クリエィティブディレクターの本山敬一がゲームに関わる人々と対談しながら、現代における創作のあり方を学ぶ連載「教科書としてのゲーム」。第二回のお相手は「リアル脱出ゲーム」の開発者として知られる株式会社SCRAPの代表取締役・加藤隆生。「部屋」からの脱出からスタートし、ドーム施設や遊園地、さらには歌舞伎町の謎エンターテインメント施設「東京ミステリーサーカス」から旅館まで、リアルな空間を舞台に物語体験と興奮を提供する加藤は、ゲームから何を学んでいるのか。
TEXT BY SHINYA YASHIRO
PHOTO BY ARI TAKAGI
街を歩き、ドアを開ける
本山 ぼくは「リアル脱出ゲーム」のことを、友人の口コミで聞きました。実際にリアルな場所に行き、謎を解きながら目的を達成していくスタイルのゲームは、熱狂的なファンを多く生んでいますよね。2017年の12月にオープンした東京ミステリーサーカス(以下、TMC)に先日遊びに行ったときにも、来場者が熱心に謎を解いている様子を目撃しました。
そこで新作の「歌舞伎町 探偵セブン(以下、〈探偵セブン〉)」をプレイさせていただき、本当に感動しました。探偵に扮して謎を解きながら、実際の歌舞伎町を巡りながら物語を体験できて、無限の可能性があるなと。捜査の途中にガールズバーのドアを開けるときは、本当にドキドキで……(笑)。リアル脱出ゲームもそうですが、SCRAPの作品は物語を安全圏からプレイしているのではない感覚がありますよね。
加藤 〈探偵セブン〉は歌舞伎町を歩き回るゲームです。だから、自分の推理が間違っていたら、街をずっと歩きつづけないといけないんですよ。そこが今回のデザインの肝になったと思います。というのも、ドキドキしながら不安を乗り越えて何かを達成したときの感動をつくるためには、不正解だったときの同じくらい大きなリスクを用意してあげないといけないですから。〈探偵セブン〉は「歩くのがしんどい」という身体的なリスクと、謎解きの快感がリンクしたものに仕上がりました。
本山 ぼくが〈探偵セブン〉に無限の可能性を感じたのは、そのドキドキです。当たり前ですが、圧倒的にリアルなんですよ。情報屋を探してガールズバーに入ると、お店は普通に営業している。常連とバーテンの女の子が夏祭りについて話していて、そこに入ったぼくは店内の人たちからスルーされました(笑)。五感で感じるっていうのは、まさにこういうことだと思いました。
加藤 協力していただいているお店の店内まではデザインできないですからね(笑)。匂いや味覚で体験してもらえるゲームをつくれたことは大きかったです。実際に食事ができるシナリオもありますし。また、途中の休憩に街中の喫茶店を使う人がいたりして、日常的な行為にゲームの世界が侵食していることに、驚きもしました。
ゲームをつくっているときに考えていたのは、フィクションのなかに生きている探偵の「気分」を体験してもらうことでした。バーで聞き込みをするときのメンタルって、どう考えても普通じゃないはずなんですよ。実際プレイしたお客さんはゲームの世界だとわかっていても、エレベーターが壊れそうで不安になったり、お客さんに失礼がないように小さな声で情報屋と会話をしてしまうはずです。
だから、ドアを勢いよく開けて、「この女、知ってるか !?」と叫ぶ映画や小説の主人公は、どう考えても異常なんです。それに気づけるだけで、次に同じようなシーンを観たり読んだりしたときの感じ方が変わるはずです。世の中にある物語のパーツを実際に体験してもらうことで、今後体験する物語が豊かになる。さらに、その豊かな物語がプレイヤーの日常をよくしていくことが、ぼくたちの目論みでした。
都市の解像度を上げるゲーム
本山 雑居ビルに入ったことがない人って、結構多いと思います。そんな人が〈探偵セブン〉をやったあとに、歌舞伎町のネオンを見ると、1つひとつの明かりに世界があることが感じられる気がします。「イングレス」や「ポケモンGO」をつくったジョン・ハンケは「ARゲームで世界を再発見できる」と言っていましたが、〈探偵セブン〉は歌舞伎町の解像度が上げる。ぼくも麻雀バーに入ってみるまで、そこで何が起っているのか知りませんでした……。
加藤 雀荘に行けるステージもあって、そこもすごいですよ(笑)。真剣勝負の場所ですから。実は情報屋など、お店のなかで演じるキャストをやりたがってくれる役者さんも多い。リアルな場所でお客さんに直接会話をするというのは、演じがいがあると言ってくれます。ある意味「究極の演劇の形」ともいえるからかもしれませんね。
本山 アメリカだと、中世の騎士の衣装を着てロールプレイを楽しむLARP(ライブアクションロールプレイング)というジャンルがあります。ただ、これは特別な場所で行われることが多い。〈探偵セブン〉はいきなり日常のなかにフィクションがオーバーレイすることが特別です。ゲームが成立するための条件として、「空間を限定する」ことが挙げられることが多いのですが、それを打ち破っていますよね。どこまでも広がる空間のなかで、リッチな体験ができるという。
加藤 実は探偵セブンの出発点は、「お金が足りない」ことでした。もともとたくさんの物語や謎がある「テーマパーク」をつくりたかった。ディズニーランドはすばらしい夢の国だと思いますが、どこか幸せな人達を「見せられている」感覚があって、その物語には介入できません。だから、不幸なミッキーマウスを幸せにできるような物語体験が可能な場所をつくりたかった。
調べるとテーマパークをつくるためには、数千億円が必要なことがわかりました。ただ、ぼくたちは10億円しか資金調達ができませんでした。どうすればいいか考え続けて、ようやくテーマパークをつくるのではなくて、「歌舞伎町をテーマパーク化すればいい」ということに気づいたんです。数千億円どころじゃないお金がかけられている新宿という街のポイントをつくれば、むちゃくちゃ「安く」テーマパークがつくれるじゃないですか。
本山 なるほど、逆転の発想ですね。あと、やっていて思ったのは、リアル脱出ゲームにはあるタイムリミットが〈探偵セブン〉にはないことです。これには、どんな意図があったのでしょう。
加藤 リアル脱出ゲームがもつドキドキ感や達成感が、タイムリミットによってつくられている部分は大きいです。ただ、そのことによってマニアックなゲームになっているという側面もありました。「脱出ゲームの玄人」のような人達も満足させないといけないし、初めて来た親子連れも楽しませないといけない。そんなジレンマをどう解決しようか、5年ほど前から考えていました。
例えば、制限時間をなくして街を歩きながら謎を解くというイベントを何度かやったことがありました。謎を早く解きたいひとはタイムトライアルをすればいいし、ゆっくり遊びたい人はじっくり遊べるような設計です。このシステムのおかげで、〈探偵セブン〉も多くの人に楽しんでもらえるようになっているはずです。
本山 リアル脱出ゲームは牢獄とか教室とか、部屋をどこかに見立てることで成立していましたよね。そこでプレイヤーが「なりきる」ことで、空間にリアリティが宿っていたと思うんです。「リアリティ」というのは「リアルらしさ」という意味ですが、〈探偵セブン〉は「リアル」そのものだなと思いました。現実と物語の関係性が違うんですよね。
加藤 本山さんがつくられている映像をみていると、ゲームがリアルににじみ出してくるときの驚きを感じることがあります。モンスターボールを本当に投げられたらいいな、で終らずに、もし投げられたらどうなるかまで想像力を働かせてつくられているように思うんです。だから、リアル以上のワクワクがリアリティに感じられる。リアルかリアリティかにかかわらず、SCRAPも同じことを目指したいという思いがありますね。
謎を育てるために「ハード」をつくる
本山 加藤さんは、ずっと「謎」というテーマに取り組まれていますよね。ぼくは、それがすごいと思うんです。普通のクリエイターだと、途中で飽きるか、早々に掘りつくしてしまう。その凄さは、ポケモンという会社がずっと同じIPを育てていることに近いと思います。加藤さんは、どうして同じテーマに取り組み続けることができるんでしょう。
加藤 実は謎というキーワードは変わらなくても、ぼくたちがやっているゲームには、何度か革命が起っています。そもそものアイデアは、WEBの「脱出ゲーム」をイベントとして行うことでした。結果として、最初は部屋に1人閉じこめることに。ただ、それだと採算が取れないから、4〜5人を1部屋に入れることで、何とか1日100人程度の人数をさばけるようにしました。次は、そこに3,000人以上の人が遊びたいとやってきたので、4〜5人をチームにして一度に60人が遊べるようにしてみたんです。すると、チーム同士にライバル関係が生まれて、元のアイデアよりも盛り上がりました。そのとき、見えない壁が崩れた感じがしました。
他にも、ひょんなことから夜の遊園地を貸し切ってイベントをやったとき、1,000人のお客さんを同時に遊ばせないといけない状況になりました。チームをつくって人をコントロールするのは無理だと思い、全員に一斉に謎を配り、チーム戦でもいいし個人戦でもいいから謎を解いてもらう形式にしてみたんです。そうすると、1,000人が同時に謎を解く興奮が、ロックショーみたいで……そのときも、大きなブレイクスルーがありました。
謎というソフトは変わっていないのですが、われわれは11年間のなかで「ハード」を成長させる喜びを得ることができたんです。よくいえば、マリオをつくり続けている任天堂に近いかもしれません。彼らはファミコンから始まって、Wiiや現在のNintendo Switchまでハードを進化させながら「マリオ」というソフトも育てることができた。
ぼくらもリアル脱出ゲームというハードを育てながら、その中のソフトも育てることができたんです。同じ舞台で演目を変えつづけていたのなら、飽きていたと思います。社長としてのぼくの役割は、年に2つは新しいハードをつくること。そのとき、そのハードに合わせた謎もつくります。だから、楽しくてしかたないんですよ。
本山 加藤さんは「ハード」を考えるのが、得意なのでしょうか?
加藤 ぼく自身は何をやる才能もなかったと思っています。自分のなかの誰かと共有したい感情を伝えたかったのに、文章も書けなかったし、絵も描けなかった。映像もふくめて、既存のハードには才能がなかったという感覚があるんです。だから、リアル脱出ゲームをつくった。
そうやって自分の感情を空間に入れ込むことでしか表現できないから、ずっとハードを進化させることを考えているのかもしれません。結局のところ物語に触れたときに生まれる感情を伝えたいだけなので、その伝達経路にはこだわりはないです。
ゲームの歴史を振り返ってみると、昔は「PONG」のようにハードとソフトが分離してなかった訳ですよね。1つの機械で遊べるのは1つのゲームだった。最初にソフトとハードを分けた人は天才だと思います。いってみれば、空間をつかって遊ぶゲームはまだ稚拙な段階にあるのかもしれませんね。
本山 〈探偵セブン〉の次に構想されている「ハード」は、どんなものになるのでしょう。
加藤 実はいま、旅館を会社で所有できないかと考えています。〈探偵セブン〉の欠点は、その「薄さ」でした。だって、探偵映画では描かれないような街を歩いたり階段を昇り降りするシーンが延々と続くわけじゃないですか。確かにリアルではあるが、体験の密度が薄まってしまっています。それをなんとか解決したくて、ずっと考えていました。するとあるとき、旅館で謎を解いてもらえばいいと気付いたんです。
夜チェックインすると、老婆が部屋まで案内してくれる。すると急にテレビがつき、怪人が「世界中から集められた探偵の諸君、この旅館に仕掛けられた謎を解くことができるかな?」と告げる。部屋から出ると、通路に老婆が死んでいる。そんな体験をつくれれば、圧倒的な濃い体験をつくれるなと思っています。だから、いま伊豆や箱根に行ってボロボロの旅館を探すのが、楽しみになっています。もし、どこかに手頃な旅館があれば教えてください(笑)。一晩で6人から15人くらいしか泊まれないような、小さな施設からはじめてみたいと思っています。
本山 旅館を運営するってことですか!? 仲居さんを雇ったりとか……?
加藤 そこは、経営者としてテンションが上がるところですね(笑)。これまでただのエンタメ企業だったSCRAPが宿泊というノウハウを蓄積することができる。宿泊業として一定のクオリティを提供できれば、謎という集客力をもったコンテンツを提供できるハードのホルダーになれるわけですよね。
これは社長だから思いつけることでもあるし、ハードとソフトつくることができるクリエイターだからこそ思いつけることでもある。「体験が薄い」というソフトへの不満を起点にして、ハードや会社の進化が生まれていきます。
本山 謎解きという普遍性のあるエンターテインメントはずっと無くならないはずです。加藤さんが引退した後のことも考えられていますか?
加藤 ぼくがいなくなっても、そんなに困らないと思いますよ。いなくなった人を誰かが埋めるという力学が発生するはずです。いま15人いるクリエイティブチームは動き続けると思います。3カ月間かけてつくるゲームでも、いまぼくが関わっている時間は5時間くらいなので。
ハードを考えることも、社長という立場にいるからできているだけのような気がします。会社の問題点を俯瞰して見る立場ですし、収入と支出がわかれば、お金が動かせる量もわかって旅館を買うような大きな決断もできるようになると思います。
本山 チームをつくったり、人を増やすときに考えていることはありますか?
加藤 まず、やりたいことを実現するために人を増やします。それが実現したら次はそのプロジェクトを維持するために人をまた増やす。あとは、おもしろい人と会ったら、いつか何かを実現するために雇っておく。それだけで、基本的にはどこに向かっていくかはわからないです。
本山 社員がつくった企画の何を見て、面白いかどうかの判断をされていますか?
加藤 企画書1枚ですね。書かれているのは骨組みだけで、「最後にはすごい謎(仮)がある」と書いてあるようなものです。自分にとって、それが楽しいかどうかで判断します。逆にいうと、それ以外は信頼しようがない。マーケティング調査をしても仕方がないですから。自分が何か一点おもしろいと思っていれば、あとは何とでも調整できると信じています。
本山 ぼくはよくスタッフに自分が「凡人」であることを知ってほしいと言います。自分が作品に感動したポイントは特別ではなく、多くの人が同じ場面で感動していることに自覚的になってほしいんです。それが分かれば自分の感情から、他人の感情をつくることができます。ただ、自分が感動した理由をちゃんと言語化して、ツールにする必要がありますけどね。
加藤 自分が凡庸であれば凡庸であるほど、その汎用性は高いんですよね。あと、何になぜ感動したのか、それをメモし続けていると自分の「傾向」が分かるようになりますよ。女の友情に弱いとか……。この「自分内マーケティング」は、大きな武器になると思います。同じ感動をつくれるようになりますから。
現実に何かを加えること
本山 加藤さんのやられているプロジェクトは、価値を足していっている感じがとても好きなんです。歌舞伎町も旅館もそうですけど、ゲームというレイヤーを追加することで、場所の価値が増えていっていますよね。「Degree Confluence Project」というサイトが好きなんですよ。インターネット黎明期からあるサイトで、整数の緯度と経度が交わる場所に行って、GPSで測定した自分の位置情報と、そこで撮影した写真をアップをするというプロジェクトです。
スマホがない時代にバックパッカーを中心に流行ったんですけど、紛争地帯に行ったり、道がないところに道をつくったり、やることが無茶苦茶なんですよ(笑)。ただ、やっている人たちがとにかく幸せそうで感動するんですよ。これは地球全体をハードにした、アナログなARゲームといえると思います。コンシュマーゲームとは全然違って、何もない実際の場所に価値が生まれているのがすごい。
加藤さんが過去に体験したゲームのなかで、衝撃的なものって何ですか?
加藤 小学生時代の終わりくらいに発売になった『ドラゴンクエスト』ですかね。当時の『少年ジャンプ』に「これは君が主人公になれるゲームだ」というキャッチコピーが乗って、手が震えるほど興奮したのを覚えています。
3カ月ずっと待ち続けて、発売日にようやく手に入れたRPGは想像以上に主人公になれたんですよ。ミステリ小説などの、これまでの物語は作品のなかのキャラクターに感情移入するだけだったのに、『ドラゴンクエスト』は自分のおかげで世界を救えたという感覚がありました。あの時の物語の中に入っているという衝撃は、いつになっても色あせないですね。
本山 それ以前のRPGやアドベンチャーゲームとは明確に違ったんですね。
加藤 『ポートピア殺人事件』のようなアドベンチャーゲームも、むちゃくちゃはまりましたが、子ども心に一本道のストーリーにどこか限界を感じていたんでしょうね。『ドラゴンクエスト』の凄さは、クエストを1つひとつクリアしていくなかにドラマがあることです。そのクリアしていく度に次の景色が見えていくのが本当にすごいなと思いました。
実はぼくは謎が好きというよりも、この新しい景色が見える体験が好きなんです。リアル脱出ゲームでは「クエスト」を「謎」に置き換えてやっているだけです。謎が解けたら次の部屋に行けてうれしいじゃないですか。その感情をつくるために、謎という仕組みを使っているだけなんです。
ドラゴンクエストだけじゃなく、自分がまだ気付いていない感情をゲームから学んだことが多い。だから、いまもゲームをつくりながら、ゲームをやり続けているんですよ。
取材を終えて——本山
現実はゲームのハードである。ごっこ遊びだろうが、ケイドロだろうが、子どもの頃はみんな現実をフィールドに見立てて、自由に遊んでいた。成長するにつれて、スマホなりコンシューマ機なり、何かしらのハードがないと遊びを(物語を)立ち上げられなくなる。
どんな場所でも、状況でも、見立て次第ではゲームの「ハード」になりえる。ポケモンGOのようにデジタルの力を借りなくても、アナログで構わない。まだ世界には見出されてないゲームのハードが無数にあるのだ。
加藤さんを中心としたSCRAPの挑戦に、多くの人が惹きつけられるのは、ゲームとして面白いというだけではなく、「自ら現実を遊びに書き換える体験」そのものを、提供してくれるからだ。リアル脱出ゲームを終えたあとの、軽く頭に残るような痺れは、忘れていた脳の機能を久しぶりに駆使した心地よい疲れなのではないだろうか。
本山敬一|Keiichi Motoyama1977年、倉敷生まれ。クリエイティブディレクター。2013年SIX設立。”A Fusion of Technology with Humanity”をテーマに、メディアを問わず、人の心に残る体験をつくる。 主な仕事に、Beams 40周年『TOKYO CULTURE STORY 今夜はブギー・バック』、Pokémon GOのグローバルPV、Google Chrome 『初音ミク』、amazarashiのミュージックビデオやライブ演出など。2018年の大晦日に放映された「第69回NHK紅白歌合戦」のグランドオープニングでは、クリエイティブディレクターを務めた。カンヌをはじめとした国内外のアワードで受賞多数。PHOTO BY YURI MANABE
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