TOMOKAZU MATSUYAMA

日本では最初で最後?! NYから凱旋、松山智一の大規模個展を見逃すな

ニューヨークを拠点に四半世紀、さまざまなメタファーが織り込まれたカラフルな大画面タブローや光り輝くステンレスの立体作品などを制作しグローバルに活躍中のアーティスト松山智一の、東京では初となる大規模個展が〈麻布台ヒルズ ギャラリー〉で開催中。来日中の松山に話を聞いた。

PHOTO BY MANAMI TAKAHASHI(PORTRAIT)
TEXT BY MARI MATSUBARA

鮮やかな色彩で描かれた画面の中に、東洋と西洋、古代と現代、聖と俗、具象と抽象といった両極の要素が入り混じる独特の画風。西洋美術史に登場する名作の一部が引用されているかと思えば、流行のストリートファッションやジャンクフードがちりばめられていたり。今や世界中のギャラリーや美術館で個展やグループ展に呼ばれるほど人気を得た松山だが、こうした画風にたどり着いた経緯とは?

松山智一《Black Mao, Yellow Beuys》2023年  左右対称の階段下の空間に2人の人間が対峙する。アンディ・ウォーホールが描いた毛沢東とヨーゼフ・ボイスをそれぞれ黒人とアジア人に描き直した肖像画が飾られている。

松山智一|Tomokazu Matsuyama 1976年岐阜県生まれ。ブルックリン在住。近年の主な展覧会に「Mythologiques」(ヴェネツィア/2024年)「松山智一展:雪月花のとき」(弘前れんが倉庫美術館 / 2023年)「MATSUYAMA Tomokazu: Fictional Landscape」(上海宝龍美術館 / 2023年)など。パブリックアートに《花尾》(JR新宿東口駅前広場 / 2020年)などがある。

「僕の父親は牧師になりたくて、聖書学を学ぶために家族全員でアメリカ・ロサンゼルス郊外に移住しました。僕が8歳から12歳にかけての頃です。アジア系、ヒスパニック系、黒人などさまざまな人種が入り混じり、それほど治安がいいエリアではありませんでした。空港にあるような身体検査を通らないと学校に入れなかったり、教室のロッカーにドラッグを隠している子がいたり。経済格差や人種間の対立など、社会の縮図がそのまま子どもの世界にも投影されていました。移民を受け入れる寛容さがある一方、生活の中では諍いが絶えない非情さもある。アメリカという国の両面を見た、少年時代の忘れ難い原体験が僕の作品に影響を及ぼしていると思います」

松山智一《Bring You Home Stratus》2024年 ビバリーヒルズに実在するスペイン植民地時代のリバイバル建築の中庭と、京都・旧三井家下鴨別邸のイメージを掛け合わせた作品。中央の2人はイタリア・バロック期の画家カラッチの《キリストとサマリアの女》から引用している。コラージュのように組み合わせた変形キャンバスもユニークだ。

「小学校6年生最後の半年、故郷の飛騨高山に戻ったものの帰国子女として周りになじめず、中学からは首都圏の学校での寮生活、その後東京の大学に進んでコスモポリタンな生活を経て、25歳でニューヨークへ渡りました。何の知識も訓練もないまま絵を描き始め、報われず、評価されず、お金もなく、ビザの問題に悩まされ、足の引っ張り合いや人の裏切りなどなど、さまざまな出来事がありましたが、これまでの人生の道程がすべて今の僕の絵に繋がっています」

絵を描くきっかけとなったのが、90年代以降アメリカで発展していったDIY精神による領域横断的な新しいアートの潮流を目の当たりにしたことだった。

「僕はアメリカに来て最初はグラフィックデザインの勉強をしていたのですが、Adobeでなんでも描ける時代に、従来の伝統的な絵画の描き方をこれから実践していくことに意味が見出せませんでした。当時、アーティストやスタイリスト、ミュージシャンたちがジャンルを超え、それぞれの要素をミックスして創作し、新しい概念を打ち出していました。僕も彼らのように、文化の十字路としての表現ができないだろうか、異なる時代の異なる文化や、アカデミズムとストリートなど一見対立するものを組み合わせて、二項対立ではなく新しい世界を見せられないだろうかとの思いが、制作のモチベーションになりました」

異なるアイデンティティが共生する世界

松山智一《We Met Thru Match.com》2016年 幅6mを超える大作。藤、牡丹、梅、岩に流水など日本の花鳥画のモチーフが満載。よく見ると、伊藤若冲を参照したと思われる白い鸚鵡も。

「僕の代表作《We Met Thru Match.com》は、狩野派や土佐派の屏風絵に見られる四季花鳥図などのイメージをスキャニングして再構築しています。そこに、僕自身が境遇にシンパシーを感じているフランスの画家アンリ・ルソーのジャングルを掛け合わせました。画面には2名の人物がいて、一人は座って手紙を書いている女性、もう一人は手紙を受け取った男性です。二人はメッセージを送り合っています。これは東西二つの文化が意思疎通を図っている情景に、世界最大の出会い系サイトの名前をタイトルに取り込みながら表現した、いわば異文化の十字路を示したい僕自身のセルフポートレートなのです」

他の作品にも曾我蕭白の「久米仙人」や田中一村のアダン、17世紀オランダの静物画、ジャック=ルイ・ダヴィド、ベラスケス、フリーダ・カーロ、ホックニー……枚挙にいとまがないほど美術史上の絵画の一部がサンプリングされている。その一つ一つを発見しながら鑑賞するのは、大きな楽しみだろう。

松山智一《The Fall High》2023年 古今東西で描かれ続けてきた騎馬像は、松山が長年取り組んできた重要なテーマの1つ。

松山の作品にはキリスト教を主題とした古典から近世の絵画が記号的に盛り込まれているものも少なくない。最新作「FIRST LAST」シリーズの中にも、ボッティチェリの《チェステッロの受胎告知》を彷彿させる作品がある。キャンバスの形自体も左右対称の祭壇画のような形にカットされている。幼い頃、両親とともに毎日のように教会へ行き、自認したくないほど教義が身体に染み付いているという松山だからこそ、いやがおうにもその影響がにじみ出ている。

松山智一《Passage Immortalitas》2024年 祭壇画を思わせる左右対称の画面中央に、受胎告知のようなシーン。室内空間は建築雑誌に登場するインテリア写真を複数組み合わせている。食べかけのピザやポテトチップスの袋、プロテインなどがとどまることのない現代人の欲望を示唆している。

「『FIRST LAST』はマタイ伝に出てくる言葉です。ブドウ農園の仕事に朝いちばんにありついた人も、夕方にやっと仕事にありついた人も、同じ賃金が払われたことを不公平だと訴える人に向かって、なかなか仕事に就けなかった人のそれまでの苦悩を考えよ、と諭したという話を例にとり、死ぬ間際の1分前に信仰心を持った人は、それまで誰よりも長く苦悩の中にいたのだから、いちばん報われなければならないとキリストは説きました。労働時間の多寡が対価に比例するという資本主義的な考えとは異質で、『最後に来た人がもっとも優先されるべきだ』という考えです」

本展で初公開となるポーセリン・フィギュアを巨大化したような立体作品群《Broken Kaleidoscope》の部屋で。天地・左右に鳥や花や羊飼いの人形がポーズをとり、アリスの不思議な国に迷い込んだよう。

とはいえ、松山の意図はキリスト教の教義を作品の中に展開することではなく、ましてやマイノリティーである自身の境遇を強調したいわけでもないという。

「承認欲求というよりも、存命欲求です。僕が20年間ニューヨークで地獄のような日々を過ごしてきた窮状をそのまま絵にするのではなく、アジア系もヒスパニックもユダヤ人もみんながアイデンティティを持ってここに存在しているのだということを表現したい。作品を通してあらゆる人間の存在意義を称賛するのが僕の願いです」

ステンレス鋼の立体作品《Dancer》2022年。この展示室には他に2点の立体作品と壁面に絵画が展示され、鏡面仕上げの8本の角柱がランダムに立って、周囲を映し出す。「僕の作品がようやくギャラリーで発表されるようになると、途端に富裕層のみに囲まれることに違和感を覚え、パブリックアートの制作に関心を寄せるようになりました」

トランプ新政権が誕生し、多様性や持続的社会を否定する方向に舵を切ったかのようなアメリカ。混沌とした世界で松山のメッセージは真実味を帯びて迫ってくる。本展のあともアメリカとヨーロッパ各地で個展を予定している松山は、「FIRST LAST」という言葉に日本での大規模個展が最初で最後になるかもしれないという意味も込めたと語った。母国日本での開催に特別な思いを持って臨んだという展覧会は、そのカラフルな色彩の中へ来場者が没入するような体験もできるとあって話題になりそうだ。

「鏡面仕上げのステンレスのサークルは日本の銅鏡にヒントを得て唐草模様があしらわれているが、西欧では光り輝くものはラグジュアリーの象徴でもある」と松山は語る。

「互いの異なる意見を突き詰めあっても一向に解決しません。そうではなくて異なる価値観を大事にしながらもっと俯瞰した目を持とうということが、僕が作品を通して訴えたいメッセージなのです」

松山智一 屋外展示/鹿の角をかたどった《Double Jeopardy!》(左)と《Wheels of Fortune》(右上)に、千羽鶴からヒントを得た抽象画を中に取り込んだコンテナ作品《All is Well Blue》を組み合わせた。日本の神道では神の使いとされる神聖な鹿と、ラグジュアリーを象徴する輝きを重ね合わせたステンレス製の彫刻作品。一方コンテナ作品は能登大地震で被災された人たちへの祈りを込めて制作したもの。ライトボックスで絵画が光る。麻布台ヒルズというラグジュアリーブランドを含めた複合施設に、重層的なメッセージを放つ(屋外展示は麻布台ヒルズ 中央広場にて4月末まで)。

松山智一展「FIRST LAST」


期間=開催中〜5月11日(日) 会場=麻布台ヒルズ ギャラリー(麻布台ヒルズ ガーデンプラザA MB階) 開館時間=10:00〜18:00(金・土・祝前日〜19:00、入館は閉館時間の30分前まで)会期中無休 入館料=一般2,200円(オンライン)、2,400円(窓口)