Fuerza Bruta: Wa!!

世界500万人を熱狂させるパフォーマンス集団「フエルサ ブルータ」の最新作ができるまで

アルゼンチンで生まれ、今や世界中で熱狂的ファンを生み出しているエンターテインメント「フエルサブルータ」。日本をテーマにした新作公演『WA!!』が生まれるまでには、実に10年にわたる制作プロセスがあった。クリエイティブディレクターの馬場鑑平が、クリエイターたちの創作の秘密に迫る連載の第3回は、日本公演のプロデューサー、アミューズの辰巳清さんと、映像技術で公演をサポートしたパナソニックの麻生遊さんを迎え、プロジェクトを振り返った。

Direction by Kampei Baba
photo by Koichi Tanoue
Text by Yuka Uchida

右から日本公演のプロデューサーとして新作『WA!!』を実現させたアミューズエンターテインメントの辰巳清と、映像技術面で公演をサポートしたパナソニックの麻生遊。

右から日本公演のプロデューサーとして新作『WA!!』を実現させたアミューズの辰巳清と、映像技術面で公演をサポートしたパナソニックの麻生遊。

10年前に送った一通のメール

馬場 僕は昨年、フエルサブルータを初めて体験したのですが、その時のインパクトがすごくて。空間全体が舞台になるフィジカルなパフォーマンスもびっくりしたんですが、それを支える舞台装置の複雑さ、緻密さに驚愕しました。いったいどういうプロセスを経るとこの舞台は生まれるのか、具体的に聞きたいと思ったのが、今日、お時間をいただいた理由です。早速ですが、今回、公演はアミューズさんが主催されていますが、そもそも彼らを日本に呼ぼうと思ったきっかけは何だったんですか?

辰巳 フエルサブルータという劇団が今の形になったのが2004年。アルゼンチンのブエノスアイレスで結成されたんです。ほどなくしてロングラン公演に入って、2007年からはニューヨークのオフ・ブロードウェイで上演が始まり、瞬く間に話題になりました。アミューズの大里(洋吉)会長がその公演を実際に観たのは、2007年の開幕直後。実は、彼らが上演をしていた劇場が、たまたまアミューズがニューヨークに保養所として持っているマンションの向かいだったんです。

ニューヨークのオフ・ブロードウェイでもヒットした「フエルサブルータ」。オフィシャルのYouTubeチャンネルには、海外公演の様子もアップされている。

馬場 へえ。そんな偶然が。

辰巳 アミューズの社員やアーティストは、定期的にニューヨークへ行って、ブロードウェイやオフ・ブロードウェイのエンターテインメントに触れるようにしているのですが、彼らの公演にまずアミューズの代表の大里(洋吉)会長が足を運んだんです。それで、これはすごい、と。この人たちと仕事をしたい!と言い出したんです。

馬場 辰巳さんはそのとき一緒にご覧になったんですか?

辰巳清 1968年奈良県生まれ。アミューズ所属。アミューズ総合研究所 主席研究員。布文化と浮世絵を中心に日本文化を伝える〈アミューズミュージアム〉の館長を務める。

辰巳 一緒ではないですが、僕も同じくらいのタイミングで公演を観ています。もちろん彼らと一緒に何かをしたいという思いは会長と同じで、それですぐにメールを送ったんです。ホームページなんかにある、インフォ@フエルサブルータみたいなことろに(笑)。普通に問い合わせをしたんですよね。「ウチは日本にあるこういう会社で、あなたがたと仕事がしたいんですが、日本をテーマにした新作を作ってくれませんか?」って。

馬場 最初から新作のオファーを!?

辰巳 そう。いきなりメールでお願いしたんです。もちろん、面識もなにもない状態で。そしたら意外にも劇団主宰者で、クリエイターのディキ・ジェイムズさんが「面白そうだから日本に行くよ!」と返事をくれた。初めてディキが日本に来て、打ち合わせしたのが2009年でした。

馬場 2007年に公演を観て、2009年に最初の打ち合わせ。そこでは何を話したんですか?

辰巳 基本合意というか、何かをやろう!という意思確認ですよね。その時は意気投合はしたんですが、ディキは世界中を飛び回っている人気演出家でもある。いきなり具体的に公演の内容を決めたり、いつ新作を上演するかという話にもならないですし、僕らもまだ彼らのような特殊なパフォーマンスをどんな劇場で上演すればいいのか当てもなかった。だから、とにかくやろうと合意したのが2009年の秋。そこから、断続的に連絡を取り合って、ディキから「2017年頃ならできそうだよ」と連絡が来たのが2013年でした。

馬場鑑平 1976年大分県生まれ。株式会社バスキュール エクスペリエンスディレクター。広告、アトラクションイベント、教育、アートなど、さまざまな領域のインタラクティブコンテンツの企画・開発に携わる。「HILLS LIFE DAILY」のアートディレクターも務める。

馬場 すごい、4年後の提案が届いたんですね。辰巳さんの構想として、このくらいの時期にやりたいっていうのはなかったんですか?

辰巳 そうですね、なかったですよ。最初は。

馬場 あの、こういった公演がどうゆう段取りで進んでいくのか全くイメージできないんですが、声を掛けたときに、僕らの仕事だったら来年とか、再来年ぐらいかなって思うような気きもするんですが……。

辰巳 こういった公演では、それほど珍しいことではないと思いますよ。彼らは世界30カ国、60都市以上で、公演を成功させている超人気パフォーマーで、何年も先まで公演が決まっているわけですから。

馬場 じゃあ覚悟の上で、声掛けを。

辰巳 そうですね。なおかつ僕らは「日本をテーマにした新作作ってくれ」と、荒唐無稽な持ち掛をしている。きっとディキさんにはいろんな仕事の依頼があると思うのですが、初対面の日本のプロデューサーから、いきなり日本をテーマにした新作作ってくれ!と言われて、なかなかびっくりしたらしいんですよね。僕は、どんな著名なアーティストでも、刺激を欲しがっていると思うんですよ。ベテランになればなるほど、誰かと組むことで新しい刺激になるんじゃないかって。ディキさんにとってのそういう渇望と、僕らのオファーが、たまたまタイミングよく合ったんでしょうね

フエルサブルータの芸術監督であるクリエイター、ディキ・ジェイムズ。

馬場 辰巳さんの中では、もともとある彼らの演目を日本に巡回させるという発想はなかったんですね。

辰巳 そうですね、世界で人気の公演を日本に招聘してくるというのも意義のある素晴らしい仕事だと思うんですが。2014年にフエルサブルータが日本初上陸を果たしたのは覚えていらっしゃいますか?

馬場 はい。確か赤坂で。辰巳さんも関わっていますか?

辰巳 あの公演には関わっていないんです。あの時は、フエルサブルータがもともと世界で発表してきた演目の日本上演でした。主宰側から、アミューズも一緒にやりませんか?とお声掛けいただいたのですが、僕らはすでにディキたちと新作を作ろうと動き始めていたので。まぁ、動いていたと言ってもさほど進行してなかったんですけど(笑)、だったらアミューズとしては新作を作ることに注力しようとなったんです。

4年間の“待ち期間”と最初のスケッチ

馬場 辰巳さんはアミューズに入社してから、ずっとエンターテインメント事業に関わってきているんですか?

辰巳 アーティストマネージメントも10年ぐらいはやりましたが、並行してエンターテインメントやパフォーミングアーツ、つまりステージの制作みたいなことをやってきたんです。

馬場 でも、辰巳さんのこれまでのお仕事を振り返っても、依頼から実際の公演まで十年近くかかるというのは、やはり異例ですか?

辰巳 3〜5年ぐらいのスパンは割りによくある話なんですけどね。たしかに10年は長いですね。2009年から2013年辺りまでの数年間はほとんどが“待ちの作業”でしたね。

馬場 クリエイターから自然とコンテンツが生まれるのを“待つ”ということですね。でも、彼らとは初めて仕事をするわけですし、待つといっても4年近くですよね。本当に大丈夫なのかな、みたいな心配はなかったんですか?

どんな公演でも大体の流れは一緒だと辰巳氏。「コンテンツと劇場とスポンサー、この3つが決まれば、大体プロジェクトは組み立てられる。でも、当たり前ですが、その中で一番大切なのが「コンテンツ」。フエルサブルータの場合はそれが仕上がるまでの時間がいつもよりは少し長かったかもしれない」

辰巳 それは、不思議となかったですね。もちろん最初は、日本人はいろいろと細かいですし、それに比べたら大雑把に進んでいくことも多いのかなと覚悟していたんですが、実際一緒に仕事をしてみると、彼らはものすごくきっちりしている。きっちりしていないとあんなパフォーマンスを世界各地ではできないんです。

馬場 確かに、そう言われたらそうですよね。

辰巳 例えば『スター・ウォーズ』は、ジョージ・ルーカスが中心になっているのは間違いないですが、ルーカスフィルムという有能なプロダクションの中に、I.L.M.(インダストリアル・ライト&マジック)という特撮の会社や、スカイウォーカー・サウンドといった音響のポストプロダクションがあって、スタッフ面も超一流なんですよね。フエルサブルータもそれと同じで、ディキを中心に、とても優秀な技術監督が揃っているんです。

馬場 “待ち作業”の後は、具体的にどう進んでいったんですか?

辰巳 ディキは2013年から半年に1回ぐらいの頻度で日本に来てくれて、1回につき1週間から10日ぐらい滞在して、東京だけでなく、京都や奈良など日本各地を訪ねました。神社仏閣から飲み屋、クラブやライブハウスにも行きましたね。基本的には僕が同行して、初期の構想をミーティングして話し合っていったっていうつくりです。

馬場 パフォーマンス作品において、初期の構想って具体的にどんなものなんですか?

辰巳 まずディキとはプリプロダクション契約というのを結んだんです。作品の全貌が分かるようなスケッチや話の流れが分かるプロットのようなものをまとめて提示してくれ、という契約ですね。約1年後仕上がってきたのがこれです。

ディキから送られてきたスケッチ。フエルサブルータを代表するパフォーマンスである「ランニングマン」が侍の姿となって描かれている。

『WA!!』のパフォーマンスは小さく別れたブースから始まる。そのことも既にこの時点のスケッチに描かれていた。

馬場 契約から1年! そんなにかかるんですね……。

辰巳 厳密にいうと1年かかってないですけどね。2013年の12月くらいに契約して、2014年の8月ぐらいに日本にUSBが送られてきたんです。ディキは予定が合わず日本に行けないからって(笑)。その時点で、日本には作品のためのリサーチとして、3回くらい来ていたんじゃないかな。

馬場 このイメージボード、本番とかなり近いですね。

辰巳 芸者がくるくる回るスケッチもある。これは実際に『WA!!』で生まれた新しいパフォーマンスです。あとは、ディキが興味を持った日本の文化のひとつにねぶたがあって。これは青森の五所川原市の「たちねぶた」です。弘前のねぷたとはまた違って、高さが20メートル近くあるんですよ。彼らの要望に合わせて日本の文化を伝えるのが、僕らの最初の仕事でした。

芸者がくるくると回りながらパフォーマンスを行うアイディアも。

実際もスケッチとほぼ同じパフォーマンスが。2013年に描かれた最初のスケッチの完成の精度に驚かされる。Photo by Keiko Tanabe

リハーサルはブエノスアイレスで

馬場 このイメージボードの時点では、技術的にどうつくるかという事まで、ある程度はディキさんの頭の中にあるものなのでしょうか?

辰巳 ディキは技術面にもとても詳しい演出家です。新しい技術や舞台装置によって新しいパフォーマンスのアイディアが生まれるといった部分もある。俳優が中心にいて、それを引き立てるために舞台美術や音響、照明があるのではなくて、舞台装置そのものやそれを動かしているクルーも一切隠さない。それがフエルサブルータらしさなんです。

馬場 確かに。紙ふぶきを飛ばすスタッフが丸見えでした。僕らの見ている前で、巨大な扇風機の前で紙吹雪を鷲掴みにして飛ばしていくんですよね。

パフォーマンス中、会場には紙吹雪が舞う。アナログな演出をあえて取り込み、そのためのスタッフの存在もあえて見せるのが、フエルサブルータ流だ。Photo by Keiko Tanabe

辰巳 そう、あれも演出の一部なんです。隠そうと思えば簡単に隠せることだけど、あえて見せている。舞台装置を運ぶロープやカラビナシャックルもそうです。今の技術なら、それらの舞台装置を隠しつつパフォーマーにだけ光を当てることもできるけれど、それは彼らの意図するところではないんですよね。

馬場 なるほど。僕はフエルサブルータを初めて観て、一番印象に残ったのが舞台装置だったんですよね。あれだけたくさんのアトラクションのような演目が、次から次へと出てきて、何事もなかったかのように収納されていく。まるで劇場全体がからくり箱のようで、一体どういう仕掛けなんだろう?って。

辰巳 『WA!!』を上演するにあたり、元々劇場に設置されていたバトンやトラスは全部撤去したんですよ。

馬場 すごい、それは大ごとですね。劇場の元の施設はすべて取り払ってしまった、と。

辰巳 そうですね。ほぼスケルトンにして使っています。スプリンクラーも、もともとは長いタイプのものが設置されていたんですが、短いタイプに付け替えました。その付け替えの許可をもらうために、消防署に何回通ったかわかりません(笑)。ディキのチームには各国の消防法に精通したスタッフもいて、彼曰く、一番厳しいのはドイツの消防法。だからフエルサブルータの舞台装置は、ドイツの基準に合わせて考えられているそうです。あとは、天井から吊るす機材も多かったので、そこにかかる負荷も計算しています。構造上は問題ないのですが、さらに安全性を確保するべく、天井の真上にある屋上駐車場はフエルサブルータの公演中は使わないことにしているんです。リハーサルも含めるとおよそ1年間、駐車場を借り切ってます。

馬場 スケールがすごいですね……。準備が普通じゃない。リハーサルはどこで行ったんですか?

辰巳 ここステラボールでも直前に行っていますが、その前にアルゼンチンで行っています。日本のスタッフが全員現地に行って、ブエノスアイレスの郊外にある横浜アリーナと同じくらいの広さの体育館で綿密な打ち合わせをしました。原寸大で舞台をつくって、実際に吊ったり、走ったり。

アルゼンチン・ブエノスアイレスでのリハーサルの様子。日本人パフォーマーも現地に渡った。

リハーサルを行うスタジオは横浜アリーナほどの広さがあり、そこで技術者とパフォーマーが一体になって演出を練っていく。

馬場 リハーサルは何日間したんですか?

辰巳 現地では6カ月ですね。そもそも建込みに1カ月ぐらいかかってます。11月から建込みを始めて、12月、1月はアルゼンチン人の役者と主に技術スタッフのリハーサル。その後に僕ら日本人キャストが2月、3月で合流して稽古をしました。

● 制作スケジュール

2007年 
NYにて観劇。メールでコンタクト
2009年 
日本で初対面。新作制作の約束を交わす
2013年 
上演時期が2017年と決定。プリプロダクション契約を結び日本でのリサーチを開始
2014年夏 
イメージボード完成
2015年 
会場、パナソニックの協賛決定。日本人キャストのオーディション開始
2016年11月 
ブエノスアイレスにてリハーサル開始
2017年2月 
ブエノスアイレスのリハーサルに日本チームも合流
6月 フエルサブルータチーム日本到着
8月 新作『WA!!』上演スタート

馬場 コミュニケーションは英語ですか?

辰巳 いや、スペイン語ですね。フエルサブルータという劇団自体はアルゼンチン人が多いんですけど、中国人やアメリカ人、ブラジル人のスタッフもいるので、英語が混じったり、ポルトガル語が交じることもありました。でも、身体を使ってパフォーマンスをしている人たちですから、打ち解けるのはとても早い。コミュニケーション面で困ることは一度もなかったです。彼らも日本との協業をとても楽しんでくれていました。

新たな協賛のカタチ

馬場 日本の技術チームに、こういうことやりたいというオーダーはあったんですか? 

辰巳 そうですね。映像を使った演出は日本のチームとの協業で生まれたものですね。

馬場 もともとフエルサブルータでは、プロジェクションを用いた演出はなかったということでしょうか?

辰巳 これほど凝ったものはなかったですね。それでパナソニックさんとタッグを組むことになったんです。

麻生 確か2015年の半ばくらいですよね。

辰巳 そうですね。もうシノプシスは出来上がっていて、その中に映像を投射した壁や天井が動いたり、下がってきたりするという演出があったんです。

パフォーマンス中はあらゆる方法で映像が投射されるが、映像を見て楽しむというより、色と光に包まれることを体感するといった感覚だ。Photo by Keiko Tanabe

麻生 壁や天井に投影しているということは、つまりそれらがスクリーンということ。スクリーンが動くとなると、考えなければいけないことがたくさんある。

馬場 そうですよね。たとえばフォーカスとか……。

麻生 そうなんです。

馬場 それって技術的にはどのくらい難しいことなんですか?

麻生 そうですね……。美しい映像を投射するのはかなりむずかしいですよね。でも、ディキさんたちはピントという概念を考えていないんです。フォーカスもある一点に合っている状態から、特に調整をするわけでもなく、大胆にスクリーンとなる壁や天井を動かしている。つまり、プロジェクターを照明機器として使っているんですよね。プロジェクションマッピングに代表されるように、映像をどこにどう美しく投射するかが、通常の我々の技術アプローチなのですが、スクリーンそのものを動かして、まるで照明機器のひとつのようにプロジェクターを使うという発想は今までなかったので、これは面白いなと思いました。

馬場 あの、実際フエルサブルータを体験してみて、正直なところどんな映像が投射されていたのか覚えていない瞬間も多いんですよね。模様がいろいろあったというくらいの印象だったり。複数のプロジェクターを使ってひとつの映像を映し出すなら、それぞれのブレンド領域を調整して、うまくピクセルが合うように考えると思うのですが、そういったこともしていないんですか?

麻生 特にそういったことはしてないです。ただ、真っ暗に映像を打ってるだけ。そういった使い方も我々にとってはとても新鮮でしたね。

会場の端から姿を表した大きな布が、パフォーマーの姿を一瞬隠しながら、また会場の端へと消えていく。動く布に映像を投射するのもディキのアイディア。Photo by Keiko Tanabe

馬場 会場を一反木綿のような白い布が行き来する演出もありましたが、あの布にもプロジェクターから映像が投影されていましたよね。

麻生 そうですね。会場にある2台のプロジェクターから当てています。ただ、やはりピントなどは考えていないですね。

馬場 そうなんですね。確かに観ている側は違和感はなかったです。

辰巳 柄のある照明器具という感じなんだと思います。

パナソニックチームが手掛けたフエルサブルータ『WA!!』のロビー空間。高輝度プロジェクター7台と、55インチ液晶モニター13台を使用している。Photo by Keiko Tanabe

辰巳 そもそもパナソニックさんにお声掛けしたきっかけが単純な公演協賛や技術協力じゃないんです。フエルサブルータへの協力の話がでる以前に、アミューズとパナソニックさんで何か一緒に面白いことが出来ないかと話す機会がありまして、その時、たまたま僕のパソコンにディキから送られてきたイメージボードがあったんです。それで、今こんなプロジェクトが動いているんですとお話したところ、何かできるかもしれないと話が進んだというか。実際、パナソニックさんには演目の中だけじゃなく、エントランス部分の演出でも協力いただいているんですが、ディキたちからは、エントランスはまるっと任されていたんです。日本側でかっこよくやってくれ、と(笑)。

馬場 他国でやる公演ではどうなんですか? フエルサブルータといえば、というエントランスの演出があったりするんでしょうか?

辰巳 ロビーにDJがいたり、ドリンクバーがあったりはしますが、基本的にはテントや仮設会場でツアーを回っていますから、ここまで凝った演出はないです。僕らとしては、これから物語に誘うための空間として、どんなロビーがあったらいいのかを考えて、エントランスに鳥居や金剛力士像のイメージを映し出すことにしました。あと、床をLEDにするのはぜひやりたかった。

エントランスの柱型サイネージは、34台のディスプレイを組み合わせたもの。ここに鳥居や金剛力士像が映し出される。

床面のLED。鮮やかな色彩となめらかな動き。美しい映像がロビー空間へと誘う。

麻生 床面LEDや34台の液晶モニターを使ったエントランスの演出は、サイネージソリューション技術を応用しています。床面も含めて空間全体が一つの映像になっていて、お客様がその映像を踏み越えてロビーへ入っていくことで、公演への期待感を演出できるのでは、と考えました。

馬場 確かに。このアイディアに対してディキさんの反応は?

辰巳 リハーサルのためにアルゼンチンに行った時、パナソニックさんから預かったスケッチを持っていったんですよ。まだ日本語の資料しかないんだけど……といって見せたら、すぐに「これはいいね!」って。僕らが考えていたのは、フエルサブルータは最新技術を使ったハイテクなパフォーマンスという印象もあるけれど、その一方で役者がものすごい汗をかきながらパフォーマンスをするようなアナログな魅力もある。ならばそれを引き立てるために、エントランスロビーはデジタルな世界観をつくったらどうだろうかと思ったんです。そういった意図をディキはスケッチからパッと理解してくれた。実際に本編がより引き立つことになるという言葉もディキからもらいました。

麻生 辰巳さんからは、ディキたちの頭のなかに、国づくりの物語があったという話も聞いていました。ならばエントランスは起承転結の起の部分だから、ひとつの国ができる以前の荒野のようなイメージで、岩山をイメージした多角形状のプロジェクタースクリーンを配置したり、実は演目の中身を意識して考えてあるんです。

岩山をイメージしたというプロジェクタースクリーン。画像センシングとセキュリティカメラを組み合わせて来場者の位置を検知し、物販コーナーに人が少ないときは、そこへ誘導する映像を流すなど、最新技術がさり気なく導入されている。

馬場 パナソニックチームは何人くらいで編成されているんですか?

麻生 プロジェクト全体ではもっと大人数になりますが、実際のロビー演出に携わったのは5名程度です。そこに外部の映像クリエイターなどが参加してくれています。

馬場 技術的に新しい試みはあるんですか?

麻生 新しい技術というよりは、サイネージの新しい用途提案という感じでしょうか。例えば、現在多くのサイネージの広告は、「場所売り」が基本になっていて、広告主はコンテンツが再生される「場所」に対してお金を払います。でもそれだと、「ハイブランド」と「食品メーカー」など、異なるブランドイメージを持つ2つの広告が並んで表示される場合もある。ハイブランドによってはその表示のされ方を嫌がったりします。そのような背景から、ヨーロッパではすでに新しいビジネスモデルが始まっていて、それは「場所売り」はなくて、「時間売り」なんですね。例えば空港のサイネージで、ある飛行機が到着した際に、エコノミークラスの乗客が降りてくる時間帯に表示されるブランドと、ファーストクラスの乗客が降りてくる時間帯に表示されるブランドが変わる。そうゆうことが既に行われているんですよね。

馬場 それ、面白いですね。初めて知りました。

麻生 サイネージとして使うスペースが切り替わることもありますよ。例えば一見、白い壁に見えるところが実はサイネージになっていて、お菓子の広告を表示するときはその一部に映し出し、車などの広告を映し出すときは、壁全面を覆うくらいの巨大な広告を表示する。そういったサイネージの次の可能性を提案する意味でも、パナソニックとしてロビー演出を担当させて頂きました。

麻生 遊 1981年奈良県生まれ。パナソニック・ブランドコミュニケーション本部Wonder推進室企画課所属。フエルサブルータではロビーとエントランスの演出・企画を担当。

辰巳 つまり、今までの協賛のあり方とは少し違うんですよね。冠協賛者と公演主催者という関係ではなくて、主催者の一員として関わってもらっている。新しい協賛メリットのあり方になったと思うんです。

馬場 確かに来場者にとっても、いたるところに協賛企業のロゴマークがあるロビーより、フエルサブルータの世界観を体感できるロビーのほうがいいですし、それがプレゼンテーションの場にもなっているなら、なお意味がありますよね。

麻生 話が少し広がりますが、我々がイメージしているのは、建築の初期の段階から、映像の配置も考えてもらえるようなサイネージのあり方なんです。今、多くのケースでは建物が出来上がった後に、液晶ディスプレイを設置します。いわゆるC工事と呼ばれる段階で、サイネージは最後に付けるものになってしまっているのですが、これを照明計画のようにもっと早い段階から考えるようになってほしい。フエルサブルータのロビーとエントランスは、そのような背景から、「映像」を建築要素の一つとして考えた時、空間にどんな可能性があるのかを提案する場になっています。

自由を尊重するフエルサブルータが今の時代にウケる理由

馬場 『WA!!』は日本で封切られましたが、今後は世界を巡回するんですか?

辰巳 それは考えていますね。日本以外の国や地域での公演もできるといいなと思っています。ただ、世界に向けて日本を表現してくれということではないんですよね。

馬場 そうですね。僕ら日本人からすると、むしろ外国人から見た日本が描かれているという感覚になりますし。

辰巳 僕はディキがイメージする日本をテーマに新作をつくってほしいとお願いしたんですよね。日本人向けに作って欲しいわけでもなければ、意識して外国人向けにつくってほしいわけでもなくて。

今後は海外への巡回公演も考えていると辰巳さん。

馬場 ということは、質問なんですが、日本人ってシャイじゃないですか。フエルサブルータは観客に参加を求める場面も多いと思うのですが、そのあたりも日本人のためにカスタマイズはしていないんですね。

辰巳 まったくしていないですね。それにディキたちは特別日本人をシャイだとは思っていないですよ。むしろ、過激にパフォーマンスに入ってくる観客はいないし、参加を呼びかけたら楽しんでくれるし、とてもやりやすいと思ってくれている。

馬場 そうなんですね。意外でした。それに、辰巳さんはアミューズミュージアムの館長なわけですし、多少は日本文化を紹介したいという思いがあるのかな、とも思ったのですが。

辰巳 それはないですね。すごく単純なんですよ。彼らのプールを使ったパフォーマンスを観て、もしパフォーマーが芸者の衣装を着ていたらどうだろう、とか。キャストが日本人だったらどうだろう、とか。そんな想像が膨らんで、脚本の段階から新しいことができないかな、と思うようになった。それに僕自身は日本の文化って“アレンジする”ことが基盤になっていると思っているんです。仏教だってインドのものが中国を渡って日本に来たわけですし、ラーメンにしても、カレーにしてもよその国にルーツがある。日本にしかない文化ってそれほど多くないんです。そんな話をディキともしていて、じゃあ何を描こうかとなったときに、国内で戦いがあった戦国時代が物語の起点になって、途中に出てきた侍や忍者、芸者といったキャラクターたちが、鳥居をくぐりながら、最終的にはその衣装を脱ぎ捨てて、日本の未来に向かってジャンプして終わるとうストーリーができてきました。

馬場 意外と深いストーリーがあるんですね。

辰巳 それをあえて説明していないんですよね。あと、フエルサブルータが大切にしていることに“自由であること”というのが挙げられると思います。アルゼンチンはずっと軍事政権で、80年代の終わりに民政化したんです。それで一気に芸術表現がゆるされるようになった。そういう背景があるから、彼らは観客側にも何かを押し付けることをしたくないと考えているんですよね。

馬場 それが会場で自由に動けたり、写真撮影も許されている理由なんですね。

フエルサブルータでは、観客が写真撮影をすることも、その写真をSNSにアップすることも自由。近年増えた広告戦略のひとつかと思いきや、観客の行動をなるべく規制せずに、自由にパフォーマンスを楽しんでほしいというディキの思いによるもの。Photo by Keiko Tanabe

辰巳 そうですね。もちろん、大きな舞台セットが動くときには安全面から観客を誘導することはありますが、基本的には自由に楽しんでほしい。写真撮影の許可やそれをSNSにアップしていいことにしているのも、宣伝目的ではなくて、観客の自由を徹底して考えているからなんです。

馬場 そういった姿勢が、たまたま時代の空気感とマッチしたんですね。ディキさんの自由に対する価値観がこの場に表現されていて、それが個人の体験をシェアしていく時代の価値観とシンクロして……。でも、実は深いところで必然的にリンクしているのかもしれません。

辰巳 どうなんでしょうね。インターネットの発達によって、個人が発信することのできる時代が来て、自由度が高まったことと、そもそも軍事政権の中で弾圧されていた芸術家たちが、自由を求めて立ち上がったという事実は、マインドとしては共通してる部分があるのかもしれません。

馬場 僕は最初、この公演が本当に高いレベルで表現と技術を統合できている理由が知りたかったんです。でも、その根本に、自由であることを礼賛する強い意思があったり、日本の文化が未来へ羽ばたくストーリーがあったりと、そういうすごくポジティブなメッセージがまずあり、それをすごくポジティブな体験として伝えるための装置としてこの公演が生み出されているんだな、と感じました。今日は、貴重なお話をありがとうございました。


STAFF
芸術監督 ディキ・ジェイムズ(フエルサブルータ) 音楽監督 ガビー・ケルペル ジェネラル・マネージャー ファビオ・ダキーラ(フエルサブルータ) テクニカル・ディレクター アレハンドロ・ガルシア 日本プロデューサー 辰巳清 

profile

フエルサブルータ『WA!!』
2002年にブエノスアイレスで生まれた体験型エンターテインメント「フエルサブルータ」。ニューヨーク、ロンドンなど世界30カ国・60都市以上で、500万人以上の観客を動員してきた彼らが、日本文化からインスピレーションを広げ、独自の世界観を作り上げた新作公演が『WA!!』。重力を無視したような圧倒的な身体能力によるパフォーマンスと、独創的な舞台装置、観客を巻き込んだ演出などで、唯一無二のエンターテインメントを展開する。2017年8月に品川プリンス・ステラボールで上演がスタート。2018年5月6日までロングランが決定した。