From Comedy to Canvas

作品と鑑賞者の“対話”を作る——高須光聖が語る浜田雅功展 「空を横切る飛行雲」

麻布台ヒルズ ギャラリーで開催中の、浜田雅功展「空を横切る飛行雲」。その企画・監修を手がけたのは、長年ダウンタウンとともに数々の伝説的番組を生み出してきた放送作家・高須光聖。お笑いの現場を知り尽くした彼が、今回なぜアートの展覧会を手がけたのか——。ともに会場をまわりながら、作品を活かす“仕掛け”について伺います。

TEXT BY Miho Matsuda
PHOTO BY Katsumi Omori

「こんな視点の人が、『普通の人』としてツッコミをしていたのか」

——浜田さんの絵で展覧会を開催しようと思い立った、最初のきっかけは?

高須 20年ほど前に、番組で浜田に「バイク」というお題で絵を描いてもらったんです。普通はバイクを正面や横から描くと思うんですが、浜田は真俯瞰からのアングルで描いた。そんなやり方があるのかと驚きました。「自由の女神」を描いたときも、頭に見たことがないものが乗っている不思議な絵だったんですね。それが面白かったので、「個展をやろう」と提案したんですが、そのときはそれ以上話が進まなかったんです。今回、いい機会に恵まれてそれが実現したというわけです。

——高須さんは放送作家として数々の番組を手掛けていますが、これまでにも展覧会の企画を?

高須 同じお題で一万円以内でいろいろな人にアート作品を作ってもらう壱萬円芸術や、ジミーちゃん(ジミー大西)の作品展(ジミー大西 画業30年記念作品展『POP OUT』2022年)を監修したり、アドバイザーのような形で参加したことはありましたが、こんな大きな場所で企画からというのは今回が初めてです。

——この展覧会を企画するにあたって、最初に考えたことは?

高須 浜田雅功は「ツッコミ」なんですよね。ボケが投げる不条理に、常識的な視点からツッコむことで笑いが成立します。そう考えると本来、浜田は「普通の人」の代表のような存在なのに、彼の絵を見ると完全に「ボケ側の視点」なんです。「普通の人」のように、たくさんの番組を仕切ってきた人が、実はこんな視点で物事を捉えていたということが恐ろしかったし、面白かった。それを来場してくださった方にも感じてもらえたら、というのがひとつありました。

——エントランスに入ってすぐ、最初に展示されている像は?

高須 これは「ライオン」です。展覧会のために、オブジェをひとつ作ろうということになり、ライオンだったら自立するかなと。このライオンも、人間のような鼻があって後ろに回ると5本目の足のような尻尾があるという、なかなか驚きのある「ライオン」ですが、意外とスタッフから評判がいいんですよ。

——「はじめの部屋」には「モナ・リザ」が飾られていますね。

高須 展覧会の企画会議をしていたとき、浜田が「俺はホンモノのモナ・リザを見たことがある」と豪語するんですね。実際に見たから自信がある、と。それならということで描いてもらったらこうなりました。普段は作品の隣に監視員の方がいらっしゃるんですけど、「どうして私、ここにいるのかな」という表情が作品といいコントラストになって、楽しいです。

「これは何だろう」と作品と対話していく展示構成

——この「空を横切る飛行雲」展は、作品の展示のほか、木村拓哉さんとイチローさんによる音声ガイドや、本人のひとことが添えられたタブロイド判のカタログの配布もありますが、その意図は?

高須光聖|Mitsuyoshi Takasu 松本人志に誘われ24歳で放送作家デビュー。『ごっつええ感じ』『めちゃ×2イケてるッ!』『絶対に笑ってはいけないシリーズ』から『プロフェッショナル仕事の流儀』『NHKスペシャル』、現在も『ガキの使いやあらへんで』『水曜日のダウンタウン』『ロンドンハーツ』などの企画を手掛け、担当したテレビ番組は約300。加えてAmazonプライムの『ドキュメンタル』は25を超える国と地域で配信、Yahooとの「REDchair」は毎回500万再生を超える。TOKYO FMではラジオパーソナリティーを担当、その他に渋谷道玄坂の開発プロジェクト、出雲大社遷宮の杜プロジェクトなど、その仕事は多岐にわたる。

高須 作品だけでは「何をもってしてこれを描いたのか」と、よくわからないから足早に通り過ぎてしまう可能性があると思ったんですね。「これは一体なんだろうか」と考えながら楽しめる仕掛けとして、音声ガイドとカタログを制作しました。本人のひとことコメントは、言わば「クイズの答え合わせ」。答えをみて、「ということはこれは何だ?」とさらなる疑問が生まれるかもしれません。音声ガイドは、木村拓哉さんとイチローさんから、この作品からどんな言葉が飛び出すのかを知りたくてお願いしたんですが、まさか引き受けてくださるとは思いませんでした。

——浜田さんの作品を生かすために、展示ではあえてやらなかったことは?

高須 作品の横にタイトルを貼らないようにしました。タイトルを見て「なるほど」で終わるより、「これは一体何だろう」という疑問と、「変なものを見た」という違和感を大切にして欲しかったんです。一瞬、考える時間があることで、徐々に何かが麻痺して「これもいいかも」という感覚になるかもしれません。

——ドットアーキテクツによる会場構成は「まち」を表現しているそうですね。

高須 ドットアーキテクツさんと、「人間は生まれ育った環境に必ず影響を受けている」という話をしているうちに、会場を周りながら、育った「まち」を重ね合わせられるような展示空間にしようということになりました。尼崎の街のノイズを会場で流したり、尼崎に実在する銭湯「昭和温泉」という銭湯をモチーフにした展示空間を設けたり。ちょうど富士山をテーマにした絵があったので、銭湯のペンキ絵のように展示しています。この富士山の絵も、最初は「なんじゃこれ」と思いましたけど、眺めているうちに「これもいい」と思えるから不思議です。僕もだいぶ麻痺してますね。

——実際の尼崎の街を表現しているんですか。

高須 尼崎の要素はあるけれど、あくまで架空の「まち」です。記憶の中にしかない風景もあります。昔、浜田の家の近所に、一杯飲み屋があったんです。店の軒先で、おじさんたちがホルモンをつまみに酒を飲みながら将棋を指していたんです。日が暮れると暗くて手元が見えないからと、店の人が勝手に電柱の街灯をズリ下げて、将棋盤を照らしていたんですね。今思えばとんでもないですけど、子どもの頃はそんなことが面白かったんです。それから、よく縁日をやっていた近所のお寺さんだとか、そんな記憶の中の風景が要素になっています。尼崎を知らない人でも、自分の故郷と重ね合わせてしまうような「架空のまち」に仕上がっています。そこがドットアーキテクツさんのすごいところです。

——絵の制作はどのように?

高須 彼にひとつテーマを渡すと「あれはどないなっとったかなあ」とずっと考えているんですよ。「足なんぼやったっけ」とか、ブツブツ言ってるうちに、彼の中で何かが見えたのか、ぱっと描き出す。スマホで画像を見たりせずに、彼の頭の中にあるものをそのまま描く。「こんなんが今日描き上がりました」と送ってくれた作品を見ると、毎回、想像を超越していて、自分でも「これテーマなんやったっけ」と一瞬考えてしまうくらいです。作品はちょうど100点あるんですが、これだけたくさんの絵を見ていると、彼なりの理屈が見えてくるんです。立体的なものをどうやって平面に描くか、浜田なりの試行錯誤がある。だから、単純に「下手」とは言いたくない、何かがあるんですよね。

——作品のテーマは誰が決めたのでしょうか。

高須 僕も含めてスタッフ数人で考えました。例えば、「風神雷神」は、このテーマで浜田はどんな絵を描くのかという興味と、これだったら描けるんじゃないかという期待を込めて。「最後の晩餐」は「さいしょの部屋」がモナ・リザだから「さいごの部屋」はこれだろうと。大きなサイズの作品ですが、これもよく見ると、テーブルが手首を横切るというすごい現象が起きています。

会期中、毎日1組限定で任意の鑑賞者が着彩し、作品を仕上げていく企画も実施中 ※作品の着彩が完成次第終了

——作品は全てモノクロで描かれていますが、それはどんな意図が?

高須 こちらからの指定ではなく、「色はちょっと無理やな」と言われました。色まではわからん、と。

作品と鑑賞者のあいだに気持ちの接点を作る

——高須さんと浜田さんは幼稚園の頃からの同級生ですが、今回の展覧会を通して新たな発見はありましたか。

高須 小学校の頃、土曜日の短縮授業が終わると、浜田はよく僕の家に遊びに来たんです。そのときに、初めて彼の絵を見たんですが、あれから何にも変わってないんです。前進も後退もせず、そのまま。だから「こんな感覚でモノを見てるのか」という驚きに加えて、「小学校の頃から何も変わってない」という衝撃がありました。何十年も時間が経てば少しは変化しているものですが、本当に不思議な人間です。

——今回、展覧会の企画監修を手掛けてみて、どんな手応えがありましたか?

高須 本来、漫才師のツッコミは喋ってナンボなんです。でも、今回は自分が描いた絵だけで見る人に何かを伝えなくてはいけない。浜田の絵は、可愛くも憎たらしくも見えるし、どう見るべきなのか正解がない。100枚もあるから「これは何だろう?」と考えながら絵を見ていると、「これがこうだから、あ! これは『考える人』か」とわかる瞬間もあったり、味わい深く感じたりもするし、これはすごいなと一瞬、思ったりもする。アートの形式をお借りしたエンタテインメントの実験のようで楽しかったです。

——確かに、会場をまわりながら、絵と対話するような感覚がありました。

高須 できるだけみなさんにクスクス笑いながら見てほしいと展示構成を考えましたが、浜田は、人を笑わせようとして絵を描いているわけではないんです。彼の中にある不思議な世界観を、そのまま忠実にキャンバスに描いています。だから、会場構成もできるだけシンプルにして、見る人と絵のあいだに気持ちの接点が生まれるようなものにしたつもりです。今回は、麻布台ヒルズ ギャラリーという場所で、浜田の絵を作品として表現するという「実験」の機会をいただいたことが、本当に光栄でした。「やれ言うから、やるわ!」と言ってた本人も実はけっこう満足げなんですよ。

浜田雅功展「空を横切る飛行雲」


会期=開催中〜2026年1月3日(土)※年中無休 ※会期延長しました
開館時間=金・土・日・祝日10:00〜20:00、月・火・水・木10:00〜18:00
会場=麻布台ヒルズ ギャラリー(ガーデンプラザA MBF)