ROPPONGI CROSSING 2019

榎本耕一が描く、現代社会を紐解く絵画——六本木クロッシング2019|Interview #3

森美術館で開催中の現代アートの祭典「六本木クロッシング」。第6回となる今回はテーマ「つないでみる」を掲げ、日本のアーティスト25組が参加する。中でも注目のアーティストをピックアップして届けるインタビュー第3弾は、卓越した描写力で注目を集める画家・榎本耕一。現代社会をモチーフとした新作は、同時代を生きる私たちにどんな問いを投げかけるのか?

Photo by Nozomu Toyoshima
Text by Yuka Uchida

現代社会の構造を描くことで理解する

——これまでは古代をモチーフにした絵が多かったそうですね。

そうですね。2017年の個展では、古代をモチーフに描いていました。具体的には石や骸骨を描いたりしていたんです。でもそれは過去に想いを馳せるためではなくて、古代を通して現代にフィードバックできるものがあるんじゃないかと思ったから。今回の六本木クロッシングには1、2年前の作品も展示してあるので、新作とのモチーフの違いも見ていただけるのではと思っています。

——新作《この世の終わり》のモチーフは「現代」だそうですね。

はい。最近は今、起きている考現学的なことをそのまま描きたい、活写したいという気持ちが強くなっています。明治時代に西南戦争なんかを描いた錦絵がよくありましたが、ああいった要素を盛り込みたいんです。今、起こっていることを描くことで現代を理解したいな、と。

榎本耕一《この世の終わり》ほか Courtesy: TARO NASU, Tokyo 展示風景:「六本木クロッシング2019展:つないでみる」森美術館(東京) 撮影:木奥惠三 画像提供:森美術館

——ピースサインを掲げた女性。これはどういったイメージなのでしょうか?

中央の女性は、上野駅にある朝倉文夫の彫刻《翼》からイメージを広げたものです。あの像は戦時中の1943年に発表されたもので、その時は《翼に続け》というタイトルだったそうです。銃後の人々を奮い立たせたり、飛行機をも想起させるポーズなわけですが、現代ではタイトルも改められ、ピースフルな像として受け入れられている。そういった人類の歴史みたいなものを感じる像なので、これを中心に据えようと考えました。その左右に男と女がいて、ラブレターを渡しています。以前、読んでいた折口信夫の本に、戦争から帰還した教え子たちを、どうやって元気づければいいか?という話があったんです。折口氏は、恋愛を取り戻させてやりたいと書いていて、僕の中にも「戦争から恋愛へ」というエナジーの蘇りのようなイメージが湧いてきたのだと思います。

——背景はものすごく写実的なビル群のコラージュですね。

新宿のビルを撮影しに行き、それを模写しています。あとひとつ「mewe」という看板のあるビルを描いているんですが、これは僕の近所の駅ビルですね。毎日行ってます。それで、よく見るとビル群は画面下から水没しつつある。すごくシリアスな状況と、そこで向かい合った男女が、精神的な鬱状態から恋愛によってひゅ〜っと蘇っているようなシーンを描きました。

キャンバスに向かう前に描いた、女性の顔のラフスケッチ。その裏には、自ら撮りに行った、新宿のビル群の写真も。

テクノロジーが進化した現代における、絵画の可能性は?

——榎本さんにとって絵を描く行為はどういった意味があるのでしょうか?

僕は、絵画に過剰に期待しているところがあると思います。昔、ゴッホの絵を前にして、「完全にゴッホの気持ちが分かった!」と感じたことがあるんです。ゴッホの孤独が伝わってきたというか。絵の伝達力は一瞬ですし、知性ではなく、身体感覚として伝えることができる。絵画は、繰り返し「死んだ」と言われてきた表現で、俺自身は絵画は生きたり死んだりするものじゃないと思っていますが、「死んだ」と言われるのはそういう雰囲気が漂っているからですよね。その状況はどうにかしたいと思っています。絵は音や動きすら表せるし、媒体として乏しいことは決してない。この間観たモネの絵はとてもきれいな畑の風景で、それ以上でも以下でもなかった。その美しさに「あるある、こういう光!」って共感できることはすごくハッピーだなと。だって「あるある」っていう感覚は、自分がひとりじゃないと思えることだから。世の中、悲惨なことばかりではないし、そういった感覚を大切にして絵を続けていけたらと思っています。

——絵を見ることが、心の動きのきっかけになればいいと?

一番嬉しいのは、みんながいる中に絵をポコッと置くことによって、誰かが何かを話し合ってくれることですね。おもしろい!って笑うだけでも十分だし、ぜんぜん面白くない!って怒ってもいいし。なんらかの反応が起こる、リアクション装置のように機能すればいいと思っています。昔は、極端な話、絵を見た人が呪われたらいいのにって思っていたんですよ。それくらい絵に強烈な力を持たせたいと考えていた。今は単純にハッピーな絵を描きたい気持ちが強くなっていますが、それでもその頃のパンキッシュな精神は忘れたくないと思ってます。

profile

榎本耕一|Koichi Enomoto
1977年大阪府生まれ。金沢美術工芸大学卒業後、同大学大学院博士前期課程中退。古今東西のモチーフが交錯する絵画を発表する。