兵庫県に「宍粟市」というまちがあります。読み方は「しそうし」。声に出してみると、サ行の連なりが爽やかな語感です。自然豊かな土地で育まれた食とお酒を求めて、このまちへドライブしてきました。
Text by Harumi Masugo / Photo by MIKIKO
連載旅するマーケット ⅤI期
Exhibitor 1
Text by Harumi Masugo / Photo by MIKIKO
西播磨地方にある宍粟市は、鳥取県と岡山県に隣接し、南北へひし形に伸びた地形。ここに38,100人(平成30年10月31日時点)が暮らしています。到着して辺りを見渡すと、四方八方が山に囲まれていました。驚いたのは、市の面積の9割以上が森林だということ。
そして、森林が豊かということは、それだけ野生動物が多いことを指します。旅のはじめに「人の数より、鹿の数が多い」と言われるこのまちで、“ジビエ猟師”として活動するご夫婦に会ってきました。
「鹿肉はヘルシーですよ。特に、ここの鹿は自然のものしか食べていないので。健康志向の方には、特におすすめですね」と優子さん。調理師免許を持つ太さんが、鹿肉料理をふるまってくださいました。
甘酒で漬けた肉を一噛み、二噛み。甘みが口の中にフワッと広がります。ローストの方は、あっさりとした味わい。どちらも柔らかく、全く臭みが感じられません。
「筋膜が残っていると固くなるので、それをきれいにトリミングする処理を手作業でしています。鹿の獣害も深刻ですが、駆除目的だけではなくて、おいしく食べるための猟を心がけています。鹿にとっても、痛みをあまり感じないうちに一発で仕留めた方が負担も少ないし、肉質もその方がずっといいんです。」
大切な命をいただくからこそ、鹿に対しても、食べる人に対しても、誠心誠意に向き合うこだわりが感じられました。
「僕たちは単に猟をするだけではなく、食肉としておいしく食べてもらうためのコツを知っています。だから、『ジビエ猟師です』と言った方がいいですかね」
お二人のはにかむ笑顔には、ふっと気持ちが緩みます。安田夫婦が丹精込めたジビエなら、一度、二度、と何度も食べたくなる、そんな魅力が溢れていました。
続いて、老舗の酒造2軒を訪れました。酒蔵が連なる宍粟市の山崎町は、揖保川の流域にあって水がおいしい地域。それは、お酒の味に如実に表れていました。
中でも気に入ったのは、新酒の純米生原酒の「沙月」。のどごしがいい。そして、酸がじんわりと余韻を誘います。食中酒にしたら、ぐいぐい飲んでしまいそう。酒飲みに人気なのは、兵庫県産山田錦を使用した寿恵広老松の「純米吟醸酒」だそうです。
古くから地域に親しまれている、この酒蔵には、地元の小学生たちも見学に来るそう。なお、今年の酒蔵見学ツアーは2月9日以降に始まるそうなので、要チェックですよ!(※要事前予約)
実は、山陽盃酒造は昨年の2018年11月8日に火事に見舞われ、蔵の面積の約半分が焼失。幸い、蔵の心臓部である製造設備のある場所は、守られました。
「生かしていただけました。自分は信心深いわけではありませんが、神様が守ってくれたのかなと思います」
「全国の皆さんから4000~5000件のメールや電話をいただきました。共通して言っていただけたのは、『飲ませてください』『がんばって作ってください』というエール。その気持ちに応えるには、酒を作って元気にがんばっている姿を見せていくしかないです」と力強く語る壺阪さん。
手作りの酒ブランド「播州一献」は、火災後に搾ったものが新酒として、販売し始めています。
最後は、こだわりの宍粟牛が絶品の柴原精肉店へ。絶品の黒毛和牛が手頃な価格で食べられるという、頼もしいまちのお肉屋さん。お会いしたのは、三代目の柴原彩貴さん。
お話を聞こうとしたタイミングで、「ただいま~」と息子のゆうしん君が小学校から帰ってきました。そして、創始者である祖父の巳代志さんも。家族経営ならではの和やかな風景に、心がほっこりしました。
「牧場は、宍粟市波賀町の一カ所のみに絞って育てています。同じ品種でも産地で味が変わります。特別なことは何もしていないですが、比べてみると、ここで育てた牛が一番おいしかったですね。はっきりした理由は分かりませんが、高地の気候や山奥の水の清らかさなど、宍粟市のもつ風土が影響しているのではないかと思っています」
何よりも、地元の人においしく食べてほしいという思いから、手頃な価格設定を守っているとか。産地を一カ所に限定している分、育てている牛の数も限られているため、外での販売は極力控えているそう。とはいえ、最近では、ふるさと納税への出品がきっかけで宍粟牛が全国の消費者にも知れわたり、今では北海道や東京からも注文が入っています。
旅の終着点は、揖保川にかかる通称「名畑の流れ橋」(宍粟市一宮須行名)へ。丸一日、宍粟市をまわって、ずっと山と川の風景に浸っていたのですが、同じ自然でも他の地域とは何かが違うように感じていました。山と川のコントラストは、よくある風景なはずなのに、なんだろうと…。改めて、360度周囲をぐるっと見渡して、はっと気が付きました。「谷」の存在に。
宍粟市では、その自然を生かした森林セラピーの活動も注目を集めています。夏はキャンプ、冬はスキーとアウトドア好きにはうってつけ。自然の奥深さを感じさせてくれる宍粟市は、地酒のようにまろやかに、自然と食と人が溶け合う、そんなまちだなと感じた旅でした。
老松酒造
250年以上もの歴史を誇る、地域に根ざした老舗酒造。麹と発酵をテーマにした酒蔵館とダイニングが、2月9日にオープン予定。季節のお酒や、日本酒の飲み比べ、発酵ランチなどが楽しめる。酒蔵見学ツアー(要事前予約)も、同時期にスタート予定。
山陽盃酒造
播州地域の自然の恵みをたっぷりと受けた、手造りの地酒にこだわる。江戸期から続く酒造で、昔ながらの味わいを追求した「播州一献」は、全国にファンが多い。長期熟成酒に力を入れている。
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