絵を描く人、彫刻を彫る人、映画をつくる人。それぞれのやり方で作品に世界を収めていく、あるいは映し出す。大竹利絵子は、彫刻家が現実の世界と作品をどう向き合わせているのか(もちろん彼女の場合の)を教えてくれる気がした……とかいうと面倒な話のようだが、それを措き、彼女の生み出す木彫はただ愛しい。生のぬくもりを感じる。
TEXT BY YOSHIO SUZUKI
PHOTO BY HIDEHIKO OMATA
COPYRIGHT: RIEKO OTAKE
COURTESY OF TOMIO KOYAMA GALLERY
大小さまざまな木彫作品がギャラリーに並んでいる。十数点はあるだろう。それらはどれも彩色されていない素木仕上げだ。素材は樟や朴、桂などだという。鑿(のみ)あとが残るものも多く、それが独自の存在感を呼んでいる。作品のモティーフは人物(少女が多い)や鳥、人と鳥の間のような動物、それらが組み合わされている。
一体ごとの人物は写実的に作られているけれど、大きさ(縮尺)の違う人間が組み合わさっていたりするので、現実とは違う不思議な感じである。大きな鳥を背負っていたり、大きな鳥と抱き合っているものもある。鳥の背に乗って一緒に飛ぼうとしていたり、鳥にしがみついているかのようなものもあり、一層現実から離れていて、しかし、だから、物語や夢の中の出来事に見る者を飛ばし、目の前のそんな作品に引き込んでいる。
体の動きはほとんどなく、直立してたり、正しい姿勢で椅子に座っているものが多い。その様子はまさに凛としている。感情は出していない。表情は穏やかだが、眼差しが意思の強さ、あるいは慈しみをたたえている。
作者は大竹利絵子。6年ぶりの個展になる。展覧会を心待ちにしていたコレクターや根強いファンも多い。
大学の学部時代に基礎的なレベルで石や金属などさまざまな素材を学ぶのだが、木を触ったとき、他の素材と手応えが違ったという。それ以降、木に深く入り込むことになり、今日のような作家活動に通じている。
モティーフとしては、身近であるものだ。そして誰にとっても、かけ離れたところにいないもの。だから、おもに少女とか鳥とか。誰もが今いる場所を見上げれば空があり、空には鳥が飛ぶ。人も近くにいるだろうし、誰もがかつては、少女や少年だったのである。
「見る人が自分を投影できるようにと考えています。映画にたとえて言えば、観た人の中で育っていくのが良い映画のひとつのあり方かと思います。その人の心のなにかに引っかかるものが必要かと。そういうものが散りばめられていることが大切で、それがあることで作者の意図を超えたところで作品がつくられていきます」
映画が事態の変化や感情の起伏を時間に乗せて、見る者がそこに想いを重ね合わせていく時間モデルなのに対し、彫刻という無時間モデルの表現では、たとえば、感情の表現を抑える表現が要件となってくる。そこが難しいところであろうし、彫刻が備えた幸福なのかもしれない。
それと同様に、彩色をせずに素木仕上げのまま見せるというのも、見る側のイメージする力を重んじてのことだろう。作者側が主導権を握りすぎてしまわないこと。そのことに慎重なのである。
大竹はあるインタビューでこんなことを話している。
「(作品を制作しているときに)自分がつくったのだけれど、なんでこうなったんだろうかと。自分がやったものではないような感覚がいつもあって……」
つくりだしているとともに、探しているという言い方もしていたのも印象的だ。
これを聞いたときに、夏目漱石『夢十夜』の「第六夜」の話を思い出した。夢を回想するという形式をとる短編連作のうちの一話だ。
鎌倉時代初期の仏師、運慶が仁王像を彫っている。その姿を見物していた自分はその見事さ感心して独り言を言ってしまった。すると一人の若い男が「あれは、木の中に埋まっている仁王を掘り出しているだけだ。それはまるで土の中から石を掘り出すようなものだから間違うはずがない」と嘯くのだ。そういうものかと家に帰って、樫の木を次々に彫ってみたが、何度やっても仁王は出てこなかったという話。
作り話の中の例え話で、そもそも夢で見たという話なのだが。このことを大竹にあらためて聞いてみた。もちろん、仏師(仏像をつくる人)の仕事とアーティストの創作は違うのだが。
「つくるということは自分がやっているけれども、自分でないものに動かされている感覚というものもあるんです。作品に向き合ってその都度、自分が選択して決めていくのですが、あるときは委ねて、あるときは何かを見出しながら手を動かしています。作品との距離を上手く取ることが木彫の醍醐味を引き出すことへ繋がります」
確かに小さなマケット(試作模型)をつくり、それをもとに大きな実作をつくるということはしないという制作の姿勢からのそのことはわかる。大竹は最初から実作品を彫るのだ。
もう一つ、大竹に聞きたいことがあった。それは日本において、木彫をやることの特別な意味合いについてだ。というのも、仏教伝来時には仏像は石や金属でできていたものが主流だったはずなのに、日本というのは特異的に木彫仏が発達した土地だからだ。
これは仏教以前の古代からの信仰では日本では山や滝、大木などを信仰の対象として祀ってきていて、たとえば、その聖なるもともと魂の込められた樹木があって、それを材料とした木彫仏が信仰を集めやすかったというのがある。もちろん、日本ならではの木材資源の豊富さ、もともと加工技術が進歩していた。繰り返すが、仏師とアーティストの仕事を一緒にすることはできないとわかった上でだ。
「信仰ということを措いて、造形的な目線だけで見ても、仏像は彫刻として、大きな魅力も感じます。共感も。自分がつくるものとは、正面性が強いとか、厚みがあるとか、動きが静かであることなどから、共通点を見いだされることもあるとは思います」
本展タイトル「あなたはどこから来たの?」。「あなた」とは誰でしょう? この彫刻を見ている鑑賞者? あるいは、彫刻になった人が傍らの鳥や人に話しかけている? それとも「あなた」と言いながら、自分(たち)に話しかけている? そうだとすると有名な画家の有名な絵『わたしたちはどこから来たのか わたしたちは何者か わたしたちはどこへ行くのか』とも同じような意味合い? そう感じたのは大竹のこんなコメントを読んだからだ。
「自分を含め、いずれ消えゆく身体や意識への想いが、彫刻を扱う上で重なっていったように思います。それらは永遠ではないということを受け入れた上で、彫刻という表現で何を残すことができるかが自分への課題なのかもしれません」
鈴木芳雄|Yoshio Suzuki
編集者/美術ジャーナリスト。明治学院大学非常勤講師。雑誌「ブルータス」元・副編集長(フクヘン)。共編著に『村上隆のスーパーフラット・コレクション』『光琳ART 光琳と現代美術』『チームラボって、何者?』など。雑誌「ブルータス」「婦人画報」「ハーパーズバザー」などに寄稿。
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