ニューヨークではいま「詩的な計算のために」という不思議な名前を冠したスクールに注目が集まっている。電子工学やテクノロジーの可能性を広げるために、それ以外の分野と融合させ、思ってもみなかった化学反応を起こさせることを目指す「School for Poetic Computation」。その設立人のひとり、チェ・テユンに話を聞いた。
photo by Naoko Maeda
text by Yumiko Sakuma
連載みんなでつくろう! あたらしい学びのカタチ
Report 2
photo by Naoko Maeda
text by Yumiko Sakuma
一度は世の中のたくさんの問題を解決すると期待されたテクノロジーが、難民や戦争、格差といったリアルな問題を解決できなかっただけでなく、サイバー戦争という新しい課題を生み出している。メディア、アート、イノベーションという3つの世界を行き来しながら、今、これまで以上にテクノロジーを救うためにはエンパシーや芸術的表現が必要なのではないかという考えに出会うことがある。School for PoeticComputation(SFPC)への訪問で実感したのも、まさにそのことだった。
「for Poetic Computation」、直訳すれば「詩的な計算のために」。普通に考えると対極にありそうな情報科学と詩を同じ文脈で考える「学校」である。カギカッコに入れるのは、一般的な認識の学び舎とは距離があるから。ここでは誰が先生で、誰が生徒なのかわからない。古典的な学府で教鞭を執った経験から、オルタナティブな教育を模索することを決めたアーティストたちの集団が創設しただけあって、学生の組織のような自由な雰囲気に溢れている。
創立者のひとり、チェ・テユンは、テクノロジーを表現に取り込むパフォーマンス・アーティストで、オキュパイ・ウォール・ストリート運動に参加したり、既存の大学で教える中で、ソフトウェアのコードを無償で公開し、誰でも自由に共有できるオープンソースの理念と、「Peer to Peer(コンピュータ同士を接続するというテクノロジー用語であり、仲間同士の、という意でもある)Teaching」を信じるようになった。そしてこの2つの理念を信じる仲間たちが集まって、2013年にSFPCを立ち上げた。
「ここでは生徒も教えないといけないんです」とテユン。6000ドルもの学費を払ってわざわざ人に教えたいと感じる人が、定員15名に対してその4倍も応募してくるのだという。「人に何かを教えるためには、その題材を心底理解していないといけない。他者に教えることで、自分の弱みを知り、さらに多くのことを学ぶことができる。学びの方法として効果がとても大きいのです」
10週間のカリキュラムを通して、一人ひとりが教える側と教えられる側を体験する。その結果、生徒と教師の数だけ、その人数分の集合知が生まれる。集合の学びを最大化するために、それまでの経験や学びたい内容などを踏まえたキュレーション(入学審査)によって学生の顔ぶれが決められる。
この学校にやってくる学生は、おおよそ2つのタイプに分けられるという。
「テクノロジーの業界で働き、十分なお金を稼いでいる。でも仕事から精神的な充足感を得ることができずに、それを埋めるための自己表現の場を求めている人たち。または、文筆家やアーティストで作品にテクノロジーを取り込みたい人たちです」
計算と数字がすべての世界に、計算できない要素を加えてみる。数式では理解できない表現の世界に技術を足してみる。彼らのゴールは目に見える成果ではなく、予期できない化学反応なのだろう。
SHARE