SERPENTI FORM

ヘビのようにタフに賢くサバイヴせよ——ブルガリ セルペンティフォーム アート ジュエリー デザイン(11/25〜12/25)

六本木ヒルズ展望台 東京シティビューにて、ヘビをモチーフにしたブルガリのブランドアイコン「セルペンティ」に焦点を当てた展覧会を開催。ブルガリの貴重なアーカイブのほか、荒木飛呂彦やキース・ヘリングなどがヘビをモチーフに制作した作品も展示する。古くから様々な芸術家や時の権力者を魅了したヘビ。古代から現代まで、人々がヘビに託したものとは何か。エッセイストで服飾史家の中野香織さんが解き明かす。

TEXT BY KAORI NAKANO

エリザベス1世の手から消えたヘビ

ヴァージン・クイーンと呼ばれた英国女王エリザベス1世(1533〜1602年)は、権勢を誇った君主の例にもれず、数多くの肖像画を残しています。真珠がふんだんに縫い込まれたドレスを着て、スペインの無敵艦隊を破った絵を壁に飾り、「地球は私のもの」と言わんばかりに右手を地球儀の上に置いている「アルマダ・ポートレイト」や、妖精の羽根のような装飾を背中につけ、右手に虹をつかんだ「レインボウ・ポートレイト」など、数百年後の私たちにまで輝かしさを伝える肖像画たちのなか、一枚、心が暗くざわついてしまうものがあります。女王が50歳~60歳くらいの頃とされますが、曲線を描く植物のようなものを手にしている作者不明の肖像画です。経年劣化により、花束の下から、もともと描かれていた絵がうっすらと現れてきているのです。赤外線写真で撮影した結果、下に描かれていた絵は、とぐろを巻く黒っぽいヘビであることが明らかになっています。

エリザベス1世の「レインボウ・ポートレイト」 Queen Elizabeth I, 16th century (1905). From Cassell’s History of England, Vol. II, (Cassell and Company, Limited, London, Paris, New York & Melbourne, 1905). (Photo by Print Collector/Getty Images)

このように、重ね塗りされたり、修正されたりして見えなくなった元の絵が、うっすらとその跡を表すことを、絵画の領域では「ペンティメント」と呼びます。後悔や懺悔という意味をもつイタリア語に由来する言葉です。当初、描かれていたヘビが、やはりこれはまずい、他の象徴に置き換えなければという「後悔」の対象とみなされ、上に無難な植物が塗り重ねられたということでしょうか。

ヘビは善と邪悪の両面のイメージをもつ生き物です。たとえば、ギリシア・ローマ神話では、ヘビは再生、癒し、保護、強さ、永遠のシンボルです。ギリシアの哲学者プラトンは、ヘビが自分の尾をくわえているイメージを、永遠に続く命のイメージであると見立てています。同時に、ヘビはサタンの化身であり、原罪の象徴でもあります。肉欲、秘密、隠匿、危険、死、悪の魅力や誘惑を表し、世界を滅亡させるのは蛇とされてきました。

また、男根の象徴でもありながら、女性原理も表すという妖しい曖昧さを秘め、毒をもちながら病を癒すという両義性までもちます。死を繰り返すことで永遠に新しく生まれ変わるという逆説的かつエロティックな死生観のなかに生きる、曖昧で矛盾に満ちた生き物なのです。

エリザベス1世は、「ヴァージン」としての自分の身を国家間の駆け引きに使うことによって国家の独立を守るという「家父長」的なところを見せたり、海賊に資金援助をして他国の船を襲わせるというダークな行動によって自国の経済を潤したりと、両義的な魅力を発揮しながら奸計すれすれの知謀をはかり、当時、二流国であったイギリスを世界の一流国に押し上げた女王でもあります。そんな女王がヘビを守護神のように愛するのも納得で、彼女はヘビが袖に刺繍されたドレスを着て肖像画を描かせてもいます。「レインボウ・ポートレイト」がそうなのですが、このヘビは口にハート型のルビーをくわえ、ボディにも宝石をちりばめています。このように美しい印象を与えるヘビは上塗りされることはありませんでしたが、黒いヘビは、後代に邪悪な印象、ひいては誤解を与えかねないと「忖度(そんたく)」が入った結果、消されることになったのではないでしょうか。

巻きつくヘビは何をコントロールしたのか

善と邪悪の両面がバランスよく含まれることは、魅力的なことであり、影響力の源泉でもありますが、ヘビはどちらか一方だけの象徴となることもあります。邪悪の象徴となるとき、ヘビはうねうねと這っているか、直線状に垂れさがっていることが多いのです。一方、ポジティブなイメージを帯びたり、社会的な役割の象徴となったりするとき、ヘビはぐるぐるとなにかに巻きついているのです。

たとえば、杖にヘビがぐるぐる巻きつくモチーフは「アスクレピオスの杖」と呼ばれて、医学の象徴として世界保健機関のマークになっています。医神アスクレピオスの娘、ヒュギエイアは健康をつかさどる女神ですが、彼女がもっていた杯にヘビが巻きつけば「ヒュギエイアの杯」となり、薬学の象徴です。二匹の蛇が巻き付いた杖は、「ケリュケイオン」と称され、商業のシンボルになっています。一橋大学の校章にも使われていますね。この場合、ぐるぐる巻きついた蛇は、善のイメージというよりもむしろ、飼いならされ、コントロールされた邪悪というイメージなのかもしれません。やっかいなものをコントロールしてみせたという勝利の証です。

そのような視点で見てみると、エリザベス1世の「レインボウ・ポートレイト」のドレスに描かれるヘビも、なるほど、自らぐるぐる巻きついていることが見て取れます。ハート型のルビーまでくわえていますから、ヘビは、ハートすなわち感情をコントロールした知性の証というわけですね。男性への愛を二の次にして国家と結婚した彼女にとって、これほどふさわしいイメージはありません。

その後の英国王室では、たとえばヴィクトリア女王(1819~1901年)がアルバート公との婚約の際にヘビのリングを贈られています。またこの夫妻の長男であるエドワード7世の妃としてデンマークから嫁いできたアレクサンドラ王妃(1884~1925年)はヘビのブレスレットの愛用者として知られています。首の傷を隠すためにつけた真珠のドッグカラー・チョーカーを流行させた方として名高いのですが、むしろ、優雅なエドワーディアンスタイルの手首に巻き付くヘビのインパクトの方が大きく見えます。夫の女性道楽を寛大に許したこの王妃は、複雑な内面をいかようにコントロールしたのだろうかと興味をかきたてられずにいられません。

アレクサンドラ王妃 Princess Alexandra of Denmark, late 19th century.Artist: W&D Downey (Photo by The Print Collector/Print Collector/Getty Images)

闘い続ける強き現代女性の象徴へ

このようにギリシア・ローマ神話のあちこちに登場し、世界の多様な領域で象徴として頻出し、王族にも愛されてきたヘビのモチーフを、ギリシア系のイタリア人であったソティリオ・ブルガリが1940年代に「再生」させ、「セルペンティ」コレクションとして新しい命を吹き込むことになります。

しなやかにエレガントに腕に巻き付く「セルペンティ」は、渦巻く感情をコントロールして抗いがたい魅力に換えた、英知と誘惑の象徴。そんな新生「セルペンティ」を一躍有名にしたのが、映画『クレオパトラ』のパブリシティ(1962年、映画公開は1963年)でこれを着用したエリザベス・テーラーであったということも、腑に落ちます。8回結婚という紆余曲折の恋愛人生を送ったハリウッドの女神の内面の情熱と、このジュエリーが秘める意味がみごとに共鳴するように見えるのです。歴史上、生死の場面でヘビともっとも濃密にかかわったエジプトの女王、クレオパトラのイメージがさらに重なり、エリザベス・テーラーは「セルペンティ」の広告塔としては絶大な効果を上げたのではないでしょうか。

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1970年代にはブルガリはニューヨークに進出し、当時、アメリカで起きたイタリアブームのなか「セルペンティ」コレクションのブレスレットもトレンドのひとつとして打ち出していきます。現在にいたるまで、多くのカスタマー、スター、セレブリティがカジュアルな場面でも「セルペンティ」を身につけていますが、やはりこのジュエリーがひときわ強い輝きを発するのは、着用者その人の内面と共鳴し合うときなのです。

「セルペンティ」コレクションにはウォッチやネックレスのバリエーションも加わり、2011年には「セルペンティ」のバッグも発売され、ジェニファー・ローレンスやジュリアン・ムーアといった、ひとクセもふたクセもある女優が、自身の化身のように「セルペンティ」のバッグを持っている姿が印象に残りました。

「セルペンティ」が似合う女性たちには共通点があります。曖昧で矛盾に満ちた自身や社会としたたかに闘い、折り合い、サバイヴし続けていること。コントロール不能に見える苦境に陥った時、白黒つけようとせず、まずはとぐろを巻いて待ってみよう、と「セルペンティ」をつけた彼女たちが助言してくれるような錯覚を覚えます。

ブルガリ セルペンティフォーム アート ジュエリー デザイン 会期 2017年11月25日(土)〜12月25日(月) 会場 六本木ヒルズ展望台 東京シティビュー 展望台入館料 一般1,800円、高校・大学生1,200円、4歳~中学生600円、シニア(65歳以上)1,500円

中野香織|Kaori Nakano
ファッションの現在・過去・未来を取材・研究。日本経済新聞、読売新聞はじめ、多くの媒体で連載記事を執筆するほか、講演、コンサルティングを行うなど、学芸×メディア×ビジネスの壁を超える活動を続ける。著書に『紳士の名品50』『ダンディズムの系譜 男が憧れた男たち』『モードとエロスと資本』ほか多数。19歳で文筆業デビュー、東京大学大学院修了、元・英国ケンブリッジ大学客員研究員、明治大学特任教授(2017年で任期満了)。

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