今年で20年目を迎えた「ショートショート フィルムフェスティバル & アジア(SSFF & ASIA)」は、その節目の年に新たな歴史を刻むこととなった。国内の映画祭として初めて、「VR部門」(VR SHORTS)を設立したのだ。いったい、どのようなプログラムを体験できるのだろうか? そして今後、VRと映画の関係はどうなっていくのだろうか? アドバイザーとして参画している待場勝利に訊いた。
TEXT BY TOMONARI COTANI
PHOTO BY KOUTAROU WASHIZAKI
ショートフィルム(長い作品で30分、短いものだとわずか1分)を日本に紹介するべく、俳優・別所哲也が中心となって「アメリカン・ショート・ショート フィルムフェスティバル」をスタートさせたのが1999年。2001年に「ショートショート フィルムフェスティバル(SSFF)」と改称され、04年には米国アカデミー賞公認映画祭に認定されたことにより、映画祭のグランプリ作品が「次年度のアカデミー賞短編部門のノミネート」選考に入ることとなった。つまり、本映画祭からオスカー像を手にする道が拓けたのである。
同じく04年、「アジア発の新しい映像文化の発信・新進若手映像作家の育成」を目的とし、「ショートショート フィルム フェスティバル アジア(SSFF AISA 共催:東京都)」が誕生。現在はこの2つの映画祭が “SSFF & ASIA”と総称され、今日に至っている。
そんな歩みを経てきたSSFF & ASIAが、日本の映画祭として初めて「VR部門」を設立したことに、いい意味で驚きは感じない。新しい映像表現や話法の開発というクリエイティブ面でのチャレンジができる一方で、ヘッドマウントディスプレイ(HMD)の荷重やVR酔いといった制約と闘う必要がある「シネマティックなVR」は、短編映画こそ最適だからだ(少なくとも現時点では)。
記念すべき最初の「VR映画部門」には、いったいどのような作品が集まったのだろうか。SSFF & ASIA 2018に「VR SHORTSアドバイザー」として参画している待場勝利に、その見どころを尋ねた。
アウトプット先が足りない
——まずは待場さんご自身についてお伺いします。普段は、どのような活動をされているのでしょうか?
待場 ejeというVR映像系コンテンツ開発会社に所属し、VR映像のプロデュースをしています。ejeは、実写系のVR映像の企画・制作を手がけ、さらにはアウトプット先を自ら運営しています。現状、映画的な作品に限らず、VRのアウトプット先は本当に少ないので……。
——「アウトプット先」というのは、具体的にどのようなことを指すのでしょうか?
待場 「VR CRUISE」というポータルアプリを開発し、DMM.comなどのオンラインプラットホーム内でVR CRUISEチャンネルを展開しています。具体的には、アーティストのライブや エンタメコンテンツ、スポーツ、ニュースなど幅広いジャンルのVRコンテンツを揃えています。もうひとつ、「VR THEATER」という店舗常設型のサービスもおこなっています。インターネットカフェを中心に、全国500店舗以上で展開中です。
——ejeが制作するVR作品は、どのようなものが多いのでしょうか?
待場 シネマティックなVRを作ることが増えています。あとは、スポーツやライブをVR用に撮影したり、企業のPR用コンテンツも制作しています。だんだん多岐にわたってきた印象ですね。
——今回の「SSFF & ASIA 2018」では、国内の映画祭として初めて「VR部門」が設立されました。待場さんがどういう経緯でSSFF & ASIA 2018に関わることになったのか教えてください。
待場 昨年の「SSFF & ASIA 2017」でVR THEATERをやらせていただいたところ、反応がとてもよかったんです。それもあり、国内外のコンテンツを集めてコンペティションをやるという判断をSSFF & ASIAさんがなさり、アドバイザーへのお声がけをいただきました。
——海外では、ヴェネツィア国際映画祭がVR部門を始めていますよね。先日カンヌ国際映画祭へ行かれたそうですが、VR映画に関して、カンヌはどういう状況なのでしょうか?
待場 カンヌ国際映画祭には、「Marché du Film」という映画に関するマーケットがあります。そのなかに、次世代のテクノロジーを使ってストーリーテリングをする「NEXT」というセクションがあり、今年はそこで、世界中のシネマティックなVR作品が100点ほど上映されました。日本からはわれわれejeが参加し、「コミック×VR」「特撮×VR」「伝統芸能×VR」という視点から、それぞれ1本ずつ出品しました。
「コミック×VR」では、『ブルーサーマル』というマンガを原作にしたVR作品を、「特撮×VR」では円谷プロさんとejeが組んだ『ウルトラマンゼロVR』を、「伝統芸能×VR」では狂言のコンテンツをセレクトしました。
「NEXT」に出品していた作品を観る限り、いろいろな演出による360°映像はもちろん、インタラクティブ性のある作品、たとえばVR空間を歩きながらストーリーを探していくという、これまでの「映画」とは違う演出の作品が次々に生まれている印象です。以前と比較すると、かなり多様化しているのではないでしょうか。
観る人たちも「チャレンジ」を
——SSFF & ASIA 2018の「VR 360°プログラム」で上映される作品の、見どころやおすすめ作品を教えてください。
待場 ejeが制作した『ウルトラマンゼロVR』も出品しているので、ぜひご覧いただきたいのですが、海外作品でいうと、たとえばオランダの『The Invisible Man』には興味を引かれました。シネマティックなVR作品なのですが、ストーリーがしっかりありますし、最後には映画的なオチもあって、とてもおもしろい作品です。
カナダの『Blind Vaysha VR』も、ぜひ観ていただきたい作品です。ヴァイシャという女の子の話なのですが、彼女の目には特色があって、右目と左目で違うものが見えるんです。VR空間のなかでは、右目をつぶると左目だけの映像が流れたり、それが逆になったりするのですが、そのアイデアは通常の映画やTVドラマではなかった表現方法だと思います。
あと、韓国の『Eyes In The Red Wind』も見逃せません。ワンショット(長回し)の作品なのですが、船上を舞台にしたミステリー仕立ての作品で、思わず引き込まれてしまいます。
——次に、「VR インタラクティブ プログラム」で上映される作品の見どころやおすすめ作品も教えてください。
待場 たとえば『Henry』は、ヘンリーというハリネズミのキャラクターが主人公なんですが、本当にその場に存在しているかのような時間をヘンリーと共有できるんです。ヘンリーは自分の体のハリのせいで友達がいないんです。そんな中で彼がひとりぼっちで誕生日を祝っている姿はすごく切なく感じてしまうのですが、最後には短編映画としてのストーリーもきちんと描かれていてとてもかわいらしい作品になっています。
また、『結婚指輪物語VR』は、漫画が原作のVR作品で、映像系VR作品として新たな挑戦をしている作品です。従来の漫画の世界をVRの技術を使うことによって、まったく新しいジャンルの映像作品として再構築したものになっています。つまり、従来の映画やTVドラマとはまったく異なる体験ができるわけで、観る人たちも、チャレンジをしながらコンテンツと向き合ってくれるとよりおもしろくなると思います。
——スクリーンやモニター越しに観る通常の映像作品と、VR作品を比較したとき、主に表現方法やナラティブの面から見て、大きな違いがあるとすればどういった部分でしょうか?
待場 従来の映画は、スクリーンの方を向いて座っていれば、勝手に物語が進んでいきました。そうした「当たり前」や「映画に関する知見」をゼロに戻して、ヴァーチャル空間をどう使うか、ということからスタートしていかないと、なかなかVRならではの作品が出てこないと思います。映画の技法をそのまま用いてVR作品を作っても、「それではVRである意味がない」ということになりますので。いかにして「そこにいる」感覚をもたらせるか、ということが必要なのだと思います。
日本の作品は“ひとつもない”
——今、待場さんが注目している「VR作品の作り手」を、国内外問わず教えていただけますか?
待場 シネマティックなVRに関していうと、Felix & Paul Studios というカナダの会社に注目しています。彼らはシルク・ドゥ・ソレイユのステージをVR作品化したり、『MIYUBI』という40分のVR映画大作を制作したことでも知られています。単純に空間を眺めるのではなく、従来の映画的なストーリーテリングを下敷きにしながら見事VRに転換している、まだ数少ないクリエイターだと思います。
——現時点において、日本と海外のVR作品には、どのような差があるのでしょうか? その「差」が生まれる背景は、どこにあるのでしょうか?
待場 (今年のカンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞した)是枝裕和さんが、「日本は、映画教育の体制に関するサポートがまだまだ少ない」とおっしゃっていましたけれど、VRに関してはさらに、新たなテクノロジーを使ったストーリーテリングに挑む人たちへのサポートが少ない、というのが現状です。その結果、なかなか大きなプロジェクトを動かしづらいということになっていると思います。一方、アメリカや中国はサポートが手厚いので、いろいろ試しながら作品づくりをできる環境が整いつつあります。
それこそ、VR部門があるサンダンス映画祭やトライベッカ映画祭に行くと、中国や韓国の作品はちらほらあるのですが、日本の作品はひとつも出品されていません。その状況には、日本のVR制作に携わる人間として危機感を覚えます。もっと僕たちもチャレンジしていかなければいけないと思う一方で、やはり、国からのサポート体制も整えていく必要があると感じています。
——OculusGoのように、廉価でスタンドアローンなVR機器が登場し始めました。それによって、VRユーザーは増えると思いますか? また、ユーザーが増えることは、クリエイティブ側にどのような影響を及ぼすとお考えですか?
待場 OculusGoには大きな可能性を感じていますが、いかんせん、まだまだ熱は業界の人たちに限られている印象です。VRの裾野を広げていくためにはライトユーザーに認知されていく必要があり、その意味では、SSFF & ASIA にVR部門が設立されたことは、とてもいい機会になると感じています。
——最後に、VR作品の作り手、または今後携わろうと思っているクリエイターに対して、アドバイスをお願いいたします。
待場 僕は元々映画業界の人間なのですが、「とにかくたくさん作品を観なさい」と常々言われてきましたし、実際、映画について学ぶにはそれが最善の道だと思います。現在シネマティックなVRは、いろいろな国のクリエイターたちがトライ&エラーを繰り返している状況です。今回のSSFF & ASIA 2018でたくさんの作品に触れていただき、「自分だったら、360°という新しい表現方法を使ってなにができるだろうか」という思考を、どんどんめぐらせていただくことが第一歩なのかなと思います。各国の興味深い作品が集まっていますので、とにかく、たくさん観ていただきたいと思います。
ショートショート フィルムフェスティバル & アジア2018
待場勝利 | Katsutoshi Machiba
1975年大阪府生まれ。株式会社eje VR推進部執行役員。大学を卒業後、アメリカで映画製作を学ぶ。TVディレクター、20世紀フォックスホームエンターテイメントジャパン、サムスン電子ジャパンを経て、2016年から株式会社ejeでVRのコンテンツに関わる。現在、数々のVR Projectを担当。ejeでは「VR CRUISE」と「VR THEATER」の運営に携わる。
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