イギリス人デザイナー、トーマス・ヘザウィック率いる「ヘザウィック・スタジオ」が手がけた麻布台ヒルズの低層部は、建築の隅々にまでこだわりが詰まっています。そのユニークなディテールを、森ビル(株)設計部に所属する一級建築士・奈良崇さんの解説で徹底解剖します!
TEXT BY Mari Matsubara
PHOTO BY JUNPEI KATO
edit by Kazumi Yamamoto
illustration by Geoff McFetridge
工事中からすでに、ネットフレームが波打つような前代未聞の外観が巷で話題となっていた麻布台ヒルズ低層部。さまざまな商業施設が入ったガーデンプラザをはじめ、今後ハイブランドが次々とオープンするスタンドアローン形式のガラス張りの店舗が立ち並び、地下には麻布台ヒルズマーケット(2024年春オープン)や麻布台ヒルズギャラリーなどのアート施設などが広がっている。
歩いてみると、床や天井や壁、柱の外装やエレベーター、案内板に至るまで、凝りに凝ったデザインがあちこちに!「ヘザウィック・スタジオ」のディテールへの並々ならぬこだわりを読み解いていこう。
GRC洗い出しのネットフレーム
麻布台ヒルズ低層部を象徴するこのグリッド状のネットフレーム。GRC(ガラス繊維入り強化コンクリート)の表面に4〜8㎜径の小石をセメントに混ぜた「たね石」層を設けている。3Dデータを元に起こした型にGRCを打設し、硬化後に型を外したあと、たね石層表面のセメントを洗い流すことで小石の粒が表面に現れるようにする特殊な仕上げが施されている。この工法は床や壁などの平板では昔から実績があるが、今回のように立体的な造形で採用した例は極めて珍しい。「ヘザウィック・スタジオ」は、開発前の谷戸地形をイメージし、高低差のある土地の記憶を表現しつつ、敷地全体に一貫性と多様性とをもたらすというアイデアからこのネットフレームのデザインにたどり着き、自然のテクスチャーを望んでこのような外装デザインになった。
C街区だけで5,000ピース以上の外装フレームが組み合わされており、そのすべての色や質感に差が出ないようにするため、GRCに混ぜ込む石は集めた石の山からランダムに少量ずつ混ぜ合わせて均一化を図ったというから、まさにローテク極まりない。ちなみに曲がりくねった鉄骨と外装フレームは一つとして同じものは存在せず、それをナンバリングして管理し、現場で組み合わせるのはジグソーパズルのように困難を極めた。
ストラタ・ウォール
ストラタとは英語で「地層」のこと。割肌を見せたり、バーナー仕上げにしたり、テクスチャーの見え方を変えた黒っぽい花崗岩ブロックをランダムに積み上げた壁は、地下通路のさまざまなところで見られる。壁の裏側に別の空間がなく、掘り下げた地層にぶつかっている部分にこの「ストラタ・ウオール」が採用されている。地下空間にいる時にも、自分がどの場所に立っているかを知らしめる、ヘザウィックらしい仕掛けだ。しかも、石のブロックは幅も長さもわざとまちまちで、その貼り方も法則はなくランダムにし、ほんの少し出っぱっていたり、引っ込んでいたり。まさに自然の地層を模している。
麻布台が昔、「我善坊谷」と呼ばれる谷地にあったという記憶をどこかに留めておきたいと願う再開発組合や行政による景観部会などの思いも汲み取った上で、ヘザウィックは「ストラタ・ウォール」としてデザインに取り入れた。
エレベーター
地下通路と地上をつなぐエレベーターは、「パヴィリオン」と呼ばれる地上に立ち並ぶガラス張りの店舗にそっくり。ヘザウィックは「デザインの一貫性を意識して、室内のエレベータを囲う壁も、地上のパヴィリオンが地面を貫通してエレベーターと一緒に地下ホールまでつながっているイメージで作りたい」と考えた。屋内エレベーターの壁は横ラインの波ガラスで、隅をアールに曲げるというこだわりよう。
エレベーターボタンのサイドにも柔らかな曲線が使われている。こんな小さなディテールにまでこだわりを貫いてデザインされている。
十字柱
神谷町駅改札と繋がっている地下アトリウムで頭上を見上げると、地上部にある建築のネットフレームの形状をそのまま反映させた梁や柱であることがわかる。柱の断面が十字になっていることが特徴で、屋内外すべての柱に統一されている。十字にしたのはヘザウィックの美的なこだわりとしか言いようがない。
ちなみに屋内のこのような柱の表面仕上げはすべて左官職人が手作業で塗っている!
ツリー天井
2024年春にオープン予定の「麻布台ヒルズマーケット」。木が枝を広げるような形状の天井に要注目! これほどの難工事はないと設計部も施工者も頭を悩ませた、幾何学立体パズルのような複雑さ。茶色いバーが曲がりながら放射線状に広がっており、バーの間の部分を白いパネルで埋めるのだが、その形が一つひとつ異なるのだ。
白いパネルは内側に折り曲がりくぼみが付けられている。設計の3Dデータをそのまま渡して一つひとつのパネルをオーダーメイドしなければならない。それを請け負う業者を見つけるのが大変だった。まるでジグソーパズルのような緻密さ、精度の高さに、お買い物の際にはぜひ注目してほしい。
ドレープ仕上げ
どこまでも“フツウ”を嫌うヘザウィック。地下通路の単なる壁なのに、出寸法の異なる押出金物をランダムに配置し、カーテンのドレープのような仕上げにしている。ひだの出しかたも均一ではなく、あえてまちまちに。
麻布台ヒルズ レジデンスA棟の地下エントランス。この壁、なんと石でできている!
壁の下のほうをみると床に接地せずわずかに浮かせて、ドレープを際立たせている。石でこんな加工ができるとはびっくり。
コッファー天井
コッファーとは格天井のこと。日本にも欧米にもある格天井だが、ヘザウィックの手にかかれば一筋縄ではいかない。神谷町駅につながる地下の駅前広場の天井は、四隅にアールをつけてくぼませた長方形のトレイのような形をランダムに並べている。
ベースは石膏ボードだが、四隅を木質系不燃材ボードの削り出しでアールをつけ、塗装で全体を滑らかに仕上げるというやり方。非常に手間のかかる仕事だ。
メタルメッシュの壁
商業エリアの壁は基本的にこのブロンズ色のメタルメッシュで統一されている。一枚板で覆えば簡単だが、ヘザウィックは手痕の残るテクスチャーを好む。メッシュ状に編まれたメタル板をさまざまなサイズで用意し、組み合わせたり、段差をつけたりして表情を生み出す。
天窓
地下通路にはところどころ天窓が設けられ、自然光が入るようになっている。カーブを描く天井や壁の後ろ側に設置された間接照明がラインを強調する。
キオスク
麻布台ヒルズのオリジナルグッズやコーヒーなどを販売する「キオスク」もヘザウィックがデザインした。まるでピクサー映画に出てきそうな奇想天外な形。もちろん1点ものだ。
キオスクその2。横引きシャッターが開閉する。ブロンズカラーは内外装すべてに共通するキーカラー。夜間はシャッターの上と腰壁の白い部分がランタンのように灯る。
ギャラリーサイン
麻布台ヒルズギャラリーのサイン。それぞれ高さ2.65〜3.5m、アルミのダイキャストでできている。通常は鋳型から出したあと、表面の凸凹を研磨して綺麗に仕上げるのだが、ヘザウィックは脱型した跡がそのまま残っているほうが面白いと判断した。
ベンチ
こちらもヘザウィックデザイン。植物が植え込まれた大きなプランターとベンチが合体しているところがアイディアもの。
和菓子のきんとん? もしくは小籠包? 敷地のあちこちに置かれている丸っこいオブジェはその名も「ペブル・ベンチ」。小石をイメージしているという。ストリートは驚きに満ちたものであるべきと常々語っているヘザウィックらしいデザインだ。こちらもGRC洗い出し仕上げだが、石の粒はネットフレームより細かい。
以上、麻布台ヒルズのあちこちに散らばっているヘザウィックデザインのディテールを集めてみた。どれも「なぜそこまでこだわるの?!」と言いたくなるほど、細部まで綿密に計算されており、また遊び心満載。既製品や慣例に流れず、オリジナルであることを突き詰めている。あまりにユニークな発想なので当然、初期デザイン案がすんなりと実現化することは少なく、森ビル設計部と果てしない打ち合わせが重ねられた。しかし次々と複数の代替案を用意し、それぞれにCGパースを作成してプレゼンしてくる「ヘザウィック・スタジオ」の真摯な姿勢。それはもはや「粘り強い」というより「あきらめが悪い」と言うほどだったと奈良さんは語る。
トーマス・ヘザウィック自身は建築家ではなくデザイナーだ。「作れるかどうか」が出発点ではなく、「作りたい形を作る」と言う強い信念がまず先に立ってものごとが進められた。そしてアイディアの具現化の裏には、日本の優秀な施工会社やものづくりの職人たちの柔軟な対応力と高い技術力があったのだ。
だからこそ麻布台ヒルズには、他の都市開発や複合施設ではお目にかかれないようなデザインのユニークさと一貫性、そして訪れる人をあっと驚かせるような魅力に満ちている。
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