鳥たちは後ろ姿なので、攻撃をしてきたり、あるいは逃げようとしたりはしない。それは触れれば柔らかそうであり、複雑な触り心地がするだろう。こちらに背を向けているということは彼らとわれわれは同じ方向、同じものを見ている? それは最果ての地、火山と灯台の島国、アイスランドの風景を見ているのだ。
TEXT BY YOSHIO SUZUKI
COPYRIGHT: RONI HORN
COURTESY OF THE ARTIST,
TAKA ISHII GALLERY AND HAUSER & WIRTH
不思議な写真と思うだろう。初めから種明かしをすると、これは野鳥の後ろ姿である。おそらく同じ種の鳥が2羽ずつペアになっている。1羽の鳥を角度を変えて撮っているようでもあり、2羽いるのかもしれない。2羽は仲間なのか、あるいは番いなのか。もしかしたら、夏と冬で羽が生え変わる種のその季節違いの姿の組と思えるものもある。
さらにネタをバラしてしまうと、これは野鳥の剥製を撮影したものだ。ここに登場する野鳥たちはかつてアイスランドに生息していた。すべて後ろ姿であり、首から上の部分なので、彼らがどんな鋭い眼をしているのか、くちばしはどのような形状をしているのかもわからない。意外にやさしい顔をしているのだろうか、あるいはやはり怖い顔をしているのか。
この写真作品を見ているわれわれと、写真の彼らは同じ方向に向いているわけで、ということはわれわれは彼ら(の後ろ姿)を見ているのではあるが、もしかしたらその先にあるものを一緒に見ているのかもしれない。彼らは何を見ていたのだろうか。アイスランドの景色? 水平線?
鳥たちの柔らかそうな体、後頭部のなめらかな輪郭、優美な曲線と色彩、そのものだけが持つテクスチュア。大判カメラによって緻密に撮影されているのでそれが伝わる。一方で、後ろ姿であり部分であるため、被写体の生物種特定の情報や動物なら発するはずの感情、それが現れる表情は伝わらない。それだけに見る側のわれわれの想像の力が高まってくる。その場の正しい現実を措いておき、見る側をかき立てる不正確かもしれない想いや感情こそが大切だと言うかのように。
撮影したのはロニ・ホーン。アメリカを代表する現代美術家の一人である。1955年生まれ。ニューヨークを拠点に活動している。写真、立体作品、ドローイング、パフォーマンス、本など様々なメディアを駆使し、コンセプチュアルな作品を制作してきた。
これらは野鳥を撮った「Untitled (bird)」シリーズで、すべて北大西洋の島国、アイスランドで撮影されている。
1975年から今日に至るまで、人里離れた辺境の風景を求めてアイスランドの国内をくまなく旅してきたロニ・ホーンにとって、そこは特別な土地である。その地が与えてくれたものは多かったに違いないが、とりわけ「孤独」が作品に、そしてそれを生み出した彼女の人生に大きな影響を与えたのである。
アイスランドに初めて訪れたときからロニ・ホーンはすぐにそこに魅了された。以後、定期的に滞在し、作品制作を行なっている。現在も刊行が続くシリーズ「トゥー・プレイス」(1989年〜)、彼女とアイスランドの関係を本の形にして作品化したもので、アイスランドの灯台の中に2カ月も滞在して制作された水彩ドローイング集『ブラフ・ライフ』をはじめ、風景や動物、人々など、その地で撮影された写真が収められている。さらに、地図などのアイスランドにまつわる印刷物を素材として、火山活動によって形を変え続けるこの島の形を、流動する思考の軌跡として、ドローイングによる作品も制作する。
先人たちが作ったこの島の地図を素材にしたり、形を変えていく島の様子を描き、そこに棲む動物や人間を撮影すること。過去から現在への記録を本の形の制作物にしている。本人はそこに作品として新たな1冊を加えるごとに、より不完全になっていくと語っているそうだ。アイスランドを知れば知るほど、捉えれば捉えるほど、その尽きることのない奥深さを思い知るということだろうか。
なお、箱根のポーラ美術館では3月30日(水)まで、「ロニ・ホーン:水の中にあなたを見るとき、あなたの中に水を感じる?」が開催されており、そこには「トゥー・プレイス」も展示されている。
鈴木芳雄|Yoshio Suzuki
編集者/美術ジャーナリスト。明治学院大学非常勤講師。雑誌「ブルータス」元・副編集長(フクヘン)。共編著に『村上隆のスーパーフラット・コレクション』『光琳ART 光琳と現代美術』『チームラボって、何者?』など。雑誌「ブルータス」「婦人画報」「ハーパーズバザー」などに寄稿。
SHARE