MOVE, TIME & ANIMA

かくして「時間の彫刻」は誕生した——アーティスト 後藤映則が語る「創造のプロセス」

グニャグニャと白い線が絡まりあっているメッシュ状の物体。しかしひとたび一筋の光を当てると、動きと時間、そして生命感が浮かびあがってくる——。そんな「時間の彫刻」を生み出した気鋭のアーティスト・後藤映則。2月9日から六本木ヒルズほかにて開催される「Media Ambition Tokyo」への参加も発表された後藤の、クリエイティブのプロセスに迫る。

TEXT BY TOMONARI COTANI
PHOTO BY KOUTAROU WASHIZAKI

後藤の作品「toki-BALLET #01_ym」。撮影したダンサーの動きをデジタルデータに置き換え、円環状に3Dプリンティング。1箇所に光を投影することで、動きと時間が浮かび上がってくる。

非言語コミュニケーションの成功体験

——アートに対する意識が芽生えたのは、いつごろのことだったのでしょうか?

後藤 元をたどれば、幼稚園のときに通ったお絵かき教室かもしれません。親がいろいろ習いごとをさせたようですが、お絵かきだけハマりました。小学校になるとコンクールで賞をもらったりしたこともあって、「自分は絵が得意なんだ」という意識を抱くようになりました。やがて大学に入ると、その自信も打ち砕かれるのですが(笑)。とはいえ、中学生・高校生時代は、絵が描けたことでずいぶん救われたんです。

——というと?

後藤 小学校を卒業する間際に、父親の仕事の都合で突然アメリカに引っ越すことになったんです。もちろん英語なんてしゃべれないので、絵が、コミュニケーションを助けてくれました。

——アメリカのどちらへ?

後藤 ミシガン州のデトロイト郊外です。エミネムの『8 Mile』ではありませんが、中心街は本当に危ないので、シカやスカンクが出るような中心街から離れた街に住むことになり、その地域にある地元の学校にいきなり放り込まれました。

当然友だちもいなければ、言葉も英語という環境なので、コミュニケーションなんて取れるわけありませんよね。でも、美術の授業や休み時間に絵を描いているうちに「お前おもしろいな」ってことになっていったんです。「あ、言葉がわからなくても対等に渡り合えることってあるんだ」という非言語コミュニケーションの力を実体験として学んだということが、いまの作品につながっているといえばつながっていると思います。

——その後帰国され、武蔵野美術大学の視覚伝達デザイン学科に入学されるわけですよね。先程、大学では自信を砕かれたとおっしゃっていましたが……。

後藤 視覚伝達デザイン学科は、文字通り視覚情報やビジュアルコミュニケーション全般を扱う学科なのですが、みんなとにかく絵がうまいんですよ(笑)。デザイン能力も、明らかに僕よりありました。なので、「自分が闘っていける分野を見つけないとヤバイな」と悩み、模索する時期がしばらく続いたんです。そんなとき偶然、大学の図書館で『岩井俊雄の仕事と周辺』という本を手に取りました。

それまでは平面なデザインというか、2次元世界での表現ばかりに囚われていたのですが、岩井さんの本を読んで「メディアアートっていうジャンルがあるんだ」ということ知り、衝撃を受けたんです。「こんなおもしろい表現があるんだ」って。

電子工作なんてまったくしたことがなかったので、「なにはともあれ」と思い、秋葉原へ初めて行ってみたのですが、知らない世界すぎて、再度衝撃を受けました(笑)。とりあえず「小学生でもわかる電子回路の本」みたいな資料を買って、研究を始めました。

——最初に作った“メディアアート作品”は、どのようなものだったのでしょう?

後藤 まだ決してメディアアートとは呼べないものでしたが、赤外線センサー(人感センサー)の組み立てキットを使い、手をと叩くと、その音に反応してLEDが光るという単純な作品を作ったり、フラッシュのアクションスクリプトを使って、人が通ると映像が切り替わるといった作品を作りました。とにかく危機感を感じていたので、人とは違うことをやろうともがいていましたね。

——ご謙遜もあるかと思いますが、自身の得手不得手を客観的に判断して、別の戦略に切り替えられたのは、それまた才能だと思います。

後藤 いやいや、平面系の才能は、本当にないと思い知らされました(笑)。

制作には、粉末焼結積層造形の3Dプリンターを使用。ナイロン性なので頑丈だという。

メディアアートとの出会い

——徐々に、「toki-」へとつながっていくお話をお聞きできればと思います。

後藤 卒業時に、「モーターの先に紙の短冊を付け、それをクルクル回転させてスクリーンにし、そこへ映像を投影する」という作品を作ったんです。天井から吊るし、寝っ転がりながら見る作品だったのですが、当時はまだ珍しかったジャイロセンサーの入っている空中マウスをハックして、インタラクティブな要素も取り込みました。この作品がDIGITAL ART AWARDなどで賞をいただき、デジタルスタジアムや文化庁メディア芸術祭での展示につながりました。それでデジタルスタジアム主催の展示会場に行ったら、なんと僕の展示の隣りが岩井俊雄さんだったんです! オープニングのときにお会いして、「『岩井俊雄の仕事と周辺』を読んで、ここまで来たんです」と伝えたら、すごく喜んでくださいました。

作品へのアドバイスもいただいたのですが、何より、「キミ、名前に映像の映が入ってるじゃん」と言われて、ハッとしたんです。そこから映像の視点というか、メディアの視点でものごとを発想するようになり、それが今につながっているんです。岩井さんとは、本当に不思議なご縁を感じています。

——岩井俊雄さんに示唆された「映像」という視点は、その後どのように醸成されていったのでしょうか?

後藤 平面デザインに比べると単純に映像が好きだったのですが、それはなぜだろうとまずは考え、「自分は、静的なものより動的なビジュアルに惹かれている」ということに気づきました。次に「動く」を構成している要素は何だろうと考え、「時間」というキーワードが浮かび上がってきました。

——「動く」と「時間」というと、たとえばフランスの思想家ジル・ドゥルーズが、『シネマ1*運動イメージ』『シネマ2*時間イメージ』を書いていますね。

後藤 はい。「動く」と「時間」が非常に強い関係で結ばれていることは、ドゥルーズも含めていろいろな人が研究していますし、当たり前といえば当たり前なのですが、自分でその結論にたどり着くというプロセスを経たことで、すごく新鮮なものとして自分の中に入ってきたんです。その結果、「時間は目に見えないので、まずは見えるようにするにはどうすればいいか」というところを基点として、作品を考えるようになりました。

いろいろ過去のアート作品を遡る中で、エドワード・マイブリッジが撮影した馬のギャロップの連続写真や、ゾートロープ(回転のぞき絵)に興味を持ちました。それらは、静止したコマがならび、その連続で動きを表現しているわけですが、そのコマとコマの差異を補完すれば、時間というものが見えてくるのではないかと考えました。補完する表現方法や技法を開発することで、動きによって生成される時間のかたちを、塊として実体化できるのではないかと。

——その結果たどり着いたのが、「toki-」というわけですね。

後藤 はい。白い輪っか状の塊にスリットの光を当て、輪切りの視点を入れることで動きが表出される作品です。任意の位置を「現在」と捉えると、その奥は「未来」かもしれないし、手前は「過去」かもしれない。そういう時間の性質のようなものを表現したのが「toki-」なんです。

さらに光を斜めに当てると、手前のフレームと奥のフレーム、つまり未来と過去が混ざり、ゆがみます。アニメーションでいうスリットスキャンという技法になると思うのですが、それを実空間で表現することが可能です。

映画『インターステラー』で、多次元を認知できる生命体が出てきましたよね。彼らが認知している世界は僕らが見ている世界とまったく違うはずなのですが、「toki-」によって表徴された「過去と未来が混ざった輪切りの状態」は、そんな彼らにしてみたら納得できるビジョンなのかもしれません。「違うよ」って言うかもしれませんが(笑)。

——重力を可視化できたらおもしろいですね。あとは超弦理論。どんなに簡単な解説本を読んでも理解できないので、アートとしてリアルに表現できたらすごいと思います。

後藤 そうなんです。超弦理論の表現は、そのうち挑戦してみたいと思うのですが、難しいですよね。いずれにせよ、「今見ているこの世界がすべてではない」ということを、作品を通じて見せていければと思っています。

2015年、後藤が最初に作った「toki-」のプロトタイプ。人の一歩分の時間と運動が入っている。「プロジェクターで投影したとき、まるで生命が誕生したような感じがして、想像以上に驚きました」(後藤)。

運動、時間、そして生命感へ

——今後の課題というと、何でしょうか?

後藤 粉末焼結積層造形の3Dプリンターを使用して作品を作っているのですが、やはりまだコストがかかるし強度も足りないので、イメージする大きさで作品を作れないことが悩みです。なので、3Dプリント以外の方法で作ることも研究しています。たとえば、木と太陽光を使う想定の『Rediscovery of anima』(仮)という作品なのですが、メディア芸術クリエイター育成支援事業に採択され、サポートを受けながら研究しているところです。

最初、「動き」が気になって「時間」に行ったのですが、さらに突き詰めてみたら、「生命感」のあるものが自分は好きなんだということに気がつきました。なので、動きから生まれる生命感を表現することを、次のステップでやろうとしています。アイデアさえあれば昔に存在したメディアと手法でもできたのに、発見されてこなかった。だったら自分でやってみようと。エレクトリックなテクノロジーを一切使わずに「動きを生み出すもの」を作ってみたいと思っています。

後藤が研究を進めている『Rediscovery of anima』(仮)のプロトタイプ。木と太陽光を使った、アナログかつフィジカルな映像体験を目指している。

——作品の仮タイトルにもなっている「anima」とは、何でしょう?

後藤 アニメーションの語源にもなっているラテン語で、霊魂とか生命感という意味です。擬似的な生命を感じる瞬間を、自然光や自然素材といったアナログなマテリアルで生み出したいということで付けました。動きや時間や生命感を、コンピューターやCGを使った映像表現としてかたちにしているアーティストはいますが、「時間の彫刻」というかたちで実体化した人はいないと思います。四角いモニターを飛び出して、フィジカルな世界で立ち上がる表現というものを、今後も突き詰めていきたいと考えています。

動いている人を撮影し、それをパスデータ化し、CGソフトで作り込んでいく、というのが後藤の制作プロセスだという。「ポイントの数を統一したり、流れるようにCGで調整したり、いろいろノウハウがあります」(後藤)。写真は、昨年SXSWやアルスエレクトロニカフェスティバルに出展した「ENERGY」。

profile

後藤映則|Akinori Goto
1984年岐阜県各務原市生まれ。メディアアーティスト。武蔵野美術大学造形学部視覚伝達デザイン学科卒業。DIGITAL ART AWARD特別賞(2005)、MUSIC HACK DAY最優秀賞(2015)、CREATIVE HACK AWARD 3Dプロダクツ賞(2015)、SXSW Art Program Selection(2017)、文化庁メディア芸術祭 審査委員会推薦作品(2017)、グッドデザイン賞(2017)など、受賞多数。近年参加した主な展覧会に、Ars Electronica Festival 2017、THEドラえもん展TOKYO 2017など。2018年2月9日(金)〜25(日)まで東京シティビュー(六本木ヒルズ 森タワー52F)他で開催される「Media Ambition Tokyo」に参加。

未来を創造するテクノロジーカルチャーの祭典「MADIA AMBITION TOKYO 2018」 場所 六本木ヒルズ展望台 東京シティビューなど都内 11カ所 期間 2018年2/9(金)〜2/25(日)