「2020年」に向けて、大なり小なり動きを見せ始めた東京。その変化の後景にある「都市の記憶」を、音楽家/文筆家の菊地成孔が、極私的な視点で紐解く連載シリーズ第20回!
TEXT BY NARUYOSHI KIKUCHI
ILLUSTRATION BY YUTARO OGAWA
第20回:もうオレは諦めた、もう星野源さんに頼むしかない
もうオレは諦めた。8年間やっていた自分のラジオ番組も終わってしまって、いつか番組でやろうとしていたが(それが一番メディア的に良いと思って、8年間タイミングを見計らっていたのに、先月突然「年内で打ち切り」に成ってしまった!! TBSラジオのバカ~!!笑)、できなくなってしまったのである!!!!
「お前はジャズミュージシャンなんだから、むしろ簡単にできるだろ」などと言うなかれ。逆に難しいんだよそれは!! 話が一気にデリケートになっちゃうんだよ。そもそもあんたよく知らないでしょう日本のジャズ界の話なんて。逆に面倒くさくなっちゃうんですよ!! まあ、門外漢は誰も知らない世界にしちゃったコッチに責任があるけれども!! ああ、ありますよ!! ありますとも!! 大有り名古屋の拙者ういろう売りと申すが以下略だすげえ長げえから!!!
「ちょっとベース弾いてくれませんか、僕のソロ・アルバムで。あのう、レコ発、ブルーノート青山なんですけど」じゃあ、話の規模がもっのすげー小さすぎるし、缶コーヒーのCMかなんかで、渋っぶーい感じで、モノクロ画面でウッドベースをボンボンボンボンッとかソロで弾いちゃって、「誰これ?黒人?」と思ったら……いかりや長介さんだった!って、二番煎じになっちゃうだろ!!ってかテレコなんだよコレは!! こん時のPとD出てこい!! センス良いじゃねえか!! でも、長さんじゃねえだろこれはさー!! 後先考えてくれよ!! っていうか、昭和史ぐらい勉強しとけ!! まあ、長さんのが先に亡くなったから、結果として……やっといてよかったけどね。
最後のクレイジーキャッツ、犬塚弘さんは来年の3月末、まさに平成が終わると同時に卒寿、90歳である。どうする、どうする、どうするんだ? クレイジーキャッツをリスペクトする者は。誰が聞きに行くの? 「犬塚さん、まだ<縦>(アコースティック・ベース の事。ちなみにエレクトリック・ベースは<横>)弾きます?」なんつって、お前が行けよ? いけねえよオレはー!!! クレイジー愛国少年だよ!!「怪盗ジバコ」まで全部付きあったんだから!! どのツラ下げて「犬塚さん。私、ジャズ屋やってまして。山下洋輔組の若けえ衆やってまして」だよ!! 犬塚さんがご存知ねえだろフリージャズなんてさ!!!
いいか平成がどんな時代だったか、セヴン&アイの製品ばっか喰ってるお前らにもわかるようによーく教えてやろう!! 平成ってのはなあ! クレイジーの面々が、一人、また一人と鬼籍に入るのを数える年号だったんだ!! きつい年号だったぜ!! 初めにハナ肇亡く、ついで石橋エータロー亡く、安田伸亡く、巨星植木屋落ち、青島幸男亡く、谷啓亡く、桜井センリ亡く、もう犬塚さんしかいないんだよ!! え? 全然わからないんですけど(笑)? 良いよじゃあ!! もう読むなこの先(笑)!! クレイジーも知らねえ奴がオレのエッセイ読んだって、馬の耳に念仏だ!!ワンクリックで消してみせろよ!! ほら!! 消せ消せ!!
ボックス何個持ってようがそんなおたくみたいな事じゃダメなんだ!! 浅草の東宝にオールナイト何回行ったかって話ですよ!! え? それだっておたくじゃねえかって? まあ……そうだけどね……日劇も間に合わなかったし、シャボン玉ん時は必死に食らいついてたけど、末期だったしさ……いや! ここでしょげたって仕方ねえ!! とにかく誰かがやらなくちゃいけない事でしょ? そういう事が、今の日本にはいっぱいあるはずだ!!
犬塚さんがまだお元気なうちに、ちゃんとした舞台をご用意して、ちゃんとした客と、ちゃんとしたサイドメンをご用意して、ベース弾いて頂くのが、いつの間にか、こんなに大変な事になっちゃったんだよ!!
オレは!! 自分の!! ラジオ番組にお呼びして!! どんな昔話にも全部お付き合いして!! 最後にちょっと……ええー?出来るかなあ(微笑)?……そこをひとつ……曲はこっちで合わせますんで……アレキサンダーズ・ラグタイム・バンドでもスターダストでも犬塚さんうすぎたねえ話ですけど(耳打ちして)四分音符一個につき5万で……はははは、君面白いねえ、やめてよそんな(微笑)……スイングスタイルで良いの? やっぱバップ? あんまやってないけどねバップは……あ! お聴きのみなさん! 犬塚さんがネック持ちましたよ!(ボーン、ボーン)あ! 犬塚さんがチューニングしてるー!!(ボーン、ボーン)あああああああああ死ぬー!!みたいな事に!! し!! た!! か!! った! の!!!!!!!!!!
でも、もう無理だ。オレはメディアを失ってしまった。嗚呼。どんな事にも悔やまないで来たおかげでここまでこれたオレが唯一悔やんでいる事……しかし、まだ諦めねえぞ!日本で唯一、これが出来る才覚と地位と財力を持ち合わせた人間がいるのだ!!!!!
なんで誰も、星野源さんがクレイジーキャッツをお一人で抱えておられるか、一人シャボン玉ホリデーで、一人クレイジーキャッツでおられるか指摘しないのだろうか? 星野源さんこそ、クレイジーキャッツのミックスブラッドにして継承者だ。そりゃあ頭の良い人だから、彼は人様に通じねえ話を延々としたりしない。細野晴臣さんの精神的な直弟子であることをフロントに出しとけば、この国のマーケットでの得票数は硬い。恋ダンス踊ってるうちの7割はわからないかもしれない。でもそれで良い。原宿でライディーン踊ってたタケノコ族だってクラフトワークもバッファロー・スプリングフィールドも知らねえさ。
だから星野源さんがクレイジーの遺伝子を、結構ベタなぐらいに振りまいても、誰もわからない。誰もわからないということは即ち暗号だ。解読できる人物は少ない。悪いけど解読させて貰ってますよ。ニイタカヤマノボレ。ハマオカモトくんが解読してなくたって、三浦大知くんが解読してたら気持ち悪いわ(笑)!! でもこのオレには解読できてしまったんだから仕方がない。オレにとって星野さんが「一人クレイジー」であることは暗号なんかじゃない。記号だ。
身長は桜井さん、マスクは桜井さん安田さん植木屋の面影ミックス、ギター持つ姿、スーツこそ細身のジャイヴィーアイヴィーじゃないけど、歌う前に手を上げて元気に挨拶、感想で踊る踊り子に、「かわいいね」「いやあやっぱ上手だね」とか楽屋オチ的に話しかける、全部これは、植木等の遺伝子である。オレは「恋」も「アイデア」も、テレビで観るたび泣いてしまう。この、犬塚さんお一人を残して、クレイジーキャッツという偉大な運動体が、ゆっくりゆっくりと天国に転居してゆく平成という筋の悪い年号の最後の方に、全盛期のクレイジーが持っていたシャボン玉テイストを、暗号として楽しんで振りまいている才覚がいるからである。ちゃんとコントもしてる。おばあちゃんの格好しないでクレイジーぶるなんて許されねえぞ!!
誰に話したってわかっちゃくれない。でもそれでいい。みんなが、ああ、わかるわかるって言って何が嬉しいんだ! オレにはわかる!! オレにわかれはわかればそれでいい! 黙ってオレについてこいってんだ!!(誰もついてこないけどね)
「アイデア」を、女流脚本家の先生に「恋、、、、をお代わりで♡」かなんかの安いオファーで書いた「似たような曲」「自己模倣」なんてお安いこと言ってると火傷するぞ! イントロこそ細野リスペクトのオートマトンだが、クレイジー血中濃度はむしろ上がっているからだ! そんなこと、大瀧詠一さんが死んじまって、巨泉さんが死んじまって、小林信彦さんが流行歌なんか聞かなくなっちまったこの国で、誰にもわかるはずがない。
途中のカメラオフから、ギター1本でバラードになる。もうそれだけでも充分シャボン玉なのに、芯が喰えてる人は違う。歌い終わって、黒子にギター渡して、この間が無音であること、今ならいくらでも、ステージ上を徒歩で移動してることなんか隠せるのに、敢えてトコトコトコとメインステージに歩いてゆくところを見せること、そしてその際、高い確率で、カメラに脇から斜めに顔を出して、洒落た茶目っ気を見せて、それから歌いだす。あれが植木屋じゃなくって誰だっていうんだ! 頭が良くて欲張りな人だから、手打ちのサンプラーだの、恋ダンスと違って「誰も踊れない」間奏を三浦大知とコラボで、という、硬軟取り混ぜた現代性も入れ込んでるけど、中枢にはクレイジーがある。YMOがギター抱えて、イントロで「こんにちはー!イエローマジックオーケストラでーす!!」なんて手え振るか? コントのオチみたいに銅羅ならすか?
星野源さんが何やったって良いよ。イントロが後1万曲エキゾチックトロピカル・ダンディだって、かなり文学的な歌詞が、日本版のファンクを追求して、レキシとかエンドリケリとかみたいにならない軽みでもって、永久にサラサラグルーヴしてもなんも文句ないね。在日ファンクなんて論外ですよ。なんかの番組で、ハマケンが谷啓やってたけど、コースが違うよそもそも。
だから、これだけはお願いしたい。あんたにしかできない。恥ずかしながら、今の日本のジャズ界には、犬塚さんはお呼びできないんだ。だからあんたにしかできない。筋の悪い平成が終わって、もっと筋の悪い、悪手ばっかり打つオリンピックが来る。そん時、昭和をノスタルジーやクラシックスの文脈じゃなく捉える、っていうか、今時クレイジーにリスペクトして、誰にも気づかれないままチャートアクションするなんて離れ業は、あんたにしかできないんだ。最後のクレイジーキャッツに、どんな格好でもいい、ベースを弾かせてくれよ。やらないだろうけどね。だけどわかってほしい、願って願って願って諦めた人間がここにいるってことを。
菊地成孔|Naruyoshi Kikuchi
音楽家/文筆家/音楽講師。ジャズメンとして活動/思想の軸足をジャズミュージックに置きながらも、ジャンル横断的な音楽/著述活動を旺盛に展開し、ラジオ/テレビ番組でのナヴィゲーター、選曲家、批評家、ファッションブランドとのコラボレーター、映画/テレビの音楽監督、プロデューサー、パーティーオーガナイザー等々としても評価が高い。「一個人にその全仕事をフォローするのは不可能」と言われるほどの驚異的な多作家でありながら、総ての仕事に一貫する高い実験性と大衆性、独特のエロティシズムと異形のインテリジェンスによって性別、年齢、国籍を越えた高い支持を集めつづけている、現代の東京を代表するディレッタント。
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