TORISHIKI AT AZABUDAI HILLS

日本一の焼鳥惣菜店へ——『鳥しき』池川義輝氏が麻布台ヒルズ マーケットで切り拓く未来

「日本一予約が取れない焼鳥店」が枕詞として定着している『鳥しき』。店主・池川義輝氏は「1本の串の魅力を一生かけて究めたい」と、日々炭、鶏、そして自分に向き合い「焼鳥道」を極め続けています。そして、2024年3月、麻布台ヒルズ マーケット内に「日本一の焼鳥惣菜店」を目指した新たな挑戦の場をオープンさせました。テイクアウトで『鳥しき』の味をどこまで表現できるのか、そして焼鳥に限らず家庭で楽しめる鳥惣菜の開発など、新たな美味しさ、楽しさを広げる池川氏の熱い「焼鳥愛」に触れるべくお話を伺いました。

TEXT BY MIKO FUJITA
PORTRAIT BY HIDEHIRO YAMADA
PHOTO BY AKIKO SATO
EDIT BY TM EVOLUTION.INC

——2007年に目黒で開業、2011年にはミシュランの星を獲得され、以降、最も予約が取れない焼鳥店と言われて15年近くなりますね。「近火の強火」でしか味わえない、肉汁が踊っているかのような迫力あるジューシー感と炭の香りは焼鳥の概念を超えるインパクトがあります。その唯一無二の美味しさだけでなく、お客様への目配り気配りの細やかさも評価の高さに繋がっていると思います。様々な努力と工夫、そして信念のもと、当初池川さんがおっしゃっていた焼鳥店、焼鳥職人の地位の向上を見事に実現された今、どのようなことを感じていらっしゃるのでしょう?

「1本の串の魅力を一生かけて究め、焼鳥をより高い次元へと進化させたい」

池川 『鳥よし』の焼鳥や接客に惚れ込み、脱サラして修業に入った2000年頃、時代背景としては「焼鳥」というのは居酒屋さんのメニューのひとつで、ジャンルとしては確立していませんでした。でも、実際修業をしてみると炭の扱いから食材の見極め、串打ち、お客様にお出しするタイミングまで本当に奥深い。まさに日々の気づきの積み重ねで腕を磨く職人技であり、江戸時代から続く日本の伝統的な食文化です。それにも拘らず、天ぷらや鮨よりも明らかに下に見られていました。身近で大衆的な食べ物として愛されているだけに、美味しい焼鳥を焼くことがいかに奥深いものなのか、その職人技はフォーカスされていなかったんですね。かく言う私自身も、焼鳥が好きで、『鳥よし』の猪股善人さんのような職人になりたいと思い入門しましたが、1、2年働けば自分の店が持てるだろうというような甘い考えでした。

修業の1年目は掃除のみ。串打ちすらさせてもらえませんでしたが、厳しい修業には理由があるはずです。肉の切り方、串の打ち方、炭の扱いの難しさ、人様の口に入るものへの責任、そして味はもちろん、焼き上げるタイミング、ホスピタリティなどお客様に満足してもらうための気配りなど、五感を尽くして串とお客様に向き合うことの奥深さに次第に気づかされました。「一生をかけて極めるに値する仕事。1本の串の魅力を一生かけて究めたい」と気持ちを引き締め、親方の元で7年弱修業させてもらいました。

修業中に残念に思ったのは辞めていく同輩もたくさんいたことです。これはやはり焼鳥店、そして焼鳥職人のステイタスを上げて「焼鳥職人になりたい」「自分のお店を持ちたい」と信念を持って焼鳥業界に入ってくる人を増やさなければいけないと痛感。そのためにもまずは自分自身のスキルを上げ、焼鳥職人として認められる店を作るしかないと、独立後もただただ炭と向き合い、食材に向き合い、お客様に向き合い一心不乱に働きました。

「伝統の先にある焼鳥の可能性を広げていきたい」

池川 3年目にミシュランの星をいただいたこともあって以前よりも焼鳥というジャンルが注目されるようになりました。妻とふたりで始め、まさか人を雇える日が来るとは考えてもいなかったのですが、うちで働きたいと思って若い子が来てくれることで改めて修業時代に悶々と感じていた「彼らがプライドとモチベーションを高く持てるようになるにはどうしたらいいのか」「職人として成長できる土台を作るにはどう指導すればよいのか」ということを改めて考える良い機会になりました。そんなわけで「夢に挑戦できる仕組みを作りたい」という思いもあって、『鳥しき』では道場のようなイメージで職人としての土台を作ってもらい、その後さらにスキルアップを目指せるお店を持たせてあげる、というようにお店を増やしていきました。

お店を少し増やしながら仕事を続ければ続けるほど、色々な出会いがあり、出会いがあればあるほど焼鳥の新たな可能性も見えてくるのは楽しいですね。味を守っていくだけでは価値を高めることはできないし、衰退してしまうかもしれませんから、新たなチャンスをいただいた機会には、オーセンティックな焼鳥だけでなく、串を刺さない焼鳥をベースにした鳥料理の会席や焼鳥の原点に帰る鳥居酒屋、そして鶏鍋や鳥釜飯など鳥の魅力を様々なスタイルで形にしていきたいと思っています。

近火の強火で鳥の表面を素早く焼いて肉汁を封じ込めるように焼くのが『鳥しき』流。そのために炭のポテンシャルを最大限に引き出せるよう煙や空気の流れも考え、時に炭を割るなどして巧みに炭を組む。そして、鳥を並べたら、焦げたり乾燥したりしないようこまめに回転させながら入念な火入れをする。

——2024年3月に麻布台ヒルズ マーケット内に『鳥しき』初の惣菜店をオープンされました。近火の強火で肉汁を封じ込めた『鳥しき』の焼鳥は炭の薫香と焼きたてのジューシー感が大きな魅力ですが、テイクアウトとなるとまた違うアプローチで焼かなければならないなど、かなりの挑戦だったと思います。『鳥しき』だからできる、『鳥しき』ならではの鳥惣菜を目指すためにどのような工夫をされたのでしょう?

「炭の香りがする焼鳥を家で味わいたい」というお客様の声に後押しされた挑戦

池川 テイクアウトについて考えるようになったのはコロナ禍で外食を控えなければいけなかった人たちのために、というのがきっかけです。当初は「冷めても美味しい」をテーマに取り組みましたが、なかなかイメージ通りの焼鳥に到達できず試行錯誤しました。店と同じようにすぐ食べて美味しいタイミングにすると冷めた時に鳥がやや硬くなってしまいます。ですから、余熱で火が入るというところも計算して、お店よりは焼き時間を短くしなければなりません。そのちょうど良いタイミングを見つけるために、時間はもちろん鳥の大きさを調整するなどして何度も試作を繰り返しました。また、焼いた後、時間を置くことでどのように変化していくのかを検証するために、スタッフみんなで家に持ち帰って1時間後、2時間後と明朝までと、時間を追って味の観察をしていました。今でも時々、私もスタッフも家に持ち帰って味を検証し、改良を重ねています。

売り場のバックヤードには炭火による焼き台が1台あり、焼鳥を焼いている様子をガラス越しに見ることができる。土・日・祝日は1,000本焼くこともあるという。

左からタレにつけて焼いたうずら玉子「黒玉」(麻布台ヒルズ限定)¥390、炭の香り、鳥の旨みや凝縮感など『鳥しき』のエッセンスをわかりやすく味わえる1本『かしわ』¥580、鳥皮に香り良い山椒をたっぷりまぶした「東京山椒焼」¥390。

『鳥しき』ならではのこだわりとしては、まず「炭の香り」を楽しんでいただけることです。これは冷めても美味しいひとつの大きな理由になっています。ただ、冷めても美味しいとはいえ、「焼鳥は温かくないとね」という方もいらっしゃると思い、麻布台の惣菜店をオープンするにあたって電子レンジを使った温め直し方のしおりを入れさせていただいています。

すると「温め直すことで、炭の香りやジューシー感が蘇る」とお客様から多くの声が寄せられ、とても励みに感じています。

逆に通りすがりのお客様から「焼鳥なのに高いわね」という声が聞こえることもあります。これは私が職人になる時に感じた「焼鳥」というジャンルのステイタスの低さが未だ払拭されていないという表れ。使っている炭や鳥、串の刺し方、焼き方など技術やこだわりの違いによって味も違いますし、値段の幅があることを理解していただけるよう、これからもなお一層努力していかなければならないと、やる気の起爆剤になっています。

焼鳥以外では、手羽中を半分にカットして高温でパリッと揚げてから『鳥しき』秘伝のたれをベースにした甘辛醤油だれで絡めた、おかずというより酒のつまみに最適な「壺たれチキン」(100g/¥630)が好評です。冷ますことで中に味が浸透するのはもちろん、身が締まって食感が良くなりますし、小ぶりながらもコクのある風味も堪能できます。また、ほかではあまり見られない大きな「かしわ唐揚げ」(100g/¥580)は名物的存在になりつつあります。この2品は揚げ物なので炭の香りはしませんが、食感や旨み、コクで『鳥しき』らしさを感じていただけるのではないかと思っています。

また、「むね炭火一枚焼き」(¥810)や「かしわ炭火一枚焼き」(¥1,050)は、ご飯のおかずになると喜ばれています。炭で焼いていますから香りも良いですし、野菜を付け合わせてお皿に盛っていただければ夕飯の一品になります。

焼鳥というとビール、というイメージかもしれませんが、ご飯のおかずとして、あるいは誕生日会、クリスマス会などご家庭でのお祝いの食卓を彩れるようなお客様のニーズに応えるお惣菜をいろいろ考えていきたいと思っています。今年はクリスマス時期限定で『骨付きかしわ炭火一本焼き』を販売予定ですし、お正月に向けても商品開発をしていきますので、売り場を覗いてみていただけたら嬉しいです。

お弁当は今のところは1種類のみ「鶏そぼろ弁当」(¥2,500)をご用意しています。目黒の私の店でお出ししている鶏そぼろと同じ大きさ、味付けのものを使うと、お弁当として食べた時にはちょっと物足りない感じがしたので、肉の挽き方を粗めに、味付けも若干甘辛くしています。午後早めに売り切れてしまうことも多々あるので、今後釜飯や、オフィスの方々のニーズに応えられるようボリュームを抑えめにした、ランチにちょうどいい焼鳥弁当も販売したいと思っています。

「鳥惣菜」というスタイルは今回が初めてで、まだまだ入口に立ったばかりですが、お客様との会話も大切にしてご意見を伺いながらいろいろなニーズを汲み取ってもらい、改良や新たな商品開発に活かしていきたい、もっともっとチョイスの幅を広げてショーウィンドーの前でワクワクして欲しい……そんな思いでスタッフ一同意欲に燃えています。単にお買い物をするだけでなく、食べてみた感想やこんな鳥惣菜が食べたいといった会話が店頭で生まれるような、より美味しく楽しいお店にしていくべく、ホスピタリティを大切にしたいと思っています。

『焼き鳥巡業公演』〜炭の香りを楽しみながらお召し上がりください。という張り紙に1日5回の焼き上がりと販売時間が記されている。土・日・祝日は行列ができ、売り切れてしまうこともある。

池川義輝|Yoshiteru Ikekawa
1972年、東京生まれ。下町で育ち、焼鳥は父親に連れて行ってもらう居酒屋で食べる、あるいは商店街でおやつがわりに買うなど、ほのぼのとした想い出と繋がるソウルフード的存在。身近ながらも家では味わえない美味しさと、焼鳥職人の仕事ぶりや客がリラックスして楽しそうに食べて飲む雰囲気など、焼鳥店の商売に憧れを持ち、店を持ちたいと思いつつも、一旦社会のルールや客目線を養うためにサラリーマンをしながら休日を利用して自分が理想とするような焼鳥店を考察するべく、100軒以上の焼き鳥店を食べ歩く。その中で『鳥よし』(東京・中目黒)の焼鳥とホスピタリティに衝撃を受け入門。7年の修業を経て2007年に独立。現在、弟子が活躍する系列店を国内で8店舗、NY、上海に1店舗ずつ展開している。

麻布台 鳥しき

住所=東京都港区麻布台1-2-4 麻布台ヒルズ ガーデンプラザ C B1 麻布台ヒルズ マーケット 電話=03-6441-0098 営業時間=10:00〜20:00 定休日=麻布台ヒルズ マーケットの休業日に準ずる ※各種電子マネー、交通系IC、各種クレジットカード利用可

※2024年12月現在の情報です。
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