Two Lovers, in Structure

今知っておきたい、ジェネラティブ・アートとは?〜新虎通りの壁画制作プロセスに学ぶ

虎ノ門ヒルズを背に新虎通りを新橋方面に向かう。西新橋2丁目南の交差点脇、左手の東京電力愛宕変電所の建物壁面にミューラルアートが現れる。タイトルは《Two Lovers, in Structure》。アメリカはテキサス州出身のアーティスト、タイラー・ホッブスが手がけた作品だ。プログラミングによって絵を描くジェネラティブ・アートの第一人者のひとりに数えられる彼が、ジェネラティブ・アート作品を下絵に刷毛とペンキを駆使して壁面に描いた。完成した作品を前に話を聞いた。

Text & Photo by Ryohei Nakajima

壁全体をキャンバスに見立て、絵を描いていく様子をタイムラプスに記録

——ジェネラティブ・アートとは、最近話題になることも多いAIとも深く関わるアートの分野です。アルゴリズムや数学的システムを設計して、そこから絵を自動生成するこの表現とはどのように出会ったのでしょうか。

ホッブス 小学生の頃から絵画教室に通い始め、モネやファン・ゴッホの作品を模写しながら絵を描くことに魅了されていきました。その後、ペインターとして活動すると同時に、プログラミングを学び、プログラマーの仕事もする中で、これを取り入れて新たな絵を生み出せるはずだと思ったのがコンピュータでアートをつくり始めるきっかけです。その頃はまだジェネラティブ・アートというジャンルも知らず、コンピュータと絵をうまく組み合わせて新しいアート表現が創れるはずだと手探りする毎日でした。

「見つめ続けたくなるパターンになっているかどうか」がジェネラティブアート作品の鍵だと語るホッブス。

完成した作品にサインを入れ、作家がその場と関係をもち続けるのがパブリックアートの醍醐味のひとつだ。

——それが何年ごろの話でしょうか。

ホッブス 初めてパターンを自動生成するアルゴリズムを書き、抽象絵画の作品を完成させたのが2014年です。最初の作品を完成させてからのめり込んで調べ始め、ジェネラティブ・アートいうジャンルがあり、何名かのアーティストが存在することを知りました。まだそれほどメジャーではなく、ジェネラティブ・アーティストも多くなかったので、あまり影響を受けずに自分のスタイルを追求できたのはよかったですね。

——それ以降、ブロックチェーン上でのNFT(非代替トークン)アート作品の発表と並行して、そうしたジェネラティブ・アート作品をもとにミューラルアート(壁画)も手がけるようになりました。今回新虎通りで作品を制作することになった経緯を聞かせてください。

ホッブス アーティストとしてアトリエで作品を制作したら、ギャラリーなどで限られたオーディエンスに向けて作品を発表し、コレクターに作品を購入してもらうのが通常の流れです。そうしてコレクターと出会うのは素晴らしいことですが、パブリックアートを手がけると、さらに多くのオーディエンスと作品が出会うことができます。今回、どこかでミューラルを制作したいと思ってロケーションを探していたら、私の作品を購入してくれたコレクターのひとりが、「森ビルに知り合いがいるので相談してみたら?」と関係者を紹介してくれました。東京でできるなんて本当にラッキーですよね(笑)。森ビルの方とすぐにやり取りを始め、絵を描ける壁のリサーチや、制作許諾や制作用リフトの手配などをしていただきました。

——絵を描ける壁が決まってから、コンピュータで描き始めたのですね。

ホッブス そうですね。すごく綺麗で大きな壁なので色々と描ける可能性を感じましたし、また、壁の3分の1以上は描いてはいけないという規制もあったので、そこにどう取り組むかというやりがいもありました。壁面のどこかを塗りつぶして絵を描くことも考えましたが、余白を残しながら壁全体を絵とするほうが規模の大きな作品ができると思い、その方針でプログラミングに取り組みました。

——ジェネラティブ・アートのプログラミングというのは、色やサイズであったり、パターンの繰り返しであったり、図柄をどのように表出させるかを文字列で入力し、そこからイメージが自動生成されるルール、コマンド(命令)のようなものですよね。プログラミングを作成するプロセスを聞かせてください。

タイラー・ホッブス|Tyler Hobbs テキサス州オースティン出身のアーティスト。ジェネラティブアーティストにおける第一人者で世界的評価も高い。今回のミューラルアートでは彼の代表作「Fidenza」と同様、プログラミングで生成したアートを壁面に描く。海外でのミューラルアートの実施歴はあるが、国内は今回が初となる。

ホッブス この壁は左右ふたつのセクションに分かれているのが特徴のひとつです。その構造を利用しながら壁全体を使ってどう絵を描くか考えたときに、左右の絵が作用しあって、画面全体に動きが生まれるようなイメージを思い浮かべました。今回は壁ですが、画面のサイズや形状と、そこにどのようなイメージを表出させるかというアイデアがジェネラティブ・アートのキーとなり、チャレンジになります。その際に、あまりに限定的なルールを決めるのではなく、ランダムに色やパターンが生まれるプログラミングを考える必要があります。限定的すぎると、自分でただ絵を描くのと変わりませんから。

——今回の作品でも、ホッブスさんが思い浮かべるイメージと、AIによって自動生成される予想外のイメージが組み合わさることを想定されたのですね。

ホッブス そうすることで、自分にとって作品から驚きが生まれるのもジェネラティブ・アートの楽しみのひとつです。たとえば、単純なパターンを生み出すアルゴリズムは簡単に書けます。しかし、ドットがただ規則的に続くようなパターンを絵にしても退屈でしょ(笑)? 一方で、なんの規則性もなく完全にランダムなだけのパターンでは、理解しにくいし、単なるカオスであって絵とは呼びにくいかもしれない。そのバランスを見極めるために、円の大きさと異なる色を組み合わせて、それぞれがどのように作用しあい、動きのある絵が生まれるかを考えてプログラミングを行いました。

——一定のパターンを生み出すアルゴリズムが、そうして微調整を行いながら完成するのですね。

《Two Lovers, in Structure》 15.7m×10.5mの壁に計900個近くに及ぶ円が描かれ、躍動感が生み出された。写真提供:森ビル

ホッブス この作品でいうと、たとえば小さな白い円がたくさん描かれたパートの下に、濃いピンクと薄いピンクの円が描かれている部分がありますよね。これはそういうレイアウトや色の順序をコマンドとして書くのではなく、「どのサイズのどの色の円を使う」「どの色を画面の何%ぐらいに描く」などの、すごく曖昧なルールを組み合わせることでAIにビジュアルを生み出してもらうのです。微調整しながら、最終的には1000枚近くの絵をアウトプットして、この壁にとってベストなイメージを採択しました。

——そうしたプロセスを経て、壁のふたつのセクションの絵が作用しあうような作品が完成し、《Two Lovers, in Structure》というタイトルが決まったんですね。

ホッブス テキサスのアトリエで下絵をつくり、東京に来て壁に向かって絵を描いている最中にようやくタイトルが決まりました(笑)。壁の左右のセクションがキャラクターとなって、恋人同士の対話を交わしているようなイメージが思い浮かんだんです。

——抽象的なイメージにそうしたタイトルが付き、詩的な印象が生まれるのは素敵です。

ホッブス アートに役割があるとしたら、そのひとつは人々の暮らしに楽しさや喜びを生み出すことだと思っています。パブリックアートは特にそうで、ここを通る人が抽象的なイメージから恋人たちの対話を思い浮かべたら楽しいですし、全然違ったことを想像してもいいと思います。

——プログラミングによって絵が生まれるシステムをつくることから、絵具で壁に絵を描くことまでも含めてのジェネラティブ・アートなんですね。

ホッブス プログラミングと刷毛や塗料を用いた実作業が組み合わさることが、パブリックアートの一番の楽しみです。プログラミングから生まれた絵はとても厳密なものですが、それを手で描いたときに完璧に再現することはできませんし、そこにニュアンスが生まれて温かな印象が加わります。コンピュータで生まれた作品が、壁に描かれることで人間味を帯びてくる。作業をしながらそんなことを感じましたし、そうして生まれた作品が時間をかけてこの街と関係をもっていけたら嬉しいですね。

新虎通り ミューラルアートプロジェクト
《Two Lovers, in Structure》


ゲストアーティスト=タイラー・ホッブス|Tyler Hobbs
制作期間=2023年4月19日〜26日
公開期間=常設
会場=東京電力パワーグリッド株式会社所有建物
住所=東京都港区西新橋2丁目

虎ノ門ヒルズのパブリックアート


虎ノ門ヒルズを歩くと、いろいろなところにアートが展示されていることに気がつくはず。グローバルハブを目指す虎ノ門ヒルズは、カルチャ―の発信地としての役割も担っていきたいと考えています。 ここに集まったのは、いずれも現代を代表するアーティストの作品です。それぞれが東京、虎ノ門ヒルズのあるべき未来に思いを馳せ完成させました。ここでは、アートは生活の一部です。美術館のような作品を揃えながら、美術館以上にそれを身近に感じることができます。ここからアートと人の新しくて素敵な関係が生まれることを期待しています。