特集麻布台ヒルズ

DESIGN OF AZABUDAI HILLS MARKET

「混ざり合い」と「活気」をデザインで再現した、小さな街のようなマーケット

日本の食文化の豊かさを見つめ、「本当のおいしさ」や「楽しさ」を発信している〈麻布台ヒルズ マーケット〉。約4,000㎡のフロアには、生鮮食品から総菜、スイーツまで、日本を代表する専門店が集まる。内装デザインを手がけたのは、SUPPOSE DESIGN OFFICE。マーケット全体を「街に見立てた」というデザインの意図からディテールへのこだわりまで、代表の吉田愛さんに聞く。

TEXT BY TAMI OKANO
PHOTO BY NORIO KIDERA
EDIT BY KAZUMI YAMAMOTO
illustration by Geoff McFetridge


——〈麻布台ヒルズ マーケット〉の内装デザインで目指したことは何でしたか?

吉田 ここに集まるお店は、みなさん商品に対して自信と誇りを持っていて、それぞれに特徴がありますよね。その個性豊かなお店が34店舗も集まる新しいマーケットをデザインするにあたり、まず考えたのは、「混ざり合い」と「活気」です。パッケージングされた商品が並んでいるだけではなく、出来たての惣菜を量り売りする場所があったり、厨房のすぐ横で食べられるイートインスペースがあったり。さまざまな要素が混ざり合うなかで自然発生的に生まれる活気を、どう作っていくか。それがこの場所での一番のテーマでした。キーワードとしては、「ライブ感」。調理場をはじめ、できるだけ働いている人、作っている人の姿が見える「生きたマーケット」にしたい、というのも目指したことのひとつです。

名店の個性が混ざり合う、活気ある「生きたマーケット」

六本木一丁目駅側の入り口を入ってすぐにのところには、四季折々の新鮮な野菜や果物が並ぶ青果専門店「京都 八百一」が。営業時間ともなると、マーケットの活気はここから始まる。

——マーケット全体を「街」に見立てたそうですが、その意図はどんなところにあるのでしょう?

吉田 たとえば、ヨーロッパの街の多くは、中心に広場があります。世界で最も美しい広場とも言われるイタリアのカンポ広場は、周囲の建物から軒やテントが張り出していて、市が立つ日には、野菜やチーズなどを売る露店がひしめき、賑わいます。そこにあるのはまさに、「混ざり合いの活気」。その在り方を〈麻布台ヒルズ マーケット〉に持ち込みたいと思ったんです。マーケット全体が街で、中央が広場。広場の周りの壁から軒が出ていて、その下に専門店があり、軒と軒の間に独立した建物のようなファサードがあり……。その構成を雁行しながら繰り返すことで、歩くたびに違う景色に出会える楽しさと、街としての一体感を生み出しています。

日本を代表する食肉加工職人、楠田裕彦の「クスダ シャルキュトリ メートル アルティザン」(左)と、チーズと生ハムの専門店「フィオールディマーゾ」(右)。それぞれ独立していながら、親和性のある素材使いで街並みを表現。

——街と広場に見立てた賑やかなフロアに対して、天井はとてもすっきりしていますね。

楕円にくり抜かれた天窓のような天井照明。乳白パネルを通して降り注ぐ、やわらかな光が心地よい。

吉田 空間って「コントラスト」が大事だと思っていて、活気や賑わいをつくりたいと思ったときに、全部が全部、派手な色やカタチで覆ってしまうと、逆に目立たなくなり、主役が引き立たなくなってしまう。マーケットフロアでの、買ったり、売ったりの活気こそが主役なので、フロアに設けた什器は高さを抑え、天井面は何もしない「余白の空間」を残すことを大切に考えました。天井で工夫したのは、照明です。マーケットの一部は天井が低いところもあるのですが、その低さを感じさせないよう、まるで天窓があるかのような、「ふわっとした光が上から降り注ぐ」照明をデザインしました。乳白パネルのその先がわからないという状況をつくることで、空間がもっと上まであるように感じられ、地下であっても開放的な雰囲気になっていると思います。

専門店の質の高さを、本物の素材やディテールへのこだわりで表現

青のタイルとテラゾーを用いてオリジナルで製作した「麻布台 やま幸鮮魚店」の什器。

——什器をはじめ、個々のディテールはどのように考えていったのでしょうか。

吉田 あまり目立ち過ぎないように、ではあるのですが、それぞれの店にテーマカラーを設けています。たとえば「麻布台 やま幸鮮魚店」なら、海の「青」を基調に、什器のテラゾー(人造大理石)もガラス質の青い石を混ぜて仕上げているんです。また、鮮魚店らしく、三和土は市場を彷彿とさせる玉砂利の洗い出しに。店の個性にあわせた表現を、ひとつひとつ、導き出していきました。こだわったのは、大谷石をはじめ、「本物」の素材を使うこと。軒の部分をはじめ、白壁は職人の手仕事による左官仕上げです。しかも、独特のツヤとムラが残るよう、石が入った粉を塗って磨いています。マーケットに入っているお店は、みなさん質の高い食品を扱っている専門店ばかり。その上質さや本物の良さを空間全体でも伝えられるよう、素材選びやディテールの仕上げには、並々ならぬ時間と手間をかけています。

広場を囲む建物と街並みを表現した大理石の壁と、左官仕上げの白い軒。あえて低く設けた軒が、それぞれの店の領域を分け、空間にリズムを生み出している。

厨房で調理をする姿が見える「惣菜 麻布台しゅん」(右)と、イートインスペース併設の「富麗華 キッチン」(左)。ここの区画は上部に銅板を配し、一体感を出した。

——全体の内装と同時に、個々の店舗内のデザインを34店舗分。まとめるのは大変だったのでは?

吉田 私たちがデザインしているお店に関しては、既存の店舗を実際に見に行き、街との関係やその店ならではのイメージなど、大切にされてきた要素をできるだけ受け継いだ表現とすることを第一に考えました。他に設計者が入るお店についても、可能な限り現地を訪れ、色のトーンなどをまず私たちから提案させていただき、何度も打ち合わせをさせていただきました。統一感がありすぎる空間というのも不自然なので、「バラバラなまとまり」と言いますか、それぞれが違う色、違う素材を使いつつ、「ひとつの街としてのつながり」を感じられるようにしたい、という意図をみなさん理解してくださったのが、とてもありがたかったです。あとは、「滲み出し」のデザインもポイントで、「パーラー矢澤」のように、通路にもマーケットの活気や気配が、滲み出すほうがいい。その「滲み出し方」については、今後もさまざまな展開が考えられるのではないかと思っています。

最高品質の黒毛和牛卸で知られるヤザワミートの人気惣菜が集結した 「パーラー矢澤」。イートインの一角は街なかのテラス席のようなデザインで、マーケット内の活気が滲み出す。

トーマス・ヘザーウィックの空間を、大自然の「敷地」と捉え、「心地よさ」で調和させる

商品のほとんどが集中レジでまとめて購入できる。重厚感のあるレジ台もオリジナルでデザインした。

——麻布台ヒルズ低層部の建築とランドスケープは、トーマス・ヘザウィック氏が率いるヘザウィック・スタジオが手がけています。その内部の空間をデザインするにあたり、心がけたことはありますか? 

吉田 ヘザウイック・スタジオの建築やランドスケープは、世界観がもうすでに完成されているし、圧倒的な力がありますよね。麻布台ヒルズ低層部でいえば、それはある意味、森や山や谷といった「大自然」のようなもの。色や形を模したり、部分的なデザインで馴染ませたりするのではなく、その圧倒的な環境を「敷地」と捉え、どう活かせるか、からデザインをスタートしました。森の中に建築をつくるときに、森に似せたデザインにしようとは思わないものです。それよりも、どうしたら森の良さを活かせるか。具体的には、印象的な柱がある、あの吹き抜けの空間の心地よさを、どう引き継ぐか、だったと思います。天窓から自然光が降り注いでいるように感じる天井照明もそうですし、要所要所の角をアールにすることでスケール感を広げたり、横に長い敷地の連続性を強調したり。それらはすべて、地下の閉塞感を払拭させ、ヘザウイック・スタジオの建築と調和する「自然と一体になるような心地よさ」をつくるためです。

——内装デザインをはじめてからオープンまで約3年。思い入れもひときわ強いかと思いますが、吉田さんオススメの〈麻布台ヒルズ マーケット〉の楽しみ方は?

吉田 〈麻布台ヒルズ マーケット〉の魅力のひとつは、商店街的なコミュニケーションがあること。買い物だけして帰るのではなく、専門店の皆さんとの会話を楽しんでもらいたいですね。みなさん「食」のプロですから、調理方法や合わせる食材の相談をするのもおすすめです。地下の「フィオールディマーゾ」で買ったチーズに合わせるワインを、1階の「インタートワイン ケーエム 山仁」の方が選んでくれたり、マーケット一体で、もう一歩踏み込んだ食の楽しみや、おいしさを提案してくれる。それこそが、上質な大人のマーケットの価値なのではないかと思います。私自身、食べるのが大好きなのですが、このマーケットは来るたびに、食にまつわる新しい発見や出会いがあります。食事ができる店もあるので、ぜひ、長い時間、ゆったりと過ごしてほしいです。

麻布台ヒルズ マーケット


住所=麻布台ヒルズ ガーデンプラザC 1F、B1F 営業時間=10:00〜20:00(一部、営業時間の異なる店舗もあり) 電話=03-5544-9636(代表) ※サービスカウンター 

profile

吉田愛|Ai Yoshida
建築家。1974年広島県生まれ。2001年SUPPOSE DESIGN OFFICEに参画。2014年より共同主宰。2021年に空間プロデュースなどを事業の核とする「etc inc.」を設立するなど、飲食部門のプロデュース兼経営、ゲストハウス鎌倉はなれのディレクション等も務め、建築を軸に分野を横断しながら活動している。