特集麻布台ヒルズ

AZABUDAI HILLS MARKET

「本物の味を伝えたい」食のプロフェッショナルがワンチームで取り組む——麻布台ヒルズマーケット座談会

「食の本当のおいしさや豊かさを伝えたい」「新しい価値を発信したい」その想いを持って約30の専門店が「麻布台ヒルズマーケット」に集結します。日本の食文化の豊かさを伝えながら、売り手も買い手もワクワクするようなマーケットを目指し、マグロ卸、黒毛和牛、米とご飯のプロフェッショナルが熱く語り合いました。

TEXT BY HILLS LIFE DAILY
PHOTO BY Ryo Yoshiya
illustration by Geoff McFetridge

山口 築地の市場で40年間、仲卸をやってきましたが、60歳を区切りに「食育」がしたいと思っていました。私の小さいころは、街の魚屋さんがあって「これがアジだ、イワシだ、サバだ」とわかっていたけれど、今は皆さん、スーパーのショーケースに並んだ切り身を買う。その結果、魚を目で見てわからない人たちが増えています。ここ十数年、水産物の養殖化も進んでいます。

こうした状況に強い危機感を感じています。世界が驚嘆する日本の食文化は、日本の地形や環境が産んだ水産資源によるところが大きい。世界中で鮨ブームになっていますが、日本近海のおいしい魚とそこで育まれた食文化があったから鮨が生まれました。そういうものが今、失われつつある。何とかしなければいけないと思っていたところ、麻布台ヒルズのプロジェクトへのお誘いがあり、「いい機会だ、食育ができるんじゃないか」と参画しました。

日本の食文化、日本人の味覚を守りたい

左|稲田智己 株式会社ヤザワミート 代表取締役社長 中央|山口 幸 やま幸グループ 代表 右|片山真一 株式会社隅田屋商店 代表取締役

山口 近年、日本のおいしい魚がどんどん海外に流出しています。ニューヨークでは客単価が10万円以上のレストランが相当増えている。私のところにも法外な金額で海外からオファーがありますが、お断りしています。いい魚を日本の店に出し続けていくことが、我々仲卸の使命だと思っているからです。

残念なことに、日本人の味覚も崩れつつある。海外の人は脂の乗った魚が好きですが、日本人は『目に青葉 山ホトトギス 初ガツオ』の句のように、脂の乗った秋の戻りガツオより、香り高い春のカツオをおいしいと感じる繊細な味覚を持っていました。しかし、魚のおいしさをきちんと伝える機会が失われ、日本人の味覚がズレてきています。だから、私はここから情報を発信したい。麻布台ヒルズならそれができるのではないかと思っています。

稲田 ジャンルは違いますが、私も同じ考えです。今、黒毛和牛の生産者が高齢化してどんどん減ってきています。我々の商売は生産者と黒毛和牛あってのもの。黒毛和牛の素晴らしさをもっとたくさんの人に伝えていきたい。そんなとき、山口さんから「一緒に麻布台に出ないか」と声をかけていただきました。ずっと尊敬していたのでとても嬉しかったですね。

もう一つの動機は、「新しいことに挑戦する」という森ビルの姿勢に共感したからです。私たちも企業として退化しないように、新しいことに挑戦し続けてきました。この出会いも挑戦のチャンスと受け止めています。

「パーラー矢澤」はこれまでの集大成の店にしたい。お客様の要望に合わせて中食* のバイオーダーもしようと思っています。例えば、トンカツでも、「出来立てがいい」というお客さんもいれば、「すぐ買って帰りたい」というお客さんもいる。イートインも組み合わせて、いろいろな要望に応えていきたいと思っています。

中食(なかしょく)* … 惣菜や弁当など、家庭外で調理された飲食物を購入し、食べること

「新しい価値」を発見し、発信するマーケット

お米とごはん 隅田屋

片山 私は米屋の4代目。お米の業界では新参者ですが、今のお米の売り方に疑問を持っています。食糧管理法が変わり、流通が変わり、需給関係も逆転して米が余っているのに、いまだに価格と銘柄でしか売っていない。それを変えたいと思っていたとき、このお話をいただいて、日本人の価値観を変えるステージになると思い、出店を決めました。

ここでやりたいことは、お米からご飯になるまで一連の流れの中で、お客様に新しい価値を発見してもらうこと。その一つは、お米のブレンドです。ブレンド米というと「いいお米に悪いお米を混ぜて安くしているんでしょ」と否定的に思っている方が多いのですが、実はお米屋の技術で「1+1=3」になるようなブレンドができるのです。もう一つは「炊飯教室」です。どんなにいいお米でも炊き方が間違っていたら、おいしいご飯にはならない。今、新しい品種がどんどん出てきています。それぞれに最適な炊き方があるはずですが、だれも教えてこなかった。「炊飯教室」ではそれを伝えたい。お米の選び方から、おいしく召し上がっていただくまでのお米の取扱説明書をつくり、「日本一のご飯屋さん」を目指したいと思っています。

本物を知るプロが協働するからこそ、面白い

麻布台 やま幸鮮魚店

山口 もともとこのプロジェクトでは、「いろいろなところが集まってワンチームでやろう」ということがありました。「ワンチームで食のマーケットをつくっていく」という試みは他にはない大きな魅力だ、とすし匠の中澤圭二さんにも言っていただきました。やるなら、信頼できる本物のプロフェッショナルとチームを組みたい。稲田さんも片山さんも「本物の味をお客様に届けたい」といろいろ挑戦されている。一緒にやれば、きっと面白いことができる。出店される約30の専門店が協働できれば、想像を超えるような展開や発信ができそうです。必ずお客様にも響くと思っています。

片山 同感です。私はここで、本物にこだわる方々と一緒に「食」をつくっていけることが心底嬉しい。隅田屋のご飯を、マーケットの他のお店にもご提供できるようになりました。私にとって夢のような話です。「食」のおいしさは全部まとまってこそ完成される。ご飯はおかずと揃って初めておいしくなるし、おかずの味を最大限に活かすご飯もあります。

例えば、お肉とご飯を合わせるとき、私は、お肉の余分な脂をご飯が吸着して、お肉の旨みが出るようなブレンドをします。魚の場合は、魚の旨みにご飯の旨みを少し足すとおいしくなる。肉は脂が強いから引き算、魚は脂が少ないので、ご飯の旨みを加える足し算です。ここには炊飯センターがあるので、そうした試みが気軽にできます。

稲田 当社グループには、山口さんからマグロを卸してもらっている店があります。マグロ丼といえば普通は酢飯ですが、片山さんがマグロ丼用にブレンドしてくれたご飯を食べた瞬間、私の脳内で酢飯を超えた。マグロと米が融合したんです。いや、本当にびっくり。その先には「ハンバーグ用ご飯」とか、すごい展開になるかも……(笑)

山口 実は私も「マグロには酢飯」とずっと思っていた。でも、片山さんと出会ってからはマグロには白いご飯です。

片山 おふたりの言葉はものすごく嬉しい。異業種のプロの評価はお客様に対しても説得力があります。ワークショップでいろいろなコラボレーションをしたいです。そこで発見したことを、互いの商売に活かしていけたらいいですね。

稲田 私もワークショップがとても楽しみです。マーケットがオープンすれば、いろいろな課題も出てくるでしょうが、みんなで意見を交わし、協力しながら答えを探していきたい。むしろ、答えがないから面白いんじゃないでしょうか。このチームで答えを探していけば、これまでの常識を超えたものが生まれてくるように思います。ちなみに、私の考える究極の「答え」は、1回買ったお客様が2度3度と買いに来てくれて、マーケットの常連さんになってくれることです。

「医食同源」、普段の食が心身の健康につながる

パーラー矢澤

山口 私は血管年齢がすごく若いそうで、医者から「きっとマグロや青魚をたくさん食べているからでしょうね」と言われます。健康のためにも天然のおいしい魚をもっと食べてほしいし、普段の食を大事にしてほしい。そのためには、買い物に来るのが楽しくなるようなマーケットにしなければいけないと思っています。

対面販売の楽しさは、「今日のおすすめはこれです、こうやって食べるとおいしいですよ」といったやりとりが気軽にできること。「やってみたら、すごくおいしかったわ」なんて言われたら、我々の喜びはまさにこれだ、と思います。

友だちに「生臭いから貝は嫌い」という人がいました。貝は火を通すと臭みがなくなって甘みが出る。おいしい食べ方を伝えていったら、私の友だちはみんな嫌いな物がなくなった。本当においしいものをおいしく食べるやり方を知れば、皆、そうなるんです。このマーケットの仲間と一緒に、日本の食のおいしさを楽しく伝えていきたいです。

稲田 おいしいもの、本質的なものを食べることが心身の健康につながるのだと思います。いいお酒は頭が痛くならないし、ちゃんとした食材を食べていれば自然に健康になります。

山口 ちょっと話が飛びますが、「食べ物と環境が健康な身体をつくる」という意味では、魚も同じなんです。オーストラリアやニュージーランドでもマグロが獲れますが、味が違います。マグロの味は餌の味です。日本の海は遠浅が続いていて、淡水と海水が混じっているところが多い。こういうところにプランクトンが発生するのでおいしい小魚がたくさん集まる。それを食べているから日本の近海マグロはおいしい。他の国にはそういう環境と地形がないのです。養殖魚は死んだ魚を餌にしているので臭みがある。ペレットを使うようになって大分軽減されましたが、根本にはそういうことがあります。

日本の食文化を支える、日本の四季と技術

惣菜 麻布台 しゅん

山口 もう一つは、日本の漁師さんの技術です。日本の近海マグロが悪くなる7~8月は、ボストンでいいマグロが獲れますが、向こうの漁師さんは平気で腹に銛を刺したりする。日本の漁師さんはそんなことはしません。私の夢は3年後、アメリカに行くことです。今、欧米の市場でマグロはすごく高いので、日本には送りませんが、私が指導をして、私のブランドで日本に送れるレベルにしたい。海外の人たちに日本の技術と味を伝えたいと思っています。

稲田 黒毛和牛も同じようなことが言えます。肉の味は処理の仕方で変わります。例えば内臓は臭いですが、日本人は繊細なのでとても綺麗に処理する。だから臭くない。処理の仕方が全然違うのです。海外にも出店していますが、黒毛和牛を初めて食べた人は仰天します。「なんだ、これは豆腐か?」(笑)。それほど黒毛和牛は柔らかくて甘い。一度食べるとこのおいしさをわかってもらえます。

片山 海外ではよく「こんなおいしい米は食べたことがない」と言われます。日本のお米が確実に違うのは四季があるからです。夏の温度差が大きければ大きいほど、お米は旨みを凝縮しておいしくなる。適度なストレスが食材の旨みを増すのだと思います。日本の米は、本当に世界一おいしい。ちなみに日本の炊飯器も世界一優秀です。お米を食べる国の人が日本で買って帰るお土産ナンバーワンは、この10年間、炊飯器です。海外にお米を売りに行くときは、炊飯器持参で炊き方を説明しながら売っています。そのノウハウをワークショップでも伝えたいと思っています。

食の本当のおいしさや豊かさを伝えたい

片山 お米の選び方や炊飯のやり方の選択肢を広げれば、もっといろいろな楽しみ方ができます。特に子どもの味覚はものすごくピュアなので、一番違いがわかる。うちのお米に変えていただくと確実にご飯の消費量が増えます。子どもが黙って1杯余分に食べるから(笑)。ただ、化学調味料に慣れてしまうと、ピュアな味覚になかなか戻れない。そういう意味でも食育はすごく大事ですね。

山口 ええ、化学調味料がだめというわけではないですが、きちんと説明して理解できるようにしないといけない。たまにそういうものも食べたいときもあるじゃないですか。それはそれでいい。でも、素材本来の味を知ってほしい。魚もそうです。養殖がだめなんじゃなくて、天然の味を知ってほしい。本当の味を伝えるのは我々プロフェッショナルしかいないと思う。

片山 今までそういう情報を伝えるステージがありませんでしたね。

山口 社会が食べ物の安定を求めたこともあるでしょう。安定には化学調味料を使うのが一番簡単ですからね。養殖魚もそうです。天然魚はムラがありますが、養殖魚は1つの生簀で育てるので大きさも形も安定する。並べやすいし、売りやすい。個性ではなく、安定が求められたのです。

片山 麻布台ヒルズマーケットでは食の工業製品化はしたくないですね。

稲田 ええ。ただ、悩ましいのは価格です。いいものはやはり高くなる。お客様から「うちの子、お宅のお肉しか食べなくなったんだけど」というクレームが……(笑)

片山 ヤザワミートさんのお肉、やま幸さんのマグロを、おいしいご飯、お味噌汁、副菜と一緒に食べれば、少ない量で満足します。今は「おかず7、ご飯3」の人が多いですが、本来、日本食は「ご飯7、おかず3」の文化でした。このバランスにするとエンゲル係数は下がる。我田引水みたいで恐縮ですが(笑)

稲田 今日はずっと興奮していました。肉と魚と米だけでもいろいろなコラボレーションができるのだから、約30店舗がワンチームでいろいろなことに挑戦したら、どんなことが起こるのか、本当に楽しみです。「このおかずにはこんなタイプのワインが合いますよ」とか、「お鮨にするなら、この米がおすすめです」とか、互いにジャンルを超えてお客様におすすめできたらすばらしいですね。

山口 売り手も買い手もワクワクするようなマーケットにしていきましょう。

profile

山口幸隆|Yukitaka Yamaguchi
やま幸グループ 代表/1963年東京都出身。築地で仲卸の一番番頭を務めていた父のもとで育ち、大学2年生で父の店「やま幸」の手伝いに入りマグロの虜となる。優れた目利きと仕入れで一目おかれる存在になり、「成功の秘訣は飽きずにやり続けること」と語る。1日にマグロの握りを50貫以上は食べるという大のマグロ好き。

profile

片山真一|Shinichi Katayama
株式会社隅田屋商店 代表取締役/1966年東京都出身。明治創業の老舗米穀店の4代目として生まれ、大学卒業後に全く異業種の旅行代理店に就職した後、隅田屋商店を継ぐ。お米に関する卓越した眼力により、お米の博士号にあたる五つ星お米マイスターを2012年に取得。香り、味、粘り、食感、外観の5つの項目で、求めに応じ最高のブレンド米を提供している。

profile

稲田智己|Tomomi Inada
株式会社ヤザワミート 代表取締役社長/1980年大分県出身。元来、料理好きで高校生の頃から包丁を握っていた。いつか「食」で世界を目指そうと多岐に渡る業態で修行を積む。焼肉ジャンボ篠崎本店の大将との出逢いから「黒毛和牛」のおいしさに心を打たれ、その魅力を多くの人に広めたいと精肉卸を立ち上げる。現在、「日本の食文化とおもてなしの精神を世界中に広げる」という夢の実現に向けて邁進中。