LOOK BACK FUTURE OF CREATION

生成AIは、命を燃やせない——劇場アニメ『ルックバック』監督・押山清高が語るこれからの創作論

麻布台ヒルズ ギャラリーにて2026年3月29日まで開催されている「劇場アニメ ルックバック展 ―押山清高 線の感情」。藤本タツキの同名漫画を原作とし2024年に公開されて大きな反響を呼んだ本作の制作過程に迫るこの展覧会は、監督自らが企画・構成に深く関わる異例の試みでもある。生成AIが急速に普及する時代にあって、本作が体現した人間による創作の価値はどこに宿るのか——。クリエイティブディレクターの馬場鑑平が、クリエイターの創作の秘密に迫る連載「CREATIVE PROCESS」。第9回は、本展の空間ドローイング企画を手がけたバスキュールの代表取締役・朴正義(※空間ドローイング制作は株式会社サイバーエージェント)とともに、押山清高に創造性の未来を問う。

TEXT BY Shunta Ishigami
PHOTO BY Kaori Nishida

監督が主催を務める異例の展示

朴正義(以下、朴) 今回の展示はどんな流れでつくられていったものなんですか?

押山清高(以下、押山) もともと展示をやりたいと思ってはいたんです。でも、あまり自分から動く余裕はないなかで、「かまちかや」[編注:イベントの企画・運営を行うクリエイティブチーム]の鎌倉(知香)さんから森ビルさんに企画の相談があり、実施に向けてぼくにも相談をいただいて。そこから森ビルさんや集英社の方々にぼくの意図を伝え、一緒につくっていくことになりました。

 そういう流れだったんですね。押山さん自身の会社が主催に入っていたので、すごい展示だなと思っていたんです。映画やアニメをつくっている人がいきなり展示を行うこと自体珍しいわけですから。

押山 やるならぼくは主催として関わりたいと伝えました。そうじゃないと、思った方向に進まない気がしたんですよね。

馬場鑑平(以下、馬場) 主催として入っていることで、展示のメッセージがより明確になっている感じがしました。「劇場アニメ ルックバック展 ―押山清高 線の感情」という展示タイトルにも押山さんの名前が入ってますし。

押山 展示タイトルからは外したほうがいいんじゃないかと言ったんですけどね(笑)。でも、名前がある方がお客さんにも伝わりやすいんじゃないかと森ビルさんから提案をいただいて。

 ぼくが押山さんのファンだからでもあるんですが、めっちゃいいなと思いましたね。

馬場 展示会場でも押山さん自身のメモがけっこう展示されていますよね。

押山清高|Kiyotaka Oshiyama 1982年、福島県生まれ。2004 年よりアニメーターとして活動を開始し、06年『電脳コイル』では作画監督を務める。その後も数々の作品で監督・脚本・デザインなどを手がけ、多様な表現に携わる。17年にアニメーション制作会社スタジオドリアンを設立し、短編『SHISHIGARI』を制作。24年には、監督・脚本・キャラクターデザイン・作画監督・原画を務めた劇場アニメ『ルックバック』を発表した。著書に『作画大全作画添削教室・押山式作画術増補合本 神技作画シリーズ』がある。

押山 けっこう赤裸々なものもあるんですけど、制作当時のメモをかなり展示しています。絵コンテに入る以前の、『ルックバック』をどう映像化できるのか原作を解体しながら考えているときのメモも多いです。打ち文字で展示されているのが制作時のメモで、手書きのメモは今回の展示に向けたものですね。

 かなりいろいろなことをメモされていて、スタッフに伝える難しさというかチームをもってしまう責任みたいなことも含めて沁み入るものがありました。

押山 このメモ自体は自分だけのもので、スタッフとは共有してないんですけどね。スタッフに何をどこまで伝えるかは難しくもあります。細かく意図を伝えたほうがコミットしやすくなるかもしれないんですが、アニメーターの負担も大きいので、あまり説明しすぎるとかえって悩んでしまうこともありますし。

少人数だからこそつくれたアニメ

馬場 それもあって劇場アニメ『ルックバック』の制作チームは少人数だったんですか?

押山 そうですね。キャラクターや絵コンテといった最低限の設計図はまとめてチームと共有できるんですが、結局シーンごと・人ごとに指示を変えなければいけなくて、監督という仕事の大部分はそのコミュニケーションに費やされてしまいます。どれだけ手練れのアニメーターでも、一発で思い通りの絵を描いてもらえる保証はどこにもありませんから。

 押山さんがつくったものをお手本的に渡すこともあるんですか?

押山 こんな感じに進めてますと途中経過は随時共有するんですが、それも難しいんです。共有された素材が全部ぼくの絵だと、結局アニメーターが描いても全部押山に描きなおされると思われてしまいかねない。アニメーターへ変なストレスを与えてしまう恐れもあるし、逆にここまでやらなきゃダメだといういいストレスを生む場合もある。あまりやり直しがきかない分、コミュニケーションには慎重になりますし、コストもかかります。

馬場 よく「リテイク」って言うと思うんですが、それは初期の線画の状態で描きなおすことを指すんですか?

押山 あらゆる段階であります。レイアウトのようなラフの段階で直してアニメーターが描きなおすこともあれば、こちらですべて描きなおしてしまうこともありますね。お互いに余裕がなくなってくるし、ストレスも増えるから難しくて。

馬場 それが「線の感情」としても表れちゃうってことですよね。

映画本編よりも長く楽しめる空間

 アニメをつくっている段階から、押山さんは展示のようなかたちで何かを残したいと考えていたんですか?

押山 『ルックバック』に限らず、原画の線を見てもらいたい欲求がずっとあって。アニメーターの仕事って結局映像として発表されるので、原画がなかなか世に出ないんですよね。だから映像とは別の形で多くの人にアニメーターの仕事を知ってもらいたいなと思っていました。

 原画がまとめて展示されることで、感情に溢れたものに包まれたような体験が生まれているのが面白かったです。押山さんがキャラクターたちを見つめる感情がバンバン伝わってくる。長編シリーズ作品の原画を見せるような展示はよくありますけど、ひとつの作品だけでここまで構成するのは珍しい。

押山 映画自体は58分しかないですからね。しかも技術的な説明はほとんどなくて、とにかく人の手仕事を伝えるようなものになっています。

 映画よりも長く体験できるっていうのがすごいなと。書籍だったらこんな体験にはならないと思います。

押山 原画集だと、一部の人にしか届かない気がして。展示だと空間的な表現もできるし音楽もかかっているので、普段はアニメの画集や技術的なことに興味や接点がない人にも足を止めて見てもらえる機会になるのかなと思いました。

馬場 スケッチブックが積まれた廊下を再現したコーナーも面白いですよね。実際に見るとけっこう狭いなと思ったり。

押山 これは映画と同じ一般的な廊下の幅にしてます。アニメは壁の向こう側に視点が置かれるから見え方が変わりますよね。

 流石にこのスケッチブックには何も描かれてないですよね?

押山 描いてあったら面白かったですけどね(笑)。是枝(裕和)さんの映画の現場からお借りしたもので[編注:原作は2026年に実写映画化予定]、実際には何も描かれてないと思います。

 全部に描かれてたら異常ですから(笑)

アナログならではな表現へのチャレンジ

 原作は白黒だから、色の表現はすべて押山さんが決められたってことですよね。

押山 藤野の黄緑色のパーカーや京本の赤いハンテンなどは、藤本さんのカラーイラストの雰囲気を元にしてはいるんですが、他はアニメで決めています。たとえば目の描き方ひとつとっても、今回は涙袋のところに陰影のような線や塗り分けをつくっていて。黒目のフチも色トレスといって実線ではなく色線で黒目を区切っています。これはけっこうハイリスクなチャレンジでもあったんです。線のニュアンスで視線の印象が変わるので、色トレスだと黒目と白目の領域が曖昧になってコントロールしにくい。しかも色トレス線はスキャンしたとき綺麗に線が出づらいので、より難易度が上がってしまう。

馬場 デジタルだけじゃなくてアナログの部分もたくさんあるんですね。その方が表情は豊かになるってことですか?

押山 デジタルだと紙での作画より色トレスを使いやすくなったから表現の幅が拡がった。今回紙での作画も混在していたので、どちらでも描ける表現に落とし込む必要もありました。アニメ表現において、目に限らず顔の表現は作風を決める要だから、他の作品と差別化する必要がありました。それ以外でも、耳のディテールを影のみで表現したり、髪の毛の色を漫画のベタ塗り風に真っ黒にして陰をつけなかったり、ほつれ毛を多用したりと、この作品ならではの表現を探っていました。

馬場 目が普通の描き方じゃないことに気づいたとき、キャラクターではなく本当にそこにいる人を見つめているような感覚が生まれたんですよ。だから技術的な差異には気づかなくても、観る人には伝わるものなんだなと感じました。

 押山さんが担当したからこそ実現したわけですよね。自分が担当するからにはかましてやろうみたいな気持ちがあるわけですか。

押山 少人数だと、わがままにつくりやすいんです。チームが大人数だとフレキシブルに作りにくいし、キャラクターデザイナーや作画監督からそんな大変な描き方したくない、描けないと断られたら実現できない。漫画家がコマごとに独りよがりで好きなように漫画を描くように、手探りしながらつくれた側面はあります。

2次元の絵を3次元へ落とし込む

 今回、ぼくは空間ドローイングというコンテンツの企画ディレクションを担当しました。展覧会の総合プロデューサーである森ビルの風間さんからの相談で、テクノロジーを使った体験型のコンテンツをひとつ盛り込めないか、というお話がスタートしました。展示の全貌がまだ見えてない段階でしたが、注目していた押山さんの展示だったので、二つ返事で引き受けました。テクノロジーを使うことで、押山さんが線に込めた感情を新しいカタチで伝わるようなものをつくれたらと思っていたんですが、まさに空間へ絵を描くような体験をつくれて楽しかったです。

 

馬場 最初に風間さんと一緒にバスキュールへ来ていただいたときから、実験が始まりましたね。空間に絵を描くってどういうことなんだろう、と。押山さんがどんどん描いていくのがすごかった。どこまでが表現として成立し、どこから破綻するのかというラインをすぐに探りはじめているように見えました。

 めちゃくちゃ速かったよね。押山さんと会うのもその時が初めてでしたが、どんどん描きながらアイデアが形づくられていくのが面白かったです。だから、風間さんも結びつけてくれたのかなと思いました。最初から完成形をイメージできていたんですか?

押山 作中のどこかを空間的に表現するなら、田んぼ道のシーンかなとは思っていました。ビルや人工物だったらエッジを描けば空間的に見えるとは思ったんですが、面ではなく線で自然物が空間的にうまく表現できるのかよくわからなかったのでいろいろ試そうとしていましたね。

馬場 実験しているときは(押山が原画を担当した経験を持つ)エヴァも描いてくれたりして。ここまでつくり切れてよかったです。

押山 このMRがあることによって、展示にすごい広がりが生まれたと思います。普段から紙に描いていると平面でしか表現できないジレンマがあるので、バーチャル空間で自分の絵を線画のまま立体化できたのは個人的にも楽しい経験になりました。

生成AIへの期待と不安

馬場 これだけたくさん原画が展示されているのって体験としても面白いですし、「手描き」だからこそ結実したクリエイティビティのようなものが伝わってくる気がします。特に今回は原作の『ルックバック』も描くことでしか生きていけない、描くことと生きることがイコールになっている人々の作品ですし、この展示そのものが人間のもつクリエイティビティを体現しているようにも思えてくる。

だからこそ、押山さんが近年の社会の変化をどうご覧になっているのか気になりました。いまや生成AIによって、“プロ”じゃなくてもあらゆるものをインスタントにつくれるようになりつつありますし、そのクオリティも年々上がっています。時間と労力がかかる「手描き」のような表現がもつ価値とは異なる方向に社会は進んでいるとも言えるかもしれません。AIを使った作品は今後どんどん増えていくと思うんですが、押山さんはアニメの制作も変わっていくと感じられますか?

押山 制作会社が今年からいきなり全部AIでアニメをつくっていくことは考えにくいですが、個人がAIでつくった作品が膨大に出てくる可能性は大いにありますね。

馬場 ひとくちにアニメと言ってもフルCGなども含めていろいろなやり方がありますし、いきなり全部AIに代わるわけではなさそうですよね。

押山 ただ、今やフェイク動画の見分けが出来なくなっている様に、実写やアニメ、3DCGといった今ある表現の境界も、AIがさらに多様に曖昧にしていくと思います。もしAIによってこれまで諦めざるをえなかった表現の領域が拡張できるなら、ぼく自身は積極的に取り入れていきたいです。同時にそれは経営や監督の考え方でもあって、アニメーターをはじめその他あらゆる職能スタッフなどは将来的に自分の仕事が奪われる不安もある。立場によってテクノロジーの受け止め方は異なると思います。

馬場 日本のアニメって少ないフレームでも豊かな動きを表現できる職人技のようなものを築いてきたと思うんですが、そこに固執するわけではないんですね。

押山 それで言えば、これまで手で描くしかないという様々な制約があったからこそ生まれた表現はありましたよね。フレームを減らしながら効果的な表現を行うリミテッド・アニメーションと呼ばれる技法は日本で独自の発展を遂げていますし、現実の複雑な社会を引き算によって表現できることがアニメの面白さにも繋がっていた。

朴正義|Masayoshi Boku (株)バスキュール代表取締役 / クリエイティブディレクター。TOKYO NODE LAB エグゼクティブディレクター。ISSと地上を双方向につなぐKIBO宇宙放送局を立ち上げ、宇宙を舞台にしたアートやエンターテイメントの可能性を探っている。

 今回の展示を観ていても、制約があるからこそ込められる思いの強さを感じさせられましたね。限られたリソースのなかでつくらなければいけないから、大切なものが剥き出しになっているようにも思えるというか。AIでなんでもつくれるようになったとき、そんな思いをどうすくい取れるのか考えさせられてしまいました。

馬場 制約がなくなったときに、創作がどうなっていくのか。既存の制約のよさを維持しつつ拡張していくのか、AIでしかできないことを探る人が出てくるのか……いまのところは、人間では思いもつかなかったような、AIじゃなければできない表現って見たことがない気がします。

 映画やテレビアニメのように、AIを使った全く新しいフォーマットが出てくると変わりそうな気がしますよね。

押山 AIも当面はまだまだ万能じゃないし、逆にAIという制約の中での表現の模索はしばらく続きそうですよね。でも映像制作の時間やコストが極端に短縮されるようになれば、アニメでも映像尺の制限がなくなったり、インタラクティブに公開できたりと、フォーマットが拡張されると思います。ファストフードからオーダーメイドのプライベートシェフまで飲食業界が多様なように、映像の業界だけを切り取っても、様々なニーズに応じて多種多様な映像体験を作り上げていくと予想しています。今以上にアニメはインスタントなものになり、人間がコントロールしきれないところまで表現できるようになると思います。

 フレームもなくなるかもしれませんよね。

押山 そうですね。1秒を240コマでセルルックのアニメーションが作れたり、枠という意味では360度でアニメーションをつくれたらフレームの概念も変わるでしょうし。さまざまな拡張がありうると思います。

フィジカルAIが手描きアニメをつくる?

押山 近年は事務的な作業をAIが自動化してくれると言われがちですが、創造的な仕事もむしろAIの方が得意になって、個別的で単純な作業が人間に残される未来を想像することもあります。

 最近、人がAIを指揮するのとAIが人を指揮するのだと、後者の方が生産性は上がるという研究も見かけました。

押山 AIが監督のアドバイザーやメンターみたいなポジションになり、監督自身もAIに働かされるみたいな。

馬場 AIが発展したら、『ルックバック』のつくり方も変わると思いますか?

押山 作品の特性上、AIを使って『ルックバック』をつくるとクリエイターへのリスペクトが表現しにくい気もします。だからAI時代につくり直すとしても、手仕事で作る方がお客さんにはメッセージが伝わるかもしれないですね。これまでの自分たちを育ててくれた先人へのリスペクトも表現している作品ですから。

馬場 AIを取り入れれば取り入れるほど『ルックバック』ではなくなっちゃうってことですよね。押山さんが次に作品をつくるときはAIを使うつもりですか?

押山 アニメーションなら積極的に取り入れて、表現がどう変わるのか試してみたいですね。ただ、わずか1年でAIの性能は大きく変わりますから、企画や制作、公開など各時期で出来る事が大きく変わります。その差異やトレンドを捉えながら臨機応変につくる難しさがありそうです。

馬場 いま話していても、結局AIに何がどこまでできるのか判然としないですよね。

押山 フィジカルAIも最近話題ですからね。自分の暗黙知を学習させたAIハンドが、僕が寝てる間に手書きアニメを作ってくれるかもしれない(笑)

馬場 『ルックバック2077』だ(笑)

文明がすべて壊れても創作を続ける

押山 AIをはじめテクノロジーの登場によって生活環境を一変させてきた人類は進化していくんだと思いますが、AIの開発者自身も言っている様に、この先どうなるかわからないですよね。より大きなスケールで見たら、AIに人間の活動を全部管理してもらったほうが、むしろ地球の自然環境にとってはいいかもしれない。そうなれば、暇を持て余す人類は何をするんでしょうね。例えば映画『マトリックス』の様に、植物の様にAIと融合した存在になっていくかもしれない。あるいは、富裕層がAIと自分を合体させてポスト・ヒューマンになっていき、決して埋まらない永遠にも思える格差を作る可能性もある。

馬場 可能性はいろいろありえますよね。

押山 だからこそ面白いと言えるのか、怖いと言えるのか……。いずれにせよ、自分たちにとって本当に大切なものに目を向けられるようになればいいなと思います。アニメ業界を見ても、構造的に報われてこなかったクリエイターがたくさんいるわけですし、様々な価値を生み出すすべての人をAIが見つけ出してくれて、そこに光が当たる未来が来てくれたらいいですね。

馬場 いろいろありうると言いつつ、押山さんはきっとつくり続けるわけですよね。『ルックバック』がまさにそんな作品ですし。

押山 大変な思いをしてつくらなくても済むような未来も望んでいますが、多分つくりたくなっちゃうでしょうね。子供の頃にいろんな遊びがありましたけど、泥団子とか作るじゃないですか。

馬場 ディストピア的な未来も含めて押山さんはワクワクしている印象を受けます。

押山 そうですね。明日急に現代文明が壊れて原始時代の生活に戻ったとしても、壁画を描いたり、道具や土偶をつくるの面白いなと思っちゃいそうですし。木の実やキノコ、野草の採集、釣りや狩りをしたいです。いまアニメをつくったりしているのも、泥団子作りだったり虫捕りみたいなものなんですよ。

 押山さんを見ていると、さまざまな未来をシミュレーションしつつも、自信がある感じがします。

押山 自信はないですけど、どうにかなると思っている部分はありますね。

AIに命を燃やすことはできない

馬場 いまの若い世代からすると、絵を描くことが好きだとしても、そのまま仕事にしづらいようにも思います。押山さんだったらそういう人にどうアドバイスしますか?

押山 多分みんな同じように考えているから、それでも絵を描きつづけたほうがレアな存在になって仕事につながるよと言いたいですね。

馬場 みんなが諦めるからこそやったほうがいい、と。

押山 我々の世代は絵を描かなければ仕事にならないから描いていたけど、別に絵を描かずとも生きていけるようになるなら、それはますます遊びや趣味、スポーツになると思っています。僕らの時代はゲームが仕事になるなんて考えられなかったけど今は違う。未来では案外そんな何の役にもたたないと思われていた事が仕事になったりするのかもしれません。何より好きを見つける事が難しいと言われる時代ですから、今すぐ就職を控えてるとかでなければ、その好きを大事にして、とことん突き詰めていれば、仕事にも繋がると思ってしまいます。

馬場 ただ、AIでなんでもすぐつくれるようになると、ある種の初期衝動が失われやすい気もします。そんな時代になっても、『ルックバック』の京本や藤野のような人たちは生まれてくると思いますか?

押山 AIネイティブの子供たちなら、AI前提の環境の隙間の中に楽しい事を何でも見つけていくんだと思います。漫画を描くためにAIを道具として使うかもしれませんが、藤野や京本の様な存在が漫画家やアニメ監督を目指すかもしれません。ただ、何でも仕事にしようとすると話がややこしくなりますよね。絵を描くことそれ自体が楽しい遊びなんですよね。AIでも他人でもない、自分で絵を描く楽しさがあるんですよね。

馬場 別にAIがあろうがなかろうが、描き始める人はいるってことですよね。

押山 これまでは漫画を描くなら鉛筆と紙と消しゴムだったけど、そこにAIも入ってくるだけかなと思うんです。そして道具をうまく操る方法はかならずしも言語だけじゃないと思います。例えば絵だから伝えられる事もあります。AIという道具をどう使いこなす事ができるかが重要になった時に、「絵という言語」を持っている事がむしろ武器にはなるかもしれませんよね。

馬場 今後、AIによって今回の『ルックバック』のような手法が模倣できるようになったとしたら、この作品の見え方も変わっていくと思われますか?

押山 時代の移り変わりによって表現が古びてしまうのは仕方ないとして、人間の感受性で言えば数百年程度では大きく変わらないですから、ぼくらがいま伝えようとしていることは数百年後の人類も同じように受け取ってくれるんじゃないかなと思います。ただ、100年後に『ルックバック』を観たら「当時はこんなことに短い命を削ってたのかよ」と思うかもしれないですね。それが羨ましいなのか、呆れなのか、気の毒だけど記録価値だな、なのかは分かりませんが。

馬場 『ルックバック』のストーリーは普遍的なものでもありますし、みんなが心血を注いで作品をつくるってこういうことだったんだと受け取られるかもしれないですね。

押山 そもそも、ある意味アニメをつくるのも絵を描くのも無駄なことじゃないですか。暇だからやれることでもあるわけで。よくこんな無駄なことに命を燃やしていたなと思われちゃうかもしれないけれど、それが人間としての尊さでもあるんじゃないでしょうか。AIに、命を燃やすことはできないわけですから。

profile

馬場鑑平|Kampei Baba1976年大分県生まれ。株式会社バスキュール エクスペリエンスディレクター。広告、アトラクションイベント、教育、アートなど、さまざまな領域のインタラクティブコンテンツの企画・開発に携わる。「HILLS LIFE DAILY」のアートディレクターも務める。

劇場アニメ ルックバック展 ―押山清高 線の感情

© 藤本タツキ/集英社 © 2024「ルックバック」製作委員会/©「劇場アニメ ルックバック展」実行委員会会期=開催中〜3月29日(日) 会場=麻布台ヒルズ ギャラリー(麻布台ヒルズ ガーデンプラザA MB 階) 開館時間=10:00〜18:00(最終入館17:30) ※グッズショップの営業時間は10:00〜18:30 ※会期中無休 入館料=一般2500円、4歳〜中学生1700円