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落合陽一「ヌル庵:騒即是寂∽寂即是騒」@Gallery & Restaurant 舞台裏(〜3/17)

東京で最も新しく最も注目を集めている麻布台ヒルズ。その一角にあるユニークなアートスペース「ギャラリー&レストラン舞台裏」でメディアアーティスト落合陽一の、あらゆる意味で彼らしい、彼でしかなし得なかった展示が行われている。彼はどんな思想で、このカッコいい茶室を生み出したのか。

Text & Edit by Yoshio Suzuki
Photo by Ryo Yoshiya
courtesy of The Chain Museum

昨年開業した麻布台ヒルズの中にささやかだけれど、ユニークで明確なコンセプトを持ったアートスペースがある。The Chain Museumが運営する「ギャラリー&レストラン舞台裏」だ。The Chain Museumはアーティストと鑑賞者やコレクターの間に築く新しいプラットフォームArtStickerを運営し、また、これまでの美術館の在り様とは異なる小さくてユニークな街に点在するような美術館を設置・運営する活動などを行っている。

「ギャラリー&レストラン舞台裏」はそれほど大きくない展示スペースと背後に飲食店を併せ持つ施設。オープニングの展示では近年国内外で急速に人気の高まった加藤泉の堂々たる立体作品を見せ、ひときわ大きなインパクトを与えた。

その展示第二弾が研究者でメディアアーティストの落合陽一の体験型インスタレーション「ヌル庵:騒即是寂∽寂即是騒」だ。千利休作と言われる国宝の茶室「待庵」に準えた茶室だが、落合が立てたユニークなコンセプトやアイディアに溢れている。会期中は事前予約制、先着順で茶事が体験できる。なお、展示を見るだけなら無料。

待庵の図面を参照している2畳の空間。フレネルレンズで囲われていて、LEDの光が行き交う。躙口側から茶室全体を見る。

光と音の表現でこんな茶室を出現させた。茶会はある種のトリップ感を催す儀式と捉えることもできるが、茶室自体が覚醒させてくるような作りではないか。壁にかかった作品はもちろん、室内の設えにも落合独特の趣向が凝らされている。また水屋の棚に見立てたスペースに置かれているものなども見ることができ楽しい。個々のものにはそれぞれ理由がある。

また、このスペースはもともとギャラリー&レストラン、ということは厨房を水屋にしてお茶の点て出しができるし、小さなガーデンスペースが隣接していて庭として使うことができ、そこに待合も作られ、手水鉢もあり、煙草盆も置いてあり、気分を盛り上げる。

隣接のガーデンスペースを露地に見立て、活用したのはさすがである。

この「ギャラリー&レストラン舞台裏」主宰側の一人である遠山正道とアーティストの落合陽一の対話を聞いてみよう。

遠山 以前にあるプロジェクトで一緒したとき、この場所のことを話したことからこの展示は始まったんですよね。茶室というアイディアをすぐに出してくれました。

落合 飲食店と一緒のスペースと聞いたので、お茶をやりたいって思ったんです。

遠山 ここはギャラリーがあって、その裏に飲食店があって、何かのインタラクションが生まれるところが普通のギャラリーと違います。茶室は確かにそうだし、そういう体験のような形のものはすぐに馴染むと思いましたね。

落合 飲食店がいわば水屋でその棚には釜や柄杓、茶碗の箱が置いてあります。その横にはカメラのライカの箱やシンセサイザーの箱とかも。ライカで撮影するし、音はシンセサイザーで作るのでこれらもお道具というわけで。それに舞台裏だから。

落合陽一と遠山正道。フレネルレンズ越しに。透過と反射と投影。Photo by Yoshio Suzuki

展覧会解説ボードにはこんな説明が書かれている。

「落合は近年茶文化への深い興味を持ち、2017年から制作を開始した日本科学未来館常設展『計算機と自然、計算機の自然』には『デジタルにオーラは宿るか?』として16代吉左衞門の茶碗(惣吉時代・赤茶碗)が展示され、重量と形状を模した金属プリントとの体感的差分を批評する展示が展開されています。また廃棄プラモデルのランナーを用いて制作された《可塑庵(ぷらあん)》(2021)では国宝・待庵の再解釈として現代サブカルチャーにおける接続可能性について探究を続けてきました。また月刊『淡交』の連載・『稽古録』として茶の湯を学ぶ過程を写真撮影とともに連載しました。その過程で撮影された初代長次郎の器のプリント作品がライカギャラリーでの写真展『晴れときどきライカ——逆逆たかり行動とダダイズム』(2023)にて展示されるなど頻繁に落合の活動や展覧会には茶のモチーフが出現します。」

落合 ひたすら毎日、稽古して、僕が撮った写真を使って、内容を書くという連載をずっとやっていて、頭にばっかり入ってくるわ、でも腕は上達しないという、本当にナマグサ茶道になっていったんですけど。表現など間違えるとすごく指摘が入るんです。おかげで茶道の人とは仲良くなれました。

落合流ツアー形式の茶事体験(薄茶、主菓子、お土産付)はArtStickerのサイトから事前申込制。

——今回の茶室はレンズと有機的な変動ミラーとスピーカーで構成したそうですね? 「ヌル庵:騒即是寂∽寂即是騒」という名ですが、0とか、無ということでしょうか?

落合 「空」ですね。色即是空 空即是色。般若心経です。ヌルヌルしてるというのにも掛けています。そして、見えることを音に置き換えて、騒即是寂 寂即是騒。うるさいことは静かで、静かだということはうるさいということ、静寂って重要だなと思いながら茶を飲む。見るものといえば、斜めに投影されたものを、もう1回斜めのフレネルレンズが拾って投影している様子。プロジェクターがあるわけではなくて、LEDが光っていて、プロジェクションしています。レンズを通してアナログに撮影したものを変換してデジタルに置き換えて、もう1回アナログのレンズを通して作っていて、つまりモチーフとしては光の波の変化をミラーやレンズやLEDを使って置き換えて、全体にヌルヌルした触感のようになっている。床に置いてあるのも魚で捩れていることとか、掛けてある絵を見てもそうだし、イルカだったり、サバの背中の体表画像だったりするんです。

遠山 もともと落合さん、波は作品テーマですからね。

落合 はい。音の波も光の波も体で感じていただきたいと思っています。

壁には「Re-Digitalization of Waves」シリーズの作品が。こちらは購入可能

波は落合の主要なテーマであるが、夢(希望とかではなく、実際に眠りのときの夢である)もキーワードであることがわかる。アーティストステートメントの書き出しにも「一炊(いっすい)の夢」が登場するし、作品にはモルフォチョウのイメージを使ったものがあり、それも中国の説話の「胡蝶の夢」に繋ぐ役割をしている。

「自分は蝶になった夢をみていたのだろうか、それとも夢でみたと思っている蝶こそが本来の自分であって、現実だと思っている今の自分は蝶が見ている夢なのか」。中国の戦国時代、宋の思想家、荘子があるとき、夢の中で蝶としてひらひらと飛んでいた。目が覚めたときにふと感じたそんな疑問。それを「胡蝶の夢」という。

写真作品《計算機自然観,海と空の点描:鯖》。上から見ると海中に溶け込み、下から見上げると空に溶け込む鯖の体表を捉えた作品。

アーティストからのステートメントの書き出しはこうなっている。

「人生は一瞬の夢のようで、同じ時間も同じ空間もまたとない。死の静寂と生の喧騒はまどろみあって共にあり、一炊の夢のような人生もまた森羅万象に内包されている。酔生夢死、見聞に膠すれば社会は日々の人生の喪失を忘れさせてくれるが、茶の湯のひとときは万物への絶え間ない想起を豊かに取り戻してくれる。」

「同じ時間も同じ空間もまたとない」はまさに、「一期一会」。そのとき在るその状況は二度と巡ってはこない。一生に一度の出会いである。この機会は二度と訪れることはないのだから、そのときを大切にせよという教えである。

「一炊の夢」の「一炊」は、飯(ここでは米ではなく粟または黄粱)を炊く時間のこと。唐の時代、立身出世を願う盧生(ろせい)という青年が、旅の途中、邯鄲(かんたん)という町で出世がかなうという枕を借りて眠った。そこで見た夢は、美しく才長けた妻をめとり、栄耀栄華をきわめるというものだったが、その夢から覚めるとまだ、粟すら炊き上がっていない短い時間しか経過していないのであった、という故事から、人生の儚さを諭す言葉。

文中の「見聞に膠(こう)すれば」というのは、「見聞きするものにとらわれると」というような意味。

研究者でメディアアーティスト、落合の茶室でどんな最新科学の仕掛けが見られるのだろうかと思い訪れ、そこで読んだステートメントには中国の故事にも通じた彼の教養が見えるそんな文章でこちらは掴まれる。

コンピュータによってAIで絵が描けたり、映像ができたり、形ができたりなどいろいろなものが移り変わる現在を思うと、アジアで受け継がれてきた物語が思い浮かび、それは茶室で我々が夢想していることに近いのではないかと落合は言う。そして意外にもそのことはデジタルの文脈で語られてないことに彼は気づいた。茶道や中国の故事やアジアの哲学と、先端のデジタル的思考が落合の中で結びつく。荘子が説く「逍遥遊」が茶の精神に通じているとも。「逍遥遊」とは目的意識に縛られない自由な境地のことであり、その境地に達すれば自然と融和して自由な生き方ができるという言説である。

落合陽一「ヌル庵:騒即是寂∽寂即是騒」


会期=開催中〜3月17日(日)
会場=Gallery & Restaurant 舞台裏
*スペース内の作品は無料でもご鑑賞いただけますが、全作品の観覧・茶室への入場には、日時指定の茶事体験チケットが必要となります。

● 落合流ツアー形式の茶事体験チケット販売中(薄茶、主菓子、お土産付)
時間=11:00〜17:00の間、毎30分ごとにスタート、所要時間約30分
参加費=一般:2,500円(税込)
*落合流ツアー形式の茶事体験(薄茶、主菓子、お土産付)
定員=各回3名

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鈴木芳雄|Yoshio Suzuki
編集者/美術ジャーナリスト。明治学院大学非常勤講師。雑誌「ブルータス」元・副編集長(フクヘン)。共編著に『村上隆のスーパーフラット・コレクション』『光琳ART 光琳と現代美術』『チームラボって、何者?』など。雑誌「ブルータス」「婦人画報」「ハーパーズバザー」などに寄稿。