“賑やかな根っこ”というような意味合いの名前をもつウェブメディアが、とても楽しい。韓国インディー音楽に特化し、日本国内からはなかなか見えづらいシーンの騒めきを届けてくれているのが「BUZZY ROOTS」である。AKARIとIZUMI、ふたりの音楽ライターが2019年夏にローンチしてから早4年。その実直な歩みは、K-POP界と時に刺激し合い、時に適切な距離を保っているように見える韓国インディー音楽界の姿とも重なり合う。 インタビュー連載「編集できない世界をめぐる対話」第6回は、刻一刻と形を変える韓国インディー音楽を追いかけているBUZZY ROOTSのふたりに話を聞いた。高い自由度を保ったまま産業化しうるのか否か、その歴史を刻みゆくカルチャーと、並走する小さなメディア。現代社会を象徴するような一断面が、ここには見え隠れしている。
TEXT BY Fumihisa Miyata
PHOTO BY Kaori Nishida
──まず、おふたりそれぞれに自己紹介いただけますか。
AKARI では、私から──BUZZY ROOTSで編集とライターをしているAKARIと申します。BUZZY ROOTSでは、韓国の主にインディーアーティストをメインにインタビューを掲載したり、コラムを執筆したりしております。後でまたお話しすると思うのですが、SNSの展開や、サイト運営にあたってのビジネス的な側面なども担当しています。
IZUMI BUZZY ROOTSのIZUMIと申します。基本的には記事の企画や、実際にインタビューを行って記事のかたちに仕上げていく、ライターとしての役割で参加しております。特に今年に入ってからは普段の仕事の関係もありまして、趣味としての活動の範疇といいますか、休日の時間でインタビューを行うようなかたちで記事を執筆しています。
AKARI ふたりともに、別に仕事を抱えながらのBUZZY ROOTS運営ではあります。それにしても今回、どうやってこのメディアを探し当ててくださったのでしょうか(笑)。
──地上波ラジオの昼帯番組で流れてきた、ロンドンを拠点とする韓国生まれのシンセポップアーティスト、OOHYO(ウヒョ)の楽曲を聞いて韓国インディー音楽に興味を持ちました。他にもかつてSKI-HIの楽曲にプロデューサーとして参加したシンガー・Samuel Seo(サムエル・ソ)など、そのレベルの高さに圧倒され、情報を調べていったときにたどり着いたのが、それらの情報が集まっているBUZZY ROOTSだったんです。
AKARI うれしいです、まさにそのような関心をもつ方のために、日々コツコツやっているようなところがあります。韓国の音楽というと、K-POPのアイドルを思い浮かべる人が多いでしょうし、もちろん魅力的だと思うんです。一方でかつて私たちふたりも、ふとしたタイミングで、韓国のバンドなどをはじめとしたK-POPアイドル以外のアーティストたちの存在に気づきました。こうした韓国インディー音楽を、もっといろんな人に聴いてほしいと思って活動しはじめたんです。
──2019年7月にBUZZY ROOTSのウェブサイト立ち上げとのことですが、すこし経緯を伺えますか。
AKARI もともと音楽メディアでライターとして活動していたのですが、その活動自体は特段韓国インディー音楽に特化したものではありません。そんなふたりが2018年6月に、ある音楽系のミートアップのようなイベントでたまたま出会ったんです。そこで話しこんでいるうちに韓国インディー音楽好きという共有の趣味をもっていることを知り、一気に意気投合しまして。その後も一緒にSay Sue Meというバンドのライブなどに行くうちに、「ふたりで何かやりたいよね」という話になっていきました。サイトを立ち上げて以来、どこかで誰かが韓国インディー音楽の情報を知りたいと思ったときに見つけてもらえるよう、いろんな記事をひたすらアップし続けている、という感じです。
IZUMI 以前に音楽メディアで編集アシスタントのような仕事をしていたときも、韓国のインディーズ音楽が好きで、一度記事を任せてもらえたときにもそうした紹介記事を書いたぐらいでした。BUZZY ROOTSは、自分たちでつくってみた、韓国インディー音楽のための場なんです。
──そもそもおふたりは、どのように韓国インディー音楽にハマっていったのですか。
AKARI ふたりとも1990年代中頃の生まれなんですが、私の場合はもともと日本のインディーズ音楽が好きだったのと、それとは別軸で韓国という国や文化のこともすごく好きだったんです。それらがうまい具合にマッチして、韓国のインディーズ音楽に興味をもっていきました。
IZUMI 私は、少女時代が日本で活動をはじめたのが、自分が中学生の時期。「韓国の音楽ってかっこいいな」と感じて、やがて独学で韓国語を勉強するようになりました。大学生のときに初めて韓国の現地に、一カ月ほどの留学でいったんですが、現地の友人と話していると、実際に聴いている音楽が想像とまったく違ったんです。私のなかではみんなK-POPを聴いているのだろうというイメージだったんですが、実際にはインディーズの領域で、かつ個人レベルで自分のクリエイティビティを展開していたり、内省的な感情をそのまま曲にしていたりするようなアーティストのほうが、同世代の友人たちは身近な音楽として聴いているし、それらの音楽やミュージシャンについて話しているという印象を抱いたんです。私もそういうシーンに触れてみたいなと思い、韓国語も引き続き勉強しながら、いろんなウェブサイトやYouTubeの映像を調べていきました。
AKARI 思い返すと、私も友人の影響は大きかった気がしますね。同じく学生時代にマレーシアに一年留学したことがあるんですが、そのとき現地には、韓国からの留学生もかなり来ていたんです。音楽という共通項のなかで仲良く話をするようになるなかで、お勧めされるのがK-POPかと思いきや、やはり韓国インディーのバンドや、アコースティックなシンガーソングライターだったりしたんですよ。「思い描いていた像とは全然違うな」と驚いて、より関心が向かっていったということがありました。
IZUMI 当時は日本のレコードショップなどでもほとんど情報が手に入りませんでしたから、気になるアーティストのInstagramのアカウントを片っ端からフォローしていって執拗に追いかけていきました(笑)。そうした方法はいまでも情報の追いかけ方としてよくやっていますね、Spotifyのリコメンドをひたすら聴いていくとか……。チェックしていると面白いのが、やはりK-POPとの違いです。アイドルグループだと、たとえばお姉さん系や弟といったグループ全体のコンセプトの一貫性が重要になりますが、インディーズになると曲ごとにころころとアーティストのコンセプトが変わっていくこともある。やりたいことが多いアーティストであれば、音楽以外にもファッションブランドを自分で立ち上げてみたり、SNSのビジュアル展開も工夫してみたりといったさまざまなチャレンジをすることも。あるいは、コロナ禍での葛藤にかんしても、その想いをストレートに楽曲に載せていく人もいる。そうしたひとつひとつの見せ方に、クリエイティビティやアーティストのアイデンティティを感じることが多いんですよ。
AKARI たしかにそうしたいろんな“見せ方”というのは、ある意味でインディーズならではの感覚かもしれないね。
IZUMI うん、自由度の高さ、といえるのかな。
──興味深いのは、そうしたカルチャーを扱うBUZZY ROOTSが、当初から商業メディアとして立ち上げられ、広告掲載も募集していることです。単なる個人メディアではないわけですよね。
AKARI きちんと継続的に活動できる、いわゆるサステナブルなかたちにしておかないと、単発で記事を上げるようなことはできても続いていかないよねということは自然と考えて、いまのかたちにしました。私がそれまでにブログ運営などを通じて、メディアの収益化につながるようなやり方にかんしては若干の心得があったということもあります。以降も、SNS運営などのマーケティングやウェブサイトの制作管理にかんしては私が主に担当しています。
IZUMI そのぶん、私が記事の企画などを担当するようにしています。立ち上げの頃を振り返ると、いいなと思った音楽をいろんなツールを通じて簡単にシェアできる状況だからこそ、韓国インディー音楽を発信するにあたってひとつの“専門メディア”という枠をつくりたかったんですよ。その枠のなかで、できる限りフラットに発信していくことによって、日本国内のいろんな人に向けて情報を届けることができていくのではないかな、と。
AKARI わかりやすい看板をひとつ打ち立てたほうが、「こういうメディアがありますので、インタビューをやらせてください」といった話も含めて、できることも増えるんじゃないかな、と。そうした戦略めいた思いも、頭のなかにはありました。
──実際、どのようにインタビュー企画を進めてきたのですか。
IZUMI 実はサイト立ち上げ当初は、アーティストよりは裏方の業界人に話を聞いていこうという方針にしていました。というのも、韓国インディー音楽の情報は少ないとはいえ、アーティストのインタビュー自体は他のさまざまなメディアが手がけていたんです。だとしたら私たちは差別化を図りつつ、そうしたアーティストを裏で支えている人や、周囲で活動している人たちがどんな考えを抱いているのか聞いてみたいという気持ちがありました。たとえば初期にわたしたちがメールインタビューしたのは、韓国のアンダーグラウンド音楽を紹介し続けるキュレーター・YouTuberの方や、キュレーションビジネスを展開する音楽ブランドの創立者の方などでした。
AKARI そのあたりの人選は、かなり意識的に取り組んでいましたね。
IZUMI 私が生まれる前からあった日本のインディーズの音楽文化を調べてみると、ライブハウスの人たちが有志でレーベルをつくってアーティストの活動を発信したり、仲間内で助け合ったりといったプロセスを経て、やがて産業ベースに発展していって若手や新人の発掘に取り組むようになって……という歴史があるんです。その流れを踏まえながら韓国のインディー音楽を見てみると、手づくりの領域がかなりあるのが目に留まったので、これからどう変化していくのかはわからないながらも、「現在のシーンをつくっている人たちってどんな人なんだろう」と興味がわいたんですよね。
AKARI 日本国内のメディアであるBUZZY ROOTSとしては、だんだんと韓国インディーのミュージシャンの来日ライブも増えていくなかで、アーティストインタビューの需要も増えていきまして、自然と数を手がけていくようになりました。来日したバンドのアテンドも務めることがありました。DJとしてイベントに出たり、ラジオにも出演させてもらったり……いろいろとやってきましたね。
IZUMI ふたりとも基本的に、面白そうなことにはすぐ飛びつくタイプです(笑)。
AKARI そもそもふたりが出会ったとき、アーティストの来日イベントを主催したいとか、いろいろとやりたいことがあるなかでの選択肢のひとつがメディアだったんです。韓国のインディー音楽をいろんな人に知ってもらいたいという目的があって、そのための手段がたくさんあるなかのひとつがメディアという感じです。目的に紐づくことであれば、あれこれとチャレンジしてみているところです。
──2020年6月からは、「K-INDIEチャート」がメインコンテンツのひとつになっています。韓国最大手のインディ・ディストリビューター〈Mirrorball Music〉が提供しているインディー音楽に特化したチャートに関し、韓国の実力派アーティストを紹介する日本国内のレーベル〈Bside〉と〈Mirrorball Music〉が公式ライセンスを結び、BUZZY ROOTSとのコラボにより随時掲載しているとのことですね。
AKARI 2019年11月にあったSURLというバンドの来日ライブは、K-INDIEに携わる方々と初めて知り合ったり、あるいは既にご縁があった方でもさらに深まっていったりといった大事な場になったんですが、Bsideの代表の方もそうしたおひとりでした。Bsideの方と「何か一緒にやろう」と話していくなかで話題に上がったのが、私たちふたりともチェックしていた現地で配信されているK-INDIEチャートのことでした。
IZUMI BsideさんもMirroball Musicさんと元から仲がよかったので、これは日本語版をローンチするしかない、と。
──韓国インディーズのクリエイティビティや温度感を保ちながら、きちんとビジネス化していきたいという動きがあるわけなのでしょうか。
AKARI 先ほどのサステナビリティの話にもつながりますが、それこそBsideも、もともとK-POPの仕事をずっとやってこられている方が並行して、韓国インディーズ音楽のために立ち上げた会社なんですよね。メジャーで培ったノウハウを転用することで、インディー音楽をいい意味でシステム化したい——つまり一過性のカルチャーとして終わるのではなく、K-INDIEのムーブメントを起こすことで、リスナー、そして関わる人を増やしサステナビリティへと繋げていきたいという思いが、そこにはあると思います。ボランティア精神に頼って持ち寄りでやるのではなくて、経済的にもうまく循環を起こせるように試行錯誤する姿に、私たちとしても共鳴するところがありました。
──K-POPの世界が高度にシステム化・商業化されているからこそ、自由度の高い韓国インディー界の今後が注目されますね。その意味で、複数の韓国インディーズのミュージシャンたちが、NewJeansを筆頭にK-POPアイドルの裏方としてフックアップされ活躍するようになっている最近の状況は、ひとつの試金石となりそうです。
AKARI NewJeansが登場したことによって、明らかに流れが変わったところはあります。音のつくりにしても、インディー音楽のエッセンスが入っているので非常に親和性が高くて、普段はK-POPを聴かないというようなインディーズ好きの友人も「NewJeansは耳に馴染む」と話す人が多いです。
IZUMI 韓国インディー音楽のなかでも、それこそK-INDIEチャートの上位に入ってくる一部のアーティストは既に売れっ子なので、インディーミュージシャンなのかどうかファンの間で意見がわかれるのも事実なんです。ただアーティスト当人としては、あくまでも“気持ちはインディーズ”という感じなんですよね。BUZZY ROOTSでそうしたミュージシャンにインタビューするときにも、「メジャーとインディーズってどう考えてますか?」というような質問をぶつけていた時期があるんです。Sunwoojunga(ソヌ・ジョンア)というアーティストに尋ねたときはこう答えが返ってきました。「自分をどこに置くべきか、どこに向かっていけば良いのか悩んだこともありましたが、今ではただのジャンルのように考えています。ただ違うスタイルってだけです」と。実際アーティストたちにとっては、仮に大きな資本をもとに広く宣伝できる環境に身を置くようになったとしても、その上でどのような層に自分の音楽を届けていきたいか、という点のほうが重要なのかもしれません。
AKARI 日本ではメジャーのレーベルから楽曲をリリースすることとメジャーアーティストとなることは同義だと思うのですが、韓国ではそうした立場でも、インディーのタグをつけて楽曲をリリースすることがあるんですよ。ビジネス的な環境と一概に紐づかないところが、日本の音楽シーンの構造とすこし異なる部分かもしれませんね。
IZUMI いい意味でそうしたこと自体を気にせず、自分の思う表現をうまく伝えることができれば、と考えている人もいます。たとえば以前にインタビューしたKwonTreeは、普段は小学校で国語教師をしているシンガーソングライターの人で、SNSを見ていると学校での生活がうかがえる写真が上がっていることがあるんです。そうした生活のなかで日々思ったことを詞に書いて、ギター一本で弾き語りの曲にして伝えていっているわけですね。
──そうしたカルチャーと並走していくBUZZY ROOTSにも、しなやかさが求められそうですね。
AKARI はい。一度メディアを立ち上げた以上、簡単には終わらせたくないですし、シーンを継続的に伝えていきたいという思いがあります。最近は個人的にも結婚や出産といった大きなライフイベントがあったり、先ほどお伝えしたようにふたりとも別に勤めがあったりと大変なんですけれど、なんとか続けていきたいですね。
IZUMI あっという間というか、気がついたらローンチから4年が経っていた、という感じです。コロナ禍のなか、いまいったような事情でAKARIさんが一時期活動を休止していた頃は、「私ひとりじゃBUZZY ROOTSはできない!」と痛感しました。ビジネスまわりはまったくといって不得手なので……(笑)。そうした葛藤は抱えつつ、それでも「いいな」と思った音楽があるときに発信できるBUZZY ROOTSは、改めて大事な場だなと感じています。
AKARI もしかしたら今後もうひとり、新たに誰かに編集部に参加してもらうということもあるかもしれませんし、ファンの方々がもっと参加できるようなイベントなどの企画も考えていきたいところなんです。よりたくさんの、いろんな人を巻き込んでいけるようなかたちに向けてメディアのあり方を整備したいですし、その意味でも今回は、BUZZY ROOTSのこれまでを振り返るいい機会になりました。
宮田文久|Fumihisa Miyata
1985年、神奈川県生まれ。フリーランス編集者。博士(総合社会文化)。2016年に株式会社文藝春秋から独立。2022年3月刊、津野海太郎著『編集の提案』(黒鳥社)の編者を務める。各媒体でポン・ジュノ、タル・ベーラらにインタビューするほか、対談の構成や書籍の編集協力などを担う。
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