世界的に知られるイギリスのガーデンデザイナー、ダン・ピアソン。六本木ヒルズのルーフガーデンと並び、日本でのプロジェクトには《十勝千年の森》がある。この作品について書かれた 『Tokachi Millennium Forest』の出版に先駆け、ピアソンのサマセット州の家を訪ね、話を聞いた。
TEXT BY MEGUMI YAMASHITA
PHOTO BY YUKI SUGIURA
EDIT BY KAZUMI YAMAMOTO
日本との特別なつながり
——なんとも素敵な! 絵に描いたようなイギリス的田園風景ですね。羊が草を食むなだらかな緑の丘を背景に、美しく植栽されたガーデン、木々にはフルーツやナッツが実り、菜園に育つ野菜やハーブにベリー類。ここならロックダウン中も充分自給自足が出来ますね。
そうですね。世界各地にプロジェクトを抱えているので、これまで月の3分の1ほどは国外を飛び回っていました。こんなにゆっくりこの田舎の家で過ごすことは、10年前に越して来て以来初めてです。移動が多いということは、カーボンフットプリント(温室効果ガス排出量)も多いということ。正直、そこに罪悪感も感じていました。もっとここに腰を据えて仕事をすることもできるだろうと、ロックダウンは今後のことを考えるいい機会になっています。
——20年来携わってきた北海道の《十勝千年の森》について書かれた本『Tokachi Millennium Forest』が出版になりますが、毎年足を運んでいる十勝にも、今年は初めて行かれなかったのですね。
幸いこの本の共著者でもあるヘッドガーデナーの新谷みどりをはじめ、信頼できるチームがいるので心配はありませんが、定期的に現地に足を運ぶことは、植物の様子をチェックしたり今後の計画を立てるため、またスタッフの教育のためにも欠かせません。この本ではそんな《十勝千年の森》での取り組みを詳しく綴っています。その名の通り千年先も続く森やガーデンを目指しているので、長期的なプロジェクトです。
——本では《十勝千年の森》のことのほかに、日本への想いなども語られていますが、初めての訪日はいつになりますか?
1997年、当時出演していたガーデン関係のテレビ番組の収録で、初めて訪日しました。枯山水や苔寺など、知識や憧れはありましたが、実際に訪れ、簡素な中にある奥深さや細部への気配り、旬を生かした繊細な料理や季節感あるデザインなどを、初めて目の当たりにしました。自然との関わりを大切にする文化や風習は、私が大切に思うことと共通するもので、強い結び付きを感じました。その後、テレンス・コンラン卿を通して、六本木ヒルズのルーフガーデンのプロジェクトをいただき、日本との縁がつながったのです。
植物が自然に棲み分けるガーデン
——《十勝千年の森》に参加した経緯は?
テレビの取材で出会った〈高野ランドスケープ・プランニング〉の高野文彰さんとのつながりから始まりました。札幌をベースにする高野さんは、当時 《十勝千年の森》全体のマスタープランなどを手掛けており、ぜひ参加してほしいと依頼されました。
——依頼を受けた決め手は何だったのでしょう?
《十勝千年の森》は、十勝毎日新聞社の現顧問、林光繁氏の構想で誕生しています。新聞社は大量に紙を使うので、カーボンオフセットのために始まった取り組みです。日高山脈を背後にした400ヘクタールの土地を、千年先も人と自然が共存できるような森とガーデンにしていこうという、林氏の想いに共感を覚えました。1990年代のことですから、非常に先見の明がある試みです。そして十勝の雄大な自然と生態系にも魅せられました。具体的に始動したのは2000年で、デザインに約1年、造園や植栽に5年ほどかかっています。オープンしたのは2008年です。
——敷地内には「大地」「森」「野の花」「農」という4つのガーデンがあります。
私が手掛けたのは、その中の〈アース・ガーデン〉(大地)と〈メドウ・ガーデン〉(野の花)の部分で240へクタールあります。〈アース・ガーデン〉は、山から続くように芝の丘が波を打つようにデザインしたランドスケープ、〈メドウ・ガーデン〉はこの地に自生する草花を含め、約80種類35,000株の宿根草を色彩、フォルム、テクスチャー、開花時期などを考慮して17種のパターンで組み合わせ、それをランダムに植える方法でデザインしています。
——その植栽パターンと植物リストも本に掲載されていますが、植えてみても根付かなかったものも明記されているのが興味深いです。
私が目指す「ナチュラリスティック・ガーデン」とは、植物が自然に棲み分け、淘汰されながら、独自の植生バランスを築いて作られていくガーデンのこと。人と自然が共に作り上げていくものになります。千年先のことはわからないまでも、常に数年先の姿を思い描きながら、進めています。そのためには植物だけでなく、人を育てることも大切です。私が現地入りする際は、ガーデン・アカデミーなども主宰します。イギリスのグレート・ディクスターとはガーデナーの交換も継続的にしており、そのほか、世界各地から若いガーデナーがボランティアとしてやってきます。多くの人に支えられながら、千年先のことはわからないまでも、常に未来を見据えて取り組んでいます。
パンデミックから学ぶこと
——イギリスで培ったピアソンさんのガーデニング手法が、日本の地でも花開いているということですね。こちらの家のお庭やランドスケープにも《十勝千年の森》と共通する要素がたくさん感じられます。
ここではだいたい50年先まで考えて計画しています。越して来てすぐ植樹したリンゴやプラムは立派に実をつけていますし、10年ぐらいで努力が実り始めるものです。羊や牛は向かいの農家が放牧しているもので、ここの牧草を食べる代わりに、糞の肥やしをもらっています。《十勝千年の森》でも、野菜や果物を育て、ヤギや羊を飼い、チーズも作っています。
——本の執筆には、どれぐらいの時間を費やしましたか?
5年ほどかかりましたが、ようやく出版にこぎつけました。英国ガーデンデザイナーズ協会大賞を受賞したりで(2012年)、ガーデン関係者には比較的よく知られていますが、気候変動への危機感が高まるなか、より多くの人に《十勝千年の森》の取り組みを知ってほしいという思いがあります。日本国内でも知らない人が多いようですが、世界中の人に知って欲しい。日本には世界に誇れるものがたくさんありますが《十勝千年の森》もその一つです。コロナで延期になっていますが、トーマス・パイパーによる《十勝千年の森》の映像制作も計画されています。邦訳版の出版はまだ決まっていませんが、こちらもぜひ実現したいです。
気候変動は差し迫る問題であり、早急な対策を講じなければなりません。一方、コロナウィルスのパンデミックによって、ポジティブな変化も起こっています。家で野菜や草花を育てる人が増え、種が品切れになったぐらいですから。都市部では地域単位で菜園や果樹園を作る動きもあります。ロックダウンでガーデンや公園など、緑地の大切さが改めて語られています。
パンデミックを生態系の営みの一環と見るなら、働き方や暮らし方、社会や経済の仕組みを見直せということでしょう。私のスタジオはまだロンドンにありますが、遠距離移動を減らすためにも、こちらに移そうと考え始めました。ワークショップやコースなどもここで主催できればと思っています。
ダン・ピアソン|Dan Pearson
イギリスから世界に発信するナチュラリスティック・ガーデニングの第一人者。オンラインマガジン〈Dig Delve〉で、サマセットの自邸での暮らしなども配信中。
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