「Green&Wellness」をコンセプトに掲げる麻布台ヒルズでは、毎月1回、親子向けの無料プログラム「FAMILY GREEN アトリエ」を開催しています。世界で最も先端的な教育のひとつ、レッジョ・エミリア・アプローチを取り入れた野外アトリエで、誰もが自由に、予約なしで参加できる場です。麻布台ヒルズの自然を活かした多様なプログラムを企画するのは、子どもを真ん中にしたコミュニティづくりを行う「まちの研究所」。街を教育資源として子どもの創造性を開くとはどういった試みなのか? プログラムの魅力を全3回のインタビューで紐解きます。第1回は「まちの研究所」代表の松本理寿輝さんと、森ビル 麻布台ヒルズ運営推進室運営部タウンマネジメントグループの中 裕樹さんに場づくりへの思いを聞きました。
TEXT BY YUKA UCHIDA
PHOTO BY AYA ITO
——「FAMILY GREEN アトリエ」とはどんなイベントですか?
中 月に1回、麻布台ヒルズの豊かな自然を生かして開催している野外アトリエです。広々とした芝生がある中央広場が主な会場となっています。
松本 そこに、子どもが自由に参加できる、さまざまなプログラムを準備しています。プログラムといっても手順が細かく決まっているようなものではなくて、テーブルに虫眼鏡やデジタルマイクロスコープを置いて、植物のミクロな世界を観察してもらったり、枝や木の実といった自然素材で伸び伸びと創作を楽しんでもらったりしています。プログラムに取り入れているのは、世界で最も先端的な教育のひとつである、レッジョ・エミリアのアプローチで、子どもの創造性を開くための仕掛けを会場のあちこちに散りばめています。
中 プログラムにはスタート時間や参加人数なども設けていないので、イベント開催時間中にふらりと来ていただければ楽しんでいただけます。事前予約も要りません。
松本 子どもと過ごす週末にスタート時間が決まっている予定があると、それだけで慌ただしくなりますからね(笑)。好きな時間に来て、自由に楽しんで、それぞれのタイミングで帰ってもらえたら。そんな思いで企画しています。
松本理寿輝|Rizuki Matsumoto 1980年生まれ。一橋大学商学部卒業。博報堂、企業経営を経て、2011年「まちの保育園 小竹向原」を創設。現在、都内6箇所にて「まちの保育園・こども園」を運営する。姉妹会社の「まちの研究所」やレッジョ・エミリア・アプローチの日本組織「JIREA」の代表も務める。いずれの活動でも、子どもを中心としたコミュニティづくりや、社会における新たな価値の創造を目指している。
中 プログラムに集中している子もいれば、芝生を走り回ってのびのびと過ごしている子もいますよね。
松本 プログラムに参加するかどうかも自由なんですよね。ただ、ゆったりと過ごせる場でもあって、イベントというよりは“居場所”といった方が伝わりやすいかもしれないですね。
中 麻布台ヒルズは、“人と人をつなぐ「広場」のような街”であることを目指して場づくりを進めてきました。人気のレストランや注目の展覧会など、話題性のある街ですが、そうした側面だけでなく、地域の皆さまが日常的にふらりと足を運べる場所でもありたい。そうした麻布台ヒルズの“日常性”を家族で体感していただける日がFAMILY GREEN アトリエなんです。イベントを機に、この街をもっと身近に、家族の居場所のように感じてもらえたらと思っています。
中 裕樹|Hiroki Naka 2008年森ビル入社。オフィス事業部や用地企画部を経て、タウンマネジメント事業部にて虎ノ門ヒルズのエリアマネジメント等に携わる。2023年より麻布台ヒルズ運営推進室タウンマネジメントグループにて、グリーンを軸にした街づくりを推進する。NPO法人グリーンバード監事。
——どういった経緯で生まれたイベントなのでしょうか?
中 それは少し長くなる話ですね(笑)
松本 ディスカッションが始まったのは、麻布台ヒルズの工事が着工した頃からですよね。
中 そうですね。2019年頃に私から松本さんにお声掛けし、子どもを起点とした街づくりを何か一緒にできないか? と対話を重ねてきました。松本さんは「まちの保育園・こども園」を運営する保育の現場の人でもあって、園のひとつである「まちの保育園 六本木」がアークヒルズ仙石山森タワーにあるんですよね。
松本 はい、東京都内で6箇所の保育園・こども園を運営していて、すべての園で目指しているのが、子どもたちを真ん中にしながら街のコミュニティを育むこと。子どもを一市民として尊重し、“わけない豊かさ”を大切にしながら運営をしています。
中 その考え方は、麻布台ヒルズという街が目指しているものとも共通点が多かった。私たちが思い描いていたのも、この街を楽しむために訪れる方々や、ここで働く皆さま、地域で暮らす皆さまがのびのびと行き交う風景だったんです。この“わけない豊かさ”というテーマについてはいろいろと話をしましたよね。松本さんから「中央広場はエコトーン的な空間ではないか?」という話もありました。
松本 ありましたね。エコトーンとは環境における中間領域のことで、例えば河川と陸地の間にできる湿地のような、異なる環境がゆるやかに繋がる移行帯のことです。生態系が特に多様なエリアでもあります。FAMILY GREEN アトリエの会場でもある中央広場は、ここを訪れる人や、この街にある自然や文化が自ずと混ざり合う場所。そんなエコトーン的な空間に子どもたちがいることで、さらに場は開かれていくだろうと考えたんです。
保育の現場で育んだものを街へと広げる
中 ディスカッションではあえて着地点を決めず、つくりたい場のイメージを共有しながら、定期的にお話ししていたんですよね。そんな中で、FAMILY GREEN アトリエのビジョンが見える印象的な出来事があったんです。「まちの保育園」の子どもたちに麻布台ヒルズの果樹園に遊びに来てもらったんですよね。
松本 はい、どんな自然があるのか実際に見てみたいと思って、子どもたちと一緒に遊びに行かせてもらいました。
中 その時の子どもたちの反応が、まさに僕らが思い描いていたもので。麻布台ヒルズの自然は「五感で感じる緑」をテーマにしているのですが、植物の色や形、匂い、その場にある風や光にも、子どもたちが全身で反応していて。まさに五感で楽しんでくれていた。そして、そうした子どもたちの気づきを「まちの保育園」の保育者の方々が丁寧にすくいあげてドキュメント化していることも印象的でした。松本さんが保育の現場で培ってきたものを、そのまま麻布台ヒルズという街に持ってきてもらい、ここを訪れる親子と共有できたら。そんなビジョンが鮮明になった出来事でした。
松本 子どもには、その場を自分なりに解釈したり、場と対話したりする力があるんですよね。素晴らしいランドスケープやそれを設計したコンセプトを頭ではなく、心と体で感じること、つまり、身体化することはとても重要だと思うのですが、子どもが場に関わることで、その身体化を大人もうまくできるようになる気がします。
主な会場は麻布台ヒルズの中央広場。FAMILY GREEN アトリエの開催日は、色とりどりの布がはためく。
会場のテーブルには、敷地内で採取した植物と虫眼鏡が。覗き込んでミクロな世界に夢中になる子もいれば、小さなすり鉢で葉を潰し、香りの違いを自分なりの言葉で伝えてくれる子も。
松本 それに子どもはノーバウンダリーな人たちなので、その場にいてくれるだけで自然と場が開かれていくんですよね。
中 それは毎回、実感しています。FAMILY GREEN アトリエの会場には、本当にオープンで心地よい空気が流れているんですよね。
松本 穏やかで、あたたかな空気ですよね。もちろん、子どもたちが遊んでいるので、「わー」「きゃー」と賑やかな声は聞こえるんですよ。でも、集中して植物を観察している子がいたり、ただ、ぼんやりと空を眺めている大人がいたりする。子どもって、心と頭と体が離れていなくて、ひとつにつながっているんです。だから、彼らが居心地がよいと感じる場所は、大人にとっても居心地がよい。FAMILY GREEN アトリエは、そんなゆったりとした場なんですよね。
3月は、麻布台ヒルズに隣接する我善坊横川省三記念公園で開催。公園のあちこちにプログラムが点在し、探検するように子どもたちが楽しんでいた。
子どもの創造性が教えてくれること
——長い時間、集中して遊んでいる子も多いそうですね。子どもたちにとってはどんな刺激がある場なのでしょうか?
中 子どもの集中力に驚く場面はとても多いです。私も家族で参加したことがあるのですが、「紐一本でこんなにずっと遊べるんだ!」と驚きました。会場には毎回、日本の伝統的な暦である歳時記や二十四節気をテーマにした色とりどりの布がはためいているのですが、その布と戯れている子もよくいますね。
松本 何かに没頭している子が多いのは、麻布台ヒルズに豊かな緑があることも影響していると思いますよ。何かひとつに集中する「方向性注意」は大人でも長くて90分程度しか続かないと言われていますが、その後に「選択制注意」という、周囲に広く目をやる時間があると、脳が休まり、再び「方向性注意」に戻ることができるんです。自然の風景は人の意識を「選択制注意」へ導いてくれるので、プログラムに集中した後に、周囲の緑をぼんやりと眺めて脳をリフレッシュさせ、再びプログラムに集中するといったことが自然とできるのでしょうね。
はためく布は、それだけで子どもたちの遊び相手になる。手を伸ばし、繰り返しジャンプしながら、その日の風を感じることができる仕掛けだ。
中 それは、会場にリラックスしている大人が多いことにも影響していそうですね。
松本 ありそうですね。ボーッとすることは意外と難しいですから。あとは、子どもたちの創造性を開くものとして、麻布台ヒルズに埋め込まれている“環境の変数”の多さも重要だと思っています。子どもの創造性は環境変数に比例すると言われているので。
中 松本さんは、地形が独特なので、それを生かそうとよく話されていますよね。
松本 まさに“環境の変数”ですね。緩やかな起伏があったり、小さな段差やわずかな凸凹があったりすることを子どもたちは敏感に感じ取っていますし、そうした複雑な環境は子どもの遊び場としてとてもいい。加えて、自然には無数の変数がある。葉っぱ一枚を比べても、色形がひとつひとつ異なっていて、多様な理解、多様なイメージが生まれるので、子どもたちの滞在時間も自ずと長くなるのでしょうね。
中 保護者の方からも「子どもがなかなか帰ろうとしない(笑)」とか「こんなに集中するなんて!」という声をよく聞きますよね。
松本 こんな大都会で、子どもたちがセンス・オブ・ワンダーを存分に働かせて自然と出会うことができるなんて、すごく素晴らしいですよね。プログラムを通して、そうした豊かさへの誘いをデザインしていけたらと思っています。
——お話を聞いていて、子どもの気づきを通して、大人にとっても発見の多い日になるのではないかと思いました。世界の見え方も少し変わりそうです。
中 それはあると思います。子どもの隣にいながら大人も「あ、確かに色が微妙に違うね」とか「こんな香りがするんだね」とか、世界の感じ方が変わっていくんです。繰り返し参加してくださっている方々は、きっとそうした面白さを感じ取ってくださっているのかなと想像しています。
松本 子どもは常にファンタジーと行き来しながら現実を見ているんですよね。固定概念がないので、大人とは異なる解釈の仕方で、もうひとつの現実の中にちゃんと生きている。彼らの視点を知ることで、大人ももう一度この世界と丁寧に向き合ってみよう、別の視点から眺めてみようと思えるはずです。なので、子どもに何かさせる時間ではなく、大人にとっても新しい世界と出会える時間にできたらとは、いつも考えています。
中 そうした視点は、FAMILY GREEN アトリエに参加した後の日常にも広がっていきますよね。例えば第7回は、麻布台ヒルズの隣にある我善坊横川省三記念公園で開催したのですが、落ち葉を拾って眺めたり、枯れ木に春の訪れを感じたりすることは、ほかの公園や広場でもきっとできる。FAMILY GREEN アトリエに来ていただくことで、「あ、こうすればいいんだ」という視点が育まれて、日常の見え方が豊かに変わっていったら面白いですよね。
松本 そうですね。先ほど、FAMILY GREEN アトリエは“居場所”だという話もしましたが、“居場所”を目指す理由は、日常性を大切にしたいからなんですよね。一日限定のイベントではなく、麻布台ヒルズという街を日常の場だと感じてほしいし、この日の体験を日々に還元してもらえたらとも思います。
第7回のテーマは「小雪(しょうせつ)」。会場には大きなアクリル板と大小の白いカラーシートが準備され、子どもたちは思い思いの場所にシートを貼ったり、絵を描き加えたりして、雪景色を描いた。
子どもには「見たものを見たままに感じる力がある」と松本さん。絵の具やクレヨンと白いキャンバスを用意すれば、創造力はどこまでも広がっていく。
松本 僕の好きな言葉で、建築家のルイス・カーンが残した「優れた建築とは、測ることのできないものから始まり、設計の過程で測ることのできる手段を経て、最終的には再び測ることのできないものへと至る」という一節があるんです。子どもたちのあらゆる可能性は“測ることのできないもの”。それを、麻布台ヒルズのランドスケープや会場に準備するプログラムという“測ることのできるもの”をきっかけに、再び“測ることのできないもの”として開いていきたいと考えています。大人が想像できる結果に子どもを導くのではなく、どうなるか分からないという余白を残したまま彼らに手渡してみる。そして、子どもの表現したことや発した言葉に我々大人も驚きながら、そこでの気づきを多くの人とシェアし、またプログラムに生かしていく。FAMILY GREEN アトリエを、そんな循環によって耕されていく、豊かな居場所にしていけたらと思っています。
中 そうですね。これまでの開催で、“居場所”としての価値や地域との絆は、ゆっくりとですが、確実に深まっていると感じています。麻布台ヒルズという街はいつでも開かれていますし、そのことを通じて、この地域に温かなコミュニティを育んでいきたい。自分の“居場所”だと思える安心感をこれからも届けていけたらと思っています。
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