六本木ヒルズのウェストウォークに現れたクリスマスツリー《Bon-Bon Blossom》。近づいてみると、白いボンボンは無数のドライフラワーでできている。これらは廃棄される予定だった“ロスフラワー”。デザイン手がけた〈Tangent〉の吉本英樹に、2021年のクリスマスにこのツリーを届けようと思った経緯を聞いた。
TEXT BY YUKA UCHIDA
photo & timelapse by YU INOHARA
2021年を生きる人の心に寄り添うツリーを
世界的なデザインアワードを受賞し、国内外で注目を集めているデザインエンジニア、吉本英樹。東京大学で学んだ航空宇宙工学と、英国ロイヤル・カレッジ・オブ・アートで学んだデザインを掛け合わせ、次々と新たなプロジェクトを立ち上げている。
そんな吉本が手がけたクリスマスツリーが六本木ヒルズのウェストウォークに登場。白く輝く美しいツリーだが、そのアイデアを練る上で、コロナ禍という世の中の状況は無視できなかった、と振り返る。
——《Bon-Bon Blossom》という名は、チョコレートのボンボンショコラのような形状から名付けられたそうですね。名前こそポップですが、ツリーにはどんな思いを込めたのでしょうか?
吉本 このプロジェクトが動き始めたのは2021年の7月、緊急事態宣言の真っ只中でした。六本木ヒルズは多くの人が訪れる場所ですし、そのひとりひとりが、コロナ禍において様々な状況を抱えているはずです。そんな状況下で、人はどんなクリスマスツリーを見上げたいだろう?と考えました。ツリーを見ることで心にどんな作用が起ってほしいか。今回のプロジェクトは、常にこの問いと向き合って取り組んだものです。
——見る人の心にどう影響するかが何より重要だった、と。
吉本 そうですね。見上げた時に、静かに気持ちが上昇するような、できるだけ多くの人が素直に美しいと思えるようなツリーにしたかった。
ロスフラワーを知ったのも偶然で、たまたま見たニュースで、コロナ禍で生花の廃棄量が増加していることを取り上げていたんです。花の美しさは普遍的です。ロスフラワーを活用するアイデアが浮かんだときは全てが無理なく繋がったような気がしました。
捨てられる運命だった花々が、再び私たちに美しい姿を見せてくれているという背景からも、何か感じてもらえることがあるのではと思っています。
——何か特別な工学技術は用いているのでしょうか?
吉本 今回のツリーには、特別な工学技術は使っていないんです。作品にセンサーやプログラミングを組み込むのはその必要があるときだけ。今回はそうしたテクニカルな表現は不要だと考えました。
アーティストやデザイナーは得意領域があるケースも多いと思いますが、僕はテクニカルな要素を使うべきかということも含めて、用いる素材はなるべく限定しないようにしています。扱う素材や、デザインと工学のバランスは、プロジェクトによってさまざまに変わります。
自分はデザイナーなので、与えられた文脈、今回なら六本木ヒルズという場所、コロナ禍を経験した2021年のクリスマスという文脈で、どんなストーリーを語るべきか、ということを第一に考えます。「デザイン」は動詞。デザインとは「目的に向かって改善を重ねていくこと」ことだと考えているので、自分のアイデアを形にするときも、その目的に対してアプローチを重ねているといったイメージです。
——そもそもなぜ、工学とデザインの両方に興味を持ったのでしょうか?
吉本 大学で専攻したのは、航空機やロケット、人工衛星などの設計を学ぶ航空宇宙工学でした。元々はパイロットになりたかったんです。大空を飛んでみたい!と思って進んだ学科でしたが、気づいたのは自分は技術者気質だけではないということ。どんな航空機を開発するかということより、開発した航空機をどう役立てるか?に関心が向いてしまう。
それで学生時代に作ったのが、自律飛行する光る飛行船《Beatfly》です。コンサート会場のように頭上にぽっかりと空いた空間に飛行して、舞台上のパフォーマンスを空間全体に拡張することができる。そんなコンセプトでした。この作品が評価され、自分の興味の方向性に自信が持てるようになっていきました。
——それで卒業後はイギリスでデザインを学ぶことにしたのですね。
吉本 そうです。ロンドンのロイヤル・カレッジ・オブ・アートでは、「Innovation Design Engineering」コースで博士課程に進みました。学生たちに課せられているのは、ニューナレッジ(新しい知)を生み出し、社会にオリジナルな貢献をすること。授業はほぼなく、5年間ほったらかし。独自に研究プロジェクトを立ち上げて取り組む、というスタイルでした。
壁にぶつかったのもこの時期です。プロジェクトの計画を立てて教授に提出しても、なかなか面白いと思ってもらえない。「なぜ、その先に正解があると思うのか? 想像もしていなかった場所に解が見つかる可能性はないのか? もっと手探りでさまざまな方向に踏み出してみろ」と言ったことを繰り返しアドバイスされました。
それで一念発起して、自分が面白いと思えることを100近く実験してみたんです。子供の遊びのようなものも含めて、とりあえずやってみることにした。その中から、先に進めるとさらに面白くなりそうなものをひとつ選んで、実験を続けてみる。そんなことを繰り返しているうちに、新しいモノの考え方や取り組み方ができるようになってきました。
——そうしたプロジェクトの進め方は、今回の《Bon-Bon Blossom》にも活用されているんでしょうか?
吉本 そうですね。いわゆる理系、工学系の、ロジックを組み立てるような考え方と、クリエイティブに自由に発想する考え方は、意識的に組み合わせるようにしています。ただ、今回のツリーはとてもスムーズにアイデアがまとまったんです。ロスフラワーを活用することを考えついた時点で、これしかない、と。初期に描いたスケッチがこれですが、コンセプトはほとんど変わっていません。それくらい、バチっとすべてがハマった感覚がありました。
——このユニークな形は、かなり初期から決まっていたんですね。
吉本 普通の三角をしたツリーだと面白くないと思ったんです。見たことがないものを見たい、という欲求は常にあるのだと思います。だからといって奇抜なデザインを目指しているわけではなくて、一見すると自然の一部のように親しみのあるもの、けれど近づいてよくよく見ると新しさに気づく、といったものに興味があります。
工学技術というのは時代とともに進化し続ける、非常に速いスピードで変わっていくもの。一方で、人の感覚や感情といったエモーショナルなものは、変わらない、あるいは非常にゆっくりとしたスピードで変わっていくもの。両者が手を取り合った時に、新しいアイデアが生み出せて、誰かを幸せにできるんじゃないかと思っています。今回のクリスマスツリーにも、そんな作用があれば嬉しいですね。
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