特集虎ノ門ヒルズ ステーションタワー

ADRIAN JOHNSON EXHIBITION

“ウイット”と“ユーモア”と“かわいい”が混在する、エイドリアン・ジョンソンの頭の中を覗いてみる

カラフルでポップなイラストで人気のイギリス人アーティストによる、初めてのペインティング作品の個展が東京・西麻布の〈CALM & PUNK GALLERY〉で開催中だ。

PHOTO & MOVIE BY MASANORI KANESHITA
TEXT BY MARI MATSUBARA
EDIT BY KAZUMI YAMAMOTO
illustration by Adrian Johnson

 

個展のタイトルは“The Subject is the Object, and the Object is the Subject”。日本語に訳すと「主体は客体であり、客体は主体である」。これってどういう意味だろう? そんな疑問を抱きながらギャラリーに入ると、まずは大きなカンヴァス作品が1枚、目に入る。その左隣からぐるっと左回りに、2点で1セットの小さめのカンヴァス作品が並んでいて、最後にまた1枚大きな作品が掛けられている。2枚セットの作品は「主体」と「客体」であり、最初と最後の大きなカンヴァスも「主体」と「客体」の対をなしているのだ。

オブジェクトとアブストラクトが対になった作品

ギャラリーに入って正面に見えるのが、上の写真の右端の大きなカンヴァス。

こちらが最初に目に入る作品 Connections in Isolation「孤立の中のつながり」。ぐるっと回って最後に展示されている Isolation in Connections「つながりの中の孤立」と対をなし、どちらもありうることを示唆している。

「僕はクライアントからの依頼で商業的な仕事をすることが多いのだけれど、今回は個展なので制約に縛られず、本当に描きたいものを描く自由があった。普段やっているイラストの仕事では、しばしば難解で抽象的なテーマを分かりやすく伝えるために、具体的なモノを描くことが多かった。モノはナラティブ(物語性があること)であり、問題解決のためのイラストだったけれど、今回はそこにこだわる必要はないわけで、僕としては「抽象」を描こうと思ったんだ。でも、いきなり抽象的な作品を目の前に置かれても、観る人は「はて?」と、僕の個人的な経験に基づいた物語を理解しにくいかもしれない。抽象へと飛躍するためには何らかの橋渡しが必要だと考えた。そこで、まずは身近なモノや道具を描き、そこから引き出した「抽象」を描く。つまり「オブジェクト」と「アブストラクト」が対になっているような作品を描くことにした」

ペアの作品。左:Sharp Focus, 2024, H40×W40×D2cm, Acrylic on Canvas、右:Blunt Ambivalence, 2024, H40×W40×D2cm, Acrylic on Canvas

たとえば Sharp FocusBlunt Ambivalence の対の作品。Sharp Focus ではカメラのレンズの中に人の顔らしきものが入っている。カメラは人間に使われる道具だから「客体」なのだが、その中に「主体」であるはずの人間が入っている。そして隣の Blunt Ambivalence では Sharp Focus で描かれたパーツがバラバラに分解され、再構築されている。つまり客体と主体が入れ子になっており、なおかつそれが入れ替わることもある。主体の中に客体があり、客体の中に主体があるという展覧会のタイトルにつながっている。一見カラフルで楽しげな絵画が、実は深遠な意味を含んでいるのだ。そこまで理解するのはなかなか難しい?

作品に込められたウィットや言葉遊びを発見しよう!

エイドリアン・ジョンソン|Adrian Johnson グラフィック・アーティスト、イラストレーター、アートディレクター。イギリス・リバプール生まれ。コペンハーゲン在住。アディダス、アップル、コカ・コーラ、ユニクロ、ユニセフなど世界的企業や公的機関のクライアントワークを多数手がける。2023年には虎ノ門ヒルズ ステーションタワー開業の特別サイトのイラストを担当した。

「僕自身、客体と主体を対にして描こうと準備していたわけじゃないんだ。観る人が自由に見てくれてもちろん構わないよ。僕はとにかく身近にあって親近感の湧くモノをスケッチすることから始めた。カメラもそうだし、ジョウロ、鉛筆削り、ペッパーミル、レコードプレーヤー……。こうした道具が持つ、機能を果たすために生まれた造形にとても惹かれるんだ」

左:Turntable, 2024, H40×W40×D2cm, Acrylic on Canvas、右:Tables Turned, 2024, H40×W40×D2cm, Acrylic on Canvas

作品には、実は英語の言葉遊びも含まれている。たとえば Turntable はご存じのとおり「レコードプレーヤー」のこと。その対になっている作品 Tables Turned は単に言葉をひっくり返しているだけではなく、「形成逆転」という意味を含んでいるそうだ。イギリス人のエイドリアンらしいウィットや言葉遊びを知ると、作品世界の奥へもう一歩踏み込んでいけそうだ。

左:Ground Down, 2024, H40×W40×D2cm, Acrylic on Canvas、右:Ground Up, 2024, H40×W40×D2cm, Acrylic on Canvas 左のペッパーミルのパーツを分解し再構築したのが右の作品。Ground Up には「土台からやり直す」という意味がある。そして Ground は「Grind=(粉や豆を)挽く」の過去形でもある。

左:Watering Can, 2024, H40×W40×D2cm, Acrylic on Canvas、右:Watering Can’t, 2024, H40×W40×D2cm, Acrylic on Canvas Watering Canとはジョウロのこと。そのパーツをバラバラにして組み直した右の絵ではもう水を遣ることができないので、Watering Can’t というわけ。でも「顔」の表情は変わらずニュートラル。

左:Inside Out, 2024, H40 × W40 × D2cm, Acrylic on Canvas、右:Outside In, 2024, H40×W40×D2cm, Acrylic on Canvas

すべての作品に描かれる「顔」は誰?

一つのオブジェについて何枚もアイディアを重ねたスケッチ。

 

 

「1つのモノを描くと決めたら、まずノートに何十ものスケッチを繰り返して描いてみる。どんどん余計な線を省いていって、シンプルでグラフィックな造形を突き詰めて、これでよしとなったら、そのスケッチの不完全さも含めて丁寧に、慎重にペインティングに置き換えていく。今回は鑑賞者に絵画になる前のプロセスも見てもらいたいと考えて、展示の傍らにノートを置いて自由に閲覧できるようにしている」

ところで、すべての作品に共通する無表情の顔。あれはエイドリアン自身なのだそうだ。

最初の作品と対をなす Isolation in Connections, 2024, H100×W80×D4cm, Acrylic on Canvas

「あれは僕が感じている自分の顔。嬉しくもないし悲しくもない。物事に対して何かを決めつけるような意見を持たず、ニュートラルでいたいという自分の意識が投影されているんだ。その泰然とした穏やかさは日本の禅の思想にちょっと通じるところがあるかもしれない。あの「顔」が、「客体」と「主体」の間をつなぐシナジー効果をもたらしていると思う」

9色のアクリル絵の具で描かれた色面のグラフィカルな構成を単純に楽しんでもよし、エイドリアン独特のウィットやユーモアを読み取ってもよし。ぜひ2点セットで眺めていたい作品だ。

今回で3回目の来日となったエイドリアン・ジョンソン。次回は鉛筆のドローイング作品で個展をしたいと語る。

エイドリアン・ジョンソン個展
“The Subject is the Object,
and the Object is the Subject”


日程=2024年9月20日(金)〜10月13日(日)
場所=CALM & PUNK GALLERY
住所=東京都港区西麻布1-15-15 浅井ビル1F
時間=13:00〜19:00
休廊日=日曜・月曜・火曜(10月13日はオープン)