ARCH PARTNERS TALK #29

「ドローン航路プラットフォーム」により多種多様なビジネスが自由に行き交う場を創出し、社会課題の解決を目指す——グリッドスカイウェイ × WiL 三吉香留菜

大企業の事業改革や新規事業創出をミッションとして虎ノ門ヒルズにて始動したインキュベーションセンター「ARCH Toranomon Hills(アーチ)」。企画運営は虎ノ門ヒルズエリアにおいてグローバルビジネスセンターの形成を目指す森ビルが行い、米国シリコンバレーを本拠地とするWiLがベンチャーキャピタルの知見をもって参画している。WiLの三吉香留菜氏が、グリッドスカイウェイ有限責任事業組合の足立浩一氏を迎え、事業の取り組みについて伺います。

TEXT BY Kazuko Takahashi
PHOTO BY Ayako Mogi

山間部の電力設備の点検にドローンを活用し、作業の省人化と移動ロスの削減を実現

三吉 グリッドスカイウェイは、2020年4月にARCHがオープンした当初からの会員です。そのオフィスの前を通りかかると、スタッフの皆さんがドローンを囲んで熱心に議論されている様子がガラス越しにも拝見できて、いつかお話を伺ってみたいと思っていました。早速ですが、活動の概要についてご紹介いただけますか?

足立 グリッドスカイウェイは、ドローンの航路として有力視されている電力設備の上空に全国共通の「ドローン航路プラットフォーム」を構築し、多くの事業社へ空のインフラとして提供することで、さまざまな社会課題を解決することを目指しています。設立は2020年3月で、始めは東京電力パワーグリッド、NTTデータ、日立製作所の3社の出資によってスタートし、この5年間で参画企業は15社に増えました。

ドローン航路のイメージ Photo Courtesy: Grid Sky Way

全国共通仕様のドローン航路の整備イメージ Photo Courtesy: Grid Sky Way

三吉 15社のリストを拝見しましたが、北海道から沖縄まで全国の電力会社が参画しています。

足立 電力会社が有する電力設備の点検業務は、これまでは専門スキルを有する作業員が鉄塔に昇って行っていました。しかし、少子高齢化とともに点検作業の担い手は減少しています。また、電力設備の保全においては、激甚化する自然災害への対策がますます重要になっています。こうした課題は地域を問わず共通していることから、電力設備の巡視や点検にドローンを活用するサービスを展開しているグリッドスカイウェイへの賛同につながっています。

三吉 新幹線の車窓から地方の風景を見ている時などに、「あんなに高い山の上にも鉄塔を建てて電線をつないでいるんだな」と思うことがしばしばあります。点検のために山間部の鉄塔に足を運ぶだけでも大変な労力です。

足立 おっしゃる通りです。私は送電部門の出身で、新卒で東京電力に入社して最初の5年間は、実際に鉄塔に昇って作業をしていました。送電部門に配属された人は、まず半年間の集合研修を受けます。専門の訓練施設があって、そこで合宿しながら作業スキルを習得するのです。高所が苦手な人もいるので、高所に慣れる訓練も行います。

足立浩一|Kouichi Adachi グリッドスカイウェイ有限責任事業組合 チーフエグゼクティブオフィサー/1997年に東京電力入社後、主に送電分野にて送電設備の建設・保全・運用の業務に従事。2008年に電気安全環境研究所へ出向、電磁界情報センター(JEIC)の設立に関わる。2017年東京電力パワーグリッド人材開発センター。2020年東京電力パワーグリッド電子通信部。2022年東京電力パワーグリッド熊谷支社長。2024年から現職。

三吉 ちなみに足立さんは高いところは?

足立 得意でした(笑)

三吉 それは何よりでしたね(笑)。高所が苦手な方も研修を受けると克服できるものなのですか?

足立 当時一緒に集合研修を受けた仲間に克服できなかった人は1人もいなかったと記憶しています。研修には電力を安定供給することへの使命感を養う目的もありますので。

三吉 使命感が高所に対する恐怖心に勝つわけですね。

足立 その通りです。

三吉 山間部の鉄塔に昇ったことは?

足立 あります。東京電力は首都圏を中心とした1都8県に電力を供給していて、送電部門の職員は、普段は設備の近くの事務所に詰めています。そして点検のタイミングになると鉄塔に足を運びます。都心部の鉄塔には電車や車でアクセスできますが、車が入れない山間部に建つ鉄塔には自分たちの足で向かいます。

三吉 実は、今日着てきたこの服は、グリッドスカイウェイの取り組みに合わせてきました。ニットシャツは山の緑、ピカピカ光る銀色のスカートは鉄塔、イヤリングは送電線のイメージです(笑)

足立 すばらしい! ありがとうございます(笑)

送電線や配電線の上を“空の道”にするというアイデア

三吉 送電部門で5年勤められたあとは?

足立 鉄塔を建設する仕事に携わりました。そのあとは社外に出向し、「電磁波の健康影響」について科学的な情報を正しくお伝えするための組織の立ち上げに関わりました。

三吉 目に見えないものに対して不安や恐怖を抱いている方々と向き合うような仕事と想像します。どのような経験でしたか?

足立 科学的な研究や調査に基づいた情報発信を徹底すると同時に、相談窓口や説明会などを通じて良い情報も悪い情報も調査結果を包み隠さずに伝え、相互理解を深めていくという、いわゆるリスクコミュニケーションの大切さを学びました。

三吉 そのあとはどのようなセクションに?

足立 人事部門で採用や人材育成に携わりました。そのあとは電子通信部に移りました。電力設備に落雷した時などに、停電が広域に及ぶのを防ぐ通信システムを構築したり、実際にシステムを監視したりする部門です。

三吉 実に多岐にわたる業務を経験されてきたのですね。グリッドスカイウェイの活動については冒頭で概要をご紹介いただきましたが、立ち上げのきっかけについても伺いたいです。

足立 私は2代目の代表ですので、前任者の経験談を踏まえてお話させていただくと、グリッドスカイウェイの前身として、東電ベンチャーズという新規事業の検討組織がありました。この時に、送電線や配電線の上空にドローンを飛ばしてビジネスにつなげる「ドローンハイウェイ構想」が生まれました。ちなみに発案者は今もグリッドスカイウェイで活躍されています。

三吉 電線の上を“空の道”にするという画期的な発想が実装に至った背景について、どのように分析されますか?

足立 ドローンが飛ぶ高さは地表から約150mです。つまり地上を歩いている人が目視できる範囲を飛ぶので、そこに抵抗感のある方もいるでしょう。我々電力会社は送電線や配電線の建設時から地域の皆様と交流し、ご理解をいただきながら電力設備の維持・管理をしてきました。ですからその上空にドローンを飛ばして電力設備を守ることへの社会受容性が高く、そこが大きな強みになっていると考えます。

三吉 確かに電力設備を守っている会社が飛ばすドローンと、そうではない会社が飛ばすドローンとでは、受ける印象が大きく変わると思います。とはいえ地域の方々とのコミュニケーションは必須かと思いますが、どのようなことを心がけていますか?

足立 先ほどのリスクコミュニケーションの例と同じように、情報を正しく伝えることが何より大切だと思っています。

三吉 一般生活者とのコミュニケーションに加えて、15社の参画企業の皆さんとのコミュニケーションも大事にされているかと思います。同じ電力業界とはいえ社風や働き方はそれぞれ異なるでしょうし、“サラリーマンあるある”の、異動による人の出入りも多いのではないでしょうか。

足立 私自身、異動してきた当初は新しい事業のキャッチアップに苦労しましたが、社会課題の解決という一つの目標のもとでパッションと覚悟を共有し、双方向のコミュニケーションを続けることに尽きると思います。

graphic recording by Karuna Miyoshi

強みは、手動の操縦に頼らないドローンの「目視外自動飛行」

三吉 電力設備の巡視や点検をドローンの活用により実現するサービスを展開中というお話がありましたが、ドローンにどんな働きをさせるのですか?

足立 グリッドスカイウェイが提供するサービスの最大のセールスポイントは、手動の操縦に頼らないドローンの自動飛行です。事前に構築した安全・安心な空の道をドローンが自動で飛んで行き、搭載したカメラが点検箇所を写した画像データを送ってくれます。

三吉 ドローンの操縦を覚えたり、ドローンの操作に神経を使ったりする必要がないのですね。

足立 おっしゃる通りです。そのため、点検者は画像の確認に集中することができます。もう一つ大きな強みとして「目視外自動飛行」があります。ドローンには飛行レベルが定められていて、手動のドローンの目視内飛行を「レベル1」、目視内自動飛行は「レベル2」、目視外自動飛行は「レベル3」で、レベル3飛行は航空局の厳しい安全審査があります。山間部における2基の鉄塔点検の実証では、「2人で登山後、鉄塔へ昇塔し目視点検」に比べて「1人で山のふもとからドローンの目視外自動飛行」は生産性が5倍増という結果となりました。

三吉 蓄積した画像データをもとに損傷箇所の傾向などをAIに学習させることも可能ではないでしょうか。

足立 この先のビジョンにはそうしたことも含まれます。また、高いスキルを持つドローン操縦士の操作を学習させて自動飛行に役立てるといったことも考えています。

三吉 今年3月25日、秩父エリアと浜松市において「ドローン航路」が開通しました。

足立 ドローン航路とは、国が新たに整備している登録制度に基づいた航路のことです。グリットスカイウェイでは、安全・安心なドローンの自動飛行のための空の道を「ドローン航路プラットフォーム」と呼び、ドローン航路と明確に使い分けています。

三吉 ドローン航路は、いわば国道にあたるわけですね。

足立 我々が構築したドローン航路プラットフォームは私道にあたり、それを国に認めてもらうと公道のドローン航路となります。秩父エリアにおいては送電設備上空の約150㎞にドローン航路が整備されました。これからも国と我々のような事業者が連携して全国にドローン航路を構築していく計画で、併せて航路上で守るべきルールの整備も進んでいます。

三吉 「左側通行にするか、右側通行にするか」といったことでしょうか。

足立 はい。ルールが完成すれば、利用料をいただいて航路を活用していただくことが可能になり、物流など電力設備の点検以外にも用途が広がっていくと思います。

三吉 なるほど。高速道路の通行料のようなものですね。物流というと、どのようなものを運ぶイメージですか?

足立 法律上の課題をクリアする必要があるとは思いますが、薬品や処方箋、あるいは災害時や非常時の食品や生活用品などが考えられます。

三吉 ドローンであればトラックで山道を行く必要がありませんし、自然災害で道路が寸断されたとしても、被災地に迅速に物資を届けることができますね。秩父エリアではすでに商用活用が始まっていますが、利用者からはどんな声が届いていますか?

足立 「ドローンのタブレット上の操作をより簡単にしてほしい」という声や、「もっと長く飛ばしたい」といった声が多く届いています。

三吉 今はどのくらい飛ばすことができるのですか?

足立 機体の性能にもよりますが、距離は往復約1km程度、時間は30分程度で、鉄塔2〜3基を点検して帰ってくるイメージです。活用するドローンについては、性能はもとより、サプライチェーンリスクやセキュリティーリスクの回避という意味でも国産ドローンに期待するところは大きく、経産省に国内のドローンメーカーへのバックアップを働きかけたりもしています。

三吉 事業と並行しながら国との折衝やルール作りを進めていくのはなかなか大変かと思います。

足立 大変ですが、ルールのないところにルールを作る楽しさがあります。ルールが実用的でないと産業は発展しませんし、かといって緩すぎると安心・安全を担保できません。そこは国と一体となってしっかりと突き詰めていきたいと思っています。

三吉 ARCHの最古参として、この場所をどのように活用していますか?

足立 ARCHのオープンな空間も、企業間の共創を促す仕組みも、すばらしいと思っています。実は、多種多様なビジネスが自由に行き交う場を創出し、社会課題の解決を目指すというドローン航路プラットフォームのコンセプトは、ARCHからかなりヒントをいただいています。15社のスタッフの皆さんもこの空間を楽しみながらアイデアを交換しています。

三吉 最後に、今後の展望についてお聞かせください。

足立 至近の構想としては、現在は秩父エリアに150km整備されているドローン航路を、2027年度までに10,000kmへ拡大したいと考えています。

三吉 10,000km! 全国に敷設された電線をつなぐと全長どのくらいになるのでしょう?

足立 およそ88,000kmと言われています。

三吉 その1/8がドローン航路でつながる構想なのですね。すばらしいことだと思いますし、同時に88,000kmにも及ぶ電力設備を敷設された先人のご苦労に思いを馳せずにはいられません。

足立 本当にそう思います。先人たちに最大の敬意を払いつつ、安心・安全なドローン航路の構築と、その有効活用による社会課題の解決に向けて、今後も鋭意努力していきたいと思います。

 

profile

三吉香留菜|Karuna Miyoshi
東京大学法学部卒業後、ベイン・アンド・カンパニーにて戦略コンサルティング業務に従事。中期経営計画・M&A戦略策定/DD、ポートフォリオ変革支援など全社戦略の策定・伴走を行う。2022年にWiLへ参画し、東京オフィスLP Relation担当Directorとして大企業の変革・イノベーション創出支援を行う。グラフィック化スキルを活かし、大企業向けワークショップのビジュアライズも担当。

ARCHは、世界で初めて、大企業の事業改革や新規事業創出をミッションとする組織に特化して構想されたインキュベーションセンターです。豊富なリソースやネットワークを持つ大企業ならではの可能性と課題にフォーカスし、ハードとソフトの両面から、事業創出をサポート。国際新都心・グローバルビジネスセンターとして開発が進む虎ノ門ヒルズから、様々な産業分野の多様なプレーヤーが交差する架け橋として、日本ならではのイノベーション創出モデルを提案します。場所 東京都港区虎ノ門1-17-1 虎ノ門ヒルズ ビジネスタワー4階