いま、麻布台ヒルズの森ビル オフィスフロアで、これまでにない資源循環が始まっている。エプソンの乾式オフィス製紙機「PaperLab(ペーパーラボ)」が、オフィスの一角で使用済み用紙から新たな紙をその場で生み出しているのだ。麻布台ヒルズのコラボレーションパートナーであるエプソン販売の取締役・豊田誠氏と森ビル タウンマネジメント事業部・山本栄三の対談から、これからの街づくりにおける資源循環の可能性を考える。
TEXT BY Shunta Ishigami
PHOTO BY Shintaro Yoshimatsu
紙資源循環が街づくりへ寄与
気候危機が叫ばれるなか、多くの企業にとって、環境負荷低減の取り組みは必要不可欠なものとなっている。経営レイヤーから現場レイヤーに至るまで、環境意識が高まっていることは間違いないが、他方で経営や事業との接続に苦心する企業が少なくないことも事実だろう。
こうした流れを受けて、環境負荷低減に向けて多様な取り組みを展開しているのが、プリンターやプロジェクターの製造・販売をはじめ幅広い事業を手掛けるエプソンだ。エプソンは2008年に「環境ビジョン2050」を策定し、2050年までにカーボン・マイナスと地下資源(原油、金属などの枯渇性資源)消費ゼロを目指している。同社が開発するインクジェットプリンターは、一般的なオフィスに設置されるレーザー式の複合機と比べて消費電力の削減だけでなくCO2の排出量も年間で最大66%までおさえられる *1 とされており、複合機を置き換えるだけですぐに効果が期待できる脱炭素対策だと言えるだろう。
さらに、同社の取り組みを象徴するのが、使用済みの用紙をオフィスで再生できる乾式オフィス製紙機「PaperLab」だ。これまでもオフィス用紙のリサイクルは行われているものの、古紙の輸送や製紙工場からの流通によってCO2排出が増えてしまうこと、製紙工程での水資源消費量が多いことが課題となっている。対してPaperLabは、水を使わず *2 その場で紙を再生できるため、小さなサイクルで用紙の再利用を完結することができる。これまでにない紙の循環サイクルを生み出そうとしているのだ。
*1 エプソンのスマートチャージ対応A3複合機各機種のTEC値とENERGY STAR® 画像機器基準Version3.0にて定められたTEC基準値で比較した場合の削減比率。本文ではLM-C4000を想定(LX-10050MFは60ppm機、LM-C4000は40ppm機、PX-M8010FXは24ppm機のTEC基準値と比較)。CO2排出量は、環境省の「算定・報告・公表制度における算定方法・排出係数一覧」に掲載の算定方法(電気使用量×単位使用量当たりの排出量)を用い、「令和3年提出用」に掲載の係数(代替値0.000470t-CO2/kWh)を使用し算出・想定。
*2 機器内の湿度を保つために少量の水を使用します。


森ビル オフィス内に設置されたPaperLabは誰でも簡単に操作可能だ。
現在PaperLabは業種や地域を問わずさまざまな企業や自治体に導入されているが、なかでも興味深いのは、麻布台ヒルズへの導入だろう。麻布台ヒルズはコンセプトとして「Green&Wellness」を掲げ、緑に囲まれ、自然と調和した環境の中で多様な人々が集い、より人間らしく生きられる新たなコミュニティの形成を目指しており、エプソンのパーパス〈「省・小・精」から生み出す価値で、人と地球を豊かに彩る〉とも合致する。そして2025年7月から、エプソン販売は麻布台ヒルズのコラボレーションパートナーへ参画している。
「森ビルさんとは2018年から森ビル デジタルアート ミュージアム:エプソン チームラボボーダレスのプロジェクションパートナーとしての関係性ですが、麻布台ヒルズのコンセプトと弊社グループのパーパスが合致したことから、今回コラボレーションパートナーとしても参画することになりました。まずはPaperLabを通じて、麻布台ヒルズ(森ビル)の社内外における紙資源循環を推進していきたいと考えています」

エプソン販売 取締役 マーケティング本部長 豊田誠氏
そう語るのは、エプソン販売の取締役・マーケティング本部長を務める豊田誠氏だ。豊田氏の発言を受け、森ビルのタウンマネジメント事業部 メディア事業企画部 部長を務める山本栄三は、街づくりレベルでのコラボレーションに期待を寄せていたことを明かす。
「森ビルはこれまでの開発においても、立体緑園都市(ヴァーティカルガーデン・シティ)というコンセプトに基づき都市の緑化に取り組んできました。なかでも麻布台ヒルズはこのコンセプトを代表するプロジェクトで、資源循環型の街づくりを進めていきたいと考えていました。今回エプソン販売さんに参画いただいたコラボレーションパートナーという仕組みは六本木ヒルズや虎ノ門ヒルズでも採用されており、各ヒルズのコンセプトに共感いただいた企業のみなさまと街を舞台にさまざまな活動を展開していくものになっています」

森ビル タウンマネジメント事業部 メディア事業企画部 部長 山本栄三
従業員の意識・行動変容も加速
山本によれば、PaperLabはまさに森ビルのように不動産業界で事業を展開する企業が求めていたものでもあったという。
「さまざまな取引が電子化されているとはいえ、たとえば法的な行政書類や契約書類などは今でも紙を使用することが一般的ですし、住宅事業においては個人のお客様との取引も多いため、紙の書類のやり取りも依然として残っています。そんなときにPaperLabを活用することで、使い終わった紙を再利用するサイクルが実現できるのではないかと感じていました」
業界によってはペーパーレスが一般化していることもあるかもしれないが、必ずしもあらゆる仕事から紙をなくせるわけではない。多様な人々との取引を踏まえれば、いまなお紙の方が利便性が高いこともあるだろう。山本の意見を受け、豊田氏も「無理に紙をなくそうとするのではなく、循環させることで新たなペーパーレスの形ができるはずです」と語る。

PaperLabはこの機体の中で再生紙をつくりだしてくれる。
現在PaperLabは麻布台ヒルズ内へ導入され、1日に約700枚もの紙を再生しながら着実にオフィスへと溶け込もうとしている。これは年間で換算すると約1.7トンのCO2削減につながると試算でき、定量的に見ても確実に環境負荷低減へ寄与できていると言えるだろう。そしてまだ導入して数カ月ではあるが、従業員の意識レベルでも大きな変化が生まれていることを山本は明かした。
「PpaerLabの導入後、約8割の従業員が紙資源循環に対する意識が高まったと答えています。使い終わった紙が目の前で再生されるため、資源循環に寄与していると実感でき、自然と環境意識が高まりやすいのだと思います。また、PaperLabによって約8割の従業員が森ビルへのエンゲージメントが高まったと答えていたのも印象的でした」

まず紙源プロセッサーで用紙を細かく裁断していく。

紙源プロセッサーで細断された紙(画像右)をPaperLab本体に投入することで、繊維状になる(画像左)。
使い終わった紙を収集しリサイクルしている企業もいるだろうが、その紙がどこでどう再利用されているのか見えづらかったことは事実だろう。PaperLabは、まず紙源(しげん)プロセッサーで紙を細断し、その細断紙片をPaperLab本体に投入し用紙の再生が行われるため、資源循環の実感を得られやすいはずだ。山本の発言を受け、豊田氏も「従業員の方々の意識・行動変容は、まさに私たちが目指していた変化でもあります」と頷く。
エプソン販売は独自に環境意識に関する調査も実施しており、働く人々の意識も大きく変わってきていることが明らかとなっている。とくに近年はコスト削減というよりもむしろ社会的な責任の意識が強まってきており、エプソン販売としてもサステナビリティ経営の推進に関する支援依頼を受けるケースが急速に増えてきているという。これからの企業のあり方を考えるうえでも、働く人々の意識や行動変容は極めて重要なものとなっていくのだろう。

オフィス内で資源循環が行われることで従業員の環境意識も高まりやすい。
街全体を巻き込む資源循環へ
エプソン販売と森ビルのコラボレーションは、森ビル オフィス内の紙資源循環を促進するだけに留まらない。今後はより幅広い領域へと活動を拡げていけるはずだと豊田氏は語る。
「再生紙は社内利用に留まってしまうケースも多かったのですが、現在私たちは名刺やカレンダー、ノートなどさまざまなアップサイクル品をつくることで、コミュニケーションツールとしても活用しています *3。とある企業では、再生紙を使ったノートを近隣の小学校に配ったり出張授業を行ったりして環境意識を高めていくなど、その活用方法もさまざまです。森ビルさんにおいても活用の幅を拡げることが今後のカギとなっていくと思いますので、私たちからもできる限りサポートしていけたらと思います」
*3 PaperLab A-8100での事例
PaperLabは単なる用紙の再利用だけでなく、啓発活動や地域共創、雇用創出、ESG経営などさまざまな価値の創出を目指しているという。ひとつのオフィスのなかで用紙が再利用されるだけでなく、その循環の環がさらに広がっていくことでこそ、PaperLabの真価が発揮されると言えるだろう。

2社のパートナーシップは理想的なものだったとふたりは振り返る。
「いまは森ビル社内に導入していますが、ヒルズ内には多くのオフィステナントも入居しています。今後はエプソン販売さんと協業しさまざまなテナントのみなさまにPaperLabの活用についてご紹介していきます。そこから、例えば紙源プロセッサーを導入しPaperLabを共同で利用する企業を増やしてくことで、環境貢献の輪を広げていきたいですね。その結果、資源循環型の街づくりが森ビル1社だけではなく街全体に広がっていくと思いますし、住む人や訪れる人が自然に環境活動に関われる状況をつくれるのではないかと考えています。その結果、人々の意識も高まっていくのではないでしょうか」
そう山本が語ると、豊田氏も頷く。
「エプソン販売としてもGreen&Wellnessの街づくりに貢献していきたいですし、企業やテナント、教育機関など、資源循環の環を今後はどんどん拡げていくことが重要だと感じています。街づくりを彩るという意味ではプロジェクションやプリンティングの技術も含め、エプソン全体でもさまざまなソリューションを有していますから、これらを最大限活用していくことで、麻布台ヒルズの街づくりを盛り上げていきたいと思っています」
森ビルとエプソン販売の両社によると、PaperLabは現状麻布台ヒルズにある森ビルのオフィス内で活用されているが、さらなる紙の増産が可能であるという。テナント企業に紙源プロセッサーを配置し、森ビルオフィスのPaperLabの稼働時間を延ばせば、麻布台ヒルズのテナント企業や住民を巻き込んだ資源循環の実現が期待できるだろう。
これからの企業に求められるのは、単に環境負荷を低減することだけではないのだろう。もちろんペーパーレスや資源の再利用を通じたCO2の削減が重要なことは言うまでもないが、ひとつの企業だけに留まらないエコシステムの構築や、住む人や働く人の意識を変えていくことも必要不可欠となるはずだ。エプソン販売と麻布台ヒルズのコラボレーションは、街づくりという大きな単位で環境負荷低減を考える重要性、そしてそのスケールで考えることで初めて見えてくる新たな価値の存在に気づかせてくれるだろう。






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