多様性や共生社会が謳われていますが、子どもたちひとりひとりの多様性も受け入れられる社会でありたいもの。今、日本の子どもたちは、自分らしく成長できる環境にあるでしょうか? 知育玩具とあそび場のパイオニア「ボーネルンド」の中西みのり副社長と、明星大学教育学部教育学科教授で発達障害にも詳しい星山麻木先生が語り合いました。
PHOTO BY KOUTARO WASHIZAKI
text & edit by Mari Matsubara
子どもが自分自身を発見する場、それが「あそび」
中西 社会全体がダイバーシティやインクルージョンといった言葉を掲げて、多様性を認め合う世の中になっていこうという気運があります。この流れには心から賛同していて、わたしたちも多様性を認める社会づくりに貢献したいと願っています。ただ、現状は、その理想にはまだ遠いのではないかと感じています。先生からご覧になって、今の日本で、子どもたちは本当に自分らしく成長できていると思われますか?
星山 確かに多様性とか共生社会という掛け声だけは聞かれますが、大半の大人たちはまだ、子どもたちを“真っ白な四角”にしておきたいと思っているのではないでしょうか? ジグソーパズルを想像してみてください。真っ白い四角いピースなら、並べるのも入れ替えるのも簡単。そういう子どもなら、大人たちは管理しやすいし都合がいいわけです。でも、本来子どもはみんな違った形や色をしているはず。コロナ禍で自分や社会を見つめる時間が増えたことによって、それが如実にわかるようになり、その結果、生きづらさや息苦しさを感じるお子さん、学校に行けないお子さんが増えてきたのだと思います。今の大人たちはみんな同じ形を求められ、同じ色になるよう育てられてきた世代ですね。その価値観に縛られたまま大人になってしまい、言葉としては理解している「多様性」や「共生」ということが実際の行動や社会体制に結びつかない。それが日本の問題点です。
中西 わたしは今7歳の娘を育てているのですが、日本の子育ては「できないこと」を指摘しすぎると思うことがあります。そうするとお母さんたちも「他の子はできるのに、なぜうちの子はできないの?」と不安がり、子どもに対して非難したり、「頑張れ」と叱咤したりしてしまう。社会に出ても同じですよね。
人にはそれぞれ得意なことがあるはずで、そこを楽しんで伸ばせばいいのにな、と思います。あることが得意な人と苦手な人、それぞれが互いを補ってこその社会であり、“カンパニー”なのではないでしょうか。
星山 多数派でいることが最良である、と社会全体が考えると、少数派は理解されにくく、生きづらくなってしまいます。でも少数派だからこそ貴重な個性があるわけで、そこを応援していかないと社会は変わっていきません。今の日本は「できないこと」を見つけるのが本当に上手ですね。
中西 子どもたちが一人一人、ありのままに生きられるようになるにはどうしたらいいのでしょうか?
星山 私は、誰にでもある「いいところ」を引っ張り上げるとか、引き出すとは言わないんです。だって、もともとそこにある資質ですから。だから「あたためる」という言葉を使っています。でも、自分自身にある「いいところ」に子どもたちはおろか、親さえも気付いていない。そこが非常にもったいないですね。ではどうやったら自分の長所や得意なことに気付けるか? そのとき「あそび」がとても重要なのです。
子どもはあそびを通していろんな年齢や性質の子と関わり合いながら、自分を発見することができます。あそびを失うと、自分のことがわからないし、他人のことも理解できない。だから「あそび場」と、あそびを促すツールが絶対に必要です。それを全国各地で、様々な形で提供しているのが「ボーネルンド」さんだと思うのです。
中西 本当に、そうですね。自分を知ることはとても大切で、あそびこそがその機会だと実感しています。だから、ボーネルンドがつくるあそび場では、多様なあそび揃えを大切にしています。うれしいことに、「キドキド」など当社のあそび場では、様々なタイプの子が好きなことをして遊んでいます。走ったり跳んだりするのが好きな子もいれば、一人で座ってコツコツと何かを作るのが好きな子もいます。みんな自由気ままにやりたいことをやって、それを大人に評価されたり、他人と比べられたりもしません。遊んでいると自信がついてきて、それを人に伝えたくなる。そこには友達やプレイリーダーなど伝える相手がいる、という環境なのです。たとえば、学校の体育の授業は嫌いだけれど、「キドキド」で運動するのは大好き、という子もいます。要するに、学校では失敗すると点数が低いから、自分は体育が苦手だと思い込んでしまう子もいるんです。そうではなくて、体を動かすこと自体が楽しい、気持ちいいと思ってもらえるような場所を提供したいと思っています。
星山 遊ぶことで自分の長所や得意なことがわかり、自分にはない他人の特徴を認めることができる。それこそが人生における学びのベースですよ。だから「あそぶことは生きること」という「ボーネルンド」さんの理念はまったくその通りだと共感しています。
講座やイベントを通して広がる「子育てコミュニティ」
中西 星山先生には今年1月から7月まで、横浜にある「ボーネルンドあそびのせかい マークイズみなとみらい店」を拠点として「発達サポーター育成講座 for Family」という講座の講師をしていただきました。
星山 子どもの成長や特別支援について基礎的な知識をご家族向けにお伝えする全7回の講座でした。会場で授業を受ける間、一緒に連れて来られたお子さんは「キドキド」で遊べるので、受講者の親御さんたちは安心して学びに集中でき、大変喜ばれました。特にプレイリーダーたちの子どもへの距離のとり方や、言葉のかけ方などは、本当に上手で感動しました。また毎回知育教材が配られるのも大好評でしたね。この講座は子どもの発達の違いや、発達検査の見方、ASD(自閉症スペクトラム)やADHD(注意欠如多動症)のことを学べますが、発達障害のお子さんを持つ親御さんだけに向けて開講しているわけではありません。ご心配がある方ばかりでなく、いろんなお父さん、お母さんが一緒になって、知識として知っておくことを学べるようになっています。
中西 発達障害の診断を受けた親と、受けてない親の間にボーダーを引くこと自体、間違っていますよね。そもそも悩みごとが全くない親なんて、いないのではないでしょうか。そうしたときに、この講座は毎月1回顔を合わせる親御さん同士が仲良くなって悩みを共有し、一緒に笑い、ほっとできる場になっていたと思います。
星山 「ボーネンルンド」の全国の拠点を通じて、こうした講座をはじめとする小さなムーブメントが大きく広がり、理解者や共感者が増えていくことを期待したいです。そもそもボーネルンドの店舗自体が「子育てコミュニティ」の場である、という理念をお持ちですよね?
中西 そうなんです。悩みを抱えているお母さんは、仲のいいママ友には打ち明けられないという場合も多いのです。そういう方には「ボーネルンド」の店に立ち寄っていただきたい。ベテランの店員とちょっと会話をするだけで心が軽くなったり、解決策が見つかったり。そういう意味で、各店舗が「子育てコミュニティ」としての役割を果たせればと思っています。
また、2022年7月には食品企業の「明治」とコラボレートして〈もぐもぐ+あそぼ プロジェクト〉スタート記念イベントを初開催しました。子どもの「食べる」と「あそぶ」をテーマに親が学び、子どもと一緒に楽しむ2日間のイベントでしたが、おかげさまでキャンセル待ちも出るほどの大盛況でした。コロナ禍で、話せる相手、触れ合う機会、知識を得る場所を欲している親御さんがたくさんいらっしゃることを痛感しました。こうした取り組みはぜひ継続していきたいと考えています。
星山 最初の話に戻りますが、真っ白で四角いピースの人なんていないんですよ。みんな違って、その組み合わせで大きな形を作っていくのが、これからの時代に求められる社会のあり方だと思います。人工知能やAIなどをどんどん活躍できるようになれば、私たち人間が互いにどう繋がっていくかということがとても重要になってきます。凹凸があり、色の違うピース同士を接着するのが「あそび」だと私は思います。人類の歴史の中でずっと重要なことだったはずですよ。
中西 日本で陰湿ないじめがなくならないのは、子どもたちが自分らしく生きていないからでしょうか。
星山 そうでしょうね。一人一人の良さを認められたら、嫉妬したり比較したりしなくなるはず。昔は子どもたちの間の評価軸が、場面によって変わりましたよね。勉強ができる子、かけっこが速い子、あそびを生みだすのが上手な子、ガキ大将……それぞれの子に得意分野があったものです。誰にも評価づけされず、他人と比べられず、ただ体や手を動かしあそぶことに全身全霊で取り組める場所、それが「キドキド」。あそび場は子どもたちの成長にとって欠かせないもので、ぜひとも守っていかなければならないと思います。
中西 ありがとうございます。わたしたちも、「あそび」を通じて、子どもも大人も、真の意味での多様性を認め合える社会を目指していきたいと思っています。
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