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麻布台ヒルズの超高層タワー3棟、そのデザインの秘密とは? ——フレッド・クラーク(ペリ・クラーク&パートナーズ)
竣工時には日本一の高さとなるメインタワー(約330m・64階建)を含む3棟のビルの外装デザインを手がけたのは、アメリカの建築設計会社「ペリ・クラーク&パートナーズ」。その代表を務めるフレッド・W・クラーク氏に話を聞いた。
TEXT BY MARI MATSUBARA
PHOTO BY KOTARO WASHIZAKI
COURTESY OF PELLI CLARKE & PARTNERS JAPAN, INC.
illustration by Geoff McFetridge
——まずクラークさんにとっての理想の都市とはどのようなものであるか、お聞かせいただけますか?
クラーク 理想の都市に必要なものとして5つの項目が挙げられると思っています。
一極集中都市から多極的中心都市へ
クラーク 第1に「安全性の探究」です。これは都市に居住するにあたり大変基本的で重要な事項です。2番目は「暮らし」です。仕事を探したり、生計を立てたり、家族を育てたりといった機会を都市は我々に与えてくれます。安全性を感じ、暮らしを作り上げることができれば、その次に「コミュニティ」に関心が移ります。自分と同じ関心を持った隣人を探し始めるでしょう。4番目は「社会生活を送る上での規則」です。多くの人が集まる都市において、社会の運営規則は未来の都市デザインにとって大変大切な事項です。そして5番目に「センスオブプレイス」、つまりその街に自分が帰属していると自覚できる感覚です。私たちには自身が根を下ろし、自分の居場所をしっかりと確認できる「場所」が必要なのです。
以上のことを踏まえて、あらためて現代の状況と照らし合わせてみると、また別のことも言えます。ある統計では2050年までに世界人口の70%が都市に住むと予測されています。これは我々の暮らしや都市生命体がそうした状況に適応し、進化しなくてはならないことを意味しています。すなわち、一極集中的な都市のあり方から、それぞれの高層タワーに暮らしも仕事もレジャー活動も展開される多極的中心都市へと形を変えていくことになるでしょう。
超高層ビルに必要な美的プロポーション
——そうした理想的な都市についての概念を踏まえた上で、麻布台ヒルズのタワーの外観デザインをどのように構想したのでしょうか?
クラーク まず重要なのは、麻布台ヒルズのプロジェクトは、単に3つのタワーを建てるのではなく、1つの街を作るものだということ。そしてもともとの地形を想起させるという、複合施設のマスタープランがあったことです。こうした原点を踏まえた上で、この建物が東京の、そして港区の歴史を象徴するものであり、同時に、未来に向けた先進的なビルでなければならないと考えました。また、シンボリックな東京タワーのすぐ近くに視認性の高いメインタワーを建てるということに、非常に重要な責任と任務を感じました。東京タワーが20世紀の日本を象徴するものであるとするなら、麻布台ヒルズのタワーは、21世紀以降の未来に向かう日本を象徴するものになるでしょう。東京タワーのインダストリアルな、鉄骨むき出しの構造と、麻布台ヒルズタワーの非常に滑らかで張りのある肌、その対比に私自身、魅了されます。
高層建築の果たす役割とは、地上へ、空へと祝祭的に到達することです。そこで、中心となるメインタワーの頭頂部には、四弁の花びらをもつ花の形を想像しました。花が天上に向かって開き、空を抱擁しているイメージです。その姿は詩的なものでなければなりません。
——メインタワーを構成する4つの垂直面には真ん中にスリットが入り、また中央部が少し膨らんだ樽型をしていますね。この特徴的なデザインについて説明していただけますか?
クラーク たとえばニューヨークのクライスラービルに代表されるような、理想的な超高層ビルは高さに対して幅が細く、スレンダーです。その理想的なプロポーションは、幅と高さの比率がだいたい1:6ぐらいのものが多いです。
私たちは「高層ビル」と「超高層ビル」をはっきりと区別して考えています。超高層ビルとは、まず左右対象であり、空に向かって力強くそびえ、明快でなおかつ時代を超越したフォルムを持つもの。理想は1:6以上のほっそりとしたプロポーションを持つ、これが私たちの根底にある、超高層ビルに対する価値観です。今回のメインタワーも真に超高層ビルらしいものであらねばならないと考えました。
ところがメインタワーの床面積は約6,300㎡もあり、非常に広いのです。これはアメリカで建設されている最大規模の超高層オフィスビルのほぼ2倍にあたります。一辺が80mもある平面を持つ超高層ビルを美しいプロポーションで見せるにはどうしたらいいか? そこで、1:8の対比を持つ非常にほっそりとしたビルを4つ束ねた形を考えました。そのため、ビルの各辺の真ん中がはっきりと分割されているように見えます。ビルの角の部分は丸いコーナーになっており、どんな天候でも必ずどこかにハイライトが生まれます。こうした工夫がビルをよりスレンダーに見せているのです。
また樽型のフォルムに関してですが、私たちは高層ビルのベース、ミドル、トップがそれぞれ異なり、地上から天空へと上昇感のある形状であるべきだと強く信じています。ある意味、巨大な塊であるビルの視覚的な重さを少しでも軽減するために、緩やかなカーブで上昇感を強調しています。タワーの輪郭は人間の身体のシルエットを彷彿させるでしょう。下から見上げた時、ビルの「腰」にあたる部分を実感できます。ベース、ミドル、トップをカテナリー曲線(注:ロープの両端を持って垂らした時にできる曲線)がつないでいます。
都市の中に都市を形成する森ビルの理念に共感
——「ペリ・クラーク&パートナーズ」の前身であり、亡きシーザー・ペリ氏が率いた「ペリ・クラーク・ペリ・アーキテクツ」の時代から「愛宕グリーンヒルズ」「アークヒルズ仙石山森タワー」を手がけ、森ビルとのプロジェクトは麻布台が3例目となりますね。
クラーク 30年前から故・森稔氏が何らかのブランド・アイデンティティを構築しようと考えていたわけではなかったと思いますが、共に仕事をするうちにおのずと「森ビルらしさ」と呼べるものが醸成されていったのではないかと思います。今見ると、愛宕、仙石山、そして麻布台へと続くビル群には、家族のような関係性があるなぁと気づきます。それぞれのビルが特徴的な風貌を持つことで、都市の中に都市を形成するという森ビルらしさを生み出しています。今、世界中のデザイナーがこぞって森ビルと協働したいと思うのはなぜか? それは森ビルがクリエイティブなアイデアを積極的に受け入れる、世界で最も刺激的なデベロッパーの一つであるからだと思います。
——ビルが竣工し、今秋にオープンを控えた今、どんなお気持ちですか?
クラーク 私個人にとっても、このプロジェクトは非常に大きな意味を持つものでした。今、誇りと満足感でいっぱいです。これは私たちにとって単なる商業目的の事業ではなく、素晴らしい都市づくりに貢献することこそが目標でした。このタワーのデザインは時代を超えて、東京の真ん中に力強く存在し続けるでしょう。麻布台という場所だからこそ生まれたこの特別なデザインを、他所で真似することはできません。さらにいえば、日本で最も高いビルでさえも都市の中にこれほどしっくりと、穏やかなたたずまいで存在できることを示す好例になったとも言えるでしょう。
※撮影・取材は2019年8月来日時に行いました。
フレッド・W・クラーク|Fred W. Clarke
1970年テキサス大学卒業。学生時代に出会ったシーザー・ペリと共に1977年に建築設計事務所「ペリ・クラーク・ペリ・アソシエイツ」を設立。2019年のペリの逝去に伴い社名を「ペリ・クラーク&パートナーズ」と改名、代表を引き継ぐ。超高層建築を得意とし、代表作に「ワールド・フィナンシャル・センター」「カーネギーホールタワー」「NTT新宿本社ビル」「あべのハルカス」など。
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