ARCH PARTNERS TALK #31
食物アレルギーを持つお子さまにも楽しい外食を! ゴーストキッチンサービス「allumy」の挑戦——赤ちゃん本舗 × WiL 三吉香留菜
大企業の事業改革や新規事業創出をミッションに虎ノ門ヒルズにて活動を展開するインキュベーションセンター「ARCH Toranomon Hills(アーチ)」。企画運営は虎ノ門ヒルズエリアにおいてグローバルビジネスセンターの形成を目指す森ビルが行い、米国シリコンバレーを本拠地とするWiLがベンチャーキャピタルの知見をもって参画している。WiLの三吉香留菜氏が、赤ちゃん本舗の樋口和明氏と奥 祥子氏を迎え、事業の取り組みについて伺います。
TEXT BY Kazuko Takahashi
PHOTO BY Masanori Kaneshita
ビジコンで入賞したアイデアが事業化へ
三吉 出産や子育てを応援する商品を幅広く展開する赤ちゃん本舗の創業は1932年。2007年にはセブン&アイ・ホールディングスのグループ会社となり、さらなる成長を目指して「子育て総合支援企業」というビジョンを掲げました。このビジョンに基づき、モノにとどまらない新たな価値の探求が全社で進む中で、樋口さんと奥さんは、セブン&アイ・ホールディングス主催のビジネスコンテスト「SMiLE2024」にて「SMiLE優秀賞」を受賞されました。そしてこのアイデアは「allumy(オルミー)」というネーミングで事業化に至りました。最初に、受賞したアイデアの概要についてご紹介いただけますか?

樋口和明|Kazuaki Higuchi 赤ちゃん本舗 新規事業推進 エキスパート/allumy事業責任者。バイヤー9年を経て新規事業へ。食物アレルギーでも“みんなで食べられる”社会を目指し、人を巻き込みながら事業を推進。
樋口 赤ちゃん本舗では、マタニティー用品やベビー用品をはじめ、粉ミルクなどの食品も販売しています。ベビーフードはアレルギー対応の商品も扱っています。他方、食物アレルギーを持つお子さまとそのご家族が、「外食時に子どもが食べられるメニューが少ない」というお悩みを抱えていることに課題意識がありました。そこで、「すべての子どもたちに食べる喜びを」という想いのもと、お子さま向けの低アレルゲンメニュー(特定原材料8品目=えび・かに・くるみ・小麦・そば・卵・乳・落花生を含まない原材料を使用したメニュー)を飲食店に供給するゴーストキッチン(実店舗を持たず、配達やテイクアウトに特化した事業形態)のサービスを提案しました。

奥 祥子|Shoko Oku 赤ちゃん本舗 新規事業推進 エキスパート/食品DBを9年担当。「美味しいは正義」をモットーに低アレルゲンでもみんなが美味しいを楽しめる世界を目指して奮闘中。
奥 「SMiLE2024」で第1次審査を通過し、事業計画のブラッシュアップを進める段階においては、三吉さんにメンタリングを行っていただきましたね。その節は大変お世話になりました。
三吉 セブン&アイ・ホールディングスはWiLにご出資くださっているLP企業で、WiLのメンバーはセブン&アイ・ホールディングスグループ各社の新規事業創出の取り組みに伴走しています。「SMiLE」コンテストには私も毎年関わらせていただき、樋口さんと奥さんの活動を早くから拝見していました。ですから今回、お二人がどんなキャリアを経て「SMiLE2024」へのチャレンジに至ったのか、「allumy」がどんなサービスなのか、改めて伺うのを楽しみにしていました。
まずはお二人に入社時までさかのぼっていただいて、赤ちゃん本舗を就職先に選んだ理由から伺ってもいいですか?
奥 私は大学で心理学を専攻していたのですが、母親たちの子育てがもっと楽しくなるような仕事に従事したいという思いから、当社を選びました。
樋口 私の場合、就職課から「大手自動車メーカーと赤ちゃん本舗から募集が来ている」という話を受けて、当時からつき合っていた私の妻がたまたまイトーヨーカ堂の子供服部門で働いていたので、近い分野の当社に縁を感じて入社しました。
三吉 今は赤ちゃん本舗もイトーヨーカ堂もセブン&アイ・ホールディングスグループですが、当時は違いましたよね?
樋口 はい。のちに一緒のグループになって、こんな偶然もあるんだなと思いました(笑)
三吉 今日はお二人とも赤ちゃん本舗の大阪本社からARCHに足を運んでくださいました。入社時から本社勤務ですか?
樋口 私は北海道出身で、入社時は旭川の店舗に配属されました。そこで販売業務を経験後、北海道と東北エリアの店舗の経営指導を行うSV(スーパーバイザー)を担当しました。本社に異動後は、オムニチャネル(店舗や通販サイトなど販売経路を統合させて一貫した購買体験を提供するマーケティング戦略)の立ち上げチームに参加。当社の商品を同じグループのセブンイレブンで受け取れるサービスが開始されると、その担当としてセブンイレブンのバイヤーさんと組んでサービスの運営にあたりました。次に移った商品部では、紙おむつやおしりふきなど主に「紙」関係のバイヤーを務めました。

三吉 多岐にわたる業務を経験してこられたのですね。
奥 私は逆に入社時からほとんど本社勤務で、最初の配属先はキャンペーンのチラシや商品カタログを制作する販売促進部でした。1度目の産休・育休後に商品部に移動、玩具・ファンシーのアシスタントを経験、2度目の産休・育休後は店舗勤務を経験し、4カ月ほどで商品部に戻りました。商品部ではアシスタントを経験したのち、主にDB(ディストリビューター)の職務を担当しました。バイヤーが仕入れた商品を各店舗の売り上げ規模や特性に合わせて振り分けたり、棚割りやPOPの内容を調整したりといった業務です。商品が膨大なのでカテゴリーごとに担当が分かれているのですが、食品のDBがいちばん長く、8年ほど担当しました。
調味料まで配慮した低アレルゲン商品を展開
三吉 奥さんは食品のDBとして「SMiLE2024」で提案された低アレルゲンの食品も担当されていたかと思います。御社の低アレルゲン商品にはどんな特徴があるのでしょう。
奥 小麦粉の代わりに米粉を使ったお好み焼き粉や、乳が入っていないチョコレートなど、特定原材料を含まない食品やベビーフードをはじめ、アレルギー対応の調味料も豊富にそろえているところが大きな特徴です。醤油やソースなど一般的な調味料には意外に特定原材料が含まれているのです。
三吉 アレルギー対応の食品に象徴されるように、御社はお子さんやそのご家族の気持ちに寄り添う商品を数多く開発しています。お客さまの声をどのようにくみ上げているのでしょう。
奥 大変参考になっているのはレシートアンケートです。当社の商品のコアファンが積極的に「こんな商品があったらいい」という声を寄せてくださるのです。また、マタニティー期や育児中の社員や販売スタッフに商品の改良点やアイデアを募り、商品開発の参考にする仕組みもあります。
樋口 社内の研究機関「赤ちゃんのいる暮らし研究所」では、お客さまの潜在的なニーズを深掘りして今の時代に提案すべき商品を検証し、そのつど社内の開発チームなどにフィードバックしてくれています。

三吉 今はお子さんが1人という家庭も多いですが、親御さんが育児にかける費用は年々上がっているのでしょうか。
樋口 そうですね。共働き家庭の増加に伴い、世帯あたりの収入が増えていることも影響していると思います。
奥 夫婦で仕事をしているだけに、限られた時間の中で育児の質や満足度を高める“タイパ育児”に貢献する商品やサービスのニーズの高まりも感じています。
三吉 市場を取り巻く環境として一番に挙げられるのは、やはり少子化ではないでしょうか。御社の味志謙司社長はそのことについての危機感を常々語っておられます。そして「赤ちゃんのいる暮らしを知りつくしている子育て総合支援企業として、物販にとどまらず情報やサービスなど多様な領域で価値を創造する」と社内外に発信しておられます。味志社長のメッセージは社内でどのように受け止められていますか?
樋口 社員は皆、味志社長と危機感を共有しています。赤ちゃん本舗のメインターゲットは、マタニティー(プレママ・プレパパ)から3歳頃までのお子さんを持つファミリー層です。この範囲をさらに広げられないか、あるいはコアユーザーのニーズをさらに深掘りできないかなど、バイヤーも研究所のメンバーも日々試行錯誤し、日々新しい商品をご提案しています。
きっかけはシリコンバレープログラム
三吉 私と樋口さんは2023年にWiLのシリコンバレーオフィスでお会いしています。セブン&アイ・ホールディングスのグループ各社がそれぞれ選抜メンバーをシリコンバレーに派遣されて、イノベーターとしてのマインドセットを養うためのWiL主催のプログラムに参加されました。樋口さんはそのメンバーでいらして。
樋口 はい。現地のスタートアップの話などがとても刺激になりました。中でも注目したのが、ゴーストキッチンサービスで急成長したハンバーガーチェーン「MrBeast」のビジネスモデルです。既存の飲食店に食材を収めるゴーストキッチン方式ならば、赤ちゃん本舗が飲食の実店舗を持たなくても、お子さま向けの低アレルゲンメニューを全国に広められるでは……とヒントをもらいました。ちょうどそのタイミングで「SMiLE2024」の募集があり、食品部門で豊富な経験を持つ奥とタッグを組んでアイデアを提出しました。

graphic recording by Karuna Miyoshi
三吉 「SMiLE2024」は応募が300組を超える大変な倍率でした。
奥 プレゼンに備えてはいろいろと頭を悩ませました。それだけに、最終審査に臨む前に三吉さんにメンタリングしていただいて本当に良かったと思います。私たちが抱えている想いを「つまりこういうことですよね」と一見してわかるようにイラスト化してくださって。
樋口 私たちが言語化できずにモヤッと考えていたことを整理してくださり、足りない要素や変えるべき要素も的確に指摘してくださいました。本当にありがたかったです。
三吉 お二人のお客さまへの想いがあってこそ、です。プレゼンをご覧になっていたグループ各社の役員の皆さんも大変感心しておられました。一つ面白いのが、「SMiLE」受賞者には、副賞としてARCHの利用権が与えられることです。
奥 本社が大阪ということで、なかなかARCHに足を運べないのですが、オンラインのセミナーやランチ会にはたびたび参加させていただいています。新規事業にチャレンジしている方々のお話はいつも新鮮で、自分の経験にないことも多いので、とても参考になります。
樋口 壁にぶつかりながら新規事業の打開策などを探っている他社の方々のお話を聞くと、自分だけじゃないと励まされ、同じように頑張ろうと思います。新規事業は人のつながりが非常に重要で、社外とのネットワークづくりという意味でも、ARCHは貴重な場になっています。

三吉 ARCHに入居するほかの企業にとっても、子育て世代のお客さまを多く抱える赤ちゃん本舗との出会いは意味のあることでしょうし、ARCHで新たな化学反応が生まれるといいなと思います。
「allumy」を外食シーン全般に広げたい
三吉 受賞したアイデアは事業化が実現しました。社内の応援体制も大きく関係しているのではないでしょうか。
奥 おっしゃる通りで、例えば、私も樋口も卸しに関する業務に携わったことがないのですが、卸しを担当している社内のメンバーに相談すると、自分たちの業務に全く関係がないのに快くサポートしてくれたりと、大いに助けてもらっています。
樋口 味志社長がゴーストキッチンの事業化を目指していることを積極的に発信してくれるため、販売促進部や広報なども全面的に協力してくれています。
三吉 すばらしい企業風土ですね。そして新規事業「allumy」はすでにトライアルが始まっています。
奥 「allumy」は“all(みんな)”と“yummy(おいしい)”を組み合わせた造語で、すべての人が、どこでも安心して“おいしい”を楽しめる世界を目指す想いを込めています。
樋口 今年1月27日より、とんでん社(本社所在地:北海道恵庭市)が運営する「北海道生まれ 和食処とんでん」の一部店舗にて、低アレルゲンお子さまメニューのトライアル提供を開始しました。同店はもともとアレルギー対応のカレーを展開しており、新たに赤ちゃん本舗開発の「低アレルゲンおこさまランチ」と「低アレルゲン米粉ピザ」を展開してくださっています。

左)「低アレルゲンお子さまランチ」 右)「低アレルゲン米粉ピザ」
三吉 開発した低アレルゲンメニューはどのような形でお店に収めているのですか?
奥 1食1食を冷凍パックにして収めています。お店では温めるだけですむので、アレルギー対応の食材もキッチンも調理器具も準備する必要がありません。
三吉 実は私は牛乳アレルギーで、小学生のときは学校の給食で出てくる牛乳が飲めないので、水筒のお茶を持参していました。自分ではそれほど深刻に考えていませんでしたが、親は外食時に気を使っていたと思います。食物アレルギーを持つお子さまとそのご家族にとっては、低アレルゲンメニューをいただける飲食店がもっともっと増えるとうれしいのではないでしょうか。提供先を広げていく計画は?
奥 そのつもりです。飲食店だけでなく、遊園地などのアミューズメント施設や、ホテル、サービスエリアなど、外食シーン全般に広げていきたいです。
樋口 低アレルゲンメニューだけでなく、離乳食から幼児食まで、お子さま向けのメニューのすべてを赤ちゃん本舗ブランドがご提供できるようにできたらいいなと思っています。

三吉 提供先を広げるうえで課題にしていることは?
樋口 お客さまのニーズにお応えするメニューをさらに開発していくとともに、赤ちゃん本舗の外食メニューの魅力を周知していくことだと思います。なお、とんでん社とのコラボでは、赤ちゃん本舗の公式スマホアプリに登録してくださっている会員の皆様に、「北海道生まれ 和食処とんでん」の北海道の各店で使えるアプリクーポンを配信するサービスを開始しました。当初は想定していなかったサービスですが、赤ちゃん本舗のお客さまにとっても、ファミリー層を歓迎したいお店にとってもメリットのあることだと思いますので、こうしたことも周知していけたらと思っています。
三吉 事業のさらなる発展に期待しています。
三吉香留菜|Karuna Miyoshi
東京大学法学部卒業後、ベイン・アンド・カンパニーにて戦略コンサルティング業務に従事。中期経営計画・M&A戦略策定/DD、ポートフォリオ変革支援など全社戦略の策定・伴走を行う。2022年にWiLへ参画し、東京オフィスLP Relation担当Senior Directorとして大企業の変革・イノベーション創出支援を行う。グラフィック化スキルを活かし、大企業向けワークショップのビジュアライズも担当。

ARCH Toranomon Hills は、世界で初めて、大企業の事業改革や新規事業創出をミッションとする組織に特化して構想されたインキュベーションセンターです。豊富なリソースやネットワークを持つ大企業ならではの可能性と課題にフォーカスし、ハードとソフトの両面から、事業創出をサポート。国際新都心・グローバルビジネスセンターとして開発が進む虎ノ門ヒルズから、様々な産業分野の多様なプレーヤーが交差する架け橋として、日本ならではのイノベーション創出モデルを提案します。場所 東京都港区虎ノ門1-17-1 虎ノ門ヒルズ ビジネスタワー4階







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