南米パタゴニアの大自然、歴史、文化にインスパイアされたアルゼンチン発祥のフレグランス、「FUEGUIA(フエギア)1833」。日本上陸から1年半、知的かつニッチでユニークな創作でセンセーションを起こした、調香師の頭の中にあるものとは? 来日中のジュリアン・ベデル氏を、「グランド ハイアット 東京」の直営店でインタビュー。
TEXT BY Naho Sasaki
PHOTO BY SETSUKO NISHIKAWA
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インテリジェントで快楽主義的な香水
マルセル・プルーストの長編小説『失われた時を求めて』は、紅茶に浸したマドレーヌの香りから、若き日の記憶がよみがえる——、という有名な一節から始まる。香りから記憶が呼び覚まされる“プルースト効果”、筆者にとってはこの“マドレーヌ”となる香水こそが「FUEGUIA 1833」の「キロンボ」である。ミルクを焦がしたような、キャラメリゼされたお砂糖のような、郷愁を誘う懐かしくて温かい香り。この独創的な香水をつくった人物こそ、調香師のジュリアン・ベデル氏だ。
詩やタンゴをこよなく愛する南米生まれの調香師は、枠に囚われるということを生まれつき知らない。最高峰の天然香料を惜しげもなく使い、独特な世界観をもつアートピースのような香水を作り続けている。その新作はなんと、ノーベル賞受賞研究からインスパイアされた“フェロモン”がテーマだという。まとう者をインテリジェントな旅へと誘う“香りのアーティスト”、ジュリアン・ベデル氏に話を聞いた。
——小説家ボルヘス、植物学者カール・フォン・リンネ……あなたが生み出す香水のテーマは、アート性とともにインテリジェンスが漂います。あなたが調香師になったいきさつは?
ベデル 父親が建築家で、うちにはアーティストや小説家がいつも出入りしていました。自宅はアトリエであり、ワークショップであり、アート交流の場だったのです。そういう環境に育ち、私は8歳で彫刻を学び、10歳でギターの弦楽制作を行っていました。クリエイションの探求は完全に人生の一部でしたから、香水を作ったのも自然な流れ。シンプルに好奇心からでした。人生にはただ道があるのみ、ただ作りたいと思ったから作ったのです。
——香りづくりにおいてこだわっていることは?
ベデル サイエンス、ネイチャー、ライフの相互作用であること。私の作るものはすべて天然素材からできています。南米の自然から植物を見つけ出し、植物エキスを分子レベルまで解析して、調香しています。こうした科学的なアプローチは、私のクリエイションの大きな部分を占めています。ただ感覚で調香するのではなく、料理や作曲のようにコンポーズしているのです。香水である以上、リアリティも大切。日常生活でまとうことができる香りでなくてはなりません。
——天然だけで調香することに限界を感じることは? たとえば、現代ではアンバーのほとんどが合成香料です。
ベデル おっしゃるとおり、伝統的にアンバーはマッコウクジラの腸内発酵物質から採られる香料です。いまは環境的な側面からも希少性からも得ることは困難です。でもその伝統的なアンバーグリスの香りと同じ分子構造をもつ香料は、とある植物からも得ることができるのです。私はこの天然香料を採用しています。南米に伝承する稀有な植物を独学で研究し、香料として取り入れていますので、香りの世界は無限に広がっています。
——50種類以上もの香りがありますが、日本の女性、男性に特におすすめの香りをピックアップしてください。
ベデル 女性におすすめは、センティフォリアとダマスクのローズが香る「Juan Manuel」、ジャスミンと植物性アンバーが官能的な「Amalia」、世界で初めてマテの花から抽出した香料を使った「Thays」などです。男性に人気が高いのは、シダーウッドやベチバーが爽やかな「Darwin」、サボテンの花を使用した「Cactus Azul」など。香りはすべてユニセックスですので、好きなものをまとうといいでしょう。
——新作は“フェロモン”を科学した香りだとか。
ベデル とても画期的なコレクションです! 新作の「ムスカラ」は、アンデス地方やアマゾンで見いだされた、催淫効果のある植物根などを用いています。「フェロモンやにおいがどのように鼻で検知されて脳に伝わるか」というテーマで、2004年にノーベル生理学賞を受賞したリンダ・バックとリチャード・アクセルの研究からインスパイアされています。
そもそも、フェロモンは嗅覚ではなく、鼻腔と上顎の間にある「ヤコブソン器官(鋤鼻器/じょびき)」という感覚器官で感じ取られます。そして、嗅覚とは別系統で脳に伝わって体や感情に作用する。非常に原始的な機能なんですね。ここに作用する香水です。香気成分をキャッチして、その分子が刺激を与えるのです。
——「香」水というより、「フェロモン」水ですね(笑)。
ベデル 「ムスカラ」のコンセプトは、まさに“アンチ・パルファン”。肌そのものの香りと呼応して、女性らしさを引き出し、よりハッピーな気分にさせ、魅力を高めてくれる。そんなイメージです。とてもヘドニスティック(快楽主義的)な香水です。もとをただせば、首筋に香らせると思わずキスしたくなるような魅力的な女性になってほしくて、私は香りを作っているのです。男性は女性を喜ばせるために努力をするシンプルな生き物 。私もその一人です(笑)。
ジュリアン・ベデル|Julian Bedel
FUEGUIA 1833創業者、調香師。1978年ブエノスアイレス生まれ。芸術一家に生まれ、アート活動や弦楽制作などを少年期より経験。独学で調香師となり、2010年にユニセックスなフレグランスブランド「FUEGUIA 1833」を設立。
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