GHOST AND THE SHELL

建築家・元木大輔が「攻殻機動隊展」に立ち上げた創作の“リレー”

1989年の原作コミック誕生から現在に至るまで、30年以上にわたって展開されてきたアニメシリーズの歴史を横断する初の大規模展覧会「攻殻機動隊展 Ghost and the Shell」が、TOKYO NODEで開催されている。未公開資料を含む1,600点以上の貴重なアーカイブが展示される本展において、その膨大な情報はいかに「体験」へ昇華されたのか。会場構成を手がけた建築家・元木大輔とともに会場を巡りながら、この空間が『攻殻機動隊』が紡ぐ創作の“リレー”をどう表現しているのか明らかにしていく。

TEXT BY SHUNTA ISHIGAMI
PHOTO BY SHINTARO YOSHIMATSU

シリーズのつながりを体現する展示空間

——TOKYO NODEで開催されている「攻殻機動隊展 Ghost and the Shell」は、『攻殻機動隊』の全シリーズを包括したかなり大規模な展示です。展示はGALLERY A/B/Cと大きく3つのエリアに分かれており、まずGALLERY Aでは『攻殻機動隊』の世界の情報ネットワークが可視化されたインスタレーションが展開されています。

元木大輔(以下、元木) ネットワークをビジュアライズする《Nerve Net》を制作されたenigmaの松山周平さんと無数のケーブルが繋がった《World Tree: Ghost and the Shell》を制作された寺山紀彦さんとともに、この空間を設計していきました。ファンの方々のコミュニティスペースとしても機能するような場所が必要だったため、トークイベントやライブイベントなどさまざまなプログラムを行えるように、ウレタンフォームを使って可変的な什器をつくっています。DDAAがレイアウトの骨格をつくったうえで、松山さんと寺山さんに展示を考えていただきました。

——『攻殻機動隊』の世界が具現化したような空間が広がっていますよね。続くGALLERY Bは本展の中核とも呼べそうなエリアで、大量の制作資料やアーティストの方々がつくった作品が広大な空間に広がっています。元木さんが手がけられてきたお仕事のなかでも、かなり展示物の量が多かったんじゃないでしょうか?

元木 そうですね、とにかく展示物が多くて大変でした。ぼくたちが参加した時点では、どのくらいの作品を展示できるかも決まっていなかったんです。そこで資料が保管されている部屋を見に行ってみると、段ボールだらけなわけです。大量の段ボールの中に「カット袋」と呼ばれる封筒が大量に入っていて、その封筒を開けるとさらにたくさんの原画が入っている。これは大変だぞということで、まずは最大で何枚くらいの原画を展示できるのか検証していきました。最大の枚数が分かれば、一作品あたりの展示量もわかってきますから。

——そこから展示エリアの構成を考えていかれた、と。どんなふうに構成を考えていくものなんでしょうか。

元木大輔|Daisuke Motogi 1981年埼玉県生まれ。2004年武蔵野美術大学造形学部建築学科卒業後、スキーマ建築計画勤務。2010年DDAA設立。2019年、コレクティブ・インパクト・コミュニティを標榜し、スタートアップの支援を行うMistletoeと共に、実験的なデザインとリサーチのための組織DDAA LABを設立。

元木 まず、入口のところにアニメーション制作の流れがわかるイントロダクションのコーナーを設けた方がいいんじゃないかと提案しました。制作プロセスを理解すると、原画や設定、美術、背景資料など展示の見方がわかるからです。そのうえで、展示室を区切らずひとつの空間で構成しようと考えました。作品ごとに壁で区切るのではなく、ひとつの世界をつくる。『攻殻機動隊』自体もひとつの大きな設定のなかでさまざまな作品が発表されてきたので、そんな感覚を表現できたらと思いました。

什器から浮かび上がる「義体」と「魂」

——夜になるとGALLERY Bのカーテンが開いて東京の夜景が見えるようになるのが印象的ですね。『攻殻機動隊』が描いていた都市のイメージがより伝わってくる気がします。

元木 実は、ぼくらから「閉館時間を後ろ倒しできないか」と提案したんです。従来は10〜19時の営業時間を12〜21時に変えてもらい、日が沈んだらカーテンが開くようになっています。TOKYO NODEではこれまでほとんどカーテンを開けてこなかったそうなのですが、ここから見える東京の夜景は『攻殻機動隊』の世界とも重なりますし、面白い体験になるんじゃないかと思ったんです。

——ある意味企画レベルに近いところから元木さんも入られて展示を一緒につくっていくものなんですね。

元木 そうですね。今回の展示に限らず、どんな体験や空間をつくるかについては、積極的にぼくらもアイデアを出すようにしています。もちろん主役は作品やアーティストなのでぼくらは“裏方”なわけですが、どうすれば鑑賞のストレスをなくせるのか、より作品を楽しめるのかいつも考えています。

——だから什器の素材も比較的シンプルな構成になっているのでしょうか。会場では無骨なスチールシェルフやアクリル板が什器として採用されているのが印象的です。

元木 今回使っているのは、既製品のスチールラックのパーツと、1メートル×2メートルのアクリル板と床材のカーペットだけです。見慣れた素材だけを使いつつ、展示の場に合わせて什器が少しずつ変わっていくような設計を行っています。展示の巡回が予定されていたので、分解・再組み立てを容易にする意図もあります。

それは展示のテーマともつながっています。今回は原題の「Ghost in the Shell」ではなく「Ghost and the Shell」だったので、「Ghost」と「Shell」の関係性を空間としても表現したいと思ったんです。『攻殻機動隊』のアニメーション制作を振り返ってみると、初期のセルアニメの時代はすべて手描きのアナログで、後半になるとフルデジタルになってきます。作中で問われる「義体」と「魂」の関係のように、中身と外見のどちらかが本質なのか、「私」がどこまで拡張されるのかという問いを空間とも重ね合わせたいと思いました。

——什器が変わっていくというのはどういうことですか?

元木 棚になったり壁になったり展示台になったり、義体のように形を変えながら機能も変わっていきます。前半のエリアでは単体で置かれていた什器が徐々に面を構成するようになり、最後は部屋のような空間になるなど、什器の形状と共に体験の変化を意識していました。

同じ素材が変化しながら空間をつくっていく

——たしかにそう言われると、少しずつ空間の雰囲気が変わっていくように見えますね。

元木 単調な体験にならないよう気をつけていました。膨大な量の作品がひとつの空間で展示されている驚きを生み出したいものの、多すぎて飽きられてしまったら意味がありませんから。

具体的には、情報量が多いので、作品を観る向きや展示の粗密を変えています。また、アーティストの作品が展示されるスペースも、床の色を変えました。もともとアーティストたちの作品はひとつのコーナーにまとめる予定だったんですが、空間全体に散りばめた方が作品との関係性も見えてくるし、体験としていいのではないかと思いました。映画やアニメの映像展示も最初は予定していなかったのですが、どの作品のゾーンにいるのかが分かりやすくなるのと、少し遠くを見上げることになるので原画をじっくり鑑賞する近景と、動画を見る際の遠景で、視点を切り替えることで、同じ体験にワンクッションを入れる効果があります。また、展示物がA4サイズと小さめなので、会場全体をひいて見たときの風景の一部としても機能します。

——アニメーターのPCのデスクトップを覗くコーナーや監視カメラに撮られた人の顔が「笑い男」になるコーナーなど、体験型の展示も印象的です。

元木 人のPCを覗き見するのってドキドキするじゃないですか。しかもこのコーナーでは鑑賞者がPCを操作している画面が頭上のスクリーンを通してまわりの人からも見えるようになっている。見ていると思ったら見られていたという反転が起きるようになっています。「笑い男」のコーナーも同じですね。真剣に展示を観ている人たちの姿が展示の一部になっている。これは漫画やアニメだけではつくれない、展示ならではの体験です。

——アナログからデジタルへの制作へ移行するにつれ、展示の雰囲気も変わっていきますね。同じスチールシェルフやアクリル板が変化しながら空間をつくっていくのが面白いです。

元木 押井監督の頃は透明なセル画にアナログで着彩していました。アクリルを透明にすることで、視線の抜けを作りつつセルの裏側をじっくり鑑賞することができます。神山健治監督のテレビシリーズでは、全体の雰囲気は変わらないけれど、什器の組み方や配置の密度、アクリルの質感が変わります。

後半では、制作環境がデジタルへ移行すると紙の原画がなくなり、紙を保護するためのガラスやアクリルもいらなくなり、データなので大きさも自由に可変できます。什器から間仕切りに役割が変わっていきます。フルデジタル化したシリーズの展示では、データを紙に出力するのではなくデータのまま見せる部屋をつくっています。(草薙)素子がネットの海にダイブしていたように、鑑賞者がデータの中に入り込んでいくような体験をつくれたらいいな、と。「Ghost(展示物)」と「Shell(会場や什器)」のそれぞれの境界がだんだんと曖昧になっていく構成です。

『攻殻機動隊』が紡いだ創作の“リレー”

——今回は普段作品の展示に使われるGALLERY Cがすべてショップになっているのも印象的でした。ファッションブランドやデザイナーとコラボレーションしたグッズもありますし、かなり商品の量が多いですよね。

元木 最初はリースした什器を使うという案もあったんですが、かなり混雑する場所にもなり、動線を整理する目的もあり、ショップについてもぼくらが設計を担当しました。この空間で使われている什器もGALLERY Bと同じスチールシェルフのパーツと床材です。

——最初は圧倒的な量の原画に圧倒されてしまいますが、展示を観ていくうちにさまざまな仕掛けに気付かされますね。

元木 実は、注意深く見ないとわからない仕掛けもあります。たとえば、笑い男の展示を動かす基板を什器の隅に設置しているんですが、基板のカバーに笑い男のロゴがあしらわれてるんです。プログラマーの方が自分でつくってもってきてくれて(笑)

——愛のある方ですね。元木さん自身も『攻殻機動隊』は昔からご覧になっていましたか?

元木 もちろん観ていますし、大きな影響を受けた作品でもあります。だから会場設計の依頼をいただいたとき、最初は断ろうかと思ったんですよ。ちょっと荷が重すぎるんじゃないか、と。

——熱烈なファンが多い作品ですし、いろんな意見を寄せられそうです。

元木 ただ、やっぱりすごく好きな作品だし、引き受けようと思いなおしました。『攻殻機動隊』って、すごいアイデアをもった作品だと思うんですよね。1980年代に原作がつくられ、2026年も同じ設定の下で新作が生まれている。「義体」や「電脳」というアイデアを通じて、「私とは何か」という大きな問いがどんどん現代性を持ってアップデートされていくようにして作品がつくられていくわけです。

創作の“リレー”のようなものがずっと続いてきたんですよね。今回作品を展示されているアーティストの方々も含め、同じ設定のなかでさまざまなクリエイターがバトンを渡すようにして作品を紡いできたと言える。今回の会場構成を通じて、自分もそんなリレーに加われたらいいですね。


攻殻機動隊展

会期=開催中〜4月5日(日) 開館時間=月12:00〜18:00、火~木12:00〜21:00、金12:00〜18:00予定 ※イベントなどにより異なる、土・日・祝10:00〜21:00 ※最終入場:各日閉館30分前 会場=TOKYO NODE GALLERY A/B/C(虎ノ門ヒルズ ステーションタワー45F)