美しい日本海の風景と美味しい料理、「妻入り」という伝統様式の建物が並ぶ昔ながらの街並みなど、心にじんわりと染み込むような魅力にあふれた出雲崎町。大正時代から作られている紙風船の懐かしさと優しさが、町の雰囲気にぴったり重なっています。
Text by Haruka Muta / Photo by Chika Miura
連載旅する新虎マーケット Ⅲ期
Exhibitor 6
Text by Haruka Muta / Photo by Chika Miura
すごく有名な観光スポットがあるわけではありませんが、美しい日本海の風景と美味しい料理、「妻入り」という伝統様式の建物が並ぶ昔ながらの街並みなど、心にじんわりと染み込むような魅力にあふれた土地です。
大正時代から作られている紙風船の懐かしさと優しさも、町の雰囲気にぴったり重なっているよう。海岸地区で1日を過ごせば、きっと出雲崎町が大好きになるはずです
最初に向かったのは、海岸のすぐ近くに建つ複合施設「道の駅越後出雲崎天領の里」。
ここには、江戸時代に徳川幕府の直轄地・天領として栄えた出雲崎の歴史に触れられるミュージアムがあります。
その名も、「天領出雲崎時代館」。チケットを買って入場すると、からくり人形のお代官様が丁重にお出迎えをしてくれました。
中世には流刑地として恐れられた佐渡島ですが、16世紀末から金銀鉱山の開発が進み、幕府の重要な財政源となりました。ここで採掘された金銀小判は、船で一度出雲崎へ運ばれ、それから江戸へ送られていたといいます。
展示室でとりわけ目を引いたのは、葵紋を染め抜いた帆を張る大きな御奉行船。佐渡島の金銀を運んだり、幕府から派遣される役人の巡見使を乗せたりしていた船です。
歴史資料を元に再現したもので、全長は20m近くもあり、今にも漕ぎ手たちの活気ある掛け声が聞こえてきそうな迫力でした。
佐渡から金銀が送られてくるだけでなく、大阪や瀬戸内、山陰地方、北海道など全国各地からさまざまな物資が集まる交易の要所でした。
そのため、宿や遊郭も軒を連ねていたのだそう。当時の街並みを体感できるコーナーもあり、来館者を江戸時代へと誘うような工夫が随所に施されていました。
時代館を見学した後は、同じく「天領の里」にあるレストラン「陣や」でランチタイム。日本海のパノラマを望む、抜群のロケーションです。快晴に恵まれ、水平線上に佐渡島を望むことができました。
メニューにはもちろん、日本海で採れた海の幸がふんだんに使われています。新鮮なお刺身がたっぷりのった海鮮丼は、間違いのない美味しさ。
出雲崎町の名物である「サザエの炊込みご飯」も、食欲をそそるサザエの香りがたまりません。
一見、こってりしていそうなスープですが、実際はあっさりとした口当たりでした。そのうえ、旨味はしっかりあります。麺にもずくが練りこまれているので、つるつると箸が進みました。
食後は街を散策しながら、次の目的地へ向かいます。
海と山に挟まれた細長い土地に、「妻入り」という同じ形の家が約4kmにわたり立ち並ぶ風景は、初めて見るはずなのにどこか懐かしいような気がしました。
「妻入り」の家は間口の幅が狭く、その分奥行きがあります。三角形の切り妻屋根も特徴のひとつで、その連なりが秋の青空によく映えていました。住宅地と海との間には国道が通っていますが、昔は海から直接家に乗り入れていたそうです。
とくに多いのは、江戸時代の禅僧である良寛ゆかりの史跡。出雲崎町を歩いていると、いたるところで良寛の名前を目にします。歴史に詳しくない者からすれば、それほど馴染みがあるわけではないので不思議に感じる程です。
出雲崎町の職員の方に質問してみたところ、「優れた和歌や漢詩、書を遺した人物ではあるのですが、町民の間ではそれよりも優しく無欲で、子どもたちとよく遊んでいた人として愛されています。町民憲章には、『良寛のこころを心として、思いやりあふれる町をつくりましょう』という一節もあるんですよ。今は厳しい時代だからこそ、良寛さんのように純粋で人を信じる心が大切なのかもしれません」と教えてくださいました。
「良寛さん」という呼び方には愛情がこもっていて、今も近くのお寺から出雲崎を見守ってくれているかのようです。
最後に訪れたのは「磯野紙風船製造所」。代表を務める磯野成子さんがにこやかに迎えてくださいました。大正8(1919)年創業の老舗で、現在、日本中の紙風船はほぼすべてここで作られているそうです。
「出雲崎は漁業の街ですが、海が荒れる冬場には船を出せないので収入も途絶えていたんですね。困っている町の人を助けたいという思いから、初代社長の磯野彌一郎が東京に産業を探しに行き、出会ったのが紙風船でした。出雲崎に工場を建ててからは、町中の奥さんたちが紙風船を作るようになったんです。昔は子どもたちも学校から帰ったら手伝っていました」。
それを出荷できるように折りたたんだら完成。ひとりですべての工程を行うのではなく、分業体制が敷かれています。
貼り合わせを担当しているベテランの方は、1つあたり1分もかけずに完成させていて、鮮やかな手つきに見惚れてしまいました。
製造所の天井からはさまざまな紙風船がモビールのように吊り下げられていて、これほど種類が豊富なのかと驚かされました。ひとつの依頼がきっかけとなって、バリエーションが広がったのだといいます。
「20年くらい前に、新潟県からトキを作ってほしいと頼まれたんです。パラフィンだと光沢があって冷たく見えてしまうので、羽毛の柔らかな雰囲気が出る紙を探しました。それから、いろいろなデザインに挑戦できるようになったんです」。
ノベルティで、動物やキャラクターなどを紙風船にしてほしいと依頼されることも多いとのこと。膨らんだ状態だけでなく、畳んでいてもそれらしく見えるように、新しいデザインを考案するときには何度も試作を繰り返すのだそうです。
帰りの車に乗り込みながら、思わず「帰りたくないなあ」とこぼしていました。小さな区域を歩き回り、静かで懐かしい雰囲気に浸っているうちに、日頃の疲れが癒されていたのかもしれません。いつのまにか、出雲崎町が大好きになっていた自分を発見したのでした。
道の駅越後出雲崎天領の里
出雲崎町の歴史がわかるミュージアムやレストランを備えた複合施設。お土産を買うなら、地域の特産品や日本海の海産物が並ぶ物産館がおすすめ。建物の裏手からは砂浜に降りることができます。夕日を見るなら「夕凪の橋」へどうぞ。
出雲崎石油記念館
出雲崎は日本の石油産業発祥の地。石油の製造工程や機械式掘削方法が確立されるまでの歴史などを、音声や映像などを交えてわかりやすく紹介しています。「天領出雲崎時代館」と一緒にどうぞ。
陣や
日本海を見ながら鮮度抜群の海の幸をいただけるレストラン。なかでも、2013年国際ご当地グルメグランプリで優勝した「サザエの炊込みご飯」は絶品。薄味なので素材本来の旨みを堪能できます
良寛と夕日の丘公園
日本海と佐渡、弥彦山を眺めるベストスポット。良寛記念館の隣にある高台で、「にいがた景勝100選」の1位に選ばれたことをきっかけに公園として整備されました。良寛さんの像と歌碑にもご注目を。
磯野紙風船製造所
素材も製造もジャパン・メイドにこだわる会社。伝統を守るだけでなく、ユニークな動物やエレガントな花柄といった新しい紙風船も生み出し続けています。軽くて可愛いので、お土産にぴったり。
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