The Profit of
“Traditional Hawaiian Diet”

ハワイ伝統食の栄養比率で、心身ともに健康になる理由

現代社会の健康問題の解決策が伝統食にあると信じるハワイの保健・医療の専門家が、数十年継続しているプログラムが注目を浴びている。

TEXT BY AI JINGUJI
EDIT BY KAZUMI YAMAMOTO

ハワイの食べ物って?

ハワイを旅したことのある人なら、食文化がかなりバラエティに富んでいることに気がつくはずだ。太平洋の真ん中に浮かぶハワイの島々は、1778年に英国船によって発見されて以来、様々な歴史の荒波に揉まれて西欧化の一途をたどっている。そして労働力を目的とした移民政策がとられた19世紀と米国の軍事政策に翻弄された20世紀を経て、ハワイは世界有数の観光地となった。

パンケーキやアサイーボウルの店に行列ができ、日本から出店の一流寿司屋、焼肉やステーキ専門店から、ベトナムやタイなどのアジア系、イタリアンのレストランなど、思いつく料理は大概食べることができるに違いない。ハワイならではの食を楽しみたいと思ったら、ハワイアン・フードとエンターテイメントが楽しめるディナーショウに出かけるか、ハワイアン・フードをメニューに載せている数少ないレストランを探すか、ハワイの食材を使った創作料理を堪能するかのどれかである。

歴史が変えた食文化

数世紀の間に食文化の変化を強いられたのは先住民族のハワイアンだろう。ハワイ大学で公衆衛生や保健学の教鞭をとり、長年調査活動を行なっているキャサリン・ブラウン教授によると、問題が浮き彫りになったのは、1980年半ばに塩分が及ぼす健康被害についての調査が国際的に行われた時だと言う。調査は当初、対象であるハワイアンの協力を得ることができずに苦戦した。が、当時ハワイアンが心臓病にかかる傾向が急激に上がっているのを感じていたモロカイ島在住、自身もハワイアンの医師ノア・アルリが調査団を組織、島のハワイアン300人以上の協力を得ることができたために調査が無事に始まり、現在に至っている。
 

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1/3地域の人々が集まっての作業。蒸したタロイモを潰し、水を少し混ぜながら、餅をつくように念入りについていくとグルテンができ、粘りと甘みのある食感のパイアイができあがる。
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2/3タロ・フェスティバルではタロイモをつく作業を、参加者に教える体験ブースなどもあり、食育に貢献している。
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3/3パイアイを作るための伝統的な道具、石でできたポーハク・クイアイと木の作業台であるパパ・クイアイ。

調査はハワイアンの健康問題が、肥満、高血圧、高コレステロール、糖尿病にあることを指摘し、原因が食生活の西欧化や生活習慣の変化によることを導き出し、改善方法としてTraditional Hawaiian Diet(ハワイの伝統食)というプログラムをスタートさせた。そもそもローフードか蒸し料理が基本の調理法で、芋類を主食にしていたハワイアンの1日の食事の78%が食物繊維だったのに対して、1985年頃の典型的なアメリカの食事では食物繊維の摂取が45%と聞けば、食生活を以前に戻すハワイ伝統食の健康プログラムが生まれたのにも頷ける。

キャサリン L. ブラウン博士は、ハワイ大学にて保健・福祉学、バーバラ・コックス・アンソニー寄贈のエイジングの研究機関で教鞭をとる。高齢者介護を改善と、民族間における健康の格差を減らすために、国家助成金で調査を実施する調査員。 Active Aging Consortium Asia-Pacificの代表を勤めるほか、様々な地域のエイジングの研究者のグループに参加し、活動範囲を広めている。

ハワイ伝統食の持つ黄金比

現在もプログラムに関わるブラウン教授は「肥満は、ジャンクフードに手が伸びやすい現代社会に暮らす全ての人々にとって問題です。 食べ物を育てたり、狩猟や漁をしなければ、運動が足りずに太るのは当然なのに、私たちはジャンクフードに囲まれています。 また、経済的に余裕がないと、栄養価の高い食べ物よりも、安いジャンクフードを買うこともあるでしょう。 でも、食物繊維と複合炭水化物が豊富で、低糖・低塩の食事に戻ることができれば、健康を取り戻すことができると信じています」と語る。

このプログラムは主に21日間を、西欧化以前のハワイアンの食事の栄養比率、炭水化物-脂肪-タンパク質(78%-10%-12%)に従い、可能な限りハワイの伝統的な食材や料理を中心にした食事をするもの。カロリー源を変えることで、血清脂質、ブドウ糖を減らし、血圧を下げ、いくつかの慢性疾患の状態を解決、または改善するのが目的。食習慣を変えることでの健康法は、費用もかかり、医師や保健士などのサポートも不可欠。プログラム期間内だけではなく、その後の継続など長期間の取り組みが必要だ。
 

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1/2古代ハワイではロイと呼ばれる水田でタロイモを育てた。神話によるとタロイモはハワイの人々の祖先で、食材となって子孫繁栄に導いたという。
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2/2タロイモはえぐみがあるために長時間蒸してから食べるのが基本だ。切って見ると食物繊維が目で見えるほどある。Photo by Nohoana Farm

文化復興と地域の取り組みが健康への道を開く

近年、ハワイの人々の健康の向上に長年従事したことを評して表彰されたクレア・ヒューズ博士は、Traditional Hawaiian Dietのプログラムがハワイアンの健康と尊厳を取り戻すことになると信じて活動した指導者の一人だ。ハワイアンとして初の州公認栄養士となり、州保健局の栄養部長でもあったヒューズ博士は、このプログラムは『何を食べ、どのように生活をすることがハワイアンであるのか』という伝統的な価値観を蘇らせたことが大切であると語る。
 

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1/5古代のタロイモ水田の石垣を復興し、新たに生産を始めたワイカプ渓谷のノホアナ・ファームのポイ。味も格別だが、ロゴデザインも人気。Photo by Nohoana Farm
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2/5栄養食であるポイを、手軽に食べれるようにしたパッケージ。運動時の栄養補給、ベビーフードとしても活躍。Photo by That Barn Hawai'i/Kupanaha Products
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3/5健康食として人気のアサイーボウルにもポイのトッピング。マウイ島のモ・オノ・ハワイの地元で一番人気のトッピングだ。
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4/5レストランのシェフも注目する食材となったウル(ブレッドフルーツ)のフレンチ・フライ。ジャガイモよりも粘りがあり、少し甘みも感じる。
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5/5甘みの少ないバナナはチップスとして、パイナップルサルサやタコのマリネと一緒に。レストランの前菜やププス(おつまみ)に最適。

ブラウン教授はユニークな食文化のあるハワイでは、各文化の伝統食の価値を尊重することが健康に繋がると指摘。このプログラムに関わった医師の一人、シンタニ医師によれば「現在ハワイに暮らす、中国、日本、フィリピンなどからのハワイに移り住んだ移民の人々が、それぞれの伝統食を、ハワイで手に入れることができる食材に置き換えて楽しむことができるような案を指導しています。どの伝統食も、塩分や脂肪を増やさずに調理をすれば、健康的なのですから」

Traditional Hawaiian Dietのプログラムは、80年代のハワイ文化復権運動の盛り上がりと同時期に始まり、ヒューズ博士、ブラウン教授のような、公衆衛生・保健の分野に貢献する人々によって継続されている。「文化復権運動は、ハワイ文化における全てのこと。何よりも人々の誇りを蘇らせたと思います。それによって、ハワイアンが伝統食をもっと食べるようになったと言えますね」

クレア・クウレイナニ・ヒューズ博士は1959年に栄養士となって以来数十年間ハワイアンの健康に貢献、2011年にハワイ州本願寺ハワイ別院から人間宝として表彰されている。

近年、伝統食であるタロイモは少しずつ生産量が上がり、現代のニーズに応えるようなデザインやパッケージで販売されるようになった。また、タロイモの他にもウル(ブレッドフルーツ)を食べる方法も数多く紹介され、レストランのシェフがメニューに取り入れたり、ビーガンデザートの素材としても人気が高まったりもしている。伝統食や食材を食べるムーブメントは、コロナ禍が始まって以降のハワイの農業促進政策で順調に進むという興味深い予測もあり、今後も目が離せない。