特集虎ノ門ヒルズ ステーションタワー

POETIC MODERNISM

デンマークの売れっ子デザインユニット〈スペース・コペンハーゲン〉の日本初作品、「ホテル虎ノ門ヒルズ」の詩的空間

〈虎ノ門ヒルズ ステーションタワー〉1階の一部および11〜14階に、東京初進出のハイアットのインディペンデント・コレクション〈アンバウンド コレクション by Hyatt〉の〈ホテル虎ノ門ヒルズ〉が昨年末に誕生した。客室数205室からなるホテルは上質ながらカジュアルでリラックスした雰囲気で、名門ホテルが集う虎ノ門周辺に新たな風を吹き込む。

TEXT BY YOSHINAO YAMADA
PHOTO BY KEISUKE FUKAMIZU
EDIT BY KAZUMI YAMAMOTO
illustration by Adrian Johnson

虎ノ門という都心に位置し、その客室から東京を象徴するランドマークの数々を間近に眺めることができる。

インテリアを担当するのは、シーネ・ビンズレヴ・ヘンリクセンとピーター・ブンゴー・ルッツゥによるデザイナーユニット〈スペース・コペンハーゲン〉だ。デンマーク王立芸術アカデミーで建築を学んだ二人は、2005年にデンマーク・コペンハーゲンでユニットを設立。家具、建築、インテリア、アートインスタレーションなどの幅広いプロジェクトを手がけ、コペンハーゲンのレストラン「NOMA」の内装デザインで注目を集めるようになった。

虎ノ門エリアの現在と過去がインスピレーションソース

2012年、スペース・コペンハーゲンはデンマーク・コペンハーゲンのレストラン〈ノーマ〉でインテリアのリニューアルを手がけて話題を集めた。木、石、革、真鍮、リネンなどの有機的な素材を用いながら、茶を黒とグレーのカラースキームに変え、自らデザインした家具を配置。

世界各地でホテルやレストラン、個人宅のインテリアデザインなどを幅広く手がける彼らは、自らのアプローチを「ポエティックモダニズム」と表現する。そのデザイン哲学と新たなホテルで目指したものを尋ねると、「私たちはすでに5〜6年ほど、〈ホテル虎ノ門ヒルズ〉のプロジェクトに関わっています」と切り出した。

同じくコペンハーゲンの中央駅前にあるアルネ・ヤコブセンがデザインした名作ホテル〈SASロイヤルホテル(現ラディソン・コレクション・ロイヤルホテル)〉のリニューアルを2018年に行った。ホテルを象徴するロビーの螺旋階段は赤い絨毯から現代的な色使いに変更し、手すりは床の大理石とトーンを合わせたレザーで覆う。

〈グビ〉、〈ステラワークス〉、〈フレデリシア〉、〈アンド・トラディション〉、〈メーター〉などの、北欧を中心とする家具ブランドでデザインを手がける。そのデザインは二面性を重視しており、「クラシックとモダン」「インダストリアルとオーガニック」「スカルプチュアとミニマル」「光と影」を併存させることでポエティックな佇まいを追求する。

最初のミーティングで訪れてから虎ノ門は大きく変化したと振り返りながら、「ビジネス中心だった街が多様性をもち、さまざまな目的を持った人々が虎ノ門を訪れるようになったそうですね。コロナ禍以降は来日が叶わなかったので、ひさしぶりに虎ノ門を訪れて驚きました。数年前に聞いていたコミュニティをつくるというビジョンが現実のものとなっているのですから」という。

「非常にスピードをもって建設が進む虎ノ門にはエネルギー、そして将来への可能性が満ちています。虎ノ門は、歴史と未来という二つの時間軸が宿るハイブリットな街。これが私たちのデザインに大きなインスピレーションを与えてくれました」とルッツゥは続ける。神獣が土地を守るという四神思想の白虎に由来、江戸時代に虎ノ門という名がつけられた歴史。皇居や東京湾にも近く、銀座まで歩いて行けるという特別なロケーションも魅力的だと、彼はいう。

SPACE COPENHAGEN|スペース・コペンハーゲン 2005年にピーター・ブンゴー・ルッツゥ(左)とシーネ・ビンズレヴ・ヘンリクセン(右)により設立されたデザイナーユニット。インテリアデザインから家具や照明のデザイン、アートのディレクションまで幅広い分野で活躍。ニューヨークの〈11ハワード〉やロンドンの〈ザ・ストラッドフォード〉などホテルのインテリアデザインでも定評がある。

「こうして窓の外を見ると、街はエネルギーに満ち、多層的な形で人々の生活が成り立っていることがわかります。ビジネスセンター、住宅、それらを結ぶ様々な緑、そして飲食店や商業施設が集まった街になるということで期待が高まります。コミュニティを生み出すというビジョンと過去から続く伝統的な日本の美しさ、この二つの関係性が将来を見据えるうえでのインスピレーションソースになりました」と、ルッツゥ。

静かで親密な空間構成

チェックイン前やチェックアウト後でも、ホテルラウンジで仕事をしたり、くつろいだりもできる。

彼らは〈虎ノ門ヒルズ〉全体が描く未来のあり方を研究し、ビルに内包されたモダンなライフスタイル、ユーザーとビジネスの関係性、今日的な旅行者が求めるもの、そして多目的な公共スペースから生み出されるものを踏まえ、非常に豊かな体験と必要なものを提供するホテルを目指すことにした。

ビル全体のモダンなデザインやマテリアルとは対照的に、ホテルのパブリックスペースは全体的に照度を抑え、クラシックな素材を使い、日本のクラフトアートを飾るなどリラックスできる演出が施されている。さらに客室に入ると、もっと静かで柔らかく、親密ながらプライベートな空間が広がる。思索にふけるようなスローな時間を感じられる空間。彼らはそれを、「スローエステティックス」と呼ぶ。ここで活力をチャージし、翌朝にはふたたびエネルギーに満ちた街へ繰り出せる。

これまでにスペース・コペンハーゲンが手がけてきた家具と新規にデザインされた家具や調度品が溶け合い、北欧と日本のデザイン的な美学を融合した空間が作りだされている。

客室では、過剰になにかを提供することはないと二人はいう。なぜなら〈虎ノ門ヒルズ ステーションタワー〉内にはさまざまな機能があり、ホテルは他のスペースと密な関係にあるからだ。彼らが目指した空間の質とは、「触れ心地のよい素材やディテールにも非常に気を配り、抑制のきいたタイムレスでミニマル」なものだとルッツゥはいう。

「私たちは若い頃から日本に特別な繋がりを感じていました。日本の美的感覚に多くのインスピレーションを得ていますし、同時にデンマークの伝統と日本の美的感覚には相互関係のようなものも感じています。ホテルのあらゆる空間は、北欧、そして日本人にとってオーセンティックなものだと感じられるのではないでしょうか。私たちは旅行者が(精神的な)充電をできる部屋にしたいと考えました」と、ヘンリクセンは言葉をつなぐ。

さらにルッツゥは、「虎ノ門という都市の大きなスケールからホテルに入り、少しスケールが抑えられたロビーで心がリラックスします。さらに客室に入ると心が落ち着き、あたかも自宅に帰ってきたような感じが得られるでしょう。旅行者が虎ノ門というアクティブな街と関わるなかで、私たちは自然体で客室を楽しんでほしいと考えています」という。

北欧と日本の美的感覚の融合

大きな窓から虎ノ門の街を間近に眺める。柔らかな色使いとオリジナルでデザインされたカウチソファや照明などで、都心におけるリラックスした時間を生み出す。

北欧と日本の共通点は多くのデザイナーが考えるところだ。彼らはどこにそれを見出すのか。それは「天然素材へのリスペクト」だと、ルッツゥはいう。「特に木材が持つ繊細さですね。さらにクラフツマンシップへの尊敬もあり、ミニマルで精緻なデザインを好むこと、美的感覚と機能への儀式的なアプローチもよく似ています。しかし一方でその背景は全く違います」と、ヘンリクセンは分析する。

「先ほどもお話したように私たちは幼いころから記憶にある限り、日本の伝統やクラフツマンシップ、美的センスに強い興味を持ってきました。もちろん学校でも学びましたが、それよりも前からずっと日本との繋がりというのを感じているのです。ただし、日本は古くからスピリチュアルな精神性を持っているのが特徴です。一方でデンマークはより高機能的な理由に基づいていて、生活と美的感覚を近づけようとしている。つまりデンマーク人はデザインに解決手段を見いだしているので、生活のあり方はそのままデザインに繋がっています。ただもう一つ共通するのは、時間の概念でしょうか。日本人もデンマークも、人生は有限であるという刹那的な感覚をもっています。なにごとも永遠に続かず、限られた時間しか与えられていない。そうした感性を私たちはポジティブメランコリーと呼んでいますが、日本でいうところの〈わびさび〉に近いのではないでしょうか。そのなかで、より良いものが時間を経て価値を高めていく。たとえばデンマークにおいても椅子が大切に扱われ、次世代に引き継がれていくなかで価値を高めていく。そのようなその時間こそが貴重であり、人生もまた儚く貴重である。そうした考え方が人々のベースにあることは、共通しているものではないでしょうか」(ヘンリクセン)

客室に足を踏み入れると、ベッドサイドのライトや壁のフックまで彼らの細やかなデザインが見られる。窓際に置かれたソファやテーブルももちろん、彼らのデザインによるものだ。彼らはデンマークを代表する老舗家具メーカー〈フレデリシア〉から、〈メーター〉〈アンドトラディション〉〈ステラワークス〉のような新興メーカーまで幅広く家具のデザインを手がけている。客室の家具には彼らがデザインした既製品も含まれるが、それはやはり「ゆったりとした時間を過ごすためにデザインされた家具」だからだと、彼らはいう。

「私たちがこれまで家具をデザインする際に込めてきた思いが、客室に反映されています。空間のコンセプトにぴたりと寄り添うので、これ以上にここに適した家具はありませんでした。私たちが座る椅子は北欧的な木材やレザーの使い方を採用したもので、モダンな空間によく合います。ただ一方で、日本に古くから根ざすデザイン性がインスピレーションソースの一部に加わっているのです」(ルッツゥ)

“素材”と“工芸”がキーワードに

照明などはもちろん、水栓ハンドルなどの細かな部分までオリジナルでデザインされた器具を使う。

また一階には彼らがアントワープで設計したモダン・イタリアン〈ル・プリスティン〉を経営するスターシェフ、セルジオ・ハーマンが招聘された。アントワープでは1960年代の建築の一部を活かし、現地のアーティストや職人とコラボレーションした作品で演出している。

「私たちと彼のあいだには少し面白いストーリーがあって、それには東京という街が関係します。私たちがアントワープにある彼のレストランをデザインし終えたとき、実はまだ彼の料理を楽しむことができていませんでした。はじめて彼の料理を楽しめたのは、彼が東京でポップアップレストランのイベントを開催していたときのこと。だからセルジオの食事を初めて楽しんだのは、東京でのことです」

そんな彼と東京という街でいっしょに仕事をできることはうれしいと二人は微笑む。さらに、食と空間というコラボレーションは自然な形であるべきだと言葉をつなぐ。

「セルジオは日本の文化、そして日本の料理に強い影響も受けています。私たちも国際的な街である東京を舞台に、彼のバックグラウンドにあるヨーロッパ的な文化やエネルギーが日本と出会う姿を、ハイブリッドな形で表現したいと考えています。アントワープとは違う空間になるでしょう。日本的な文化的言語を組み合わせていきたいと考えていますが、素材と工芸がひとつの鍵となるでしょう。レストランに足を踏み入れると歓迎されていると感じると同時に、エネルギーを感じるとともにリラックスしてもらいたい。単に美しいレストランではなく、楽しいといった側面も重視しています」

世界基準のビジネス街へと進化する虎ノ門だからこそ、家のようなやすらぎをもつホテルの存在は貴重だ。アートなどのカルチャー、商業のにぎわい、そしてホテル。マルチカルチュラルな都市だからこそ求められる宿泊体験に期待が高まる。