になった時にほかなりません。その時に向けて、Xiborgは今後も活動を続けていきたいと思います。

profile

遠藤謙|Ken Endo
1978年静岡県生まれ。義足エンジニア/Xiborg代表取締役社長。慶應義塾大学修士課程修了後、渡米。マサチューセッツ工科大学メディアラボ バイオメカニクスグループにて、人間の身体能力の解析や下腿義足の開発に従事。2012年博士取得。一方、マサチューセッツ工科大学D-labにて講師を勤め、途上国向けの義肢装具に関する講義を担当。現在、ソニーコンピュータサイエンス研究所アソシエイトリサーチャー。ロボット技術を用いた身体能力の拡張に関する研究に携わる。2012年、MITが出版する科学雑誌Technology Reviewが選ぶ35才以下のイノベータ35人(TR35)に選出された。2014年ダボス会議ヤンググローバルリーダー。

INNOVATION TOKYO 2017
10/8~10/14に六本木ヒルズで開催される「INNOVATION TOKYO 2017」に遠藤謙さんが登場します。