名画の中の人物などや歴史上の傑人に扮した写真によるセルフポートレートを作品とする森村泰昌と、創作の拠点をヴェネツィアのムラーノ島に置き、吹きガラスによる作品を創作する三嶋りつ惠。コンセプトも素材も手法もまったく異なる作家による二人展「わたしはどこに立っている」が反響を呼んでいる。
TEXT BY Yoshio Suzuki
PHOTO BY SHIGEO MUTO
COPYRIGHT: YASUMASA MORIMURA, RITSUE MISHIMA
COURTESY OF SHUGOARTS
展覧会のタイトル「わたしはどこに立っている」は、松本竣介(1912年-1948年)の自画像に森村が扮した《青春の自画像 (松本竣介/わたしはどこに立っている 1)》が主要な作品になっていることによる。森村はこれまで40年近く歴史上の画家たちの自画像に描かれた画家になることを大きな課題としてきた。ここにまた新たな展開があった。
今回のキーとなる作品から見ていこう。松本竣介の自画像だ。松本は戦前、戦中、戦後の一時期に活動した画家。その作品は東京国立近代美術館、京都国立近代美術館、神奈川県立近代美術館、岩手県立美術館などに収蔵され、今も多くのファンを持っている。森村作品のもとになったのは《立てる像》1942年(神奈川県立近代美術館蔵)である。
この松本の自画像である《立てる像》は1942年の二科展に出品された。サンダル履きだが堂々と立ち、はるか後方には小さな人物と二匹の犬がいる。背景の3分の2は空であることが孤独感を強めている。もともと自画像に力を入れ、レンブラントの自画像の模写を残している松本はこのほかにもいくつかの自画像や家族との肖像を描いていたが、自画像はこの絵が最後になった。この絵について森村はこう言っている。
「松本が童顔に見えますね。子ども時代の悲しさがあるというか。30歳のときの作品ですが。ファンタジーの要素もあります。松本は東京で生まれていますが、岩手で育っているので、僕の中では同じく岩手ゆかりの宮沢賢治の感性と重ね合わせてしまうところがあります。そのあたりも好きですね」
松本の悲しさ、憂鬱はどこにあるのか。太平洋戦争開戦から8カ月ほど遡る1941年(昭和16年)4月、美術雑誌『みづゑ』434号に軍部と美術評論家によって「国防国家と美術」という座談会が持たれた。内容は、芸術家も好き勝手に絵を描くのではなく、国家に貢献できるような仕事をすべしと軍部が主張し、それに対し、なんと美術評論家たちもおおむね賛同していた。そんな軍部による美術への干渉に抗議、反論する形で松本は『みづゑ』437号に「生きてゐる画家」という文章を発表したのである。このことについて、森村は著書の中で説明している。
「竣介は、軍国化していく国家にたいして全面的に対立しているわけではない。国家や民族という枠組みにたいする批判を持ちだしているわけでもない。いわんとしていることは、国家への貢献というのも多様であって、それを単一の色で塗りつぶすようなことには反対だということである。」(森村泰昌『自画像のゆくえ』光文社新書 2019年)
そして、森村はこういう作品をつくった。
松本の絵とほぼ同寸でつくられたこの作品。これを見た三嶋は語る。
「松本竣介のことは知らなくて、森村さんに教えてもらいました。この作品を見たり、松本のことを調べたりして、自分が作るべき作品のイメージはすぐに浮かびました。軍国主義が台頭して、いやでも大きな戦争の足音が聞こえてくる難しい時代。そんな時代にありながら、意志をもって立っている。森村さんが扮した松本は、不安な状況のなかでも、何か先にある一点の光を見つめているように思います。私が普段制作する作品はどちらかというとどっしりと座っているものが多い中で、今回はやっと“立てた”というような作品に挑戦したいと思いました。この絵のようなそういう作品を」
三嶋は1カ月〜1カ月半くらいの周期で日本とイタリアを行き来しているのだが、今回のこの宿題をヴェネツィアのムラーノ島に持っていって、ガラスの職人たちと話し合いながら、彼らとのコラボレーションでつくりあげた作品がこれである。
3点で自立するこのオブジェが三嶋の「立てる像」である。そして、今回、森村と三嶋の作品を組み合わせて展示するとこうなる。
森村が題材とした、というか自分の作品のために引き受けた画家の自画像があり、それにインスパイアされて、三嶋が透明なガラスのオブジェを作る。それをギャラリーで同時に展示する試み。松本竣介のほかにはヤン・ファン・エイク、アルブレヒト・デューラー、レオナルド・ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジオ、フィンセント・ファン・ゴッホの自画像がもとになり、森村と三嶋の手になった作品がならぶ。
三嶋「ヤン・ファン・エイクの作品では登場人物や天使が真珠や宝石の散りばめられた宝飾品をつけていたり、持っていたりする。球体とか輝けるものを自信をもって描いてると感じました。そんなファン・エイクにこのオブジェを捧げたら喜んでくるだろうなと考えながらつくりました。ボンボニエールのような容器にたくさんの珠が入っていて、絵から飛び出したように蝶も一頭います。今回の機会はふだん、自分だけの発想ではつくらないものをつくる楽しみを得ました」
三嶋「デューラーはカーリーヘアが印象的でした。さらにリサーチして、銅版画も多く見ていきました。縦、横に引かれる繊細な線が好きですね。それに触発されて、線が光っているようなものを制作したいと思い、こうなりました」
森村「カラヴァッジョはぜひ出したいと思ったんです。この作品から、三嶋さんはどういうものを作るかなと。すると、なんと、首を置く盆をつくってきました。展示では高さを調節して、ちょうど盆に首がのるようにしてあります」
三嶋「これは一つの祈りのような空間をつくりたいと思ってこういう水盤にしました」
このほか、さらに、レオナルド・ダ・ヴィンチ、フィンセント・ファン・ゴッホをテーマにした二人の作品が展示中である。
それぞれの画家の自画像に差し替わったかのような森村の作品があり、その作品を三嶋は見て、それをきっかけに、そもそももとになった作品やその画家やほかの作品についてリサーチもし、森村の見方、解釈を受け止めた作品制作をおこなった。森村はその三嶋作品を見て、彼女はこう受け止めたのかと響き合い、一緒に展示をして、展覧会は出来上がったのである。
鈴木芳雄|Yoshio Suzuki
編集者/美術ジャーナリスト。明治学院大学非常勤講師。雑誌「ブルータス」元・副編集長(フクヘン)。共編著に『村上隆のスーパーフラット・コレクション』『光琳ART 光琳と現代美術』『チームラボって、何者?』など。雑誌「ブルータス」「婦人画報」「ハーパーズバザー」などに寄稿。
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