Sakura Through the Seasons

樹木医・和田博幸さんと巡る、麻布台ヒルズの桜

全10種類・約100本もの桜が植えられている麻布台ヒルズ。春になると、早咲きから遅咲きまで、開花時期の異なる桜がリレーのように咲き、季節の移ろいを届けてくれます。各地で桜の保護や再生、名所づくりを手がけてきた樹木医・和田博幸さんに、麻布台ヒルズの桜の魅力と、日本人の暮らしに根付いてきた桜の物語について伺いました。

TEXT BY Ayako Murata

10種類の桜がつくり出す、花のリレー

麻布台ヒルズ|桜マップ—— ❶ カワヅザクラ、カンザクラ(2月下旬) ❷ ヤマザクラ(3月下旬) フジザクラ(4月中旬) ❸ ソメイヨシノ(3月下旬) ❹ ヤマザクラ(3月下旬) ❺ ヤマザクラ(3月下旬) ❻ シダレザクラ、オオシマザクラ、ジンダイアケボノ(3月下旬) ❼ フゲンゾウ(4月中旬) ❽ フゲンゾウ(4月中旬) ❾ カンザン(4月中旬) ※開花時期は目安です

「グリーン&ウェルネス」をコンセプトにつくられた麻布台ヒルズは、8.1ヘクタールの敷地のうち、2.4ヘクタールが緑地として整備されています。街の出入口となる場所には「桜のゲートウェイ」が設けられ、春の訪れを感じることができます。

もともと「我善坊谷」と呼ばれていたこの場所は、東西に細長く、高台と谷地が入り組む地形。現在も約18メートルの高低差が残ります。標高の低い場所から高い場所へと進むにつれて、開花時期の異なる桜が段階的に咲くように植えられ、2月から4月にかけて、桜を長く楽しむことができます。山野に自生する野生種から人の手で生み出された栽培品種まで、その種類もさまざま。まるで日本列島を旅するように、多彩な桜の表情を楽しむことができるのです。

今回は、個性豊かな3種類の桜を入口に、和田さんとともに桜の世界を巡りました。

① 室町時代から愛されてきた八重咲きの桜——フゲンゾウ(普賢象)

photo by Hiroyuki Wada

「室町時代からあったと言われる桜です。鎌倉時代、幕府のある鎌倉の山に生えていたオオシマザクラが、都のある京都へと運び込まれ、京都のヤマザクラと交雑してさまざまな里桜が生まれました。フゲンゾウも、その一つだと考えられています。

フゲンゾウのルーツであるオオシマザクラは、伊豆半島や伊豆諸島に自生する野生種。自然状態でも花びらを5枚以上つけるものがあります。フゲンゾウもその性質を受け継ぎ、肌色に近い淡いピンク色の花びらを30〜50枚もつける、八重咲きの桜です。

『普賢象』という名前の由来は、花の中心にある2本の雄しべが普賢菩薩が乗っている象の鼻に似ているから。あるいは普賢菩薩を祀るお堂の脇に咲いていたから、という説もあります」(和田さん)

② 江戸時代に東京で生まれた桜——ソメイヨシノ(染井吉野)

photo by Hiroyuki Wada

「園芸文化が発達した江戸時代、今の駒込や巣鴨一帯は『染井村』と呼ばれ、大名や武家屋敷の庭園に出入りする植木屋が集まっていました。ソメイヨシノは、江戸時代末期に染井村の植木屋が売り出し始めた桜です。当時は、奈良の吉野山ブランドにあやかり、“江戸にいながら吉野の桜が楽しめる”というキャッチコピーで、『吉野桜』と銘打って売り出したと伝えられています。

オオシマザクラとエドヒガンの雑種と推定され、葉が出る前に大きな花が一気に咲くことで人気が出ました。明治時代になって『ソメイヨシノ(染井吉野)』と名付けられ、各地に植えられるようになりました」(和田さん)

③ 静岡県河津町で生まれた早咲きの桜——カワヅザクラ(河津桜)

photo by Hiroyuki Wada

「カワヅザクラは、台湾に自生するカンヒザクラとオオシマザクラが自然交雑して生まれたとされる桜です。早咲きで、色が濃く見栄えのする花びらや、枝が波打つように横に広がる傘状の樹形が特徴です。

静岡県河津町に住む飯田克美さんという方が、1955年頃に河津川沿いに野生状態で生えていたものを持ち帰り、自宅に移植したものが原木となっています。今でもこの原木は残っています。その後、この桜を地域の特産品にしようと、河津町の町役場や商工会、地元住民が一丸となり、積極的に植栽して増やしていきました。それが、今の河津川沿いの見事な桜並木の風景を作り出したんです」(和田さん)

野生種から栽培品種まで。
バラエティ豊かな麻布台ヒルズの桜

和田博幸|Hiroyuki Wada 1961年群馬県生まれ。東京農業大学農学部農芸化学科卒。サークル「植物愛好会」への所属をきっかけに植物の世界へ。卒業後、(公財)日本花の会へ就職し、桜の名所づくりを中心に桜に関する調査、研究等を担当。現在、樹木医として多方面で活動する。(一社)日本樹木医会 副会長、NPO法人みどり環境ネットワーク! 理事長、NPO法人東京樹木医プロジェクト 理事、法政大学生命科学部応用植物科学科 兼任教員 Photo by Mie Morimoto

日本人にとって馴染み深い植物、桜。そもそも桜とは、どのような植物なのでしょうか。

「桜は、バラ科サクラ属に分類される植物です。サクラ属の仲間には、梅や桃、アンズなども含まれています。

日本の桜のルーツは、ヒマラヤと言われています。ヒマラヤと聞くとエベレストをイメージしがちですが、桜の故郷はその山麓の一帯地域です。緯度は亜熱帯に属し、標高は高いものの常春のような気候です。ネパールの首都カトマンズには、11月〜12月に開花するヒマラヤザクラという桜が自生しています。このヒマラヤザクラが日本などの東方に数千万年という長い年月をかけて遷移する過程で、日本で親しまれているような観賞性の高い桜に変化し、西方へ遷移したものがチェリーと呼ばれる食用の桜に変化していったと言われています。

日本の山野に自生する野生の桜は、10種です。この基本となる10種の桜が、自然に交雑したり人の手を介して育種されたりして、数百種類もの多様な桜が生まれました」

ここ麻布台ヒルズでは、野生種から栽培品種まで、さまざまな桜を楽しむことができます。

「麻布台ヒルズには、ヤマザクラやオオシマザクラのような野生種のほか、ソメイヨシノのような栽培品種、カワヅザクラのような新しい品種も植えられています。バラエティに富んでいるだけでなく、品種ごとに開花時期が違うので、2月から4月上旬にかけて次々と花が咲いていく姿を楽しめる。そういったユニークな場所です。

麻布台ヒルズのすぐそばの仙石山森タワー周辺には、生物多様性への配慮から、江戸時代以前に親しまれていたヤマザクラが多く植えられており、歴史に思いを馳せることができます。

また愛宕グリーンヒルズには、もともと愛宕山に自生していたヤマザクラやエドヒガンが植えられています。一方、アークヒルズや六本木ヒルズ、元麻布ヒルズ周辺ではソメイヨシノ。このように、各ヒルズによって個性豊かな桜の景観を楽しめるんです」


縄文時代から暮らしや信仰に根付く

春の恒例行事と言えば花見。また桜は、入学や卒業といった人生の節目の行事を彩る植物でもあります。桜はいつから、なぜここまで象徴的な存在になったのでしょうか。

麻布台ヒルズのソメイヨシノ

「福井県にある縄文時代の遺跡では、出土した石斧の柄に桜の樹皮が巻かれていたそうです。おそらく儀式に使われた道具ではないかと考えられていて、縄文時代にはすでに桜が特別な存在だった可能性があります。

弥生時代に稲作が日本に伝わると、田んぼの神様は冬の間は山にこもり、春になると田んぼに降りてくると考えられていました。ただし、山から直接田んぼに来るのではなく、一度宿る場所があるとされ、それが桜だと言われていたんです。桜の花が咲くのは、田んぼの神様が降りてきた印。人びとは『今年も神様が来てくれた』と喜び、食べ物を持ち寄って飲み食いした。それが花見の始まりではないかと言われています。

その後、遣唐使が中国から梅を持ち帰り、唐時代の貴族の間で梅の花を愛でる文化も伝わり、これをまねて我国でも貴族の間で桜を観る風習が生まれました。やがて日本文化が成熟した平安時代になると、日本に自生する桜を観賞する習慣が広がっていきました」

古代の信仰や宮廷文化とも結びついてきた桜は、長い時間をかけて人びとの暮らしに根付いていきました。

「きれいなものに人は本能的に惹きつけられるというのが、花見の原点。また、花見にはお酒もつきものです。飲んで楽しいという記憶と結びついていることも、桜が愛される理由でしょう。

造園学者の白幡洋三郎先生は、花見の三要素として『群桜』『群集』『飲食』を挙げています。つまり、群れ咲く桜であること。大勢の人出があること。飲食を伴うこと。この三つが揃うと花見が成立するというわけです。

桜は衣食住すべての側面に関わる植物でもあります。家紋や衣服の文様として使われるほか、桜染めの布、桜餅や桜茶などの食文化、さらには家具や建築の木材としても利用されてきました。

そして何より、季節の変わり目に一気に咲くという特徴があります。入学や入社、卒業など人生の節目とも重なるので、桜がここまで象徴的な植物になったのではないでしょうか」


ソメイヨシノとともに
広がった「新しい都」の景観

東京の歴史を紐解いてみると、実は桜と縁が深い都市でもありました。

「私はよく、京都にはヤマザクラを中心とした『古い都の桜』があり、東京にはソメイヨシノを中心とした『新しい都の桜』があると言っています。京都御所や仁和寺、平野神社ではヤマザクラや古くから伝わる里桜の景観が見られますが、東京では江戸城周辺をはじめ、ソメイヨシノが華やかな景観を生み出しています。

もっとも、江戸時代にも桜の名所づくりは盛んでしたが、当時の人びとに親しまれていた桜の多くはヤマザクラでした」

麻布台ヒルズの中央広場に咲くヤマザクラ。例年3月下旬〜4月上旬に見頃を迎えます

「三代将軍家光は上野に奈良・吉野のヤマザクラを植え、四大将軍家綱は茨城・桜川からヤマザクラの苗木を取り寄せ、隅田川堤に桜並木をつくりました。さらに八代将軍吉宗は、御殿山や飛鳥山を桜の名所として整備します。人が集まることで商いが生まれ、地域の活気にもつながったと言われています。

また江戸には参勤交代で各地の桜が持ち込まれ、染井村では品種改良も盛んに行われました。こうして多様な桜が楽しまれていました」

時代の変化とともに、東京の桜の主役はヤマザクラからソメイヨシノへと移っていったといいます。

「明治維新で時代が変わると、新政府は廃藩置県や廃刀令などを進め、徳川の時代のものを次々と改めました。その流れで、新しい時代を象徴する桜として、ソメイヨシノが各地に植えられるようになったんです。“ぱっと咲いてぱっと散る”姿が、軍人の精神にも重ねられたのでしょう。

東京では、木戸孝允の主導で、江戸城周辺の千鳥ヶ淵や靖国神社、九段などでソメイヨシノの植樹が進められました。明治から大正期に植えられた桜の多くは関東大震災や第二次世界大戦で失われましたが、昭和30〜40年代に初代千代田区長が再び植樹を進めました。北の丸公園の田安門には、当時植えられたソメイヨシノが今も残っています」


桜は、人と緑をつなぐ

和田さんは樹木医として、貴重な桜の保護や桜の名所づくりなど、桜に関わる仕事を数多く手がけてきました。

「以前、寿命を迎えたソメイヨシノの並木を更新する際に、新たに64種類もの桜を植える計画に関わったことがありました。かつては年間30万人ほどだった通行量が、今では100万人以上に増えたそうです。桜は花が咲くともちろん楽しいですが、花がない季節であっても、緑のある場所を歩くこと自体が心地いいんだと思います。

地域の方々も桜を大切にしていて、NPO法人を立ち上げ、草むしりや剪定などの管理を行っています。64種類の桜が植わっていると、学習の場にもなるんです。世代を超えた人たちが一緒になって作業しながら技術や知識を学べることも、大きな魅力だと思います」

春の開花に注目が集まりがちな桜ですが、和田さんは「花以外を観察するのも面白い」と話します。

スズメより小さな黄緑色の体と、目の周りの白い輪が特徴的なメジロ。早咲きの河津桜やソメイヨシノの蜜を好んで吸いにやってきます

「例えば冬芽です。ソメイヨシノのようにエドヒガンをルーツに持つ桜の冬芽は、すっと伸びた枝に寄り添うように付き、表面には細かい毛があります。一方、ヤマザクラの冬芽はラグビーボールのような形で、オオシマザクラはぷっくりと大きい。こうした芽の違いを見るだけでも面白いんです。花の裏側も、たくさんの情報を秘めています。花床筒(萼筒)に付く萼の形や毛の有無、小花柄の付け根にある苞の大きさなどは、種類によって違います。また葉っぱ。ヤマザクラは葉の裏が白く、カスミザクラは葉の裏に光沢があります。こうした違いが分かると、観察の楽しさがぐっと広がります」

桜は人と緑をつなぐ入口のような存在だと、和田さんは語ります。

「植物との付き合い方は人それぞれです。見るだけで満足する人もいれば、僕のように育てることで楽しみが倍増する人もいる。大切なのは、植物を中心に、虫や鳥、人などさまざまな生き物が関わっていると気づくことです。その関係性が見えてくると、がぜん面白くなります。

僕は樹木医として、人と緑をつなぐ役割をしたいと思って仕事をしています。その中で、花が咲くとみんなが喜び、文化的な面も豊かな桜は、人と緑を結びつける入口のような存在だと思っています」

HILLS SAKURA DAYS

六本木ヒルズ、アークヒルズ、麻布台ヒルズ、虎ノ門ヒルズ、愛宕グリーンヒルズ。一年に一度桜が華やぐこの季節に、ヒルズの散策をお楽しみください。