クリスマスという特別な季節を祝い、麻布台ヒルズ、六本木ヒルズ、虎ノ門ヒルズ、表参道ヒルズ、アークヒルズの5つのヒルズが連動するキャンペーン「CHRISTMAS HILLS 2025」が開催中です。思わず口にしたくなる「Shall We Cha Cha Cha ?」ということばをキャッチフレーズに、キービジュアルや展示などを手掛けたのは、日本デザインセンター 三澤デザイン研究室のアートディレクター三澤遥さん。いま各界でもっとも注目されるクリエイターの一人である三澤さんに、展示に込めた思いを聞きました。
PHOTO BY MASAKI OGAWA
TEXT BY YOSHINAO YAMADA
EDIT BY KAZUMI YAMAMOTO
5つのヒルズで展開するキービジュアルに描かれるのは、紙から生まれた「くるり子」たちが音楽に合わせて小さく踊る姿。この「くるり子」たちはいま、麻布台ヒルズ内各所で実際に踊り続けています。
小さな声でささやかれるしあわせ
——まずはクリスマスの個人的な思い出があればお聞かせください。
三澤 クリスマスがくるたびに、ある年のクリスマスのことを思い出します。なぜかその年は父が実家にある小さな納戸に家族を集め、そこで食事やプレゼント交換を楽しみました。ケーキにロウソクを灯しながら、まるで秘密基地みたいだととてもワクワクして。今回も制作途中で、ふとそのことを思い出すことがありました。今回のクリスマスプロモーションもそんなささやかだけど幸せな記憶から、大きな声ではなく小さな声でささやかれる幸せな風景を考えたいと思ったのです。
三澤 昨年は、思わず鼻歌をくちずさむようなシーンから幸せを描きました。鼻歌を歌ったり、スキップをしたくなるのは少し幸せなことがあったときですよね。今年はまず、ロウソクの揺らぎから伸びる影をイメージすることからはじめました。小さなオブジェとライティングで世界観を作りたいと思ったのです。それは大人数で集まるというよりも、親密な関係にある家族や友人と集うイメージです。もともとクリスチャンのみなさんは、家族と過ごす時間としてクリスマスを楽しまれますよね。日常の延長だけど、少し特別な日を温かな気持ちで祝えたい。そして必ずしもハッピーな気持ちだけでなく、少しノスタルジーを感じるような余白も意識しました。私自身、クリスマスの時期は年末に向かって忙殺されることも多いのですが。仕事でそれどころじゃないという人がたまたま通りがかり、窓の中を眺めて幼い頃の記憶を思い出して温かな気持ちになってもらえたらうれしいですね。しんみりと見る人にとっても寄り添える展示を考えています。
神谷町駅からアクセスすると現れる展示のひとつ。麻布台ヒルズ内に3つのブースを設け、40の窓が展開される。
——館内に設けられた壁面のいくつもの窓のなかで、小さな紙のオブジェが踊り続けます。コンセプトを教えてください。
三澤 昨年は鼻歌を口ずさむイメージで「I LaLaLa YOU」と謳ったのですが、今回はリズムの音から「Shall We Cha Cha Cha ?」をキャッチフレーズとしました。私たちは、このオブジェを「くるり子」と呼んでいます。もともとは「踊り子」と呼んでいたのが、いつからか「紙の踊り子」になり「くるり子」と呼ぶようになっていました。当初からとにかく踊ること、つまり「チャチャチャ」をしていることを重視しました。鼻歌や口笛、スキップのように、踊る行為もやはり穏やかな気持ちにならないと生まれません。踊りと言っても、普通の人が思わず身体を少し揺らすようなもの。幸せだから、思わず身体が動いてしまうような感覚です。コピーを担当した日本デザインセンター所属のコピーライター 磯目 健は踊りではなく「小踊り」だと書いています。その「小躍り」に照準を合わせ、その小さな踊りの世界を見せる状況を作りたいなと思いました。実は、描かれているモチーフはクリスマスに限ったものでもありません。サンタはいないし、トナカイもソリを引いていません。
——紙が動くのはどのような仕組みなのでしょうか。
三澤 今年、立教大学で開催されたミュージシャンの細野晴臣さんの展覧会『細野さんと晴臣くん』で展示設計を手がけました。そのなかで制作した音楽に合わせて動くオブジェの考えを発展させています。今回は踊りを表現するために振動板に紙を置き、動作検証を重ねました。仕組みの設計監修にNTT社会情報研究所の駒﨑掲さんに参加いただいています。最初はなかなかうまくいかなかったのですが、駒﨑さんが振動する仕組みについて発言された言葉をきっかけにくるくると動き出すアイデアが生まれました。私は以前から「動紙」という作品を作っているのですが、もしかすると「動紙」であれば問題が解決するのではないかと思ったんです。その場で人の形に切り出し、振動板に載せてみるとくるくる回り始めて。そこから開発が進みました。
紙を重ねて作られる「くるり子」。非常に細やかに切り出された紙の形にも注目してほしい。
三澤 ただ検証の結果、最終的に「動紙」は使っていません。別の加工を施した紙で、磁性に反応する仕掛けを持たせています。社内で紙を切り出すため、より薄い紙である必要がありました。結果的に「動紙」を研究するなかで生まれたプロトタイプのアイデアに立ち返ることになりました。以前の研究過程にあった技術が復活したことは、かつて採用しなかったアイデアが無駄にならなかったのだというよろこびにもなりました。さらに今回は「くるり子」のために、動きのきっかけとなる音そのものへの研究にも関心が広がりました。オリジナルの音楽を作っていただき、それは「くるり子」の動きをデザインすることにもつながっています。
壁面の側部には扉を設け、開閉にあわせて内部の「くるり子」が動き出す。さまざまな高さに窓を設けているので、体格や世代によって目が向く箇所も異なる。
それぞれ異なるちいさな25の窓が響き合って、ハーモニーとなる
——思わず覗き込んでしまうサイズ感にも魅力を感じます。見続けるうちに、まるでその世界に自分が入り込んだような感覚に誘われます。
三澤 作っていくうちに、結果として25窓を用意することになりました。ツリーをモチーフとする窓だけで3つもありますが、それぞれに表現は異なります。一つひとつのメッセージはとても小さなものですが、それらが集うことで伝わるものがあるように思います。まるでハーモニーのように響き合っているイメージで捉えていただけたら。外国の方々が「Shall We Cha Cha Cha?」と読み上げてくださっていて、声に出したくなるリズムでもあるなと思いました。大きな展示にも憧れますが、今回はやはりこの小さなサイズであることに意味を感じます。たとえばライティングの効果、音と連動して動くことなどを感知した時に、人々はもっと心惹かれるのではないでしょうか。展示のなかにはとても小さな「くるり子」もいて、この世界にも大小があります。私はそもそも一人旅が好きで、こっそり、ひっそり、静かにボーッと展示を見ることが好き。ですから一人で静かに見ているイメージが、私は常に頭のなかにあるのです。
取材日に訪れていた子どもとコミュニケーションをとる三澤さん。国籍を問わず老若男女、さまざまな層が思わず微笑む展示となっている。
——三澤さんが発表する作品にはユーモアが宿ります。それもまた思わず微笑んでしまうようなものですが、どのようにお考えでしょうか。
三澤 私はどちらかというと、デザインを見つけてくるタイプ。いかに素朴に作るか、あまり背伸びをせずに作るかということを大切にしています。そしてデザインを思い浮かべながら、おじいさん、おばあさん、小さな子どもにも伝わるだろうかと考えます。言葉が通じなくても、同じ温度感で少し笑い合えるようなものを作りたい。「くるり子」も意図せず個性が生まれました。小さくて素朴な、ただの紙です。けれど湿度などの要因で少し動きが変わります。先日、会場で倒れてしまった「くるり子」を見た男の子が「寝ちゃっているね」と言っていたように、擬人化して見てくださるのも特徴かもしれません。均一に作っても絶対にコントロールができない部分があり、同じ形でも踊りが下手な「くるり子」や俊敏な「くるり子」がいます。けれど少しミスをしたり、ドジなところを見ることで、人は微笑みます。その不器用なところが私も好きです。そもそも紙は器用に扱えないことが魅力。癖がある素材で、綺麗に折れるものもあれば折れないものもあります。メカニズムを解明してきれいに動くことを、私は目的としていません。仕組みが明快にわからないままでもよく、少しぶきっちょな感じをむしろ残しておきたいのです。
——今回は映像も含め、幅広い表現を行われています。
三澤 ただイベントを行うのではなく、そこに体験を伴うことで現実とキャンペーンビジュアルの世界がつながっているように感じていただこうと考えました。クリスマスツリーを思わせる音楽の波長とともにビジュアルを展開している映像もあります。ここでは視覚的な形をイメージしながら音楽を制作いただきました。クリスマスに流れる音楽としてふさわしいものを視覚的にも聴覚的にも表現しています。また機械設計においても、非常に小さいスポットライトが「くるり子」に焦点を当てたり、影の方に目がいくような動きを繰り返すことで目の動きを変えるような仕組みとしています。実は影にフォーカスがいくような展示をいくつか用意してもいるのです。チームのみなに手を動かしてもらいながら、表現においてはすべて私が判断をしなければなりません。俯瞰することで生まれるアイデアもあれば、現場で手を動かすことで生まれるアイデアもあります。そのゆらぎのなかで、今回のデザインも生まれました。
展示を眺めている子どもたちに微笑みかける三澤さん。
いつの時代もクリスマスはわたしたちの心を躍らせます。その心の動きをすくいとったかのような三澤さんのインスタレーションは、そっと個々の胸の内にあるクリスマスへの思いに語りかける装置のようです。童心にかえりながら、まずはひっそりと窓をのぞいて。いまだけの特別なクリスマスが麻布台ヒルズで待っています。
STAFF
企画・構成・編集:日本デザインセンター 三澤デザイン研究室
アートディレクション:三澤 遥
デザイン:三澤 遥、鈴木正樹、柳澤知明、柴田美紀、水野真由、佐々木耕平、細貝麻衣
コピーライティング:磯目 健(磯目ことば研究室)
サウンド体験デザイン設計・監修:駒﨑 掲(NTT社会情報研究所)
音楽:佐藤教之+佐藤牧子(Heima)
レコード制作:Nobutada LODIO Yaita(ART VINYL .TOKYO)
機構デザイン:武井祥平、藤井樹里、今村知美(nomena)
写真・映像:北村圭介
映像編集:水井 翔(P.I.C.S. management)
カラリスト:根本 恒(KASSEN)
映像制作進行:田部井 優佳(P.I.C.S.)
翻訳:有限会社フォンテーヌ
制作進行:曽根良恵
施工:ZEAL Associate Corp., HIGURE 17-15 cas
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